『リ・バース』第二部 第13話 Political Enemy⑥
⑥ リクト・レボルンス
「プログラムの遷移に、旧王朝の末裔か……」
リーマンで得た情報を、リクトとライガが改めて語り終えると、白羊宮の一室に集まった”同志”たちは皆一様に険しい表情を湛えた。
自分とライガ、騎士見習いの二人、シアリーズとテレサ先帝妃、ジブリ公。ヴォルノが戦死した事により、秘密を共有する”同志”は総勢七人となった。カルマ騎士団とは連携しているものの、ラナ副騎士長が「まだ発見出来ていない」と悔しそうに言っていた聖体の「右手」に関しては、情報の出所が出所だけにまだ伝えられていない。
ネクアタッドから証言を得る事は出来、フェート騎士団もヤーツ邸から対象が発見された事については語った──聖体と「影」の存在については情報を解禁してから城外にも伝えているので、「右手」の事はナサニエル・ヤーツの”汚職”の内容に含めて報道者たちに伝達され、帝国新聞「データ」にも載るだろう──が、このプロセスがあって初めて、自分たちはラナやノレムとの話し合いに於いてそれに関する事を口に出来るのだ。
最初の呟きはエロイスのものだったが、それを受けてニースが「質問宜しいでしょうか?」とこちらを向いてきた。
「破戒僧正とは結局……どのような人物なのですか?」
「どのような、って」
生前の自分自身の姿に変身したライガがそれに答えかけ、すぐに思い出したように口を閉じた。一瞬の後、彼は「そうだったな」と独りごつように呟く。
「モルガンでの戦いにも、ガウスにも、今回のリーマンでの戦いにもお前たちは同行しなかった。まだ、あの男を見た事がないんだ……」
「建国戦争の時のアリフ・ジーク・バルドバロアだったなんて言われても、今一つぴんと来なくて」
「あいつは、前々から只者じゃないという気はしていた。けど、まさか本当に自分の事を『超越者』なんて呼ぶとはな」
ライガは、慎重に言葉を選ぶようにしながら答えた。
「あいつはプログラムの移ろう瞬間に立ち会い、戒めの為に『地下』を訪れる為の術を授けられた。だけど、ウカノフはその力を利用し、旧王朝の王子の悲願を実現しようとした。その為になら、自分が『影』になる為に一度死ぬ事すらも──人間でなくなる事すらも厭わなかった」
「そして、その王子、ヘルガクヴィーダの生まれ変わった人物は、その城の内部に居る可能性が高い、と」
テレサ先帝妃は言い、両腕を組んだ。
「ラオコーン・シュバーンがイオニア・キンメリッジの記憶を見た時、聖体の元になった死体の顔には認識阻害の術が施されていたらしく見えなかったって言っていたそうね? そしてそれは、顔を見れば誰もが生前の人物が分かってしまうようなものだったから、って。ウカノフからすれば、その人物が特定される事は都合が悪かった訳だけど」
「………?」
皆の視線が、一度に先帝妃に集まる。
「それは、聖体が生前誰であったのかが分かれば、その遺体を手に入れる事の出来た誰かにすぐ辿り着けてしまうからではないかしら? そして恐らく、その誰かこそがヘルガクヴィーダの転生者である可能性が高い」
可能性の話ばかりだけどね、と、彼女は付け加えた。
少々の沈黙を挟み、リクトは言った。
「現状、聖体は十三個が回収済み、一つがヤーツ邸から押収されて宝瓶宮にて保管されています。これは、今後オルフェ騎士長に連絡をつけ、引き渡して貰う事になるでしょう。そして最後の一つ──主を特定する為に必要な頭部だけが、所在不明のままです」
「今も、カルマの人たちが捜索中なんだろう?」
ライガが容喙する。
「だけど、よりによって最後に『頭』か……何というか、狙い澄ましたかのような話だな」
エロイスの呟きを聞き、リクトは大きく肯いた。リクト自身も、彼と全く同じ感想を抱いたのだ。
「そうなんだよ。……皆さん、そうは思いませんか?」
「何が言いたいの?」
テレサ先帝妃に尋ねられ、リクトは言葉を選びながら答えた。あまり、自分も皆も先入観を持ちすぎないように気を付けた。
