『リ・バース』第二部 第11話 Double Cross⑪
「慧曄震霆鏈!」
雷属性の剣技にも、他の属性の技と同じく独自の型がある。ので、リクトが抱いた感想はあくまで主観の問題ではないか、と思われたが、
「陛下──」
ライガがそれを口にしたので、気のせいではないと分かった。
「あなたの太刀筋は、おじさんに──デルヴァンクール騎士長に似ている」
意図的に反撃しないだけかもしれないが、自らに襲い掛かる刃を捌くので精一杯のライガに対して繰り出される一撃一撃の振られ具合や動作同士の運びが、確かにそう見えるのだ。
後ろ姿なので見えた訳ではないが、皇帝が微かに笑ったような気配があった。
「まだ、彼を思い出す事は出来るようだな」
皇帝は、更に剣技を──今度は技を繋げる事を最優先で考えたのか、初歩的な斬撃である「退魔剣」の構えに雷属性を付与した基本技だった──放ちながら彼への返答を続けた。
「私の指導教官は、彼だったのだよ」
皇帝はこのような状況であるにも拘わらず、段々と楽しむかのような雰囲気を醸し出し始めた。
ライガの命を奪おうとしている事に対してではない。彼は武王であり、剣を振るう事にはスポーツマン的な喜びが禁じ得ないのだ。それは、ライガやリクトも例外ではなく持ち合わせている精神だった。
皇帝は自身の剣の腕を、わざと披瀝するような戦い方をしていた。願わくば、それでライガが触発され、本来の彼を取り戻す事を願っているかのように。陛下もまた希望を失くされた訳ではないのだ、と思うと、リクトは自然に拳を握り締め、固唾を呑んでそれを見守っていた。
──正論じみた言葉を掛けても、ライガは意固地になるばかりだ。今、最適な方法は皇帝の「剣で語る」というものなのだろう。
と、その転瞬、
「ディスガイズ!」
ライガが、変身術を発動した。
リクトには、彼の姿が一瞬発光しただけに見えた。が、すぐに彼の意図を察して息を呑んだ。
変身術で姿を変えると、身に着けているものも同時に変化する。ライガは、現在の本来の姿である「オムグロンデュを持った自分の姿」から「剣を持った自分の姿」に変身し直したのだ。
武器を持った誰かの姿に変身した時、現れる武器の強度は生成魔術で作り出される仮初の武器と同等だ。オムグロンデュを握った状態で、一度杖を背負う動作を挟んでから生成魔術で剣を作り出すより、この変身術の応用を駆使した方が短時間で武器の持ち替えは済む。
手の中に、アルターエゴを模した漆黒の剣が出現するや、
「緋炎斬!」
ライガはそれを薙ぎ払った。火属性剣技、上位技──。
「ライガ・アンバース!」
ヴォルノが、遂にやってしまったか、というように声を上げた。
「皇帝陛下に、攻撃を……!」
「心配要らない、イェーガー!」
皇帝はライガの横薙ぎを、自らの体の正面で縦に構えたヴィクトワールによって受け止め、ちらりと振り返ってヴォルノに応じた。
「元々彼は、別件で死刑を宣告されていた! それに、私は彼を戦いによって制圧するつもりだ」
「無茶な事を! このご様子を、殿下らがご覧になったら──」
その台詞で、リクトははっとした。
ライガが、皇帝にさえ攻撃を繰り出した。今の状況を、シアリーズたちはどう見たのか。或いは、見ていないのか。
魔群の荒れ狂う戦場──そうだ、そこはもう完全に戦場だった──を見、リクトは彼女たちを助けに行かなければ、と思った。しかし、このまま自分が離れたら、皇帝にもしもの事があった場合どうなるのか。
武王の圧倒的な戦いぶりを目の当たりにしながら、リクトはまだ、自分の言葉はライガに通じるのではないか、という希望を完全に捨てきれてはいなかった。このまま彼が、戦いの中で正気を取り戻したら……
