『リ・バース』第二部 第12話 Xenogenesis②
② リクト・レボルンス
「……フォルトゥナの騎士、レボルンス、リクト」
名前が読み上げられ、リクトは「はい」と返事をしながら赤い絨毯の上を進む。行く手では、シアリーズが儀式用の宝剣──「福音」の名を持つ真珠色の直剣──を手に待っている。
彼女は、年度が替わる前に既に玉座を継いで女王となっていた。
(リィズ……)
リクトは一歩ずつ足を運びながら、儀式場も兼ねた天秤宮の合同訓練場の壇上に立つ彼女が今までよりもずっと小さく見える気がして、微かな疼きが胸奥に生じるのを感じた。
先代皇帝フレデリック二世も儀式の際に着用していた、五大騎士団の象徴色を取り入れたマント付きの衣装は、彼女が着るとやけに重そうに見えた。本人の姿が小さく見える原因には、この衣装の事もある。
一方で、彼女の表情は冷静沈着だった。意図的に、感情を表に出さないように意識しているのだろうと思った。
リクトも表情を引き締めたまま、彼女の前まで進み出、跪く。
「リクト・レボルンス。汝その身を帝国に捧げ、如何なる敵と相対せども国家を守護すべく己を剣とし、また盾とする事を誓うか」
「御意、ヴォートル・マジェステ」
「リクト・レボルンス。汝騎士道に殉じ、調和者たる魔剣士として、その名に恥じぬ公正なる裁断を常に遂行する事を誓うか」
「御意、ヴォートル・マジェステ」
定められた口上に応えながら、シアリーズはこれを六百人分以上行うのだ、という事を思い、リクトは左胸に当てた握り拳に一層の力を込めた。
シアリーズは問いを終えると、菖蒲の象嵌の施された宝剣の先でリクトの両肩に触れ、こちらが立ち上がるのを待って声を張った。
「シアリーズ・ド・ゲネラッテの名の下に、リクト・レボルンスをフォルトゥナ騎士団、正騎士として承認します!」
短いスタンディングオベーションが起こり、リクトは転身して皆に一礼する。それから、ゆっくりと降壇した。
次の名前が読み上げられるのを聞きながら、自分の席に戻る。次の者が花道を進むのを見ながら、儀式が終わった後、彼女と話す時間は取れるだろうか、とちらりと考えた。
* * *
帝暦九二年四月十二日、自分たち八五年度入団者の正騎士叙勲式。
年度が替わり、ヴァイエルストラスの事件から一ヶ月が経過していた。本来であれば、今年度のこの儀式でリクトたちの「承認」を行うのはフレデリックであったはずだったが、彼が先の事件で急逝を遂げていた為、その役目は彼の後を継いで即位したシアリーズのものとなっていた。
フレデリック皇帝──否、もう「先帝」だが、彼によって「承認」が行われ、晴れて正騎士となった後で、リクトはシアリーズと婚姻を結び、皇籍に入って彼女から皇位継承権を委譲されるはずだった。しかし、それ以前に一ヶ月以上玉座を空席にしておく訳にも行かず、彼女が即位せねばならなくなった。彼女にもまだ、為政者としての教育は施されていなかったが、それはリクトも同じ事であり、わざわざ予定を早めて籍を入れ、皇帝となる必然性はなかった。
帝国の君主の座については、別に必ず男子が継がねばならないという事になっている訳ではない。四代目の彼女が初の女王(正確には「女帝」だが、帝国となる以前のソレスティアでも、旧王朝バルドバロアでも、そう呼ばれる君主が出現した事はなかったので正式な言葉がない。バルドバロアの君主号は「王」だった)となったのは偶然であり、特段の異例の措置という訳ではなかった。
では、自分たちの婚約はどうなるのだろう、という事が、リクトにはここ最近の気掛かりになっていた。
ここ一ヶ月の間、政治能力のないシアリーズに代わり、臨時で政権を動かしていたテレサ皇后──先帝妃やジブリ公が、今後リクトの処遇をどうするのかという事については、未だに語られていない。
予定通りにシアリーズと結婚させて帝王学の教育を始め、時宜を見て彼女から政権を委譲させようと考えられているのか、それとも帝王学はシアリーズが学ばせられる事となり、自分は──あえて悪い言い方をするのであれば”お払い箱”にされるのだろうか。