「通常の捜索では、聖体の頭部は発見出来ないようになっていたのではないか、と思うのです。……いや、この考え方も、ややもするとおかしいものなのかもしれません。聖体には仕込まれる前のものもあったし、『心臓』に至ってはウカノフもラオコーンから回収出来ていなかった訳ですから。そもそも、仕込まれた聖体の在処を世界各地の古代信仰の聖地と見当をつけて調べ始めたのも、我々とカルマ騎士団でしたし」
「イスラフェリオが持っていた訳でもないよな」ライガが言った。「それなら、ドーデムたちが『右手』と一緒に回収していたはずだ」
「見つかったらヘルガクヴィーダの正体にも辿り着かれかねないから、あらかじめ使わずに捨てたんじゃないですか?」
エロイスが言ったが、リクトは「それはない」と答えた。
「イオニアが聖体の材料として、十五分割した部位全てを使っている記憶をラオコーンは持っている」
「それじゃあ、作った後で使わない事にしたとか」
「その前に、ウカノフは十五の聖体に対応させる目的で、同数のオムグロンデュのコピーをイオニアに作らせている。最初から、頭部も含めて全ての部位を使うつもりだったはずだよ」
「聖光士は、どう考えておいでなのですか?」
ニースが尋ねてきた。リクトは、考えながらそれに答える。
「ヘルガクヴィーダの転生者が城内に居るなら、その者が直接聖体の頭部を保管している可能性も検討すべきだと思う。この城の何処かに、頭部が隠されている可能性をね」
無論、先程も言った通り、この推理自体が間違っている可能性も十分に有り得るのだ。自分やライガがリーマン攻略作戦に赴いている間にカルマの騎士たちが回収した十の部位のうち、最後に見つかった「左の脹脛」も、ラナたちがユークリッドに帰還する二日前に発見の報が届いたという。頭部が最後まで見つからないといっても、単なる偶然かもしれないし、まだ今後どうなるかは分からない。明日にでも、発見したという連絡が入る事も十分に考えられる。
ライガがウカノフから聞いた話では、恐らくヘルガクヴィーダの転生者は自分と同年齢。しかし、その者たちに絞ったところで、同年度に入団した騎士だけで六百人以上居るのだ。虱潰しに城内の捜索を行うのは現実的ではない。
まさか、という表情になる一同を見回し、リクトは、思わせぶりな事を言ってしまった、と反省した。
「えっと……以上です」
テレサ先帝妃は咳払いすると、「あくまでも留意事項って事ね」とまとめた。
「それよりもまずは、エミルスからの証言記録をドーデムに突きつけて事情を聴かなきゃ」
「では、聖体についてはひとまずここまでという事ですな」
ジブリ公が言い、会議を進行させる。
「次は、情報の取り扱いについてでしょう。ライガは、死霊化術に関する人々の従来の捉え方を根本から覆す真実を持ち帰ったのですから」
皆の間に、またしても重苦しい沈黙の帳が降りた。
そう──この会議では、もう一つ話し合わねばならない事があった。
「……まず、これだけははっきりさせましょう」
テレサ先帝妃が口火を切った。
「死霊化術が今後、合法化される事は有り得ない。……ああ、ライガ、あなたはまた別よ。あなたはイレギュラーの為に、この世に呼び戻されている。臨時的な特別措置は採らざるを得ないから。
だけど、まず大前提として、プログラムは死霊化術の使用を『罪業を負う行為』として定めている。ライガが見た限り、神様も今それをどうにかして理の内に取り込もうとしているみたいだけど、まだその最中って事のようだから。人々に煉獄行きを推奨する法律は作れないわ」
「それじゃあ、『影』の事については?」
聖体に関する話し合いの間、ずっと黙りこくっていたシアリーズがそこでようやく発言した。
「彼らはやっぱり、死霊化術で死んだ人たちだった……」
「あなたが考えている事は分かるわ、シアリーズ」
先帝妃は、俯く彼女の手の甲に触れる。
