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『リ・バース』第二部 第12話 Xenogenesis⑧

「こんな所に隠れてやがったのか」

 ライガは低く唸り、オムグロンデュを握り締めた。

「我が腹心──『(アラクラン)』は、貴様たちが考えている以上に各地で活動を続けているのだ。旧公国が亡びて尚、我らイスラフェリーの大義を解する者たちは存在する。そういった戦後派(アプレゲール)を、彼らにはスカウトして貰っている」

「よく言うぜ。ヴァイエルストラスの戦いじゃ、ブラウバートを置いて真っ先に逃げ出した癖に」

 ライガは言ったが、イスラフェリオは無視して続けた。

「その『(アラクラン)』たちが社会の情報を収集する中で、ライガ・アンバース、貴様の行動についても耳に入ってきている。どうやら、北方の帝連軍に対して誅戮を加えているらしいな。各地に分断され、我々と同様雌伏を余儀なくされた同胞を暴き、攻撃する者たちに」

 彼は言い、空いている左手の指先でこちらのオムグロンデュを指差した。

「我が弟妹たちへの恩讐から、そのような忌まわしき力をも身に着けた貴様が。私が二年前に戦った時、貴様は我々ジフトを憎悪し、根絶やしにする事をすら望んでいたのではなかったか?」

「……見ろよ、こいつを」

 ライガは、シュラの方を顎でしゃくって示した。

「お前の甥っ子だ。こうして生ける屍(リビングデッド)にする事でしか、生かせなかった。こいつはもう十一歳のまま、歳を取る事もねえ。……たった十一の男の子だぜ? お前がとんずらして、ブラウバートも死んだ。直系唯一の第三世だからって、この子が崩れかかった公国を立て直して帝連にリベンジするなんて事、出来るか? 出来ねえだろ、普通は。それなのに奴らは──帝連の連中は、この子やお前のお母さん、他にも大勢の人を殺しやがったんだ」

「母君が……そうか、なるほどな」

 イスラフェリオはやや眉根を寄せてから、すぐに表情を元に戻した。

「何にせよ、ライガ・アンバース。貴様は今、帝連に対する敵対者という点で我々と立場を同じくしている。戦時中の宿怨の事は水に流し、どうだ、我々新生ジフトと手を組まないか?」

「は……?」

 思いがけない彼からの言葉に、ライガは思わずぽかんとなった。

 咄嗟に脳内でその言葉の処理が追い着かず、追い着いた瞬間、あまりにも都合の良い態度に怒りで体がかっと熱くなった。

「イスラフェリオ、お前さ、何か勘違いしているんじゃねえか? 俺は帝連からは離れたが、別にジフトの味方をするって決めた訳じゃねえ。お前たちも、これからまた戦を起こして平和をぶっ壊すような事をしようっていうなら、俺は容赦なくこの力を使うぜ」

 言ってから、感情に押し負けそうな一部の冷静な自分が、「お前が言える事か」と心の奥から叱責の言葉を掛けてきている事に気付いた。

 それを無視し、ライガは更に言った。

「ジフト戦役が始まった時、シュラはまだ六つだった。いや、ブラウバートが身勝手に自分を押し通そうとしてジフト・ビギンズを殺した時、過激派のイスラフェリーが帝連との全面戦争を前提に国を興した時から、こいつはもう生まれてこの世に居たんだよ。戦争になったらこいつがどういう事になるか、お前たち家族は何も考えなかったのかよ?」

「ならば、ランペルールの地を一方的に併合し、民を疲弊させた帝連にこそ、戦争という究極手段しかないという人々の意思を育んだ原因があるのではないか? 我が父ブラウバートとジフト・ビギンズは、あくまで彼らの代弁者として政治の表舞台に立っただけだ」

 イスラフェリオは言い、こちらが反駁する前に(てのひら)を突き出して制しながら「やめよう」と続けた。

「原因を追究すれば、このように何処までも遡れてしまうのだ。最早そのような事に意味はない。ライガ・アンバース、貴様も自らが目下行っている行為も、必ずしも正当化出来るものだとは思っていないのだろう?」

「……ああ、確かにそうだ」

 ライガは息を()き、以前よりもずっと困難になった感情の制限に努めた。

「試したのか? 俺が寝返った訳じゃないって事を」

「あくまで手続き(シークエンス)の一環だ」

 これもそうなのだが、と彼は前置きする。

「貴様は我々がここに隠伏している事を、帝連に告げるか?」

「……いや」

 ライガは首を振る。

「どうせもう、俺の言う事を連中が信じるとも思えないしな」

「そうか」

 イスラフェリオは顔色一つ変えなかった。

 やや、両者の間に沈黙が漂う。しかし緊張は依然続いたままで、変わらないどころか徐々に先鋭化すらしていた。ライガは意思だけでシュラを押し留めたまま、次の瞬間に起こる事を考え続ける。

