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『リ・バース』第二部 第12話 Xenogenesis①

  ① PHASE〈1〉


 旧ジフト領、バチュレール地方クルバストロ。

 郊外、帝連軍の駐屯地の外れから、赤褐色(レッドジャスパー)に濁った煙が立ち昇っていた。蛋白質の焼ける生臭い臭いが立ち込め、それを嗅ぎつけてか、上空ではこの地方特有の大鴉(レイヴン)の群れが騒ぎながら旋回している。

 そこから少し離れた場所で、数人の若い兵士が戦利品の分配を行っていた。

「──フェイルノートじゃねえ。マジで宝石だぜ、これは」

「軍資金代わりって訳か……小粒だけど、紅玉(ルビー)に間違いねえな」

「馬鹿、そりゃ尖晶石(スピネル)だ。にしても見事な半透明(トランスルーセント)だな」

「鑑定出来るのかよ、お前?」

「舐めんなよ、こちとらエンブリーの血筋だ」

「はいはい、お坊っちゃんめ。だけど、よくこんなにあったな? 宝石どころか魔石の採掘場もこの辺にはねえし……まさかとは思うが、盗品じゃねえだろうな?」

「にしたって、テロリストどものやった事だ。今頃、これを掘り出した連中は皆奴らに殺されちまってるだろうよ」

 ここに駐在する進駐軍は、昨夜未明、クルバストロから東に約十キロメートル程離れた場所にある小さな集落──飛び地──に潜伏していた旧ジフト軍のゲリラを叩いていた。その際、彼らが集落に居るにも拘わらず通報を怠った、彼らを故意に匿っていたとして、そこに居た住民たちも皆殺しにした。

 現在立ち昇っている煙は、その人々の死体が燃やされる事によって生じているものだ。

 実行したのは、主に今戦利品を弄んでいる若い兵士たちだった。彼らは騎士団所属ではなく、一般兵として入隊した者たちだ。彼らのように、歳若く入隊から間もない軍人は、経験の蓄積の為にこうして地方の駐屯地に派遣される事が多い。

 ジフト戦役の終結から、もうじき二年になる。

 軍人は多くの場合、実戦で敵に命を奪われる事がない限り定年まで勤め、退役するので、新陳代謝はそこまで著しいものではない。その代わり、毎年のように士官学校出身のキャリア組や地方からの有志の剣士(ユーザー)など、若者を中心に多くの兵士が入隊する為、組織としての規模は年を経るごとに大きくなっていく。

 百万(ミリオン)単位のその戦力が、大きく損なわれたのがジフト戦役だった。一般兵は無論の事、戦死者の多くはジフト領内へと越境攻撃を行っていた騎士団であり、特に必然的に激戦区へと派遣されていたエリートの者たちから甚大な被害が出た。その為、中盤から現地で大きな戦力となったのが、地元の自警団など有志の民間の剣士や魔術師だった。戦後、彼らのうち、戦時中に手柄を立て帝連軍から表彰を受けていた者たちが正式に入隊を志した時、それを証明書として選抜試験を免除され、軍籍を与えられるという特別措置も実施された。

 帝連軍が北方で戦後処理を行い、各地の復興とジフト軍残党の討滅を行うには、人手は多ければ多い程いいという状況だった。無論、この措置によって大勢の優秀な戦士が獲得出来たのは事実だが、例年であれば「狭き門(ポルト・エトロワ)」であるその入隊が比較的容易になった──手負いの敵兵一人を仕留めただけでも手柄にはなり、表彰状は発行された──事は、決して少なからぬ質の悪い魔剣士(テンペランザ)を軍に招き入れるという弊害にも繋がった。

 実際に、戦時中の手柄によって試験を免除されて入隊した者たちの中には、あたかも自分たちこそが真のエリートであり、士官学校や天秤宮(ライブラ)の学問所出身の入隊者たちを「実戦経験のないボンボン」と見做し、不遜な態度を取って増長するケースも見受けられた。

