『リ・バース』第二部 第13話 Political Enemy②
② ライガ・アンバース
「改めて、この度はご愁傷様です」
デスタン騎士団の管轄宮、磨羯宮の客間にて、騎士長ネクアタッド・エミルスはライガとリクトに対し、深々と頭を下げた。
ガラルの肉体で復活してから、ライガが彼と顔を合わせるのはこれが初めてだ。ネクアタッドは、ライガが帰らずの地で命を落としてから復活するまでの六年間のうちに唯一世代交代をしていない騎士長であり、リクトは、歳を取っても尚彼の豪快さや戦闘のセンスは衰えていない、と言っていたが、さすがに今ばかりは彼もこちらの記憶にあるハイテンションさは見せなかった。
リクトは首を振り、やはり寂しそうではありながらも昨日までと比べれば大分落ち着いた声色で「いいえ」と言った。
「イェーガーも、きっと本望だったでしょう。彼からの最後の連絡がなければ、我々は浮遊霊姫を捕らえる事が出来ませんでした」
* * *
十日前、リーマンの戦いにて「地下」から弾き出されたライガは、直後に襲って来た街の住民からリクトに救出され、自分が破戒僧正リムゲイ・ウカノフと交戦している間に地上での戦いが終わっていた事を伝えられた。
その後、まず最初に二人でヴォルノ・イェーガー副騎士長の遺体を発見した。
彼の戦っていた路地裏は、地獄絵図と化していた。周囲の建物は抉り取られたかの如く道に面している外壁を崩壊させ──恐らくは爆発を至近距離で受けたのだろうと思われる──、山を成した瓦礫の中に人間の手足や内臓の残骸が含まれ、焼け焦げた土と血肉の混ざった濃厚な羶腥の気を発していた。その爆心と思しき道の真ん中には鏡面を成す程の血溜まりが出来、恐らくは奇形化したイブン・ソニアの操っていた人体が爆散したのだろうと推測出来た。
その中で、ヴォルノは瓦礫に背を預けるようにして息絶えていた。全身、軍装と剝がれた皮膚の区別がつかない程に蹂躙されており、左腕は第一関節の辺りまで炭化していた。傍らには根元から折れた彼の愛剣とHMEが落ち、その画面は作戦に参加している騎士たちにメッセージを送信し、それが完了したという旨が表示されたところで止まっていた。
「イェーガーさんがこれを教えてくれたから──」
リクトは声を震わせていたが、遂には泣かなかった。
「僕たちは、イブン・ソニアの身柄を確保する事が出来た」
彼は追加の陸戦艇を手配し、拘束したイスラフェリオやイブン、ピルツを始めとする捕虜たちとは別に、ヴォルノら戦死した騎士たちの遺体を回収出来るだけ回収してユークリッドに連れ帰る、と言った。
常に眼前の問題への対処に於いて最も効率のいい方法を追求し、精神的な事柄については無視する、という方針を採っていた彼だったが、こればかりは感情を優先させずにはいられないようだった。逆に、全てを一連の事件の解決の為に擲たねばならない中で、必死にその為に力を尽くして散っていった仲間たちに出来る事がそれしかないと思い、その事を申し訳なく思っていた。
凱旋後、シアリーズとテレサ先帝妃に顛末を報告すると、すぐに彼らの葬儀を執り行った。本当は数日分の予定を確保し、国葬規模で費用を掛け、彼らとユークリッドに残った彼らの家族や友人たちとの別れの時間を設けたいとはリクトも思っていただろうが、それもせず、彼らへの身内への報告と火葬、身元の分かった遺体を各々の家の墓へ埋葬する事だけで済ませた。
イスラフェリオやイブンを、いつまでも拘束しておく事にもリスクがあり、可及的速やかに取り調べに入らねばならなかった。前者は纏鎧術を使用すればどのような拘束でも破れるし、後者は吐魂術で看守を始めとした城の人間に乗り移り、脱出する可能性があった為だ。
イスラフェリオは現在、霊魂の出入りを完全に遮断する特別な結界を牢に施す事で纏鎧術の使用が防がれ、またイブンの方は死霊化術を刻まれた魂の通過を防ぐ三途結界──かつて帰らずの地を包んでいたもの──により、吐魂術で幽体離脱したとしても外の人間の肉体を乗っ取る事は出来ないようにされていた。当然、どちらも専門の結界師の力が必要となり、人員は限られている。交代制を採るとしても、長期化して担当者たちの集中が乱れればどうなるかは分からない。