「……見ちゃいられない!」
そう叫び、誰かが動いたのはその時だった。
ライガと皇帝がまた刃合わせを行い、同時にノックバックで距離を取ったタイミングだった。
「退魔剣・割陸!」
「おい、待て!」
ロディの制止の声が響く。リクト、ヴォルノは同時にそちらを見た。
ネクアタッドに施された拘束術の持続時間が切れたドーデムが、懲りずに再起していた。彼は流金色の刀身を閃かせ、自らを押さえていたロディを押し退けるようにして飛び出していた。
何度止められようが、目の前でゼムンを殺害された彼の怒りが鎮まる事はないようだった。
「リクト・レボルンス! ヤーツを止めろ!」
ロディに叫ばれても、リクトは即座に動く事が出来なかった。
ライガはそちらに視線を向け、舌打ちを弾けさせた。
「何度も何度も、お前は……!」
彼が、殆ど後先を考えていないような行動を取った。ややもすると、執拗なドーデムの態度に苛立ち、冷静さを欠いていたのかもしれない。それは、直前まで続いていた、フレデリック皇帝との戦闘に振り向けられていた集中力が途切れた瞬間でもあったようだった。
彼には、遠距離から突進して来るドーデムに対し、死霊化術の光線や斬撃術を飛ばすという選択肢もあったはずだ。しかし彼はそうせず、手にした仮想物質の剣を投げつけたのだ。
──一瞬後になり、それはライガが無意識のうちに致命的な攻撃を自ら抑制したという事だったのかもしれない、と思った。滾るような怒りの中で、彼は、ほんの些細な、平常時であればそうとは呼ばないような衝動的な良心の結果を発露させたのかもしれない。
無論それは、自分がそう信じたいだけという可能性も十分にあった。
ドーデムは反射的に足を止め、繰り出しかけの剣技の動作を中断した。が、それはすぐに回避行動に繋がりはしなかった。
立ち尽くす彼に、初速の勢いをそのままに剣が向かって行く。
それと同時に、
「お父様!」「姫様、おやめ下さい!」
既に大分引いた群衆の流れに抗い──現れた姿を見て、リクトはそれが幻であってくれと祈った。
父親の戦闘の様子が目に入ったのだろう、シアリーズが──リクトを再起させる為に自身の感応を喪失してしまっている彼女が──無謀にも、こちらへと駆けて来ていた。その後ろからジブリ公が追い着き、腕状霊魂で半ば強引に彼女の肩を掴み、下がらせようとしている。
リィズ、と、リクトは彼女を呼ぼうとした。
が、その瞬間目に入った光景に、視線は否応なく引き戻された。
ぐさっ、という音が、光景よりも僅かに遅れて耳に届く。
皇帝が両腕を広げ、ドーデムを庇うように彼の前に飛び出していた。
そしてライガの投擲した剣は、その鍔元の辺りまで、深々と皇帝の胸を刺し貫いていた。
魔素製の仮想物質は、そこで耐久度を全損したらしく砕け散り、跡形もなく消滅して大気中に溶けた。
「お父様ーっ!!」
シアリーズが、今まで彼女の口から聞いた事もないような声で絶叫した。
彼女が駆け寄ると同時に、皇帝はがくりと膝から頽れ、ゆっくりとその体を前傾させた。
ドーデムはその背後で、茫然自失となって立ち尽くしている。ヴォルノもジブリ公も、目の前の出来事に脳内の処理が追い着いていないかのように無言で停止し、皇帝を見ていた。
シアリーズは倒れ込んだ皇帝を仰向けにし、デコルテの裾が汚れるのも構わず両膝を突いて座り込み、彼の傷口に手巾を押し当てた。
「お父様、お父様! 駄目、しっかりして下さい!」
「シ……シアリーズ……」
彼の手が、娘の頰に触れる。
リクトはゆっくりと視線を滑らせ、ライガの方を見た。
ライガは変身術が解除されたらしく、手の中に魔杖オムグロンデュを再出現させていた。その顔は蒼白で、唇がわなわなと震えている。血走った両の目が、眦が裂けんばかりに見開かれていた。
