『リ・バース』第二部 第11話 Double Cross⑩
⑧ リクト・レボルンス
「どけよ、リクト。お前と戦うつもりはない」
ライガの発した台詞は、昨年の年明け、彼がシュラを伴って城を襲撃した時に自分と相対し、口にしたものと全く同じだった。彼は自分に対し、それしか言う事が出来ないのかと思うと、無性に腹が立った。
「嫌だよ。僕には戦う気がある」
リクトは、毅然とした態度でそう言い放った。
「これ以上ここに居る人たちを殺す気なら、その前にまずは僕を殺して貰う」
「黙ってそうされる気は、ないんだろう?」
「当たり前だ」
リクトが言うと、ライガはふっと短く息を吐き出した。
それはあたかも、話にならない、と呆れているかのような仕草だった。
「やめろよ、リクト。プログラムの範疇にあるお前の力じゃ、俺に勝てる訳がないだろう?」
「……本当にそうかは」
リクトは、トゥールビヨンの刀身を押し込んだ。
「ちゃんと戦って確かめろ! 彗星衝!」
十分に押し込み、跳ね上げる。ライガの魔杖オムグロンデュに、破壊不能の性質が付与されている事は分かっていた。単なる打撃系統の武器として扱うのであればオムグロンデュは自警団用の警棒程度の威力しか持たないが、この性質のせいで、防御の用途で用いるのであれば神器でも敵わない。
その為、リクトは守りを突破するのではなく、解かせる事を目標とした。僅かにでも隙を作り、それを抉じ開けるように大きなものとし、彼の手からオムグロンデュを乖離させるのだ。
今し方騎士たちを一瞬で殺めた事からも分かる通り、ライガの死霊化術の恐ろしさは一対多で行われるという事にある。無論、オムグロンデュがなくても彼は従来通り一対一で「突然死」を使えるし、魔群を操る事も出来る。ただ、集団で接近する事によって彼を鎮圧出来る蓋然性が、それを行う事で大勢が死ぬ危険性よりも重みを持つようになる。
リクトは自分一人で彼を止めるのだ、などという考えは微塵もなかった。恐らくマロンは、それをしようとして”事故”に遭ってしまったのだろうと思う。
ライガは今、理性を喪失しつつある。たとえ相手が自分であったとしても、容赦なく「突然死」の光線を撃ってくる可能性はあった。しかし、まだ彼に言葉が通じているという事は、リクトにとっては大きな希望だった。他の騎士たちよりも幾許かだけではあるが、自分が最も、現在の状況に於いてライガを抑えていられる可能性が高いのだ。
──可能性、可能性……全部が、確率の問題だ。
しかし、少しでもそれらを信じて行動を実行に移さねば、状況は刻一刻と悪くなるばかりだった。
「ビョオオオオアアアアアッ!!」
シュラが、ライガの加勢に入ろうとする素振りを見せた。が、それにはライガ本人が「手を出すな!」と一喝し、彼の行動を封じた。
「こいつの相手は俺がやる」
リクトは先程の技後硬直から解放されるや、
「閃光破!」
彼の手の甲を目掛けて突きを放った。
「ダクティリオスプネウマ!」
ライガはひらりと身を躱し、突き出された刀身の発光が消滅する──剣技が終了する──や、その切っ先に輪状霊魂を引っ掛けてくる。指先に引っ掛けた輪を遠心力で回すように、トゥールビヨンを穴に通したまま霊力の輪は高速回転し、激しい金属音と火花が飛び散った。
象牙色の剣が、みるみるうちに摩耗していくのが分かった。あまりの勢いに反射的に仰反りかけてしまってから、焦るな、と自らを諫め、冷静に除霊術でそれを境界へと送り返した。
その隙に、ライガがオムグロンデュを突き出してきた。
胸甲のすぐ下、鳩尾に、杖の先端に取り付けられていた髑髏がめり込んだ。圧縮された熱い空気が喉から押し出され、リクトは一瞬呼吸を奪われる。
「だから言っただろう」
ライガは杖をさっと振り、リクトをその場に薙ぎ倒した。