 各指導教官も彼らには頭を悩ませ──そのようなシステムを作った張本人たちでもある為、入隊から間もなく除籍すると裁判沙汰に発展させられ、軍のイメージダウンにも繋がりかねない──、更生も兼ねて積極的に僻地での駐在任務に回す、という措置を多く採った。騎士団に入団し、騎士見習いとしての訓練課程が始まった者でない限りは、新米もベテランも同程度に所属には融通が利く。

 このクルバストロ駐在部隊の若い兵士たちも、そういった経緯でここに回された者たちだ。だから、先程彼らの一人が「エンブリーの血筋だ」と言っていたが、本当は彼らの中に帝国貴族出身者は居ない。悪乗りが高じた末に、冗談として口に出された台詞だった。

 しかし、こういった台詞が他の者たちに信じられると、本当の貴族たちの家名に良くない──というより、下品な印象が持たれる。

 その一方で、現地でジフト軍の残党狩りを行う先輩の兵士たちも、疑わしきは罰するという方針(スタンス)で任務を実行している為、新入りたちがゲリラを匿う民間人を同罪と見做して粛清する事、その際「接収」と称して現金や宝石、貴金属類をせしめる事には余程やりすぎでない限り目を瞑ってもいた。

「しっかし、莞根士(ラーディッシュ)が復帰してからはこういう”お楽しみ”は出来なくなるもんだとばかり思ってたんだけどな」

「今更、取り締まりを緩くします、なんて言い直したら、ジフトの連中をいい気にさせるばっかだと思ってんだろ、上も。その点じゃ、ちゃんと匍匐獅子(カメレオン)にも感謝しなきゃだよな」

「だけどやっぱ、匍匐獅子(カメレオン)は戦犯だろ。桁違いの魔群(レギオン)も、まだ帰らずの地(クル・ヌ・ギ・ア)にうじゃうじゃ居るまんまだ」

「シアリーズ姫──いや、もう女王様か。可愛いのに、可哀想だよな。隕命君主(ロアデモート)って奴、正真正銘の屑野郎だよ。ジフトの味方をしやがるしさ」

 兵士の一人が、鬱憤を晴らすように小枝を拾い、死体を焼却する穴の方へと放り投げた。

「結局あいつ、どうなるんだろう?」

「おいおい、先輩騎士を『あいつ』呼ばわりかよ」

「もう騎士じゃねえだろ? 何なら、帰らずの地(クル・ヌ・ギ・ア)の森に放火しちまおうか」

三途(フブル)結界とやらを張り直して、だな。何しろジフトの皇子様……死天使(アズライール)だったっけか? 噂じゃ、一回焼かれかけたのに出て来ちまったって話だからな」

生ける屍(リビングデッド)になって感覚麻痺ってる分、俺たちの方が良心的だよな」

「言えてる」

 馬鹿笑いが起こる。

 肉の焼ける臭気はいよいよ強まり、上空の鴉たちは一層(かまびす)しく騒ぎ回った。

 その時、不意に天幕の密集している方から悲鳴が上がった。続いて、何かが倒れるようなドサドサという音が連続して起こる。

 騒いでいた兵士たちが、俄かに笑いを収め、そちらを振り返った。

 そして、その表情がたちまちにして恐怖に染まった。

「な……何だよ、あれ!?」

 中の一人が、声を裏返して叫ぶ。

 駐屯地が、赤黒いドーム状の結界で包まれていた。天幕の間を行き来していた兵士たちが、皆地面に倒れている。彼らが見るのを待っていたように、全員の顔が歪められた後でそれは消滅した。

 若い兵士たちは立ち上がり、その場で足踏みする。近づくべきか否か、決心がつかないでいるのだ。

「だ、誰か、見て来いよ」

「誰かって誰だよ」

「誰でもいい。言い出しっぺのお前が行けよ」

「嫌だよ! 何かヤバそうだし──」

 互いに押し合っていると、結界が消え、静まり返った駐屯地に変化が起こる。

 倒れていた兵士たちが、俄かにひくひくと体を痙攣させ始め、糸で吊られた人形(パペット)のような動きで起き上がり始めた。

 生きている? ……いや。

「ビョオオオオオオ……ッ!!」

 先輩の兵士たち──否、先程までそうだった()()たちが、人間の口から出ているとは思えない声を上げ、軋むように小刻みに震わせながら首を若者たちに向けた。その目を見、彼らはひっと喉を鳴らす。