そこで、完全に彼に正気が取り戻されたようだった。
「俺は……俺は、一体……?」
それから、はっと我に返ったように辺りを見回す。また一体の生ける屍が近づいて来、ヴォルノとジブリ公の背後から爪を振り下ろそうとした。
ライガは「やめろ!」と叫んだ。
「攻撃中止! 全員、攻撃中止だ! 戻れ!」
招喚魔術が解除されたらしい、魔群は一様にぴたりと動きを止め、各々の足元に展開した赤黒い魔方陣の中に沈み込むように消えて行った。
瘴気を散布していたシュラも、微かに呻き声を上げながらその中に加わった。
シアリーズは、周囲で起こっているそのような変化になど全く気が付いていないかのように、ひたすらに父親に呼び掛け続けていた。
「お父様……」
「シアリーズ、すまない──」
皇帝は、微かに笑みを湛えながら言う。
「今私が死んだら……皇位継承権は、お前にあるままだ。リクトと……ちゃんと添わせてやる前に、こんな事になって……ごめんな──」
「お父様、今はそのような事──」
シアリーズは激しく頭を振り、父親を抱き締める。
その途端に、皇帝の目からはらはらと涙が零れ落ちた。
「テレサとジブリが……それにデルヴァンクールも、お前を支えてくれるだろう。そして、時が来たら……」
皇帝は視線を泳がせ、リクトの方に向けた。
「この子と……アウロラを、宜しく頼む──」
その言葉を最後に、彼は目を閉じた。目尻に溜まった涙の最後の一滴が、滑るように流れ落ちる。
暫し、誰も何も言わなかった。出来る限り主戦場から離れようとし、魔群に襲われて逃げ惑っていた人々は、突然それらが消えたので、戸惑ったように徐々に足を止めて周囲を見回している。
彼らが、目下こちらで起こっている事に気付くには、もう少し時間が掛かりそうだった。
「……リクト」
ぽつりと、ライガが零した。
リクトはもう一度、彼の方を見やる。ライガは俯き、その顔ははっきりとは見えなかったものの、口元が微かに戦慄いていた。
彼は、押し殺しているかのような無感情な声で続けた。
「ごめんな、リクト。俺に出来る事といったら、こうやって何かを壊す事だけなのかもしれないな」
「ライガ──」
リクトは開口しかけ、すぐに口を噤んだ。
慰めも糾弾も、口に出来なかった。口にしてはならないような気がした。
シアリーズもドーデムも、騎士長たちも、ヴォルノもジブリ公もそれは同じようだった。
ライガは、誰かが自分に攻撃してくるのであれば構わない、というように、身構える事もなく歩き出す。しかし、やはり誰も何も手は出さなかった。ただ自然に、彼から後退りで距離を取った。
人々は、隕命君主がゆっくりと自分たちの方に近づいて来るのを見、戸惑いの声をぴたりと止め、リクトたちと同じように自然に道を空ける。ライガはそのまま、人波を割るように城門の方へと進んで行った。
扉が、ゆっくりと押し開かれる。
そのすぐ近くに、テレサ皇后に庇うように背後から肩を抱かれたアウロラが立っているのが見えた。ややもすると、父親が急に飛び出し、姉もそれを追い、彼女自身も続こうとしたのかもしれない。
彼女がどのような表情を浮かべているのか、遠くてよく見えない。彼女はこちらで父親がどうなったのか、もう気付いているのだろうか、とリクトは考える。既に把握しているのなら、彼女は今、ライガに対して何を思っているのだろう。怒りか憎しみか、或いは悲しみか──。
しかし、彼女の行動からそれを測り知る事は出来なかった。
アウロラが何らかの行動を取る前に、ライガは扉を開き、ゲイロッド城の敷地外へと姿を消していた。
