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『リ・バース』第二部 第11話 Double Cross⑦

  ⑦ ライガ・アンバース


 断頭台の刃が落ちる。アンバース・ヴィラージュの住民だった生ける屍(リビングデッド)の首が、どさりと鈍い音を立てて籠へと転がり込む。ウィーズル副騎士長がその頭髪を掴んで皆に見せる。どよめきが上がる。

 首と胴体が別の騎士に引き渡され、再び城の裏手へと引き摺られて行く。処刑人はその間、淡々と刃を吊り上げ、新たな綱を杭に結び直す。斧でいちいち切断するよりも、その綱を掴んで離してを繰り返せば効率的なのではないか、と思ったが、これも恐らくパフォーマンスの一環なのだろう。

 ライガは右頰に捺された烙印の痛みに顔を顰めながら、黙ってその流れ作業のような処刑の様子を見続けていた。

 順番を待つ生ける屍(リビングデッド)たちも、呻き声一つ発さなかった。皆ライガによって、暴れる事がないよう使役術で(いまし)められていた。そもそも、今ここに居る(しかばね)たちの中で自我を持っているのはシュラだけだ。他の者たちは、この状況に対してではない、怨霊(ルブナン)が本能的に秘めている怨念以外に何の感情も有していない。今まで隣人だった者の、本当の意味での死を悼んだり、間もなく自分の番になるという恐れを抱いたりする事もなかった。

 ──戸籍上、死霊化術を喰らって怨霊(ルブナン)となった時点で死亡したものとして扱われる生ける屍(リビングデッド)を、このような方法で破壊する事に大きな意味があるとは思えない。魔群(レギオン)の消滅が目的なのであれば、こちらにそうしろと言うだけで構わないのだ。

 これは、死者の尊厳を冒す行為以外の何物でもない。

 それを言うなら、死体が損壊を始めてまで操り続ける死霊化術はどうなのだという話だが、それで目の前の光景の陰惨さが軽くなる訳でもない。

 いっそ、自分が今この瞬間に、彼らの肉体に宿った怨霊(ルブナン)全てを消滅させてしまおうか、とも思った。

 しかし、それはロディに、こちらが尚も抵抗するという意思を示したと受け止められはしないか。いずれにせよ殺されるのだから、これ以上の怒りを買う事を恐れている訳ではないが、自分がマロンの命を奪ってしまった事について悔いていないなどと思われたくはなかった。

 一体、また一体と屍の首が落とされていく。

 また子供の屍が一体、その小さな頭を断たれた時、ふとライガはパターン化した断頭台の滑車の回転音の間隙に、歔欷(きょき)にも似た異音を拾い上げた。

「………?」

 そちらに顔を向け、音源がシュラであると分かった。

 彼は、やはり生ける屍(リビングデッド)として涙を流す事は出来ないようだった。しかし、今にも溢れ出しそうになる涙を堪えている時のように口元を戦慄(わなな)かせ、ぎざぎざになった歯の隙間から空気の漏出する音を零していた。

(シュラ……)

 そうしている間に、次の屍の首が断頭台に据えられる。今度は、ブラウバート公皇の正妻──シュラの祖母ラケルだった。

 ライガは、ロディが何かを言うかと思った。が、しかし、彼は何ら彼女の正体について触れる事もなく、先程までと同じ調子で処刑人にその首を落とさせた。変わり果てた姿に、元公皇の后であると気付かなかったのかもしれない。

 シュラの歯息が増々荒くなる。

 ライガの胸裏で、ざわっ、と小さな衝動──そう、衝動が波を立てた。

「次!」

 ロディの声と共に、首のない骸となったラケルの体が引き摺られて行く。彼女に代わって台に据えられたのは、アンドロメダだった。

 そこで、シュラが堪えきれなくなったかのように叫んだ。

「嫌だ! 駄目だ、お母さんを殺しちゃ駄目だ!」

「なっ……!? こいつ──」

 ウィーズル副騎士長が、慌てたように彼を押さえに掛かる。シュラは騎士たちを押し退()けようとしたようだったが、伸ばした腕はその途中でぴたりと硬直した。ライガが、彼らに対しては何も手出しをするなと命じていた為だ。

