『リ・バース』第二部 第11話 Double Cross⑨
「ビョオオ……」
城内に駆け込んで行った屍の一体が、こちらに魔杖オムグロンデュを差し出していた。その背後ではヘズブロッドと仲間たちが、城内でそれを守っていたと思しき兵士の、まだ断面から血液が滴っている生首をボール投げ遊びの如くやったり取ったりしている。
「メルシー」
ライガはオムグロンデュを受け取ると、それを回収して来た屍を労った。彼──男の屍だった──が下がるや、杖の石突きで閃緑岩の地面を音高く鳴らし、ファタリテの騎士たちを殺戮しているシュラを呼ばった。
「シュラ、来い!」
「ビョオオオオオッ!!」
返り血を浴び、鬼系の魔物の如き風貌となった彼が、ひらりと宙返りしてこちらに来、横に降り立つ。オムグロンデュがこちらの手元に戻った事で、いよいよ危機感を強めたらしく──死の結界が使用可能な状態となったのだから当然だ──、紅潔伯が腰を低めて臨戦態勢を取る。
アレイティーズは、暴走したゼムンの黒魔術の渦巻いている場所を見、巻き込まれたドーデムたちを救助しようとするネクアタッドを手助けすべきか、キューカンバーに加勢すべきか少し迷ったようだったが、やがて後頭部をくしゃくしゃと掻き、後者に加わった。
「血怒霰丹!」
自慢の竜殺しの刀から血飛沫のような光果を散らし、キューカンバーが突進を掛けて来る。
ライガはそれに対して、反撃をするのではなく、
「……いいぜ、分かった」
もう一度、石突きで地面を突いた。今度は更に強く、岩壁に楔を打ち込むかのような鋭い音を立てて。それと共に、自らを中心に放射するように、赤黒い霊力の波動を拡散させた。
そのただならぬ気配に、紅潔伯はその場でぴたりと停止した。その危機感の察知は敏感で、それを受けての判断も正しい。……いや、「正しい」というよりも、この場では最適だ。
ヘズブロッドが、獰猛に歯を突き立てていた兵士の生首を興味がなくなったかのようにぽいと投げ捨て、また雄叫びを上げながら駆け出した。それに、他の屍たちも続く。彼らは逃げ惑う人々の方へと向かい始めたが、最早ライガに、それを殊更に止める気はなかった。
「驕っちまったんだよな、あんたたちは!」
ライガは叫んだ。
「帝暦が始まって以来最大の戦争に、あんたたちは勝った。それで、自分たち自身が強いんだと勘違いした。だが、考えてもみろ。最後の一年間、これまでとは桁違いだった赤峨王の防衛戦を突破出来たのは何のお陰だ? 俺の、なんて事を言うつもりはねえ。俺のだって所詮は、昔からあった力の応用だ。
死霊化術だよ。これがどれだけ強い力か、あんたたちは知っている。あまりにも強すぎるから、全体世界に幾つの魂があるかも知りもしない癖に、世界を滅ぼすなんて屁理屈を捏ねて禁術扱いにした。なかった事にしたんだ。
首都からとんずらした赤峨王だって、死霊化術のヤバさは分かっている。今何処かで隠れているあいつが、何をしているかも分からない状況で、それを討つ? だから手始めに、俺たちを殺す? あんたたち、あいつらが自分たちの決めたルールの中で戦ってくれるとでも思っているのかよ? それとも自分たちの権力が絶対だから、向こうが従うのは当たり前か?」
何かが、ぷっつりと切れてしまったかのようだった。最早ライガは、自らの内から溢れ出す言葉を押し留める事など出来ず、ただ口を突くままにそれらを騎士たちに叩きつけていた。
「……よく言うぜ。あんたたちは、俺をどうにかする事だって、出来ねえっていうのに。苦き死よ、来れ!」
「回避だ! 回避しろ!」
ロディが、潜伏術を解除しながらアレイティーズの横に現れた。彼よりも早く飛び出したキューカンバーの黄色のマントを、腕状霊魂を招聘してむんずと掴み、後方に引く。
ネクアタッドが、ようやく渦の中からドーデムとエッガを抱えて姿を現した。魔素によって顕現した水を引き裂く為に振るっていたデネブ・アルゲディは、その役目を果たすや、両手を空ける為に少し離れた場所に放り出されている。ドーデムは、溺れたのかぐったりとして意識を失っているエッガを抱え、水を吐かせようとしているらしく背中を繰り返し叩いていた。
「これはいけない……!」
ネクアタッドはこちらの動きを見るや、飛行術で垂直に浮上する。ライガにそれまで彼と共にした戦場がそこまで多かった訳ではないが、彼がこの術を使用出来る事は入団から間もない頃のアモール王国での任務で確認済みだ。