 それらの双眸は、炯々と燐光を放っていた。

生ける屍(リビングデッド)──」「おい、やめろよ……それじゃあ──」

 不意に、体感気温がすっと下がる。

 背を弓形(ゆみなり)に曲げ、両腕を幽霊の絵の如くだらりと垂らし、呻き声を上げながら足を引き摺るように彼らの方へと歩み寄って行くそれらの奥から、漆黒の影のような姿が音もなく現れ()でた。

 黒い法衣を纏い、捻じれた人骨製の杖を握った男だった。その瞳は生ける屍(リビングデッド)たちと同様爛々と燃えるように輝き、血走っている。そしてその右頰には、引き攣ったような二重の「X」の烙印の痕があった。

「……まさか」

 若い兵士の一人が、腰を抜かさんばかりになりながら口をぱくぱくと開閉した。

隕命君主(ロアデモート)……ライガ・アンバースか……!?」

 彼らが帝連軍に入隊したのは、今年度だった。その為、彼らは年度替わりの直前にヴァイエルストラスで起こった大惨事──大勢の騎士と貴族、皇帝フレデリック二世までが命を落とす事になった事件には立ち会っていない。だからこそ、それを引き起こした隕命君主(ロアデモート)と傘下の魔群(レギオン)について、不謹慎な冗談を交えて雑談の種にする事も出来ていたのだが──。

「間違いねえ……あの複十字(ダブルクロス)、人骨の杖……ガチで隕命君主(ロアデモート)だ!」

 ヴァイエルストラスの事件に立ち会っていない彼らは、ライガの姿を直接見た事はない。しかし、その風貌については至る所で耳にしていた。彼が処刑場に引き出された時の姿そのままの外見を。

 ライガは、無感動な目で若い兵士たちを数秒間睇視した。

 やがて、手にした杖──魔導具(リゼルヴァス)、魔杖オムグロンデュをさっと振り、

「……やれ」

 生ける屍(リビングデッド)たちに命令を下した。

 緩慢な足取りで(にじ)り寄っていたそれらが、矢庭(やにわ)に加速する。

 兵士たちは悲鳴を上げ、後退(ずさ)りながら死体を焼く火の燃え盛る方へと追い詰められて行った。

 十数秒後、炎が新たな薪を()べられたかの如く噴き上がった。

 お読み下さり感謝です。『リ・バース』第二部も、今回の投稿完了で単行本換算で二巻分が終了する事になります。全体では六巻分で、全体の四分の三が終わる訳です。開き直るようですが、やはりある程度長さのある作品の方が作者としても一つ一つの出来事や一人一人のキャラについて深める事が出来、感情移入出来るだけの時間が育めるような気がします。

 第十二話は「Xenogenesis」というサブタイトルです。「異種発生」や「世代交代」を意味する単語ですが、今回は後者の意味で使います。本来は生物学で用いられる単語で、より一般的には「generational change」などが使用されますが、SFなどでは響きが格好良い為かポピュラーな題名のつけ方らしいです。今回はシアリーズの即位とリクトたち訓練課程第八十五期生の正騎士叙勲が描かれ、現代編での彼らにリンクする出来事もある回なのでこのようなサブタイになりました。

 前々から予告していた通り、この第十二話を以てエピソード全てを使用した「過去編」は最後です。まだライガが帰らずの地(クル・ヌ・ギ・ア)で討たれてからガラルの肉体で蘇るまで(本編開始まで)の六年間というミッシングリンクがありますが、そちらに関しては現代編で起こっている事件に直結するような内容が含まれていますのでこの先にご期待下さいませ。

 では、今回も宜しくお願いします。


P.S. 本日より『晩歌 -BANKA-』という新しい短編集も連載を始めます。宜しければそちらもお読み下さい。

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