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『リ・バース』第二部 第13話 Political Enemy①

  ① ナサニエル・ヤーツ


「あなた、ちょっと……」

 呼び鈴が鳴り、玄関に応対に出た妻エレクトラから強張った声で呼ばれ、何事かと思いながら顔を出したナサニエルは思わず腹の底に力を込めた。

 動揺したが、それを態度に表さないようにしよう、と咄嗟に意識した結果、そうなった。最初から、何か疚しい事があるのではないかなどと思われてはならない、という思いがそうさせた。

 雨雲の垂れ込め、甘ったるい土気の混ざったペトリコールの漂う玄関先に、箔糸(ラメ)入りの蛍光色(フルオレセイン)のマントを羽織った騎士たちが並んでいた。

 フェート騎士団。帝国首都ユークリッドに於いて、司法を担う者たち。

「元老長、ナサニエル・ヤーツ議員」

 彼らを率いるように先頭に立った男──蛍虹伯(ラルクアンシエル)オルフェ・イェスネット騎士長はこちらの名を呼び、羊皮紙の巻き物(スクロール)を広げて見せてきた。

「あなたに、家宅捜索の令状が出されております」

「何ですって?」

 エレクトラが目を円くし、ナサニエルの方を見る。ナサニエルは、息子ドーデムが持ち込んだ聖体(エウカリスト)の「右手(デクステラ)」の事をちらりと考え、もしかしたら、と思ったが、その事については口にも顔にも出さなかった。

「何の捜査に関してか?」

 声を低め、尋ねる。オルフェはやや困ったような顔で頭を掻きながら、すぐ後ろに立つ腹違いの姉、ブラダマンテ副騎士長と視線を交わし合う。

 思わせぶりなその仕草の後、彼はこちらに向き直り、

「強いて言えば……国家反逆でしょうか?」

 と言った。

「いえね、まだ犯人を逮捕するにしても、罪状をはっきりとは表白し難いところがあるのですよ。窃盗、横領……いえ、それが目下最も重要な物証だったので、公務執行妨害という扱いになるのでしょうか」

「……話が見えませんな。いずれも、私には身に覚えのない事なのだが」

 ナサニエルは、もう少し探りを入れるべく言う。

 オルフェは羊皮紙をもう一度くるくると丸め直すと、筒状になったそれを軽く左手に叩きつけながら語った。

宝瓶宮(サダルメリク)に、手紙で匿名の密告があったのですよ。何でもヤーツ侯、あなたが聖体(エウカリスト)の一つをを私物化し、今回の選挙戦に於いてあの『(スカー)』なる死霊化者(ネクロマイザー)たちから不当な献金を受けようとしている、という」

「差出人も不明の通報だけでは、令状の発行は不可能だ」

「無論、それだけではありません。その後、あなたの推薦人であるハント男爵が逮捕されましてね」

 オルフェの言葉に、ナサニエルは思わず耳を疑った。

「逮捕?」

「ええ。私も、信じたくはなかったのですが……どうやら彼は、フワーリズミーにて聖体(エウカリスト)捜索の任に当たっていたカルマのラナ副騎士長らを襲ったらしいのです。彼女に同行していたフォルトゥナの騎士見習い二人がその逮捕に貢献してくれたという事でしたが──」

 彼は、そこでこちらの内心を探ろうとするかのような鋭い目つきになった。ジフト戦役終結後の彼といえば、常に朗らかな笑みを絶やさない事で人々からは認知されていたので、ナサニエルはやや意外に思う──そのような顔もするのか、という気持ちだった──と共に、反射的な恐怖を覚える。その一瞬の後、息子と同年齢の彼にそのような感情を抱いた自らに憤ろしさを感じた。

「特に他意があって言う訳ではないですが、ハント卿は現在、我々の取り調べに関しては黙秘を貫いています。彼の口からあなたの名前が出る事も今のところありませんが、実際のところはどうなのです?」

「………」

 ナサニエルは押し黙る。

 確かに自分は、ドーデムから「右手(デクステラ)」を受け取り、自宅に保管した。更にはそれを用い、今を時めく聖光士(バロラント)を失墜させる事を予定していた。フォースタス・ハントにラナたちを追わせたのも、世界各地に散らばった聖体(エウカリスト)の在処に法則性を見(いだ)し、更に彼女らを密かに始末すれば次からは聖光士(バロラント)とガラル=ライガを直接捜索に当たらせる事が出来、あわよくば予備の聖体(エウカリスト)も確保出来るという一石三鳥を狙った為だ。

 だが、「(スカー)」からの献金とは?