「だけど、前にも言った通りよ。死んだ人は蘇らない。それはあくまで、模倣された人格ってだけ。ライガ、プログラムはそう言ったのでしょう?」
「……ええ」
ライガは重々しく首肯し、膝の上で両手を握り込んだ。
「だけど、それでも──理性では分かっていてもどうしようもない事って、あるじゃないですか」
シアリーズの言葉に、先帝妃はもう一度「分かっているわ」と肯く。
「あなたがあの子の──アウロラの為に、そう思う事もね。だけど、きっとあなたと同じ事を思っている人たちは、今世界には沢山居る」
その瞬間、ライガが微かに身を強張らせたのを、リクトは見逃さなかった。今テレサ先帝妃の口にした事について、彼はその原因の大部分が自分にある、と考えたのだろう。しかし、今それを口にしたところで場の空気を悪くするだけだと判断し、言葉を呑み込んだのだ。
「私たちが情報を解禁する事は、そういった人たちに、ウカノフが毒餌のような希望を与えて従わせようとする事を容易にしてしまう。イオニアやラオコーンがそうだったようにね」
テレサ先帝妃は、だから、とまとめた。
「私は『影』の正体に関する情報の解禁は、見送るべきだと考えます」
「………」
皆、また沈黙。まあ、そうなるだろうな、という結論だった。
いや、皆の理性的な考えとしては、そうならざるを得ないのだ。しかし、精神的な事を度外視して考えるにしても、情報を伏せておく事にも予見される一定のリスクは存在する。
「赤峨王は」
発言したのはニースだった。「リーマンの人々と『影』の関係については、知らなかったんですよね?」
「ああ、彼は『影』がウカノフの私兵だと思っていたし、リーマンの住民たちがああいう状態になっていたのは、『死に至る灰』を摂取すると『特別な生ける屍』になるせいだと思っていた。あの人たちが、死後に個別化を施された『影』だとは思いも寄らなかったらしい」
リクトは答える。
「私は彼に、ウカノフが秘密を作っている事を明かして彼らに分断を生じさせようと考えた。だけど、イスラフェリオはこちらがそれをしようとしている事は見透かしていて、結果的に何も信じなかった」
「それが、危険だと思うのです。死霊化術と同等の効果を持つ『灰』を摂取させられた人々が死に、『地下』で『影』に転生した後、個別化されて再びこの現実世界に帰って来る……彼らは、『影の部屋』の術を有した神出鬼没のウカノフから命令を受ければ、自らの意思とは関係なくそれを実行する」
リクトは顎を引く。分かっていた事だったが、改めてまとめられるとその恐ろしさが突きつけられるようだった。
それは、昨日までは善良な隣人だった者が突如豹変し、ウカノフの手先に早変わりするかもしれない、という事だった。「蠍」などとは比較にならないレベルの工作員を生み出せてしまう。ライガ曰く、死霊化術によって命を落とした者が「影」となるまでには間に一年のスパンを挟むが、「灰」を用いた死霊化の場合、その一年間という制約は突破出来るらしい。
ウカノフが新生ジフトの所有物としてイスラフェリオに保管させていた聖体の二つ──「左手」と「右手」は両方、彼の手元からなくなった。それらからあらかじめ採取されていた「灰」のストックが残りどれだけなのかは分からないが、彼はドーデムたちに「右手」を奪われた後で、一つの街の住民全ての致死量になるレベルのそれを散布出来た。決して、安心出来る状況ではない。
事によると、既にユークリッドの住民たちの中にも、密かに「灰」を摂取させられて「影」となった者たちが一定数含まれているかもしれないのだ。いや、それどころか、以前レドム・イドゥンらの侵入を許した事から考えて、城内にもそれは及んでいるかもしれない──。
「ウカノフは、『地下』の中であれば自分の毒化術とプレーローマの術を組み合わせて『灰』の効果を再現出来るようだった」
ライガが、ぼそりと言った。
