『リ・バース』第二部 第11話 Double Cross④
④ ドーデム・ヤーツ
ライガが引っ立てられて来、城の中から姿を現した時、周囲の騎士見習いたちの中からあっという声が散発的に上がった。本当にライガ・アンバースだ、という声もその中に混ざっている。
ドーデムもまた、心の中ではそのように思っていた。
昨年の年明け、ジフト戦役以来行方を晦ましていたライガがペンタゴナ・パラスに襲撃を掛けて来た時、ドーデムたちはボルヒエナ教官に獅子宮の訓練場内に留まって外には出ないようにと厳命された。その後、ライガは登城を許されず、ずっとデルヴァンクール邸に籠りきりだったという事だったので、自分が彼の顔を見るのは実に一年半ぶりだ。
ライガが禁術に手を染めたという話を聞いた時、ドーデムは驚きこそしたが、心の何処かには「とうとう彼はやったか」という思いがあった。ジフト戦役終盤、各方面から莞根士の元に全部隊が集結した時も、赤峨王イスラフェリオとの戦いにライガが姿を現す度に、反則行為を行って手柄を挙げていく彼に反発こそ起こったものの、彼を世を滅ぼす死霊化者として恐れる気持ちは湧かなかった。
マロン=エキュレットは一度だけ、隕命君主と呼ばれるようになったライガと顔を合わせているという事だった。昨年四月下旬のその再会の後、彼はその時の彼の様子について、殊更に自分たち他の訓練生の前で話す事はなかった。マロンの周囲に居るシノパ・ボルヒエナやニムラ・ヒュバキオンら取り巻きも、意図的に彼に対してその事を尋ねるのを避けているかのような空気感を醸し出していた。
しかし、昨年の夏を境に、それまでぴりぴりと張り詰めたようなところのあったマロンが急に穏やかに──というよりも、俄かに吹っ切れたようになった。
彼は、それまでは虫酸が走って仕方がない、という態度を示していたライガについて、彼のお陰で自分は雁字搦めになっていた心を解き解す事が出来たのだ、と語っていた。そして、ライガは死霊化者にはなったが、本質的な部分は何も変わっていないのだという事を周囲に主張した。
その変貌ぶりにやはりドーデムは驚いたが、これもまた、ライガであれば或いはと思える事だった。
悔しいが、彼が他人に与える影響力については認めざるを得ない。
彼は鼻につく男だが、その心の善良さだけは否定出来ない、とドーデムは思っていた。他者の為に本気で憤り、他者の為に本気で自らの命を投げ出そうとする。だからこそ、アウロラ姫を侮辱する言葉を吐いたマロンを殴り、リクトの為に感応移植術を開発し、それをシアリーズ姫から施して貰う為に帝国に帰還しようとした彼の代わりにジェムシリカの捕虜となった。
後者の内容については、リクトが彼の死霊化者となった経緯について、皆に公表する中で明らかになった事だ。リクトはそれを告げる事で、ライガの免罪を訴えるデルヴァンクール派の主張の正当性を皆に知らしめようとしていた。
そのようなライガであったからこそ、あの意固地であったマロンの心も開けたのだろう。
だからドーデムは正直なところ、ほんの数日前まで、ライガに関するあらゆる事が信じられなかった。死霊化者となった事実は自らの目で確かめているとはいえ、城を襲った事も、マロンを殺害したという事も、その罪によって死刑判決を受けたという事も、現実として自らの中に落とし込めなかった。
だが事実として、紛れもなくライガは、今自分の前に、死刑囚として引っ立てられて来ている。そして、ウィーズル副騎士長から引き渡された彼を睨む匍匐獅子の眼差しは激しい憎悪に飽和し、あたかも眼光だけで彼を貫き、殺そうとしているかのようだった。
それが、否が応でもドーデムに、彼は匍匐獅子の息子を殺したという事が事実であるのだと突きつけずにはいなかった。
「ファタリテにとっては、身内の仇だ」
左隣に立ったゼムン・タッドポールが、その巨体をぶるぶると震わせて忌々しげに吐き捨てた。
「死霊化者め、さっさとくたばっちまえ」
右隣ではエッガ・セルが一切を見届けようとするかのように無言で断頭台の方を見ており、更にその向こうのフォースタス・ハントは無表情だった。
──身内の仇、か。
確かにその通りだった。しかし、ドーデムは不思議と、匍匐獅子に手枷から伸びる鎖を引かれながら神妙にしているライガを見て、マカイラ・ヒュバキオンやマロンの仇だ、という気持ちは湧いてこなかった。
それはあまりに彼が大人しく、殉教者のような面持ちをしている為であったかもしれない。多くの場合、本当に凶悪な犯罪者は、その報いを受けて死を賜る事になったとしてもあのような顔をしない。ただ、身勝手に自らの命を惜しみ、死にたくないと喚くだけだ。
「ドーデム様も、そう思うでしょう?」
不意にゼムンから言われ、ドーデムは慌てて目線を彼の方に向けた。
「あのライガがこれから死ぬんです。ドーデム様にとっても、ざまを見ろと思われるような事なのでは?」
「あ、ああ……そうなのかもな」
曖昧な返事が、口から零れ出た。
果たして本当に、自分はそう思っているのだろうか? ライガは確かに、自分にとって宿敵だった。学問所に通わず、家庭教師に教育を施されながら、ドーデムは自らを秀才だと確信し、エルヴァーグの正統な血を引くヤーツ家の次代を担う男であるという自負を持っていた。
騎士団に入団し、ライガと出会った事は、その矜持を酷く傷つけ、自分が今まで如何に小さな世界で威張っていたのかという事を突きつける出来事だった。しかし自分は、それを認める訳には行かなかった。
リクトと共に、ライガは自分が騎士団の中で確固たる立場を築く為には最大の隘路だった。その邪魔な彼が、今まさにこの世から抹殺されようとしている。しかし何故か、ドーデムはそれを手放しで喜ぶ事が出来ない。
(ライガ……君は一体、何をしたんだ? 本当にマロン=エキュレットの命を奪ったのか? 本当だというのなら、何故君はそんな事をした? 彼は、君に感謝すらしていたんだぞ)
心の中で、彼に語り掛けてみた。
しかし当然ながら返事はなく、断頭台の傍らに立つ彼の目は、こちらに向けられてすらいなかった。
一瞬、自分たち騎士見習いの──というよりも騎士団の──並んでいる方に彼が視線を泳がせたようだったが、すぐにウィーズル副騎士長が背後から脛を蹴り、正面に向き直らせた。
匍匐獅子は前に出ると、「帝国臣民の皆さん!」と皆に向かって呼び掛ける。
この公開処刑については、事前に段取りを説明されていた。ファタリテ騎士団が主導する中、実際の処刑を行う前に、ロディが集まった皆に対して騎士団の今後に関わる重要な宣言を出す、という事も告知されている。しかし、その具体的な内容については、ウィーズルらファタリテの上層部以外にはまだ知らされておらず、ドーデムにとってもこれが初めて聞く機会だった。
果たして匍匐獅子が何を語るのか、という事も気になったが、それよりもライガがどのような最期を迎えるのか、という事の方に、最初からドーデムの意識は向けられていた。
しかし、ライガの首が落とされ、断頭台の下に置かれた籠に転がり込む瞬間だけは目を瞑っていよう、とも思った。




