『リ・バース』第二部 第11話 Double Cross⑥
⑥ シアリーズ・ド・ゲネラッテ
何故、自分は声を上げてしまったのだろう。
アウロラに咎められ、高座に座り直してから、シアリーズはドレスの裾を両手で握り締めたまま唇を噛んだ。
──何故、という事はない。今は死刑囚とはいえ、友人が大勢の人々の前で辱められたのだから、黙っている事の方がおかしいに決まっている。
そう思いながらも、シアリーズは幾度もちらちらと無意識にアウロラの方へと視線をやっており、どうしても彼女の事を気にしない訳には行かないのだ、という事を実感した。
アウロラは、ここヴァイエルストラスへの出発前、馬車に乗り込む段階になってようやくシアリーズの前に姿を現した。それまではずっと、食事もカレンデュラに部屋に運ばせており、実に一ヶ月半もの間、姉妹で顔を合わせる機会はなかった。マロンと和解する以前も彼女は専ら部屋で一人で居る事が多かったが、一度も顔を見せない期間がこれ程長引いたのは初めてだった。
馬車の中でも、道中の宿でも、シアリーズは何度か彼女に声を掛けようとした。しかし、何と言えばいいのかと左顧右眄している間に、何も言えないままでライガの処刑当日まで来てしまった。
アウロラはこちらに座れと言ったきり、俯いて顔を見せない。あまりまじまじと覗き込む事も出来ず、シアリーズはちらちらと横目で窺うのが精一杯だった。
彼女は、眼下のライガの姿を見ないようにしているのではないか、と思った。殊更に、相手がライガだからという事ではないかもしれない。誰かの首が落とされる光景など、たとえ罪人であっても見たいものではない。
アウロラは今、ライガにどのような気持ちを抱いているのだろうか?
マロンの命を奪った事を憎み、早く処刑されればいいと思っているのか。それともきっとマロンが命を落とす事になったのは事故だったと考え、責任を取って死なねばならなくなった彼の事を憐れんでいるのか。
ライガが、マロンを悪意を持って殺すはずがない。これまでの彼らの間にあった出来事を、当事者として知っていれば、そのような事は自明だ。しかし、事故だと分かっていたとしても、その原因となった事は間違いのないライガをそれで許せるのかという問いには、やはり答えられないだろう。
(アウロラ……私は……)
シアリーズが考えていると、断頭台の前に生ける屍たちが引っ立てられて来た。ライガの魔群──そのうち、アンバース・ヴィラージュの住民だったのであろう農民の服装をした者たち。
彼らは、処刑を受け入れたライガにより、暴れ出す事がないよう使役術の下に制御されているようだった。それでも、集まった人々の中からは怯えるような声が上がり始める。
シアリーズも、実際に彼が使役する生ける屍たちを見るのは初めてだった。昨年の四月、アウロラやマロンたちとメゾン・デュー国への旅行に行った際、ライガは彼らに馬車の護衛をさせていたが、姿を見せると自分やアウロラが怯えると思ったのか常に隠れているようにと命じていた。
死後一年と少しが経ち、屍たちの肌の色は灰色になり、肉は削がれたようにげっそりとして骸骨のようにすら見えた。帰らずの地の環境の為か多くは死蝋化しているらしく、腐敗している様子こそなかったが、肉が欠けたように剝がれ落ち、骨が露出しているものもある。
だが、それでも不思議と、シアリーズにはそれらに「恐ろしい」という印象は抱かなかった。それらが、肉体に不自然な欠損はあるにせよ、そこまで人間とかけ離れた怪物の姿をしていない為であるかもしれない。
それどころか、むしろ彼らの姿は憐れみを誘いすらした。どう見ても主婦としか思えないような女性に、小さな子供たち──彼らが、魔群などと仰々しい名称で呼ばれている事に違和感を覚える程だ。
しかしロディは、容赦のない調子で言った。
「この者たちは隕命君主に保護を求め、死霊化された後、ヒュバキオンらを死に追いやった。だが、彼らに関してはその咎によって裁かれる訳ではない。彼らは隕命君主の配下だからではなく、イスラフェリーの系譜に連なる者たちだから裁きを受けねばならないのだ。
これは、今後イスラフェリオの発見と討伐に本腰を入れるという我々の意志を示す為のデモンストレーションであり、前哨戦だ。皆、しかと目に焼き付けておいて頂きたい」
ロディは言い、先頭の一体、色褪せたエプロンドレスを纏った女の生ける屍を断頭台の裏側に押しやる。処刑人がその襟首を掴み、跪かせ、固定台の穴に首を通して観衆の方へと向けた。
──今、あの屍はどのような気持ちなのだろう。
シアリーズは、恐らく自我はないであろうその女の屍に向かって、そのような想像を働かせた。
そのうちライガも、同じような姿勢を取らせられるのだ。恐怖もあるだろうが、自分であればまずその時点で、あまりに不格好な体勢に思えて屈辱感を覚えるに違いない、と思った。
そして、否応なく受刑者は至近距離から、自分に照射される無数の視線を受け止める事になるだろう。
皆、何も言わない。ここからでは後ろ姿になり、誰の顔も見えない。彼らはどのような表情を湛えているのだろう。恐怖か、好奇心か。それらの感情を抱かせるものとは、死に値する罪を犯した凶悪な囚人に対するものか、または処刑そのものに対してなのか──。
(おかしいわ、こんなの)
シアリーズは内心で呟いた。
これから首を斬られようとしている誰かの姿を見ても、何も言わず、微動だにしない。神経が麻痺しているのではないか、とすら疑いたくなる。だが、それは自分自身も同じだ。
自分の場合は、声を上げたにも拘わらず、何も出来なかったではないか。皆、そのような事は分かり切っているのだ。だから最初から、何を思っていたとしても行動に移す事は出来ないのだ。
それに、今あそこに居る者たちの事を、本当に邪悪な存在である、と信じている者たちの方が、そうでない者よりも圧倒的に多いのだ。
(もう、何も言ってはいけないのね)
そう思い、シアリーズは増々力を込め、血が滲みそうな程唇を噛み締めた。
刃を固定している綱に向かって、片手斧が振り下ろされる。綱が切れ、刃は滑車の回転する甲高い音と共に落下してきた。
生ける屍の首が切断され、前方に置かれた籠の中に落ちた。死蝋化している為、血液は流出しなかった。