 イスラフェリオは、襲って来るだろうか? しかし、警戒していればそこまで危機的な状況にはならないはずだ。彼が予備動作を見せた瞬間、「死の結界(デスゾーン)」を発動すれば決着は着く。纏鎧術(アルマドゥラ)で強化されたイスラフェリオの脚力がどれ程のものだったとしても、大剣ドミナシオンがこちらに到達するまでには、自分たちの間にある連続した空間を必ず経由せねばならない。

 彼も、その事は分かっているはずだ。この場でこちらと戦う事が自身にとっての不利だと判れば、何もせずに立ち去る可能性も高い。その場合は、自分はどうすべきだろうか──。

(潜在的脅威として、ここで倒しておくか?)

 今し方の短いやり取りだけで、イスラフェリオがジフトの再興を諦めておらず、今まさに準備を行っている最中である事はよく分かった。

 終戦間際、彼が首都から逃亡したのは、やはり自らの命を惜しんだ為ではなかったのだ。帝連の戸籍は失われていたし、顔を変える方法など幾らでもあるのだから、世捨て人となってでも帝連軍による追跡を逃れて生き延びようとすれば、絶対に不可能という訳でもなかったにも拘わらず、彼は水面下で(きた)るべき反撃の時の為に爪を研いでいた。

 しかし……

(俺が本当にジフトの味方につくなんて事、イスラフェリオも真面目にあり得るなんて考えていた訳じゃないだろう。だったら何で、こいつはわざわざ自分から俺の前に姿を見せた?)

 その時(おもむ)ろに、彼が口を開いた。

「──死霊化術」

「えっ?」

「その力は(まこと)に、実用的な戦力として有効な力か?」

 イスラフェリオの問いに、ライガは眉を潜めた。

「どういう事だよ?」

「魂の総数を減らし、人の世を破滅に導く禁術。使用者は否応なく、”告解(コンフェッシオ)”にて清めきれぬ程の罪業(クリム)を負う。恐らく、それを魂に刻んだ時点で、煉獄(インフェルノ)を経ずに従来の輪廻に立ち返る事は不可能になるのだろう」

「まあ、そうだな」

 ライガは、探るように慎重に答えた。

「だけど、未来世(ポスト・ヴィータ)の事なんて今のうちから考えていられるかよ。非忘却者(アレセイア)に生まれ変われる可能性だって、元々あってないようなもんだ。それが完全になくなったところで、残念だとも思わねえ」

「前者のリスクについては、言及すらしないのだな」

「今世界にある魂の数なんて、本当に数えた奴が居るのかよ? それこそ、全世界の人間が皆死霊化者になったりでもしない限り、魂が実感出来る程減るなんて事は有り得ねえだろ」

「ならば、その力が新たな戦力として捉えられるようになる事は」

「俺は全然、ありだと思う」

 その結果としてリクトたちを傷つけ、奪ってはならない命をすら奪った。しかしそれは、ライガ自身の問題だ。

 少なくともライガは、シュラが今──おかしな言い方になるが──死霊化術によって生かされている事をも、間違いだなどとは思いたくなかった。

 イスラフェリオはこちらの言葉を吟味するように再び口を閉じ、やや顎を引いて考え込んでいるようだったが、やがて(きびす)を返した。ライガは、先程まで彼が立ち去る時の方法についてあれこれと考えを巡らせていただけに、やや虚を突かれた気分になった。

 彼は、こちらが背後から死霊化術で攻撃するなどの危険性について、何も考慮していなかったのだろうか?

「おい、イスラフェリオ──」

「ライガ・アンバース」

 言いかけたこちらの言葉を遮り、イスラフェリオは呼ばってきた。

「私は貴様のする事について、殊更(ことさら)に容喙するつもりはない。しかし、気を付ける事だ。きっと貴様はそう遠くない将来、決して安らかとは言い難い最期を遂げる事になるだろう」

「何だ、そんな事か」

 ライガは意図的に笑う。

 そうだろうとは、自分でも思っていた。だが、他人から言われるとやはり少々揺らいでしまいそうになる事は、如何(いかん)ともし難い。

「その時はその時だよ」

「………」

 イスラフェリオは、最早何も言う事はなかった。

 腐葉土を踏み締めながら、悠然と遠ざかって行く。ライガは、まだ迷いながらもオムグロンデュを持ち上げ、その先端を彼の背に向けたが、すぐにその手をゆっくりと下ろした。

 臨戦態勢を整え、白目を剝き出していたシュラが、戸惑ったように人の表情を取り戻した。ライガはそこで初めて、彼は伯父であるイスラフェリオに対して何も言わなかったな、という事に気付く。

