『リ・バース』第二部 第11話 Double Cross⑤
⑤ リクト・レボルンス
「私は獅子宮ファタリテ騎士団の長、匍匐獅子ことエルヴァーグ侯ロディです。本日は、一人の死霊化者によって引き起こされた悲劇の当事者、その代表としてあなた方に声をお届けしたい」
ファタリテ騎士長ロディは鎖の一端を握り締め、声高に言った。その鎖は、ライガの手首に嵌められた手枷へと繋がっている。
「先々月、私の息子マロン=エキュレット・エルヴァーグが死んだ。その死霊化者の支配下にある怨霊によって、命を奪われたのだ。彼は、私にとって自慢の息子であった。ファタリテの──否、騎士団の今後を託すにも相応しい人物である事に、疑いの余地はなかった」
騎士団の隊列の中に並んでそれを聞きながら、リクトは、自分は今、シアリーズの所に居なくて大丈夫なのだろうか、と考えていた。
公開処刑を見届ける為に集まった大勢の人々の最後列、俯角四十五度でゲイロッド城の玄関前を見下ろすように設えられた高い座席に、彼女は座っている。無論、傍らにフレデリック皇帝、テレサ皇后に付き添われていた。
本当は、自分が居なくて大丈夫なのか、などと考える余地はない。彼女の婚約者とはいえ自分は一騎士見習いに過ぎず、無断で隊列を離れる訳には行かなかった。現在もユークリッドの自宅で謹慎しているアルフォンスに代わり、一時的にフォルトゥナの指揮を預かっているヴォルノ・イェーガー副騎士長も、それを許しはしないだろうと思う。
シアリーズにとっては、想いを寄せた相手が目の前で首を斬られる光景だ。どのような顔で、自分は彼女の傍に居ればいいというのか。
そう考えてから、畢竟それも、自分が韜晦する為の言い訳か、と思った。
自分は、その時のシアリーズの顔を見たくないのだ。自分は彼女の事を愛しているが、ライガに対して目に見える程の嫉妬を感じる事もなかった。むしろ、シアリーズに対しては自分の方が申し訳なくすら思っていた。
ライガが処刑される。それは、自分にとって間違いようのない悲劇であり、出来る事なら彼を救いたかった。
しかし、リクトはそれと同時に──親友が死ぬ事それ自体に対してと同時に、それによってシアリーズの中で彼への想いが永遠となり、今後二度と笑顔を見せなくなるのではないか、という事を恐れている。そうなった時、自分が彼女の傍に居る事が許されないような気持ちになるのではないかと思い、怖くなる。
それともう一つ、アウロラの事が気掛かりだった。
マロンの訃報が届いてから、リクトは一度も彼女とは顔を合わせていない。またシアリーズも、彼女は以前のように部屋に引き籠ったきり、自分と話す機会はなかったと言っていた。付き人のカレンデュラも、シアリーズが様子を聞いてもやりきれないような表情で静かに首を振るだけだったという。
悲しんでいないはずがない。しかしそれが、どのような副次的な感情を誘発したのかが分からなかった。
彼女は、ライガを憎んだだろうか。彼の死刑が確定した事に、幾分かは溜飲が下がるような思いをしただろうか。そうだった場合、自分やシアリーズは、その事をどのように受け止めればいいというのか──。
(彼女に憎悪を持って欲しい訳じゃない……だけど、ライガが死ぬ事で、彼女が余計に苦しむ事になったりしたら)
こちらに到着してから、リクトはシアリーズと一度も話していない。アウロラもここに来て、彼女や両親と共に今まさに断頭台に掛けられようとしているライガを見ているはずだが、姉妹が行きの馬車の中でどのような会話を交わしたのか、或いは交わさなかったのかは分からないままだ。
ここからでは、彼女たちの顔を見る事は出来ない。アウロラは今、どのような顔でこの場に立ち会っているのだろう?
「その死霊化者──我らが同胞を多く殺めた憎むべき罪人こそ、隕命君主ライガ・アンバース。先のジフト戦役では、その禁術を以て英雄の名を恣にした男です。我々はその時点で、功績は功績、罪は罪として裁くべきだった。結果を出したからという事で罪を相殺させてしまったのでは、対価さえ払えば幾らでも違法行為をして構わないという考えを蔓延させ、秩序の崩壊を招く。
結果として、我々はこの男を増長させてしまった。この男は帝連を離反し、剰え姿を消していた半年の間、我々の取り締まるべきジフトの残党を匿い、その挙句マカイラ・ヒュバキオンを始めとする騎士たちを殺害した」
ロディの言葉に、人々が、特にこの場に招かれた貴族たちの中から動揺の騒めきが走った。
ライガの”罪”を裁くべきか、不問に付すべきかという、アルフォンス、ロディ間の論争の場では、当然ながらアンバース・ヴィラージュの事、それに対するヒュバキオンの凶行などは議論の俎上に上げられていた。しかしその事は、政界や騎士団とは繋がりのない者たちにはまだ伝えられていなかった。
「ジフトの残党って……」
前列の方に居た貴族の男が、恐怖に飽和した声を発した。ロディはそちらをちらりと一瞥し、「そうです」と肯く。
「この男は、我々が目下最優先で果たすべき目的を、故意に妨害するような行為を行っていたのだ。そして筆頭騎士長、莞根士アルフォンス・デルヴァンクールはその事実を看過していた。この男が、自らの身内であるという理由だけで!
