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『リ・バース』第二部 第14話 Hǫfuð①

  ① ドーデム・ヤーツ


 拘置所から、一人の男が姿を現す。容疑の晴れ、不起訴になった者が解放されるのは通常では日中の事だったが、現在は既に日付も変わろうとする時刻だ。人通りもなくなった往来に、等間隔に並んだ水銀灯の、淡く青白い光が揺蕩(たゆた)っている。時折、羽虫の()ぜる微かな音が響く。

 釈放が認められたのが、今夜八時頃だった。騎士団の大部分はとうに勤務時間外だったが、ドーデムは構わずに宝瓶宮(サダルメリク)に押しかけ、捜査担当者たちにある人物からの証言を聞かせたのだ。

 そして、半ば無理矢理にそれを押し通すや、一旦自宅に帰ってかなり遅めの夕食を取り──軽いもので済ませた──、直ちにペネロープやエッガを呼び出し、共に拘置所に向かった。当直の警官(アジャン)に話を通し、直ちに釈放の手続きを行わせた。時間が時間だけに紆余曲折あり、結局その男が出て来た時には夜中になっていた。ペネロープからは、さすがに強引すぎると苦言を呈された。

「君も災難だったな」

 現れた男──フォースタス・ハントは、出て来る前に拘置所の中で身支度を済ませており、ドーデムの持参した騎士団の制服とファタリテの金色(ゴールド)のマントを身に着けていた。

「だがまあ、晴れて自由の身だ。まずはそれを喜べ」

「しかし騎士長、どのような裏技を使われたのですか?」

 フォースタスは、自分でも何が起こっているのか分からない、という表情を湛えながら言った。

 彼はハントという立場としてはヤーツ家の家臣だが、軍内ではあくまで自分との関係を上官と部下として捉えている。ペネロープやエッガを始め、多くの者たちが自分を「ドーデム様」と呼ぶ中、彼は「騎士長」と呼んでくる。

「裏技だなどと人聞きの悪い事を言うな」

 ドーデムは言い、彼が勾留されている間に獅子宮(リーオー)で預かっていた花青色(アントシアン)短細剣(スティレット)を返却した。「歩きながら話そう」

 拘置所の中で当直をしている職員たちが居るので、あまり聞こえるような所で話したくはなかった。

 フォースタスは素直に従い、剣を受け取って腰に吊るす。彼は革手袋を嵌めていたが、その下が義手になっている事をドーデムは聞かされていた。

 五日前、カルマ騎士団のラナ副騎士長らに拘束される形で戻って来た日、彼は両手首から先を失っていた。レトワール首長国フワーリズミーで彼女らを襲撃した時、彼女らが持ち出そうとしていた聖体(エウカリスト)がエネルギーを暴発させ、両腕を吹き飛ばしたのだという。あまりのタイミングに、フォースタスは、自分の手に掛けようとしていたフォルトゥナの騎士見習いたちを聖体(エウカリスト)が守ろうとしたのかとすら思ったらしい。彼は普段、そのような荒唐無稽でスピリチュアルな事を言う男ではない為、本当にそうだったのだろうと思う。

 ドーデムは、彼が自分の父ナサニエルに命じられ、騎士団の命令の外で動いていた事をそこで初めて知った。と、同時に、父が騎士であろうと容赦なく殺害するように命令を出した事、それに異を唱えるでもなく──社会的な立場でいうのなら、元老長に騎士へ直接命令を下す権限はない──フォースタスが従った事に、やや恐ろしいものを覚えもした。

 だが、その事で自分がフォースタスを咎めるつもりはなかった。

「君も私も、父上に脅されていた。そうだろう?」

 歩き出しながら、ドーデムはそう言った。

 水銀灯に照らされ、五人分の影が怪人の如く並んで伸びている。フォースタスと自分、ペネロープ、エッガ、そしてもう一人は……

「ルージュモンが、そう証言した。父上の選挙戦に於ける助言役として、私の自宅に出入りしている彼であれば、確かに耳にする機会はあっただろうな」

「あなたが……」

 フォースタスは、出て来た時からずっと、何故この人がここに居るのだろう、という顔で窺っていたその人物に向かって呟いた。彼は、元老院議員のオイゲン・ルージュモンだった。

