『リ・バース』第二部 第13話 Political Enemy③
③ ドーデム・ヤーツ
「父に会わせろ!」
アポイントメントなしでずかずかと拘置所に踏み込んで来た自分に、職員たちはぎょっとしたように身を引いた。背後から、着いて来たペネロープが「ドーデム様」と窘めてくる。
「強引すぎます。迷惑が掛かりますよ」
「知った事か! とっくに僕には迷惑が掛かっているんだ」
ドーデムは手を振り、大股で受付窓口に近づくと、職員の制服の肩をむんずと掴んで揺さぶった。
「ファタリテのドーデム・ヤーツ騎士長だ。父に面会させて貰おう」
「こ、困ります、ヤーツ騎士長。元老長には現在──」
「いいではありませんか」
あわや一触即発という緊迫した空気感の中、ややもすれば場にそぐわないようなおっとりとした声が脇から掛けられた。
噛みつくようにそちらを向くと、そこに蛍光色のマントを纏った騎士が一人立っていた。つい今し方、面会室から出て来たようだった。
「オルフェ……!」
その顔を見るや、ただでさえ血の昇った脳の血管が切れるかと思った。
「貴様か! よくも父上を!」
「落ち着いて下さい、ドーデム。詳しい事情については、これから私たちもゆっくりと調べていきますから。それよりも、面会がしたいというお話でしたね? 丁度、今私も話をして来たところです。取り調べの時でもいいのですが、個人的な話をそこでするのはね」
オルフェ・イェスネットは、ドーデムの剣幕に対してあくまで穏やかな口調を崩さず言った。ドーデムが更に喚こうとした時、それよりも早くペネロープが「個人的な話とは?」と尋ねた。
「今後の選挙についてですよ。詳しくは元老院と選管(選挙管理委員会)と共に話し合わねばならないのですが、国家反逆罪の容疑が掛かっている人物に被選挙権があるのはどうかという事で」
「濡れ衣だ!」
「それを確かめる為に、一刻も早く真実を明らかにせねばならないのです。本当に濡れ衣だった場合、調査が長引いた結果期日までに嫌疑が晴れなかったという理由だけで、お父上の選挙資格が剝奪されてはあんまりでしょう?」
「……っ!」
誰のせいで、と続けようとしたが、ドーデムは口を噤んだ。これ以上は、煉瓦の壁に話し掛けるようなものだ。
こちらが黙り込むと、オルフェは一つ肯き、窓口の職員に向かって言った。
「ナサニエル・ヤーツ元老長に、面会の許可を。ご子息が訪って下さったという事なら、アポなしでも彼はお喜びになるでしょう」
「り……了解しました、蛍虹伯」
職員はあたふたとした調子で言い、「ヤーツ騎士長」と囁いてくる。ドーデムは舌打ちをし、掴んでいたその肩から手を離した。
こちらに一礼し、出て行くオルフェを見ながら、ドーデムは拳を握り締めた。
(今に見ていろ、アッシュめ……!)