その瞬間、制御を失っていた「大渦潮」の発動時間に限界が訪れたらしく、逆巻く大量の水はふっと掻き消すように消えた。水流で大きく抉られたアプローチに、エッガと同じく力なく倒れているゼムンの姿が残る。引き剝がされた閃緑岩のタイルの下から露出した土は汚泥へと変じ、彼の金色のマントはそれに塗れてくしゃくしゃになっている。ここからでは、ボロ雑巾のようにしか見えなかった。
溺死したか──そう思ったが、まだその体はひくひくと小刻みに痙攣している。心臓は動いているようだ。
「ゼ……ゼムン……!」
ドーデムが、激しく喘ぎながら身を捩り、ネクアタッドの腕から解放されようと藻掻いていた。ゼムンがまだ生きている事が分かり、助けようとしているらしいが、既に高度は三メートルを超えていた。飛び降りれば死ぬか、そこまで行かずとも大怪我は避けられないだろう。
それが分かっているので、ネクアタッドはドーデムにそれをさせまいと懸命に押さえつけていた。
「駄目だ、君まで巻き込まれる!」
「放して下さい……放せよ!」
ライガには、何の感慨も湧かなかった。
見習いたちを下がらせた正騎士たちが、逃げ惑う人々に襲い掛かった生ける屍たちを斬り伏せながら殺到して来る。マントの色は、しっかり五色揃っている。後退したロディ、アレイティーズ、キューカンバーはそれらを見るや、異口同音に下がるようにと叫んだ。
「デスゾーン」
ライガは、死の結界を発動した。
自分を──正確には自分の手に握られたオムグロンデュを中心に、赤黒い、半透明のドーム型の結界がゆっくりと拡大する。それはまず地面に伸びているゼムンを呑み込み、その後、こちらに躍り出て来た騎士たちに到達した。
彼らに、使役術を施す事はしなかった。彼らの魂が怨霊となり、その体が生ける屍と化すやライガはすぐさまそれらを抹殺する。騎士たちは一斉にその場に倒れ、折り重なって継ぎ接ぎの絨毯のようになった。
「放せって言っているだろう!」
ドーデムが、自らを押さえつけるネクアタッドに「石礫」を打ち込んだ。まさか彼がそこまでするとは思わなかったらしく、ネクアタッドはバランスを崩して落下しかける。
アレイティーズがウアトネから音霊を放ち、クッションのように彼らを受け止めたが、エッガは弾みでネクアタッドの手から投げ出された。アレイティーズを追い、死の結界が発動を終了するや隊列から飛び出して来た彼の娘ブラダマンテが、滑り込むようにしてそのエッガを受け止める。
ドーデムはネクアタッドから逃れると、こちらに左手を伸ばして地属性文法を詠唱しかけた。それだけに留まらず、剣での攻撃も行おうと姿勢を低くして突進を掛けて来る。
距離を詰めればこちらが死霊化術を放った時、回避不能──先程のネクアタッドのように空中に飛び上がり、半球状の結界の頭頂以上の高度に逃れる事くらいしなければ──になる事は彼とて今し方よく見たはずだ。だが、彼は学習能力がないのではない。そのような危険を冒してでも、それこそ差し違えるような形になったとしてもこちらの息の根を止める事に躍起になっているらしい。
しかし、彼がこちらに到達するよりも、ライガが彼に対して何らかの対処を実行するよりも早く、第三者による闖入があった。
「ライガーっ!!」
「この……!」
貴族の中年女一人の首を圧し折っていたヘズブロッドが、そちらに体の向きを変える。逸早く危機を感知し、君主を守る為に動こうとしたらしい。
しかし、彼が振り上げた爪を振り下ろすよりも早く、闖入者の横ざまに射出した十字の光──光属性文法最高技「聖痕」が、ヘズブロッドの胸から頭部にかけて命中し、その上体を消し飛ばした。鳩尾から下だけになった生ける屍の体はそのまま暫し下手な社交ダンスを踊るかのように足を蹌踉とさせていたが、やがてどさりと仰向けに倒れ、動かなくなった。
「ライガ!」
その声に、ドーデムが反射的に足を止めてそちらを見た。その隙にネクアタッドが拘束術を放ち、素早く彼の動きを止める。勢い余って横倒しになった彼は、無念さを満面に湛えながらロディに引き摺られて後退した。
闖入者は、白銀の鎧と真っ赤なマントから紅白の光芒を引きながらこちらに向かって来る。ライガは反射的に杖の先端をそちらに向け、「突然死」の光線を放ちかけてからすぐに思い直し、杖本体で防御の構えを形成した。
オムグロンデュに、白光を纏った刀身が衝突した。
「お前……」
「ライガ……君という男は!」
剣と杖で押し合いながら、その顔が間近に迫る。
リクトだった。