 最早赤峨王(クレイモア)は、シュラにとっては親族としての情を寄せるべき相手ではなかったという事か。或いは、元から彼らが甥と伯父として触れ合う機会は存在しなかったのだろうか──。

「……いいんですか、ライガ?」

 シュラはそう尋ねてきた。

「僕が、やらなくても?」

「いいんだ、シュラ」

 ライガは答え、彼の頭に(てのひら)を載せた。

「お前が、そんな事をする必要はないんだよ」


  ⑦ PHASE〈7〉


 帝連軍と隕命君主(ロアデモート)ライガ・アンバースの追逃劇はその後、約一年に渡って繰り広げられる事となった。

 その間、ライガによる死霊化術の犠牲者となった者の数は、帝連とジフト双方を合わせ、数千とも数万とも言われている。神出鬼没、変幻自在の彼は、北方のみならず世界を恐怖に陥れた。

 翌年、帝暦九三年の六月上旬、ライガはモンド地方ガウスを襲おうとし、総督ドナルド・タイランの雇った冒険者パーティー、イオニア・キンメリッジ一行が郊外で彼を奇襲、負傷させ帰らずの地(クル・ヌ・ギ・ア)に撤退させる事に成功。これがライガにとって、最初にして最後の黒星となる。

 タイランからの報告を受け、翌七月、五大騎士団は北方へと派遣され、総力を挙げて帰らずの地(クル・ヌ・ギ・ア)攻略作戦を実行した。

 この戦いの結果、ライガはリクト・レボルンスによって討たれた。

 それから一週間後、赤峨王(クレイモア)イスラフェリオ・イスラフェリーはカヴァリエリに出現し、新生ジフトの建国を宣言。

 莞根士(ラーディッシュ)アルフォンス・デルヴァンクールはこの作戦で怨霊(ルブナン)から死の呪いを受け、二年五ヶ月が経過した帝暦九五年十二月、リクトと愛妻メルセデスに看取られながらこの世を去った。

 第二部第十二話「Xenogenesis」はこれで終わりです。『リ・バース』も単行本換算で六巻分が終了しました。ライガは復活後記憶をなくしていましたが、今回で彼がその期間中に隠遁中のイスラフェリオと会っていた事が分かりました。彼は復活後、自らが死霊化術を使用した事でリクトたちを傷つけた事を悔いながらも術を使う事をやめませんが、それは彼が自らの罪を死霊化術のせいにせず、使用する人間にこそ罪があると考えている為です。結果的に、ここでライガが死霊化術について「ありだ」と言った事はその後のイスラフェリオが新生ジフト内で術を合法化する事について背中を押す事になった訳ですが、これをライガの罪に含めるか否かは皆さんの判断に委ねます。

 今回の内容に、リクトとシアリーズがお互いに腹を割って話す場面があります。本作の人間関係が複雑化した原因にはライガやリクトがシアリーズに対して気を遣いすぎている事があると作者自身は思っています(途中、ちょっとそれで彼女が我儘に見えるという声が出ないか心配でした)が、純粋な女の子の恋心って多分こういうものだとも思います。執筆が終わった今、最終的に彼女が出した結論はやはり私としてはこれしかないよなというものだったのですが、勿論まだネタバレはしません。読者の皆さんがどう受け止めるのかは、その場面が投稿される日になるまで待ちます。


 ところで今更ですが、シアリーズの愛称が何故「リーズ」ではなく「リィズ」なんだ、という事について説明を。彼女の名前は「Seres」と綴られる事が既に作中で明らかになっていますが、これはスペイン語で「存在(ser)」の複数形であり(「ser」はbe動詞でもあります)、姓の「ゲネラッテ(Generaté)」が「generate(生成)」に由来する事に関連しています。英語読みの「セレス」は作中に登場する帝連の通貨単位セレスがソレスティア帝国(Celestia)の国名に由来する事にも通じ、帝国女王としてのロールを印象づけるものでもあります。が、愛称を名前の一部分を切り取ったものとすると「Res」になってしまい、この綴りだと「リーズ」ではなく「レス」や「レズ」などと読めてしまいます。

 英語の人名で「William」が愛称だと「Bill」になったり、「Michael」が「Mike」になったりしますが、上の理由により「Seres」も綴りが変化する可能性があります。ライガと同じく公式の綴りは決めていませんが、「リーズ」より「リィズ」の方が可愛い感じがする、と思うのは恐らくは私だけではないはず。


 次回からは現代編に戻ります。リーマン攻略作戦が一段落し、次からは王宮を主舞台に「ユークリッドに火花散る」といった趣の話になります。リーマン編の投稿期間中は殆ど動きのなかった同期組(ドーデム、オルフェ、ノレムなど)も動いてくれますのでご期待下さいませ。

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