「元老長の書斎から発見されたそれが、あまりにも有力な証拠に過ぎましたので。ハント殿やドーデム様への嫌疑につきましては、あの『(スカー)』が彼の味方についていては逆らえなかったといえば、状況的に考えて否定する材料は特にありません」

 ルージュモンは、選挙についての助言を父に与える時の、戦略家(ストラテジスト)のような理路整然とした調子で語った。

「証拠至上主義の裁判では、それが不十分では被告人を罰せられません。今あなた方を起訴し、法廷に持ち込んだところで、敗訴に終わり自分たちが恥をかくだけである事は、フェートの者たちも理解しています」

「私は今日、いや、もう昨日か、テレサ様に呼びつけられたよ。リクト・レボルンスめ……やっぱりあいつはやり手だな、エミルス騎士長から、私がモルガンで入院している間に例の『右手(デクステラ)』の件について女王陛下に報告すると言った事を聞き出していたんだ」

 ドーデムは聖光士(バロラント)の澄まし顔を思い出し、無性に腹が立った。

「ルージュモンのアドバイス通り、私はテレサ様に弁疏(べんそ)した。エミルス騎士長に対して、新生ジフトから回収した聖体(エウカリスト)について、陛下に私が総指揮官として報告しようとしたのは本当だ、しかし父上から、何故かは分からないがそれをするなと脅されていた、とな。父上が癒着している『(スカー)』が何処から監視しているか分からず、裏切るような事をすれば密殺される危険もあった為、それが怖くて従わざるを得なかったと申し上げた」

「それで、疑いは晴れたのですか?」

「いや、そんな事はないだろう。だが、否定する材料もない。もっとあからさまな虚偽だったとしても、今のままではフェートを動かす事もお出来にならなかっただろうよ」

 しかし、だからといって聖光士(バロラント)たちやフェートが諦める訳ではないだろう。もっと捜査を進め、確固たる証拠を掴もうとするはずだ。それが出来ずとも、また何らかの口実で自分やフォースタスを捕らえ、叩いて直接こちらの口からボロを出させようとする事も考えられる。

「なるほど……ですが」

 フォースタスは、今一つ納得が行かない、というように尋ねてきた。

「宜しいのですか? お父上の立場を、増々不利なものにするような事を言ってしまって?」

 第三者であるルージュモンにも、自分とは別の所で証言させたのだ。しかも彼はナサニエルにとっては社会的に認知された利害関係者(ステークホルダー)であり、証言を行うとしてもあえて不利になるような事を言うはずがない。自分たちが協力関係に在る事が、世間的に見て著しく自らにとっての損害を招くという判断がなされる──例えば「死霊化者(ネクロマイザー)の取り締まりに対して厳格な姿勢を貫いていながら実は目下最も危険視されているそれらの集団と繋がっていた元老長」の味方をしているなどと囁かれる、などの──場合でない限りは。

 フォースタスの懸念はもっともだ。しかし、ドーデムは

「父上と私との約束だ」

 そう断言した。

「『(スカー)』との繋がりについて父上に身に覚えがないのは、ハント、君も知っての通りだ。しかし物的証拠が発見された以上、我々や父上本人が何を言ったところで疑いを晴らす事に有効には働かないだろう。むしろ、疑念を助長する事にも繋がりかねない。ならばいっそ、我々だけでも自由に動ける時間を確保し、反撃の機会を窺う方が得策だ」

「その間、元老長には現在の調子で黙秘を続けて頂きます」

 ルージュモンが後を続ける。

「実際に彼は『(スカー)』と繋がってはいないのですから、以降はどれだけ調査をしてもおかしなものが発見される可能性の方が低い。それを言うのであれば(くだん)の契約書もそうですが、恐らく彼を陥れようとした者が第二、第三の手を打ってこようとするのであれば、尻尾を掴む機会はある。

 それにドーデム様やハント殿への疑いも、身柄の拘束にまでは至らないというだけで、完全に晴れた訳ではないのです。元老長があなた方を脅して従わせたという事柄については、私の証言も含めて慎重に検討されます」