 ナサニエルには、死霊化者を擁護する気など毛頭ない。彼らの為に、ファタリテの先代騎士長ロディ・エルヴァーグは生涯を狂わされ、失意の中でこの世を去らねばならなかったのだ。

 ましてや、「(スカー)」は現在正体すらも分かっていない謎の集団だ。ドーデムは彼らによって襲撃を受け、命すら危うくなっている。そのような者たちと、自分が裏で手を結んだりする訳がないではないか。

(そもそも、匿名の密告とは何だ? 誰がそのような事をした? いや、それ以前にそのような事が、本当にあったのだろうか?)

「……まあ、いいでしょう」

 蛍虹伯(ラルクアンシエル)はふっと息を()くと、「宜しいですね?」と念を押すように言った。

「疑いを晴らすには、我々に捜索をお許し頂く事が最も手っ取り早いのですよ。選挙戦も大事な時期に差し掛かりつつあります、悪い風聞が広まり、支持率に影響が出る事はお望みではないでしょう?」

「………」

 ナサニエルは口を引き結びながら、頭を素早く回転させた。

 考えながらエレクトラの方を見、不安そうな彼女──彼女は夫と息子が「右手(デクステラ)」を自宅に持ち込んだ現場に立ち会っている──の目と視線が交錯した時、心の中で覚悟が決まった。

 この手の「司法による介入」が、捜査対象にとって拒否権の存在しないものである事は言わずもがなだ。たとえ任意であっても、断れば「何か疚しい事があるのか」という圧を掛けられ、実際には半強制的に協力を求められる。令状など発行された状況では、抵抗すれば対応が厳しくなるだけだ。

 城を急襲した「(スカー)」との癒着が事実ならば、それこそ国家反逆罪だ。しかし、ナサニエルは事実としてそのような事はしていない。自宅から聖体(エウカリスト)の一つが発見されたところで、それだけであればまだ何とか言い逃れが出来るかもしれない。フォースタスが裏切って口を割ったところで、自分が彼に命令を出した時のやり取りは記録されている訳でもないのだから、こちらが彼の独断であると言い張れば証拠至上主義の裁判では「疑わしきは罰せず」という事になるかもしれない。

 ──「かもしれない」ばかりだが、こうなったからにはその可能性に賭けるしかなかった。

 それに、捜索を受ければ、その結果「(スカー)」との癒着という事に関しては間違いなく潔白が証明される。

 ナサニエルは、妻に「心配するな」と目で語り掛けた。

 オルフェの方に向き直り、「分かった」と肯く。

「思う存分、捜索してくれ」

「ご協力、感謝致します」

 彼は慇懃に頭を下げると、手を振って部下たちに合図する。ブラダマンテを始めとするフェートの騎士たちはこちらに一礼し──まだ逮捕されていない自分は容疑者ではなく、搢紳(しんしん)なのだから彼らが礼儀を尽くすのは当然だった──、きちんと靴を脱いで屋敷に上がり込んで来る。

 その間、ナサニエルはエレクトラと共に、オルフェに付き添われながら玄関先で待機する事になった。

 こちらが許可を出すや、オルフェの表情は再び普段通りの温和で人懐こそうなものに戻っていた。しかし、一度先程のような顔を見てしまうと、どうしてもその表情は作り物のように感じられてならない。

 彼は現在自分が争っているもう一人の次期元老長候補カピタン・シックマンの推薦人だったな、という、やや場違いな思考が脳裏を()ぎった。

 取り立てて公約に目新しいものがなく、現職の議員としての実績もそこまで目立ったものではないシックマンの支持率の伸ばし方には、やや異常とすらいえるものがあった。そして、それを実現させているのがこの蛍虹伯(ラルクアンシエル)だ。