「騒ぎ立てるな!」

 不自然に停止したシュラの体を、バルボロが蹴り倒した。

 それを見た瞬間、またライガの中で波が立つ。それは先程よりも大きく、気泡が心の表層へと浮上して来るかのようだった。

 ロディは冷ややかにシュラを一瞥した後、処刑人に合図を出す。処刑人が斧を振り下ろし、綱が切れ、滑車が回転して(やいば)が落ちる。アンドロメダはその一瞬、微かに視線を彷徨わせて後方のシュラを見ようとした──かのように、少なくともライガには感じられた。

 彼女の頭が落とされた。シュラはバルボロに蹴られ、横倒しになった体を石畳の上でひくひくと痙攣させていたが、やがて「お母さん……」と呟き、口から黒煙のような瘴気(ミアズマ)を漏出させた。

 それを見たロディの顔が、汚物でも見たかの如く歪められた。

「こればかりは、(あるじ)の命令でもどうにもならないのだったな」

 彼は少し考えるように右手の人差し指を額に当て、「宜しい」と言った。「順番変更だ。死天使(アズライール)の処刑は隕命君主(ロアデモート)の一つ前に行うつもりだったが、やむを得まい。次はシュラ・イスラフェリーだ」

「ほら、さっさと立て」

 ウィーズルが、シュラの痩せた肩を乱暴に掴んで立ち上がらせる。

「嫌だ! 嫌だよ、僕! 死にたくないよ!」

「頑是なき子供めが。貴様はもう、とっくに死んでいるではないか」

 バルボロとウィーズルが二人掛かりで彼の両脇を抱え、引き摺るように断頭台へと導いた。

 ざわっ、という波は、今度ははっきりとした疼きとして肉体に感覚を残した。胸郭の内側で心臓が跳ね、肋骨に当たったような──否、見えない、冷たい手で揉まれたかのような”痛み”として。

 その時自分の感じている気持ちが何なのか、ライガは表白し得なかった。

 自分には、この場で怒りを露わにする資格はないのだ。実際、自分はロディに対して申し訳ないと思っている。自分の命を差し出し、マロンが生き返ると言われたのなら、喜んでそうする事だろう。

 本当に、怒りではない。だから、ライガは自分が何故、そのような事をしようとしているのか分からなかった。

「この生ける屍(リビングデッド)こそが、隕命君主(ロアデモート)ライガ・アンバースの生み出した最強にして最悪の怨霊(ルブナン)死天使(アズライール)シュラ・イスラフェリー。亡き公皇ブラウバートの直系のうち、三世代目にして唯一の生き残りだ。隕命君主が我が息子マロンを殺めた時にも、この(しかばね)に手を下させた」

 人々の中から、またどよめきが発される。その中に含まれる”恐れ”の成分は、最初に自分がウィーズルたちに引っ張られて城内から姿を現した時よりも、そして他の生ける屍(リビングデッド)たちが鎖に繋がれて引かれて来た時よりも、更にその割合を増しているように感じられた。

 ロディの合図で、シュラの首が固定台に据えられる。彼は最後まで、じたばたと四肢を振り回して抵抗を続けていた。ライガは、騎士たちを傷つけるなとこそ命令したものの、首を斬られる瞬間まで大人しくしていろ、などという事は彼らに強制してはいなかった。

 ましてやシュラは、十一歳のまま成長の停止した子供なのだ。「再誕(リバース)」によって自我を蘇らせられ、そこに恐怖心が存在しないはずがない。

「案ずる事はない」

 ウィーズルの声色に、そこで嘲るような調子が混ざった。

「先程、母親を呼んでいたな? 望み通り、すぐに貴様も母親と同じ場所へと送ってやる」

「……シュラ」

 ライガは、自分の視界が赤変するのを感じた。自分の口が、衝動的な言葉を紡ぎ出すのを、何処か他人事のような心持ちで聞いていた。だが心の深奥では、いよいよ膨れ上がった衝動に身を委ねる事を、理性によって承認していた。

「やっちまえよ、シュラ」

 低く呟いたその声量(ボリューム)は、ウィーズルを始め、周囲のファタリテの騎士たちの耳に届くものだった。

 しかし、誰もが、自分がそのような言葉をこの局面で発するなどとは思ってもみなかったらしく、刹那、何処から誰の声が響いたのか、本気で分からないというような表情で周囲を見回した。