「だけどそれが、何処までの人に有効なのかは不明だ。『地下』自体はプログラムの支配下にあるけど、ウカノフは超越者だからその制約を受けない。ただ、シュラに対しては反感が働いた。きっと、ウカノフが招こうとしても、誰でも彼でも引っ張り込めるって訳でもないんだ」
「確かに。それが出来るのなら、ウカノフは無尽蔵に手駒を増やす事が出来てしまうわ。ユークリッドの人を、皆『影』にする事だって。新王朝である私たちを滅ぼしてバルドバロアを復権するっていう目的なら、それで一発で事足るわね」
テレサ先帝妃は淡々と肯く。
「だけど、ウカノフはそれをしてこない」
「それに関しては、彼は世界各地に聖体を仕込んでいたので、我々を滅ぼす以上に大きな最終目標があるのかもしれません。けれど、ユークリッドの制圧が彼やヘルガクヴィーダにとって都合がいい事は間違いない」
リクトは続けた。
「『影』の正体と『灰』の効果について完全に情報を隠蔽する事で、人々は自分たちに危険が迫っていても警戒出来ず、手遅れになるというリスクが生じる事も想定されます」
テレサ先帝妃の「情報の解禁は見送るべきだ」という意見に関しては皆異論はなかったが、この事も秤に掛けた上で検討せねばならなかった。
聖体の情報を解禁しても今この場に居る”同志”たち以外にライガの復活については明かしていないように、情報を操作するという事も手段の内だ。例えばイスラフェリオがそう信じていたように、「『灰』を摂取した者は特別な生ける屍となり、死霊化術の犠牲者が皆『影』となる事は伏せておく」という風に。
しかしその前に、またライガが発言した。
「リクトの言う事はもっともだ。だけど、皆が警戒したとして……それで、対処方法はあるだろうか?」
皆、痛いところを突かれた、というような顔をした。ライガは「むしろ」と先を口にする。
「それで人々の間に、不信感が広まるリスクの方が大きいかもしれないぞ。俺はそこまで彼らには絶望していないつもりだけど、ユークリッドに相互監視と密告の風潮が起こりかねない」
「では、どうやって人々を守る?」
リクトは尋ねる。反論ではなく、確認のつもりだった。
「それは当然、俺たちが彼らの分まで警戒するんだよ。街中のパトロール態勢を強化する。担当の騎士たちには、殊更に秘密を明かす必要はない。イスラフェリオが捕まったんだ、攻撃のチャンスを虎視眈々と狙っているのは『影』だけじゃない。新生ジフトの連中だってそうだ」
「『蠍』も、そろそろ活発化するでしょうね」
エロイスが相槌を打つ。テレサ先帝妃はシアリーズとジブリ公に視線を向け、彼らと顔を見合わせてから肯き合った。
「状況は、悪化した訳じゃないんだ。むしろ聖体の殆どが集まって、情報も手に入り、イスラフェリオは捕縛出来た。いい事ずくめだ」
ライガはポジティブに言う。
「ただ、今まで見えていなかったものが見えるようになっただけだよ」
「異議なしよ。誰か、他に言いたい事がある人は?」
先帝妃は一同を見渡して確認する。リクトは黙って首を振り、騎士見習いの二人も何も言わなかった。
「では──」
シアリーズが、そこだけは自分の義務だ、というように締め括った。
「ライガとリクトがリーマンで掴んだ情報については、当分は私たちの間だけで共有する、という事に。女王の名の下に、目下ここに居る者たち以外の人間に口外する事を禁じます」
リクト、ライガ、エロイスとニース、ジブリ公は、姿勢を正し、声を揃えて返事をした。
「御意、ヴォートル・マジェステ」
応えながら、リクトはちらりと「今ウカノフは何処に居るのだろう」と考えた。
ライガは、彼はシュラの使役術を解除し、強奪した後、その反感によって共に異空間から弾き出された、と言っていた。だが、リクトが弾き出された直後のライガを路地裏で発見した時、そこに彼は居なかった。
彼は、最後の抵抗としてシュラ諸共何処か別の場所に転移したのか。今は、シュラと新たな主従制約を結び、改めて「地下」に潜んでこちらへの反撃の機会を窺っているのだろうか──。