そして、ライガたちがリーマンから帰還した翌日、エロイスやニース、更にカルマ騎士団のラナ副騎士長を始めとする、各地で聖体の捜索を行っていた者たちの一部が帰って来た。
ラナは、旧ジフト領ディアブル地方のルジャンドル鍾乳洞、レトワール首長国フワーリズミーでそれぞれ聖体の「左肩」と「腹部」を発見し、その他の者たちも各地で八つの部位を回収したという連絡を受け取った、と報告してきた。まだユークリッドに届けられていないものもあるが、明日以降順次届く事になるだろう、と彼女から伝えられたのが昨日の事だ。
これで、「右手」と、元の遺体の持ち主を特定する為に不可欠な「頭部」を除いた十三個の部位が集まった事になる。これらも引き続きカルマで捜索する、とラナは言ったが、リクトはそれに対し、
「一旦、カルマの方々には休息を摂って頂きたい」
と言い、ライガの方に目配せしてきた。ライガはその意図をすぐに察した。
ユークリッドへの帰路、ライガとリクトは、それぞれウカノフ、イスラフェリオとの交戦の一部始終や、戦闘中に得た情報について共有を行った。その中で、ライガはウカノフが「ドーデム・ヤーツが聖体の『右手』を持っている」と語った事をリクトに伝えていた。
ドーデムが何故、カヴァリエリ攻略作戦に於いてイスラフェリオを一時的に確保した際に回収したそれについて、シアリーズに報告しなかったのか、という事は交戦中にウカノフからその事を告げられた時点で考えていたライガだったが、改めてリクトと共に話し合った。ドーデムはこちらの正体が隕命君主である事に勘づいているようだが、意図的にこちらがカルマの者たちと連携して行っている聖体捜索を妨害するような事をしているのだとしたら、やはり彼から「右手」を引き渡して貰う為には一悶着ありそうだ。
直接彼に話を持ち掛けても、白を切られる可能性は高い。まずは事実確認を行わねば、と思い、カヴァリエリ攻略作戦でドーデムらと共闘したデスタン騎士団のネクアタッド騎士長に話を聞こう、という事になった。
そして帰還後、ヴォルノたちの簡易的な葬儀を終え、ラナや同行した”同志”の騎士見習い二人と情報交換を行った後で彼を訪う予定だったが、そこで更に思いがけない事実が追加された。
エロイス、ニースの二人は、フワーリズミーでの聖体の腹部──「臓物」を回収した際、ファタリテの騎士フォースタス・ハントに襲撃され、彼を逮捕した、という旨を報告してきたのだ。
* * *
「……なるほど。それで」
ネクアタッドは腕組みをし、椰子模様のあしらわれた天井を仰いだ。
「聖光士らは、フォースタス・ハントがヤーツ騎士長らの命令によってエロイス君たちを襲ったとお考えなのですな」
「まだ断言は出来ませんが、そのような可能性も否めないという事です。ファタリテが──というより、ヤーツ騎士長の周辺の者たちが、私たちの動きとは別に、独自に聖体の収集を行い始めたのであれば」
リクトは、慎重に言葉を選ぶようにしながら言った。
「テレサ様は、聖体の回収を正式な王命とする為、情報を解禁されました。もしもハントのフワーリズミーにての行動が、ヤーツ騎士長からの指示に基づくものだったとすれば、それは明確な皇家への反逆行為です。その上、同じ騎士団の者の殺害までも実行に移すなど……」
「お気持ちはお察しする。聖光士にとっては、フォルトゥナの──直属の部下が命を狙われた訳ですからな」
「これはエミルス殿を疑っているからではなく、あくまで手続きの一環として確認する事なのですが」
リクトは尋ねた。
「エミルス殿はカヴァリエリで件の魔導具を回収した折、それが聖体である事は知られていたのですね? その上で、あなたの口から女王陛下とテレサ様に報告を申し上げる事はなかった、と」
「ええ。モルガンにてヤーツ殿らが入院されている間、イタキ殿が彼からの伝言として、私に、聖体の発見については総指揮官のヤーツ騎士長が報告する為、決して口外しないように、と。ものも、ファタリテに預けました」
ネクアタッドは、だから今こうして直接リクトから語られるまで、ずっとドーデムがとうに報告を行ったものだと思っていたらしい。