「要するに私たちは皆少しずつ、灰色(グレー)でありながら黒とは言い切れない、という状態で拮抗させる事が出来るのだ。あとは、物的証拠だけがものを言う」

 ドーデムは言い、オルフェの事を考えて拳を握り締めた。

 あの契約書といい、「匿名の密告」が云々という話といい、今回のナサニエルの逮捕には、間違いなく何者かの黒い思惑が絡んでいる。そして現在、彼が失脚して最も得をするのは政敵であるシックマン派であり、オルフェはシックマンの為に、これまで単なる推薦人の範疇に留まらない程の働きを見せてきた。更に、オルフェであれば司法を担うフェートを操り、捜査権を行使出来る。

 黒幕は彼に違いない。彼が裏で糸を引いている事を暴き、父の国家反逆容疑を晴らし、あわよくば「右手(デクステラ)」の私物化についても責任を擦りつける。これまで考えていたプランが実行出来なくなるのは惜しいが、仕方がない。

 本当は、カルマの騎士たちによる各地の捜索箇所に共通点や法則性を見(いだ)し、あらかじめその条件に適偶する場所に「右手(デクステラ)」を仕掛け、それらを聖光士(バロラント)たちに直接捜索させるつもりだった。

 彼らを追えば、ガラル・バングが正体を現した現場を押さえ、隕命君主(ロアデモート)の復活を知りながら隠していた聖光士(バロラント)諸共捕らえる事が出来た。しかし、彼らはこちらがカルマの者たちの捜索箇所に法則性を見つけ出す前の段階でリーマン攻略作戦に出向いてしまったので、その計画の発動はお預けとなってしまった。

 そして、この結果だ。自分たちが──今のところはナサニエル個人がという扱いにはなっているが──「右手(デクステラ)」を持っていた事は周知の事実となり、最早計画は不可逆的に発動不能に追い込まれた。

 こうなったからには、あとは一切の始末をどうつけるかだ。

 ドーデムの現在の憎しみは、聖光士(バロラント)以上にオルフェへと向いていた。彼には、報復せねば気が済まない。

「ハント」

 ドーデムは、自由を取り戻したばかりのフォースタスに言った。

「私はこれから、蛍虹伯(ラルクアンシエル)の尻尾を掴む。君にも、出て来てからすぐで悪いが、一つやって貰いたい事がある。いいな?」

「騎士長のご命令であれば」

「また、すぐに独房に戻される事になるかもしれないぞ」

「覚悟の上です」

 彼の顔は俯きがちでやや陰になっていたが、口元が微かに綻んだのが分かった。

 ドーデムは、彼への命令を淡々と伝えていく。この男は命令であれば同じ騎士すら手に掛けようとしたのだ、使う側が覚悟を決めれば、これ以上に有能な働きをする者もない。

 今までの自分は甘かった、と思った。

 やるのであれば、徹底的に。時には父と同じくらいに、非情な選択をする事も厭ってはならない。

 第十四話「Hǫfuð」を投稿します。題名が読めない、と思われた方もいらっしゃるかと思いますが、これは「ホヴズ」(もしくは「ホヴド」)と読みます。ラナのパートで序盤から度々登場する謎の言葉で、今回の大ネタですが、まだこれが何なのかという事は明かしません。

 一人称視点の場面なのに、その人物が作品に触れている者たちからは分からないような会話を延々と繰り広げたり、意味ありげな長考をしたりする場面が好きではない、という人は一定数居ると思います(代表例がエヴァのゲンドウと冬月の会話でしょうか)が、私は好きなのでやります。そもそも伏線自体、全部回収しきらない終わり方の方が個人的にはタイプなのですが、近年のアニメは昔よりも回が少ない割にすっきり終わって欲しいニーズが高い(意味が分からない=つまらないという等式が立ちがち)為か、こじんまりした印象を受けます。そもそもそこまで多くの要素を取り入れない、というか。

 お前が取り入れすぎなんじゃと言われると返す言葉もないのでそろそろ黙ります。先日、新人賞投稿用の作品が脱稿しましたが、やはり一冊分の中で完結させるのは難しいです。まだまだ修行が足りません。もっと練習します。

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