『リ・バース』第二部 第14話 Hǫfuð③
③ ライガ・アンバース
「なあ、ちょっと強引すぎないか?」
変身術を使用したライガは、廊下に集まった騎士たちを押し退けながら大股に進むリクトの背に呼び掛ける。現在自分が変身しているのは、いつものファタリテの騎士見習いボム・ディメンの姿ではなく、先のリーマン攻略作戦で戦死したフォルトゥナの騎士の一人のものだった。
というのは、ここでは何処でボムの顔を名前と一致させて覚えている者が居るのか分からないからだ。ここは獅子宮であり、集まっている者たちは皆ファタリテの騎士だった。
「女王陛下のご命令だ、マクリール」
リクトは、シアリーズの捺印がされた巻き物を前方に突き出しながら、リーマン攻略作戦の際にライガが使った偽名で呼んできた。
「疑いを晴らしたいのなら、ヤーツがこれを拒否する事は出来ない」
「で、そのヤーツ騎士長は何処に居るんだよ……」
昔とは台詞が逆だな、と思いながら、ライガは彼に続いた。
昨夜未明、ドーデム・ヤーツが自身に認識阻害の術を掛けながら宝瓶宮に侵入する様を、下城時刻を過ぎてからリクト、ニースと交替で彼をマークしていたエロイスが目撃した。
認識阻害は変身術とは異なり、元の人やものの形を保ったまま、観測者にそれと認識させなくする汎用魔術だ。分類としては催眠術に近い。ので、ずっと目を離さずに見ていれば、それが使用されたとしても惑わされる事なく「術が使われた瞬間」を知る事も出来る。
ドーデムはその時、自分を彼ではなく、夜勤のフェートの騎士と見誤らせて門衛を欺き、堂々と宝瓶宮に入ったのだった。ニースと交替したリクトが、その報告を受けてすぐにエロイスに合流した。
マークは、僅かな時間でも誰かがドーデムから目を離す事がないよう、三人が、見張る二人と休む一人をローテーションしながら行っていた。交替の際は一人がその場に残り、二人がバトンタッチするという形を取った。ドーデムは昨夜、一睡もせずに忙しく動き回っていたが、一度だけ夕食を取る為にヤーツ邸に戻っており、その際には眼状霊魂を使用出来るリクトが視覚を飛ばして自宅の中まで彼を監視するという徹底ぶりだったそうだ。
ライガはその間、使用人などの目がある為ガラルとして白羊宮に居なければならなかった。リクトが時間外労働の為に外を歩き回っていてもおかしくはないが、その間に白羊宮からガラルも居なくなったというのでは不審に思われる。手伝えないのは残念だったが、連絡は逐一HMEに送信されていた。
ドーデムの昨夜の行動には、常軌を逸したものがあった。
まず、日没と共にヤーツ派の元老院議員オイゲン・ルージュモンを訪い、何事かを話した後、彼と別れて獅子宮に戻り、荷造りを行った。その時点ではルージュモンに何をさせたのかは不明だったが、これに関しては、それから数時間の後に明らかになる。
その後、八時過ぎ、彼は自宅に戻り、軽い夕食を済ませてからHMEでペネロープとエッガ・セルを呼び出した。拘置所に行くと、そこでは日没に別れたルージュモンが待っており、皆で中に入って行った。外に居たエロイス、ニースには拘置所の中で何が話されたのかは聞き取れなかったものの、それから数十分後、一同は再び外へと姿を現した。
そこからが長かった。三時間程、何度か職員から注意されながらも、ドーデムたちはそこで待機を続けていた。
そして日付の変わる頃、驚くべき事に、拘置所の中からフォースタス・ハントが現れたという。
彼は、出て来た時には身支度を整えていた。見張っていたエロイスたちは、そこでドーデムの行っていた荷造りがフォースタスへの着替えやその他諸々の差し入れであった事、それをエッガたちが拘置所に届けていた事、ルージュモンは何らかの方法でフォースタスの釈放をフェートに認めさせるべく動員されていたのだという事を知るに至った。