「こっちに死霊化術があるだけで、お前たちは警戒して自然に動きが鈍る。使わなくたって、こっちが死霊化者だって時点で、『正当な騎士様』たちは勝てなくなっちまうんだよ」
それに、とライガは言った。
「お前、俺を殺す気がないだろ?」
「それは──」
君も同じではないのか、とリクトは言おうとした。今の一瞬にしたところで、杖で突く暇があるのなら、「突然死」の光線を射出する時間は十分に確保出来ていたはずなのだ。だが、彼はそれをしなかった。
ライガはやはり、まだ真にやってはならない事──騎士たちを殺す事にしてもそうだが、あくまでも彼の中でという意味だ──はやらないという理性が働いている。それをいつまで信じていいのか、リクトには測りかねたが、決してそれは悪い事ではないと思った。
「お前が俺にどんな期待をしているのかは知らないが、大方こうだろうなという予想はつくぜ。だけど、生憎様だな、俺はお前程模範生じゃない。何があっても騎士の人たちに絶望しないなんて、出来そうにないんだ」
「これが、絶望の結果だっていうのか?」
リクトは振り返り、すぐそこに積み重なっている死体の山を見る。外傷もなく、それでいて絶対的に、間違いなく死んでいると分かる騎士たち。彼らの眼窩は見開かれて、瞳は重水の沼の如く濁っていた。
ふざけるな、と、喉の奥から声が絞り出された。
「匍匐獅子たちの行為にも、問題はあった。だけど、この騎士たちは関係がなかっただろう!」
「あったさ。皆、見て見ぬ振りをしていた。赤峨王たちを炙り出す為には、ある程度シュラたちのような罪のない人間が犠牲になるのも仕方がない、ってな。……そんな取捨選択は権力者の理屈だ。皆、自分たちの胸に聞いてみるといい。ジフト戦役に勝って、僅かにでも驕りがなかったと自信を持って言えるか? そうじゃないなら、今回の件は匍匐獅子だけの問題じゃない。たまたま奴が最初に突っ走っただけで、誰が最初にそうなってもおかしくはなかったんだ」
「心の中で何を思っていたって、犯してもいない罪で人は裁かれるべきじゃない」
リクトは言ってから、それはアンバース・ヴィラージュの者たちも同じだったのではないか、と思った。
ライガは案の定、嘲笑うように鼻を鳴らした。
「型通りの理屈だな、リクト。つくづく、お前は何処まで行っても規範に忠実な騎士だ。だけど、それだけじゃ立ち行かない事があるって、俺は何度もお前と議論してきたつもりだったんだがな」
その時、
「……ライガ、すまない」
人々の中から、思いがけない声がこちらに飛んで来た。
魔群に蹂躙されながらも逃げ惑っていた人々は、それに気付くや目を見開き、咄嗟にどうすればいいのか分からないというように足を止めた。
真っ先に、ヴォルノが叫んだ。
「陛下、危険です! お下がり下さい!」
そう──進み出て来たのは、皇帝フレデリック二世だったのだ。
リクトは唖然とし、それからシアリーズやアウロラはどうなった、と思い、彼女たちや皇帝の座していた門付近の高座を見た。
彼女たちの姿も、テレサ皇后の姿もそこにはなかった。何処かに逃れたのか、もしくは我が身を顧みず怨霊たちの荒れ狂う主戦場に進み出た皇帝を追い、同じくこちらに接近して来ているのか。
生ける屍の一体が、皇帝に向かって飛び掛かった。リクトは動くよりも先に顔から血の気が引くのを感じ、立ち竦んでしまう。ヴォルノが、逸早く紅殻色の剣を手に飛び出し、それを斬り伏せようとしたようだったが、
「案ずるな」
皇帝はさっと腕を振り、空中に剣軌を閃かせた。
その手には、純白の剣ヴィクトワールが握られていた。跳躍していた屍は、胴の真ん中を両断されてどさりと落下する。
「皇帝陛下……」
「ライガ。私の政が、誤っていたのだろう。その誤りを、暗部に追いやり続けた結果が君だったのだ。だがそれでも、ならば仕方がないと言って済ませる訳には行かないのが為政者だ。君をこの剣によって止めた後で、私はどうすれば良かったのかをもっとしっかりと考える。決して、無駄にはしない」