 自宅に「右手(デクステラ)」が保管されている以上、自分の逮捕は免れない。その後起訴されるか否かはさておき、その時点でこちらにマイナスイメージがつく事は否めないな、と思ってから、ナサニエルははっとした。

 ──それは、さぞシックマンにとっては都合のいい事だろう。

(まさか……)

 無意識に、オルフェの横顔をまじまじと見つめてしまう。

 或いは本当に、そうなのだろうか。この家宅捜索は、彼がこちらの支持率を下げる為に行った事なのだろうか。

 考えてから、いや、と思い直す。

 根拠のない想像であり、現時点では邪推に等しい。自分が「右手(デクステラ)」を持っている事は事実だし、フェート騎士団はこれまでも、事件が起これば重要参考人の居宅を捜索する役割を担ってきた。そもそもオルフェたちには今まで、こちらの聖体(エウカリスト)保管について知る機会はなかったはずだ。

 それに、シックマンへの援助はオルフェが個人的に行っている事であり、騎士団は関係がない。幾らオルフェが騎士長でも、令状という公文書がある以上、司法を私物化して動かす事は出来ない。

 では、「匿名の密告」があったというのも事実なのか。自分たち一家と、フォースタスを除き、この家に「右手(デクステラ)」がある事を知っているのは、助言役(アドバイザー)のオイゲン・ルージュモン、ドーデムの秘書ペネロープ・イタキ、副官エッガ・セルの三人のみだ。彼らのうち誰かが裏切ったという事か?

(仮にそうだとしても、そいつは何故『(スカー)』との癒着などという事実無根の事まで含めたのだ? そのような証拠がない事など、いざ家宅捜索をさせればすぐに判明する事ではないか)

「………? 私の顔に、何か付いていますか?」

 こちらの視線に気付いたらしく、オルフェが自らの頰に触れた。ナサニエルは「いや」と首を振り、慌てて視線を逸らす。

 落ち着け──ナサニエルは、自らに暗示を掛け続ける。

 オルフェが仮に、シックマンの為にこちらを陥れようとしているのであり、フォースタスが聖体(エウカリスト)捜索を行うラナたちを襲撃して逮捕されたという事から「ナサニエルが聖体(エウカリスト)を私的利用しようとしている」という筋書きを思いつき──たまたまそれが事実に吻合してしまった──、家宅捜索にかこつけて証拠を仕込み、あたかも現場からそれを回収したように見せかけようとしている、と考えてみる。それを実行する為には、目下捜索を担当している騎士たちの中に一人ないしは数人の協力者を含める事は必要条件だ。

 令状を発行するのは裁判所であり、特に今回のナサニエルとオルフェのように、調べる側と調べられる側に利害関係がある場合、証拠の捏造を防ぐ為に担当人員の選出も裁判官が行う。オルフェは騎士長なので外せない──家宅捜索に必ず立ち会わねばならないフェート騎士長と対象者が利害関係に在るなどという状況は相当起こる確率の低い状況だが──にせよ、彼に都合のいい”協力者”が上手く選出されるとは限らないし、選出後に彼がその中の数人に協力を持ち掛けたと考えるのは不自然だ。幾ら騎士長の命令でも、司法を担うフェートの騎士の誰もが、そのような明確な不正行為に一も二もなく従うという訳ではないだろう。

 よって、この仮定は棄却せざるを得ない──()()()()()()

 畢竟、思考実験だけではどうしても限界があった。

 オルフェから視線を逸らし、代わりに妻を見やると、彼女もまた、こちらを咎めるように見つめていた。だが、その成分は怒りよりも不安の方が(まさ)っているようにナサニエルには感じられた。

 だから、変な事はして欲しくなかったのだ──エレクトラの目は、無言のうちにそう語っていた。

 彼女は、ナサニエルが逮捕された時、裁きの手がドーデムにまで及ぶ事を憂えているのだ、と思った。これから必ず発見される「右手(デクステラ)」、それが仕込まれた魔導具(リゼルヴァス)を持参したのは、ドーデムなのだから。