ドーデムが王宮に蜻蛉返りし、宝瓶宮に侵入したのがその直後だった。その時には彼はフォースタスと二人だけになっており、残りの三人は道中で一人ずつ離れて行った。ルージュモンの去って行った方向から考えて、恐らく彼らは帰宅したのだろうとリクトは推測を語った。
──そう、認識阻害の術を施され、ドーデムと共に宝瓶宮に入った時には、フォースタスも一緒だったのだ。
侵入するや、フォースタスは術を解かれ、ドーデムと別れて動き出した。この時には既に、リクトは再び眼状霊魂を使用して彼らを視点のみで追跡していたが、二人を同時に追う事は出来ず、迷った末、彼はドーデムの方を採った。
ドーデムはそれから地下の宝物庫に向かい、盗賊の如く物色を開始した。眼状霊魂を通してその様子を窺っていたリクトが息を呑んでいると、間もなくそれに託した視点がドーデムの瞳に合わせられ──そこで映像が途絶したそうだ。
気付かれ、恐らくは除霊術を使われたのだろう。
リクトたちはそこで、これ以上は危険が大きいと判断し、彼が出て来る前に宝瓶宮から引き揚げた。彼らはその足で白羊宮に戻り、ライガに一部始終を伝えた──シアリーズとテレサ先帝妃は既に就寝していた──後、短い睡眠を取った。
フォースタス・ハントの行っていた事については、夜が明けてから伝聞で明らかになった。彼はあの後、夜警をしていたフェートの騎士たちを気絶させながら宝瓶宮の証拠品保管室を襲撃し、押収されていた「右手」を奪還したのだそうだ。先程、彼が再逮捕されたという報せが入った。
尚、フォースタスはその時点で奪還した「右手」を所持しておらず、夜の明けないうちに獅子宮に届けられたものと思われるが、ドーデムはこれに対して「彼を昨夜釈放させたのは事実だが、その後彼がそのような行動を取っていたのだという事は初めて知った」と話し、自らとの関係については否認した。
リクトが、彼と共に宝瓶宮に入るところを目撃していた、などと証言すれば、ドーデムを重要参考人として引っ張る事は可能だっただろう。だが、もしまた彼が言い逃れをし、時間を稼いだ場合、リクトは報復を受ける可能性がある。
ドーデムは、昨夜自分を監視していた眼状霊魂をはっきりと見ているのだ。それがリクトと結びつけて考えられるのは、至極当然の事だった。
ここまで情報を整理したのが、午前八時半頃だ。
同時四十分、リクトは天秤宮に入り、シアリーズ、テレサ先帝妃と会合。フェートを通して裁判所に令状発行を要求し、審議を待っていたのでは時間が掛かりすぎるという事で、「女王の命令」として獅子宮の捜索を許可して貰い、公印入りの書類を用意して貰った。
ドーデムは、自分が立場的に追い詰められている事を知っている。それだけに、何をするか分からなかった。特に、シアリーズの権限によって大幅に行動に融通が利くリクトに対して攻撃に出る可能性が高い。
時間との勝負だった。
そして現在、午前九時十五分──。
「オルフェには、この事は?」
獅子宮の宝物庫の前までやって来ると、ライガは小声でリクトに尋ねた。
「HMEでメッセージを送っておいた」
彼は答える。「ハントによる『右手』の強奪にカモフラージュされて、宝物庫が荒らされた事が発覚するのが遅れたらしい。確かに、ドーデムは認識阻害を使っていたから、昨夜の夜勤の騎士たちも彼の出入りに気付かなかったんだ、端から疑ってでもいなきゃ異状なしだと思うのも仕方ない」
「血眼になっているだろうな」
「いや、オルフェの事だから、冷静に処理をこなしているだろう。僕たちが最速でリィズから捜索命令を貰った事を伝えたら、『助かる』って」
ドーデムが自由に動き回っていて危ないのは、オルフェもまた同じ事だろう、とライガは思った。
ドーデムは猜疑心が深く、思い込みも激しい。「ネイピアの層状孤児」の正体がライガであると確信している事も、確かに状況から見てそう思うのは当然だし他の多くの者たちもそう疑っている事だとはいえ、彼の場合最初からこちらを憎む感情が先行していたきらいがある。