 その一瞬、世界からあらゆる音が消失したのではないか、と思われた。

 その静寂(しじま)を引き裂いたのは、

「ビョオオオオオアアアアアッ!!」

 シュラの喉から迸った、怒れる獣の如き咆哮だった。

 木片が飛ぶ──一瞬前まで彼の首に嵌まっていた固定台の板だったもの。そのまま勢い良く身を起こした彼は、両手の指を鷲爪の如く曲げて瘴気(ミアズマ)を纏わせ、振り向きざまに処刑人へと飛び掛かった。

 処刑人の、片手斧(ハチェット)を持った右腕が断ち切られた。断面から血液が、それ自体が新たな真っ赤な腕ででもあるかの如く迸る。

 ──瘴気(ミアズマ)に侵されたのだ。つまり、「死に至る病シックネス・アントゥ・デス」に罹患している。

 処刑人は苦悶の声を上げ、仰向けにその場に倒れると、全身をひくひくと痙攣させた。数秒後、その体は動かなくなる。

 皆が呆然とする中、シュラは即座に身を翻し、振り返った勢いに乗せて右手を大きく振るう。瘴気(ミアズマ)の描いた黒い軌跡は空中に爪痕そのものの三筋を刻み、ウィーズル副騎士長の首を薙いだ。

 そこで、初めて観衆の中から悲鳴が上がった。それが引き金になったかの如く、彼らが阿鼻叫喚と共に右往左往し始める。(ひし)めいた人々の頭が、黒い波が通ったように動き、随所で陥没する。押されたり、靴を踏まれたりして転倒した者、それに巻き込まれた者があったのだろう。

 ウィーズルが首を半ば切断されて倒れた時、シュラは断頭台を薙ぎ倒して観衆の方へと進もうとした。ロディは、このままでは次の標的(ターゲット)が自分になるという事を察したらしく、固有降霊術「潜伏術(ラタンス)」を発動して透明化した。

 ライガはその間に、斬首の順番を待っていた生ける屍(リビングデッド)の一体に命じ、自らの手首に嵌められている手枷を破壊させた。両手が自由になると、斬撃術(クペアンドゥ)を飛ばして拘束された(しかばね)たちを片端から解放する。

「行け」

 短く命令を発し、彼らを解き放った。シュラの暴れ出した場所に最も近い位置に居たバルボロが、処刑人のそれよりも遥かに大きな戦闘用の斧を振るい、シュラに向かって火炎の渦を飛ばした。

鏖魔極熱波(オウマゴクネツハ)!」

「ビョオッ!」

 シュラは跳躍し、両腕を叩きつけるようにしてバルボロの頭を狙う。彼は即座にそれを見切り、技を繰り出したばかりの斧を振り被りながら一歩足を引いた。

 ガシャーンッ! という音が鳴り、斧頭が折れた。しかし、シュラもダメージを受けたらしく一度跳び退(すさ)って体勢を立て直す。バルボロは舌打ちを弾けさせ、棒切れとなった斧を投げ捨てると、両腕の手首から「火花(スパーク)」を束にして引き伸ばしたかのような紫色の鞭状の霊力(オーラ)を放った。

 ライガの「呪いの蛇(カタラフィーディ)」にも似た、固有降霊術と思しき攻撃。しかし、そう長い間同じ魂をこの世に抑留しておく事は出来ないだろう。だからこそ、自分の輪状霊魂ダクティリオスプネウマなどは画期的だったのだ。

 シュラは(しば)し、左右から断続的に繰り出される鞭をステップにより回避し続けていたが、やがて

「ビョオオオッ!!」

 やや声を大きくし、爪から漆黒の斬撃を飛ばした。

 死霊化術の基本的な斬撃系統技「死神の鎌(グリムリーパー)」──ではない。彼自身の瘴気(ミアズマ)を含ませた、ライガと同じ斬撃術(クペアンドゥ)

 昨年、アンバース・ヴィラージュを壊滅させられた直後、ライガは城を襲いに行くまでの間に、自分の命令が通じる状態の時のみ使用可能という条件付きで、この技を彼の怨霊(ルブナン)化した魂に刻み込んでいた。