 しかもそれは、彼が王命によって新生ジフト軍と戦った際、回収されたものだ。中身の「右手(デクステラ)」の事は話題になっていないのでどうだか分からないが、それ自体は他のファタリテの騎士たちや、共同で作戦に当たったデスタンのネクアタッド・エミルス騎士長らも見ているだろう。

 捜査が進み、関係者の証言が集まれば、ドーデムの”有罪”は成立してしまう可能性が高くなる──。

「心配するな」

 ナサニエルは、それだけを口にした。その言葉には、いざとなれば自分が一切を肩代わりする、という思いを込めたつもりだった。上手く妻に伝わってくれればいいのだが、と思う。

 そのまま、十五分程が経過した頃だった。

「オルフェ! ……いえ、蛍虹伯(ラルクアンシエル)

 ブラダマンテが、一枚の紙を手に玄関から飛び出して来た。

 聖体(エウカリスト)が見つかると予想していただけに、それより先に何が見つかったのか、と不安になる。オルフェが姉からその紙を受け取る横から覗き込もうとしたが、彼は素早く腕を引っ込めた。

「当事者による細工を防ぐ為、第一に私が目を通す決まりとなっています。どうかご理解下さい」

 オルフェは有無を言わせぬ口調で言い、ナサニエルから一歩離れて書面に視線を走らせ始める。読み進めるに連れて、その眉間に皺が寄り、表情はどんどん険しいものになっていった。

 やがて彼は顔を上げ、「ヤーツ侯」と呼ばってきた。

「これはちょっと──洒落になりませんよ」

 ブラダマンテが、信じられない、という表情でこちらを見ている。エレクトラがこちらの腕に掴まりながら、「あなた……」と呟いた。

「『元老長ナサニエル・ヤーツ殿。我々「(スカー)」は貴殿の提示された条件を呑み、一千五百万セレスでの聖体(エウカリスト)取り引きの交渉を承る(よし)、下記の通りに詳細のご相談を申し上げる。 影の人(スカーサハ)』──」

 オルフェが読み上げるのを聴きながら、唇を噛む。

 全く身に覚えのない事だった。正直なところ、混乱が冷めやらない。しかし、自分以上にブラダマンテの方が怯えたような顔をしており、それはとても演技には見えなかった。彼女は本当に、この家の何処かからこの文書を発見し、ここに持参したのだろう。

 では、やはり──ナサニエルは拳を握り締めた。

「ヤーツ侯。……我々に、ご同行願えますね?」

「……ああ」

 オルフェの言葉に、ナサニエルは低く抑えた声でそう応えた。

 遠雷が聞こえ始める。秋雨が降るのだろう。

 本日より『リ・バース』は七巻目に突入します。第十三話のサブタイ「Political Enemy」は「政敵」の意味で、次期元老長選挙に於けるナサニエル陣営の対立候補であるシックマン陣営及びその陰の立役者オルフェ、ないしは現職の元老長でありながら聖体(エウカリスト)を隠匿し、「(スカー)」との癒着について疑惑の浮上したナサニエル本人を指します。後者の場合、「(スカー)」との癒着は事実無根なので皮肉な題でもあります。

 で、第一回目にしてナサニエルは逮捕されてしまいましたが、何故ドーデムが自宅に聖体(エウカリスト)の右手を持ち込んだ事がバレたのか、何故「(スカー)」との間で交わされた密約文書などというものが発見されたのか、という事についてはこれから作中でも捜査が進んで行きますので、混乱しても焦らずに先の投稿をお待ち下さい。この辺りは真偽の分からない情報が錯綜したり、キャラ間で嘘がつかれたりするので作者自身も書きながら混乱しました。

 とはいえ、ここからはリーマン攻略作戦では明らかにならなかった謎、新たに増えた謎が怒濤の勢いで回収されていきます。また、作中でこの人物は知っているけどこの人物は知らなかった、というような情報についても共有が進みます。一回分でも飛ばされると「あれ?」となるような事もあると思われますので見逃し厳禁です。

 それでは引き続きお楽しみ下さい。ここまでお読み下さりありがとうございました。

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