そんな彼が、宝瓶宮に侵入した理由。単に押収された「右手」を取り戻すだけであれば、わざわざフォースタスを可能な限りの速度で釈放させ、手分けをする必要などなかったはずだ。
彼は、父親の逮捕──実質的な失脚──は、現在政界で争っているシックマン及びバックについたオルフェの陰謀ではないかと思い込んでいる。
(フェートの司法的な役割については、あいつも知らないはずがないのに)
だが、これも理解出来ない訳ではない。
ドーデムが最初、何の目的で「右手」を私物化しようとしたのかは分からない。だが、ライガもナサニエルが「影」と癒着しているなどという可能性については「有り得ない」と思っていた。
引き続き情報の隠蔽は続けられる事になり、正体不明の第三勢力として扱われ続けているものの、「影」は表向きの正体は新生ジフトの隠密行動部隊、そして真の正体はイスラフェリオがそう信じ込んでいるウカノフの手駒で、死霊化術の犠牲者が転生した人外の者たちだ。ナサニエルは陥れられ、恐らくフェートの騎士たちも何者かによって踊らされている。
白羊宮にまで侵入されたのだ、「地下」を通じれば、「影」はどのような場所にでも入り込む。密かにナサニエルの書斎に忍び込み、証拠品となる出鱈目の文書を仕込む事も可能といえば可能だ。
その場合、この一件の黒幕はやはり「影」という事になるが──。
「あまり、推論を先行させすぎない方がいい」
リクトはあらかじめ、そう言って”同志”たちを窘めた。
「『右手』を取り戻すのが連中の目的だったとしたら、回りくどすぎる。それならあらかじめ、わざわざフェートに押収させるなんて事をしなくても自分たちで奪還すれば良かった訳だし、ヤーツ元老長を陥れる理由もない」
変に先入観を持つと、真実を見誤る可能性が高まる、と彼は言った。だから、まずは事実だけを確かめるのだ。
「ノレムにも連絡は入れてある。昨夜、僕たちがドーデムをマークしていた事は伏せてあるけどね。……聖体十個をこれ程早く回収出来たのは、彼らのお陰だ。僕たちだけでスタンドプレーをしているみたいで心苦しくはあるのだけれど、”同志”だけでの活動に例外は作れない」
「ああ、分かっているよ。俺だって、ノレムやラナさんの事を信用していない訳じゃないさ」
ライガが肯いた時、後方から「聖光士」とリクトを呼ぶ声がした。
「フォルトゥナ騎士団、展開完了しました」
HMEを手にしたエロイスがそう言ってくる。彼とニースは、そこで廊下に規制線を張り、捜索中の宝物庫にファタリテの者たちが近づくのを防いでいた。
戦死したフォルトゥナの騎士に変身中のライガを見られる訳には行かない為、現在直接リクトと共に行動している騎士は”同志”である見習いの二人だけだが、シアリーズの名の下に許可された捜索範囲は獅子宮全体だった。故に、現在は他にも多くの騎士が獅子宮に入り、あちこちで見張りに就いている。
ドーデムや、閉鎖的なファタリテの騎士たちが見たら激怒しそうな状況だった。元から、フォルトゥナとファタリテは価値観の違いからしばしば対立する。
リクトも、先代のアルフォンスも、ファタリテ側が剝き出しにする程、殊更に彼らに対して敵愾心を感じてはおらず、彼らよりも優位に立とう、などという気も特にない。穏便に済ませられる事であれば穏便に済ませるのがいちばんだ、というスタンスを貫いていた。
しかし、やはりやむを得ない場合はファタリテから反発を買ったとしても押し通すという事も、リクトとアルフォンスで変わってはいなかった。
リクトは「マクリール」とこちらに呼び掛け、宝物庫の扉に手を掛ける。天秤宮から借りたマスターキーを用い、鍵は既に開けていた。
「それでは──始めるぞ」
「御意、モンシュー」
ライガは応え、彼と共に、両開きの扉の反対側に掌を押し当てた。