* * *
錆びた鉄格子越しに、ドーデムは父と対面した。
この鉄格子には重ねるように障壁因子が張られており、内外から魔術を放って破る事は出来ないようになっていた。その維持は、容疑者が居る側の奥にある扉の傍らに立った警官が行っている。
一晩を明かしただけで、父は大分憔悴を顔に滲ませていた。今まで権力の権化であり、貴族の屋敷でフルコースの晩餐を食し、広い寝室で胡桃木材と絹のベッドで眠っていた彼だ、拘置所での生活は一日でも酷く体に応え、昨夜は満足に眠る事も出来なかったのだろう。
その上で、先程オルフェもやって来た。彼が父に対し、具体的にどのような事を言ったのかは分からないが、決して希望のある話ではなかったはずだ。
「ドーデムか……」
「父上、話は既に伺っています。何故なのですか!?」
真っ先にドーデムは言い、物書き台に拳を叩きつけた。
ナサニエルの後方に控えた警官が、じろりと咎めるように睨んでくる。
「何故……とは?」
不思議そうに尋ねてくる父に、何と鈍いのだろう、とドーデムは焦れったさを覚えながら言葉を紡ぐ。
「あの『右手』は私が父上に託し、自宅にて保管するようにと頼んだものです。何故本当の事を言わず、このような場所に囚われているのですか? 父上があの死霊化者どもと裏で密かに取り引きをしているなどという馬鹿げた疑いも、それならば一発で晴らされるでしょうに!」
「ドーデム」
声を昂らせた時、ナサニエルの声が俄かに硬さを増した。その有無を言わせぬ口調に、ドーデムは反射的に体を強張らせる。
父はふっと息を吐くと、静かに言ってきた。
「お前は少しおかしくなっているのではないか? 私は、お前からそのようなものを貰った覚えなどないぞ」
「何を仰るのです! まだ耄碌されるような歳では──」
「ドーデム様」
ペネロープが、横から容喙してきた。
「何だ!?」
苛立たしくそう言った時、彼女はこちらの耳元に口を寄せ、囁いてきた。
「後ろで、警官が聴いているのが目に入らないのですか? ……お父上様は、身に覚えのない罪を着せられた事で勘づかれたのですよ。これは、シックマン派の陰謀である可能性が高いと。だから、ドーデム様に責めが及ばないよう、お一人で疑いを被り続けるおつもりなのです」
「………!」
ドーデムははっとし、父の顔をまじまじと見つめる。その表情が「やっと気付いたか」と語っているように見え、ドーデムは自らの愚かさを恥じた。ペネロープの言葉が真実である事を、その顔は無言ながら如実に物語っていた。
しかし──だからといって、何だというのか。何故自分だけが庇われ、父は自らの疑いを濃くし、罪が重くなるような黙秘を貫く必要があるのか。一層心身が消耗するだけではないか。
「ドーデム様が自白したからといって、お父上様が無罪放免されるという訳でもないのですよ」
ペネロープは尚も言ってくる。
「お父上様は、例の『右手』の性質を理解した上で、あなたからの保管の依頼を承認されたのですから。聖体の情報は、既にテレサ様によって解禁されています。知らなかった、では通せませんよ」
「………」
確かにそうだった。ナサニエルが「ドーデムから託された」と供述し、それが認められたところで、有罪になるのが父子二人になるだけで、却って状況が悪化するだけだろう。
ドーデムが完全に沈黙すると、父は「ドーデムよ」と呼ばってきた。
「我々は、私利私欲の為に動いていた訳ではない」
彼は慎重に言葉を選び、その「動き」について、「『右手』を使おうとしていた訳ではない」などと、具体的な内容を口にする事はなかった。
「聖光士の暴走を止め、『ネイピアの層状孤児』の──ライガ・アンバースの化けの皮を剝ぐ為の行動だった。そう言ったのは、他でもないお前だぞ」
「……はい、父上」
「私が今回の選挙で三期目の当選を果たさねばならないのも、その為だ。……私の事は心配するな。お前には、私には出来ない役割も果たして貰わねばならない。分かるな?」
噛んで含めるような父からの言葉に、ドーデムはこくこくと肯く。
その途端、不意に目の奥に熱さを感じた。涙が出そうだ、と気付き、それを防ぐ為に両目にぐっと力を込めた。
ペネロープが、物書き台の陰でそっとこちらの拳に触れてきた。
「父上。私の事も、どうかご心配なさらないで下さい」
ドーデムは、低い声音で言った。
「私が必ず、不正の輩に裁きを下してご覧に入れましょう。その為であれば、どのような事であろうと致します」
「頼んだぞ」
父は顎を引いた。
「ドーデム・エルヴァーグ・ヤーツ」
丁度その時、ドーデムとペネロープの居る側の扉が開いた。
「騎士長、そろそろお時間でございます」
外から顔を覗かせた職員に促され、ドーデムは「分かっている」と応えた後、席から立ち上がる。ペネロープと共に、もう一度ナサニエルに向かって一礼し、面会室を後にした。
外に出ながら、胸中で先程の言葉を繰り返した。
(どのような事であろうと……)