第十一話「Double Cross」はこれにておしまいです。今回もややオーバーしましたが、「ライガが殺戮を行う」「先帝が命を落とす」というこれまでの投稿箇所で明らかになっていた事柄に含め、ゼムンがここで命を落としていた事が判明しました。ドーデムの初登場は過去編よりも現代編の方が後でしたが、その時エッガが副官になっているにも拘わらずゼムンが一向に登場する気配を見せない為「もしかしたら」と思われた方も居たかもしれません。ドーデムが、過去編ではライガに対して嫉妬やライバル意識は抱いていながらも本当に死んで欲しいなどとは思っていなかったにも拘わらず、現代編で本気で彼を憎み、死を願っていた理由が今回の一件です。マロンやゼムンといった友人を殺され、尊敬していたロディが失意のどん底に沈みながら死なねばならなくなったので無理もありません。
が、その一方で、ライガの葛藤や苦悩、死霊化術に手を染めた理由を彼の一人称視点で追ってきた我々からすると、今回のファタリテの騎士たちの言動の数々には反感や、ややもすると憎悪すら感じる事があると思われます。バルボロという騎士は特にそれを意識して描写したキャラであり、メグを惨殺したりシュラを蹴り倒したりとかなりヘイトの募るような行動を取っていますが、そのせいで彼がライガによって殺害される場面では清々したと感じた方も居る事でしょう。彼は貴族の血筋ではないという事が仄めかされている為、人格重視でファタリテに組み分けられたのでしょうが、ならば確かにあったかもしれない自らの力を試したいという正当な野心や仲間を大切にするといった良性の部分は作中では一切描いていません。
これは、実はライガの公開処刑に立ち会った騎士たちや貴族たちがライガを見る目と同じです。彼らの多くは、我々のようにライガが処刑されるに至った経緯や彼の性格を知らず、ただ「悪逆非道な恐ろしい死霊化者」と伝えられており、だからこそ早く罰が下されて欲しい、と思いながら見物に立ち会っていた訳です。作中でシアリーズが、処刑台の上で辱めを受けて今にも斬首されるというライガを見ながら何も声を上げない人々に「おかしいのではないか」と思う場面がありますが、この人々の気持ちはバルボロや他のファタリテの騎士たちに我々が抱きかねない印象と同質のものなのです。
因みに、この描法は伊坂幸太郎さんの『火星に住むつもりかい?』(光文社文庫)に学んだものです。解説でぼくのりりっくのぼうよみさんが指摘されていましたが、この解説は私が今まで読んできたものの中で最も共感出来、思わず肯いてしまうようなものでした(やたら横文字や持って回った言い回しを使う評論家の書くそれらよりもずっと)。
他に小ネタとして、今回でハント(ガストール、フォースタス)と共にしばしば名前の登場するトリュフォーという騎士が、過去編と現代編で別人である事がはっきりとしました。名門の為、他にも同じ一族の騎士がファタリテに所属している可能性はありますが、彼らに関しては設定上親子という事にしています。
それから、今回で第一部の序盤で幾つか登場したライガ語録が全て回収されました。お忘れの方も居るかと思われる為、以下に記載しておきます。
・「お前も来いよ。お日様が気持ちいいぜ」(第一部第三話)
・「皇帝の器に相応しいのはあいつさ。俺でもなければ、あんたでもない」(第二部第四話)
・「ごめんな、リクト。俺に出来る事といったら、こうやって何かを壊す事だけなのかもしれないな」(今回)
・「お前は、俺の人生を壊したんだ」(帰らずの地攻略戦)
・「お前のやり方じゃ、裁けない悪が存在する」(第一部第二十四話)
・「それが罪業だというなら、俺はそれを背負って煉獄すら支配してやる」(同上)