 バルボロが、胸元を抉られて──見たところ、明らかに心臓にまで到達している深さだった──俯せに倒れ込む。地面に投げ出された両手首で、発動されていた紫色の霊力(オーラ)の鞭は数度点滅し、やがてふっと消えた。

 シュラは木材の山と化した断頭台の残骸の上に立ち、小刻みに黒濁した空気を吐き出す。生ける屍(リビングデッド)は自発的な呼吸は行わないが、それはあたかも荒い息を()いているかのようだった。

 その時、彼の背後で燐葉石色(フォスフォフィライト)の剣軌が閃いた。ロディのカスタム武器である曲刀斧(カリンガ)の刀身の色──。

「シュラ、後ろだ!」

「本性を現したか、ライガ・アンバース!」

 断頭台に最も近い位置に立っていたファタリテの指導教官、ティラコ・ボルヒエナが剣を振るい、飛び掛かって来た。シュラたちを引っ立てて来た騎士たちは、ライガの命令によって突如暴れ出した生ける屍(リビングデッド)たちによって次々と手に掛けられ、真面(まとも)に動ける者は残っていなかった。

 ライガは振り向きざま、生成魔術(マニフェスタテイル)でアルターエゴを模した仮初(かりそめ)の剣を作り出し、繰り出された一撃を防御する。その一瞬の間にシュラを確認すると、彼はこちらの警告に従ってロディの攻撃を回避していた。

 ロディは背後から不意を突いたつもりだったのだろうが、上手く行かなかった為鋭く舌を鳴らし、コンマ数秒間姿を現した後再び透明になった。

 彼が深追いしなかったのは、シュラがバルボロを仕留めたのと同様の瘴気(ミアズマ)を含んだ斬撃術(クペアンドゥ)で反撃を繰り出した為だった。

 ライガとボルヒエナが鍔迫り合いの状態に入った時、ボルヒエナの背後から続いて来ていた他の騎士たちもこちらに到達しようとしていた。ロディが離れるや、シュラは転身してこちらの頭上を跳び越え、それらの騎士たちに向かって攻撃を繰り出して行った。

 トリュフォーが、放物線を描いてそちらに襲い掛かったシュラの着地の瞬間、その爪で頭頂から体幹を真っ二つに斬り割られ、釣り上げられた魚の如くずるりと地面に伸びた。あまりの短い時間の事で、苦しんだ様子も特に見えず、「死に至る病シックネス・アントゥ・デス」によって死んだのか、それが魂を怨霊(ルブナン)化して貪り尽くす前に失血死していたのかは判断出来ない。

 シュラはそのまま、ポピュレーター、ルルス、タッドポール、セルと、ファタリテの騎士たちを引き裂いて行った。一撃では仕留めきれず、地面に倒れ伏した者も居たが、そういった者たちは一撃で殺された者よりも(かえ)って病に侵されて苦しみ悶え、見るも無残な最期を遂げた。

「やはり、こうなる前にさっさと貴様は始末しておくべきだった……莞根士(ラーディッシュ)にどのような目で見られようが、正式な手順を踏まなかったとしてどのような罰を受けようが構わない、誰かが罰を背負ってでも──」

「……ごちゃごちゃうるせえよ」

 ライガは言い、鍔迫り合いの状態を維持したままボルヒエナの腹に直線蹴りを叩き込んだ。彼はぐっと潰れたような息を漏らし、口から血の雫を吐き散らしながら後方に下がった。

「そんな覚悟、お前たちの誰一人として持っていねえ癖に」

 ライガは、彼を殊更(ことさら)に追おうとはせず、飛行術(フライト)でふわりと浮かんで空中で側転しつつ城の玄関前に着地した。

 そのまま、目の前の地面に向かって右(てのひら)を突き出しながら唱える。

「世の陰に在りし隕命の眷属よ、我が招きに応じて死地に集え!」

 招喚魔術(インヴィテーション)だった。赤黒い魔方陣がそこに現れ、中からまだこの場には居なかった帝暦紀元前の生ける屍(リビングデッド)たち──「地獄の季節」で生み出され、ジフト戦役中にライガが契約した者たち──の姿が次々と湧出した。

 狂える亡者たちが、ライガの意思を読み取って次々と騎士たちに攻撃を仕掛けて行く。あのヘズブロッドを始め、数体は城内に駆け込んだ。

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