フレデリック皇帝は言い、ヴィクトワールを正段に構えた。
それには、さすがにライガも動揺したようだった。まさか皇帝本人が、そのような台詞と共に現れるなど予想だにしなかった、という表情を湛えている。
そして、それはリクトも同じだった。
「陛下! おやめ下さい、陛下がそこまでされる必要はありません!」
「リクト」
皇帝は、有無を言わせぬ口調で続ける。「クロヴィスの事もそうだった。彼が命を張ってくれたにも拘わらず、私は戦を未然に防ぐ事が出来なかった。私が果たさねばならない責任は、無数にある」
「だからって──」
「すまない、リクト。私は皇帝として、この場でライガを討たねばならない。君やデルヴァンクールの恨みを買う事は確かだろう。だが、デルヴァンクールの二の舞になってしまっては遅いのだ」
皇帝は微笑んだが、それはやや無理矢理感が否めないものだった。
「彼の逡巡が、責められるべきものであったかといえば、私は決してそのようには思わない。しかし結果として、ライガをここまで至らしめてしまったのは事実だ。誰かが始末をつけねばならないのだとしたら──リクト、君に友殺しの罪業を背負わせたりはしない。たとえ相手が世の理に背馳せし者であったとしても、プログラムは絆に対する裏切りを重大な罪と定めている」
「では、陛下は」
「私は既に、征服者としての罪業を負っている。それで世界がより良くなるのならば悪しからず、私は第二間征期政策すら、満足に成し遂げられたかと問われればそうとは言い難い。剰え、それは巡り巡ってジフト戦役という未曾有の人災の土壌を育んでしまった」
「それは」
「誰がどう言おうと、どのように正当化してくれようと、プログラムの定めた罪の上ではそうなのだ。疑うのであれば、運命石をこの手に握って見せよう。……彼の命を奪う事で更なる罪業を被るというのであれば、それは既に被っている私であるべきだ。だが、それで君が私を恨む事があるのならば──それも私は、甘んじて受け入れようと思う」
皇帝は言うと、ヴィクトワールを発光させる。余程強く感応を込めたのか、その輝きは煌々とし、直視出来ない程だった。
リクトは「陛下!」と声を掛けたものの、最早どのような言葉を以てしても、彼を止める事は出来ないのだろうな、という予感を、その時点で既にありありと噛み締めていた。
リクトは確かに、ライガを殺める事は──彼の言う通り、敵わないという意味ではなく、自分の気持ちの問題として──出来ないだろうな、と思っていた。そして、きっとこのまま皇帝が彼の命を奪ったら、自分はそこにどのような経緯や論理があったとしても、感情の上で皇帝を恨む事は避けられないだろう。
それが出来るだけ──自分自身の手で友の命を奪ったなどという思いに囚われなくて済むようになるだけ、やはりその方が気持ちは楽になるのかもしれない、と思うと情けなかった。
「雷掣逎!」
皇帝は、純白の発光を硫黄色に変色させ、電撃由来の青白い火花を散らしながらライガへと肉薄した。
雷属性攻撃は特にスピードに秀でているが、これはその中でもとびきりの敏捷性を使用者に補正効果として付与する。そのあまりの速度に、剣から乖離して飛んだ刃状の電撃と斬撃を繰り出している剣本体、二度の攻撃判定がライガに下される事となった。
ライガは、咄嗟に驚きから立ち直り、防御魔術を展開しようとしたらしかった。しかし、それよりも早く皇帝の一撃目が到達したので、中断して後方に跳躍回避せざるを得なくなった。
ライガの驚きの性質は、その速度よりも、皇帝が自ら自分に向かって来たという事に対してのようだった。動揺が彼を幾分かは我に返らせたのか、彼は先程リクトに対してしたように容赦のない反撃を行う事はせず、ただオムグロンデュで受けの姿勢に入った。