これで、ドーデムが現在「右手」を所持しているという裏づけは取れた。という事は、彼やネクアタッドが帰途で「影」に襲撃を受けた理由も、敵が「右手」の奪還を狙ったという事なのだろう。
ライガは、机上で送信先を設定しないまま音声入力を行っているリクトのHMEを見た。ネクアタッドの発言を記録し、証拠として提示すれば、司法に動いて貰いそれなりに強制的な捜査を獅子宮に対して行う事が出来る。
リクトは感情を抑え、決して事実を確認するまでドーデムに対して早まった判断は下さないようにしようと考えているようだったが、ライガはそこまで冷静になれる気はしなかった。
ドーデムが自分を憎み、もしも自分が復活したという噂が本当ならば改めて処刑しようなどと考えている事には、無理がない。自分は実際に、ヴァイエルストラスで彼の友人であったゼムン・タッドポールを殺害し、またマロン=エキュレット・エルヴァーグが自分が原因で命を落とした事で、その父であった先代騎士長ロディのその後の人生を狂わせた。ドーデムは、ロディを尊敬していたのだ。
しかし、だからといって彼が、こちらを追い詰める為の何らかの思惑で聖体の私物化を目論み、その為にエロイスやニースをも邪魔者として排除させる事を厭わなかったのだとしたら、その事は許せない。
それは違うだろう、と思った。悲しみや苦しみを経験した者が、何をしてもいい訳ではない。その事はライガ自身が、身を以て理解していた。
「ハントは、取り調べには何と?」
今度はネクアタッドの方から質問してきた。
「完全黙秘をしているとの事です。フェートの担当者曰く、雑談にすら応じる気配がないと」
「左様ですか……」
ネクアタッドはやや考え込むような素振りを見せてから、徐ろに言った。
「状況証拠だけでは、エロイス君たちの殺害未遂についてヤーツ騎士長からの教唆があったと立件するのは難しいでしょうな」
「ひとまず、彼は宝瓶宮への出頭には応じているそうです」
リクトは言い、唇を噛む。
「しかし、果たして自白するか否か……エミルス殿の仰る通り、フワーリズミーの一件についてはハントの独断だったと言い張れば、それを否定する材料は存在しないのですからね」
「蛍虹伯は何と?」
「まだ、ヤーツ騎士長の供述については何も伝えられておりません。彼の聴取が始まったのも、今朝の事だったのですから。恐らく、まだ続いているでしょう」
「はあ……彼も大変ですな。私も、モルガンの時点で何かがおかしいと気付いておくべきでした」
ネクアタッドの呟きに、ライガはつい「自業自得だ」と口を挟んでしまった。
彼とリクトの視線が自分に向くのを感じ、慌てて「いや」と取り繕う。意図的に幼い口調を作り、ごまかした。
「あの人はリクトに、酷い事を言ったんだ。それに、泥棒したんでしょ?」
「確かにそうなんだけどね」
リクトは分かっているのか、微かに苦笑しながらこちらの頭に手を置く。
「ともかく、ハントへの教唆の件は措くとしても、『右手』の私物化に関しては十分に彼を逮捕出来るだけの証言があなたから得られました。今後は、更にフェートの捜査に於いて可能な事も増えるでしょう。今以上に綿密な調査が行われれば、状況証拠以上の手掛かりが発見出来るかもしれない。エミルス騎士長、我々へのご協力、感謝申し上げます」
「何の何の、お安いご用ですよ」
ネクアタッドは、頭を下げたリクトの前で両手首を振った。
「私も、自分がうっかりしていたばかりに聖光士の足を引っ張っていたなどという事になっては寝覚めが悪いですからな。まあ、私の寝覚めが悪いのは昔からの事ではあるのですが」
* * *
しかし翌日、事件は思いがけない方向に進展を迎えた。
フェート騎士団が、匿名の密告があったとしてヤーツ邸を家宅捜索したのだ。しかしその嫌疑の対象となったのはドーデムではなく、彼の父親、元老長ナサニエル・ヤーツだった。
その内容とは、ナサニエルが「右手」を自宅に保管し、「影」に対し、彼らがそれを莫大な政治資金と引き換えに買い取るという取り引きを持ち掛けて契約を成立させた、というものだった。
捜索の結果、ヤーツ邸からは「右手」と共に、その事を裏づける「影」からの返信──契約に同意するという旨の返事──をしたためた書類が発見された。
それにより、ナサニエル・ヤーツは逮捕された。