後者の方が、可能性が高いといえばそう言えた。
実子の居ないアルフォンスは、将来のフォルトゥナ騎士団の後継者にライガを推すつもりだった。ライガは嫌がっていたが、彼が騎士見習いたちの中でリクトと共にトップの成績である事は事実だったのだから。しかしそのライガは、一ヶ月前に帝連を離反し、行方を晦ました。恐らくは帰らずの地に居るのだと思われるが、最早彼が復帰する見込みは皆無だった。
それ以前に、彼はジフト戦役で死亡扱いになった時点で軍籍を削除されていたのだから、裁判に結果が出、そのような見込みはなかったが無罪が確定し、復籍の手続きが行われない限りは無理だったとも言えるのだが──。
(その場合は、僕が筆頭騎士長に推薦されていたんだろう)
シアリーズが帝位を継いだ以上、わざわざ彼女を廃し、自分を新たな座に就け、改めてフォルトゥナの長を選出する必要はない。
ライガからは、以前から騎士長に相応しいのはリクトだ、と言われ続けていた。彼も、こちらが将来皇帝になるという予定については理解していたが、兼務出来るものだと信じていたらしい。
実際に、決してそれは無理という事はない。帝国は立憲君主制であり、皇帝が主に果たす政治的な役割としては、元老院から審議の末に提出された法案を承認もしくは拒否する事だ。元老院議員たちが著しく無能であったり、軍部が暴走したりしていない限りは、自ら法案を打ち出して実行する、という事はほぼない。全くしない訳ではないが、あまり乱発しすぎると独裁者と見做される。
一方で、テレサ先帝妃は現在、シアリーズが政治能力を持たない事で元老院が先走った政策を通そうとする事を警戒していた。
ヴァイエルストラスでのライガの公開処刑の際、ファタリテ騎士長ロディが宣言した、赤峨王イスラフェリオの打倒に関連する措置だ。元老長ナサニエル・ヤーツはこれについて、全面的に支持するという姿勢を示していた。
北方での、ジフト軍残党の活動は確かに憂懼すべき問題だった。ロディが殊更に宣言をせずとも、それまでも北方では、現地の進駐軍がゲリラの巣窟を発見し次第、掃討に当たっていた。が、ロディの主張は、その取り締まりを更に強化し、潜匿しているイスラフェリオを炙り出すべしというものだった。
今までの捜索で発見出来なかった赤峨王を発見するには、これまではあまり深く調査する事の出来なかった街や村、僅かには疑いがあったが証拠が不十分で強制的な措置に踏み出せなかった場所に、多少強引な手を使ってでも探りを入れねばならないという事だ。
本気で捜査を行うのであれば確かにそうするしかないが、あまり強硬な態度を取り続ければ、一度は先帝によって戦時中のジフトへの協力という罪を許され、帝連の民として復帰した現地の人々からの反感を招く。最悪の場合、潜伏したジフト軍残党により、彼らが完全に戦後派として戦争協力を行い、再び大規模な武力衝突に発展する可能性も否めない。
シアリーズが、元老院やファタリテ騎士団を統制しきれるかという事について、多くの者が「危うい」と考えていた。だから、侮りを生じさせない為にも周囲の者がサポートを行わねばならないのだ。
そして、と、リクトは考える。
(それは精神的な面でも同じ事だ。だけど、テレサ様たちにもつけねばならない優先順位というものはある)
状況の変化により、捌かねばならない問題は一気に増えた。
しかし、何よりもまず、自分やシアリーズにとっての尤なる問題は、ライガが自分たちの元を去ったという事それ自体だった。
シアリーズは先行きが不安の中で──ライガと決別した事や、父親を喪った事による悲しみを抱えたまま、それをゆっくりと消化する暇もないまま、諸々の義務に追われてきたのだ。
それに、婚約者と父親を立て続けに亡くした妹アウロラの事も──。
(ちゃんと、僕は彼女と話さなきゃいけないのに)