私は主張する! デルヴァンクールは最早、当面の作戦を指揮するべき人物ではないと! 以降、北方に於けるジフト残党の討滅は我々ファタリテが主導し、隠遁した第一皇子、赤峨王イスラフェリオ・イスラフェリーを総力を挙げて見つけ出し、討つ事をここに宣言する!
帝連への反逆者、公皇ブラウバート・イスラフェリーは討たれた。しかし、ジフト戦役自体は、まだ完全に終わったとは言い切れない。目に見える範囲での平和を謳歌する前に、我々にはまだ成さねばならぬ使命が残っている。まずは手始めに、新たな反逆者とその下に集った者どもを断罪する」
言うや、ロディは唐突に空いている右手を伸ばし、すぐ傍に置かれた火鉢に突き刺されている焼き鏝を抜き取った。
ここからでは、火鉢の中にどれだけの石炭が入っているのかは見えない。が、その上部の空気は陽炎の如く揺らめいており、余程過熱しているのだな、という事は一目瞭然だった。
白煙を上げる火色の焼き鏝は、「X」の文字を二重に重ねた形をしていた。
反逆者──人が作った法ではなく、プログラムそのものに背き、罪業を負った死刑囚に刻まれる紋章。刑の執行と共にこれを刻まれる事は、帝連の民にとって最上級の辱めといえた。
誰かが何かを言うまでもない、一瞬の出来事だった。
ロディは、僅かな躊躇も溜めもなく、それをライガの右頰に押しつけた。肉の焼けるジュウッ! という音が鳴り、ライガは絶叫と共に手を上げて烙印を捺された箇所を押さえようとする。しかし、手枷と、そこから繋がった鎖を握るロディの左手の為に、それは叶わなかった。
人々が、またどよめいた。リクトの周囲でも、「おおっ」という声が上がる。中には咄嗟に目を逸らしている者もあった。
リクトは反射的に「やめろ!」と声を上げてしまっていた。だが幸い──と言っていいのか──、その声は周囲から上がった声の中に混ざり、目立って誰かの耳に拾われる事はなかった。
ライガは絶叫を徐々にフェードアウトさせ、呻き声を上げながら蹲る。ロディは焼き鏝を再び火鉢の中へと突っ込み、乱暴に鎖を引っ張って再び彼を立ち上がらせようとした。
「受け入れたのならば、覚悟を決めろ!」
「匍匐獅子!」
その時、後方から声が上がった。
誰もがその声に驚き、振り返った。見ると、シアリーズが席から立ち上がり、両手を広げて叫んでいた。
「やりすぎです! 幾ら彼が受刑者だからとはいえ、そこまで……そこまでして辱める事はないではありませんか!」
「シアリーズ!」
皇帝とテレサ皇后が、慌てたように彼女の両腕を引き、席に座らせようとする。ロディはちらりと顔を上げ、彼女を見上げて口の端を歪めた。
「皇女殿下。以前からあなた様が、この男と親しくされていた事につきましては、この匍匐獅子も重々承知致しております。しかし、これは厳格な法に則った裁きにございます。どうか、お控え下さいませ」
「でも……!」
「お姉様」
強張った声が、尚も続けようとしたシアリーズの台詞を遮った。
「アウロラ……?」
彼女が、両親に腕を掴まれたまま背後を振り返る。容喙したアウロラは、数秒間口籠ってから、
「……お座りになって下さい」
同じく低い声でそうだけ言った。それは、今度は先程と比べて、強張っているというよりも「毅然としている」という印象を抱かせる声色だった。シアリーズは微かに息を押し殺しているかのような音を零してから、「すみません」と短く詫び、再び腰を下ろす。
距離が離れている為、リクトにはアウロラがどのような顔で姉を諫めたのか、やはり知る事は出来なかった。
ロディは気を取り直すかの如く咳払いをし、演説を再開する。
「只今ここに引き出されて来る者たちが、隕命君主が匿い、彼と共に我らが同胞たちに対して牙を剝いたイスラフェリー家の残党である。死霊化者の断罪の前に、まずはその者たちに下される裁きをとくと見届けて頂きたい」
その声を合図に、しゃらり、しゃらり、という鎖が触れ合う無数の音が刑場へと入って来る。
城の裏手の方から、やはりファタリテの騎士たちによって引っ立てられて来た者たちの姿を見て、人々の騒めきは徐々に怯えを孕み始める。微かに、息を呑む音も聞こえてくる。
息を呑んだのは、リクトもまた同じだった。
鎖に繋がれて姿を現したのは、大勢の生ける屍と化した人々だった。皆、襤褸と化した農民の服を纏い、痩せこけて灰色に変じた顔を土に塗れさせている。若い男は少なく、殆どが女子供か老人だった。
ライガの保護したイスラフェリー一族の生き残りたち──アンバース・ヴィラージュの住民に間違いなかった。




