『リ・バース』第二部 第11話 Double Cross③
③ ライガ・アンバース
「出ろ」
独房の扉が開き、ファタリテのウィーズル副騎士長が顔を覗かせた。その背後に立っているのは、赤銅色の髪をした大柄な騎士バルボロ──「再誕」で自我を取り戻したメグを殺した男。
彼の姓は、騎士団に居た頃に同期たちの中から耳にする事はなかった。貴族出身者の多いファタリテの中では珍しく、民間から入隊した者なのかもしれない。しかしライガは、アンバース・ヴィラージュでの戦いの中での出来事から、あまり好感を持てる人物にはなりそうにない、と思った。
彼は油断なく背負った戦斧の柄に手を掛け、固有降霊術だろうか、その手に紫色の霊力を纏わせている。扉を開けた瞬間、自分がウィーズルに死霊化術を放つ事を警戒しているのだろう。
(そんな事しなくても、俺は抵抗したりしねえよ)
立ち上がりながら、ライガは俯いたまま自虐的に口角を上げた。
三月三日──ヴァイエルストラス、ゲイロッド城。
ここで行われた裁判で、自分が死刑判決を下されてから丁度一ヶ月だった。死刑の中でも最も重い公開処刑という事で、ユークリッドからは五大騎士団は無論の事、貴族や皇族までがやって来ているという。とはいえ、そこにシアリーズやアウロラが居るのかはライガには分からない。
出来れば、彼女たちには見せたくはない。だがアウロラに関しては、ややもすると現在の自分はマロンの仇として見られているかもしれない。
シアリーズもそうだが、アウロラは人一倍心の優しい女性だ。マロンに続いて自分までが死ぬ事で辛い思いをするくらいならば、いっそマロンを殺した憎むべき相手として自分を見て欲しかった。
昨年の夏も、彼女らや皇帝、騎士団は、このヴァイエルストラスに集った。ライガはデルヴァンクール邸に実質的な軟禁状態だった為、参加する事は出来なかったものの、それはジフト戦役終結から一周年を祝う式典だった。その中で、アウロラとマロンは心を繋いだのだとリクトは語った。
一度目は、祝福すべき奇跡が成就した。しかし二度目は、最悪の死霊化者の死を見届ける為に皆が集まるのだ。
「おかしな素振りを見せたら、手順を踏まずに即座に殺しても構わないと、エルヴァーグ殿は仰せだ」
ウィーズルの言葉に、ライガは「ああ」と肯く。
「でも、匍匐獅子はそれを望んじゃない。……安心してくれ、って俺が言うのも変な話だけど、そんなに不安ならさっさとやっちまってくれよ」
「勘違いするな。貴様の刑の執行は、会合の最後の最後だ。今回の会合は、言わずもがな我々ファタリテが主導する。それは、莞根士が謹慎中の今が絶好の機会である為だ。……匍匐獅子は、貴様にご子息を殺された事で断腸の思いを味わわれている。決して、それが癒えた訳ではない。それでも尚、彼は如何に不幸なきっかけであったとしても、自らに与えられた機会をファタリテ全体の為に有効活用しようとなさっているのだ」
ウィーズルは言い、死刑囚を相手に喋りすぎた、というかのように咳払いをしてから黙り込んだ。
独房から出ると、ライガは二人の騎士の後に続いて歩き出す。
現在は手枷を嵌められ、足首にも鉄球が鎖で繋がれていたものの、服装は縞模様の囚人服ではなく隕命君主となってから専ら着用していた黒い法衣だった。これはどうやら、処刑を見る為に集まった人々に、自分たちが首を斬るのは世間を騒がせたあの隕命君主だ、という事を強く意識させる為らしい。
ウィーズルの言葉を反芻しながら、匍匐獅子は抜け目のない男だ、と思った。息子の死がきっかけとなり、これまで自らが率先して訴えていたライガの処刑が実現される事となった。アルフォンスは謹慎を強いられ、現在騎士団の上層部は半ばファタリテの独壇場となっている。この機会に、精一杯に自分たちの事を人々にアピールしようとしている。
ロディの事は、以前からあまり虫が好かないと思っていた。リクトの亡父クロヴィスの政敵、ナサニエル・ヤーツが支援者であり、同じくクロヴィスが諸々の支援をしていたアルフォンスともライバル関係に在りしばしば意見を戦わせる事があった、というのも事実だが、政治に興味のないライガは今までそのような事を意識していた訳ではない。
ドーデム・ヤーツに、かつてのマロン。ライガは、ファタリテの同期生たちと仲が悪かった。その上、正騎士たちも何かとフォルトゥナと張り合おうとする為、ファタリテは過激でずる賢い者たちの集まりだという印象があったのだ。
しかし今のライガは、息子の仇の処刑をすら政治的宣伝の為に利用しようとするロディの事を、冷たい男だとは思わない。
(匍匐獅子は、マロンの死を無駄にしない為に前を向こうとしているんだ……それがどんな事であっても、俺に彼を咎める資格なんかない)
──本当に、そう思っている。
心から、ライガは自らを責めていた。しかし、彼には取り返しのつかない事をしてしまったと思いながらも、もしも、という考えを脳裏に過ぎらせてしまう事を如何ともし難かった。
──もしも、ロディがマロンの死を、アルフォンスの名誉を毀損し、騎士団から抹殺する為に利用しようとしているのだったら。
本来はそのような考えすらも、自分が起こしてはならない下衆の勘繰りに近しいものだった。
だが、そうだとしたら自分は、自らがマロンを殺めてしまったという事は勘定に含めず、ロディに対して憤るだろう。ライガは、自らの事で養父がバッシングの嵐に晒される事を望まなかった。
ならば何故自分は、何ら悪い事をしていないアルフォンスが非難を被らねばならないような事態になるであろう事を顧みなかったのだろう。彼は、こちらの選択を否定しなかった。自分はその優しさに甘え、心の何処かで免罪されたような気になっていたのかもしれない。
それこそが彼の罪だ、と誰かが言うなら──そして、それは違う、と誰も言わないのなら、やはり自分が否定しなければならないと思った。
アルフォンスの優しさは、罰せられるべきものではない。いや、罰せられるべきものであってはならない。そうだというのなら、それは理不尽な事であると、声を大にして言わねばならない──。
(じゃあ、俺に言えるのかよ?)
何処まで無責任なのだ、と自らに対して苛立ちを覚えながら、ライガはウィーズルたちに導かれて地上階に上がり、玄関を抜けて外に出た。
時刻は夕方だった。
前庭の、昨年の平和祈念式典では皇帝が演説を行う為のステージが設えられていたという玄関のすぐ前には、今日は断頭台があった。下向きの刃が、まだ雪の降る事のある三月上旬の曇天の下、厚い雲の層を通過した夕陽の、不気味な蒼鉛のような色の光線を受けて鈍く光っている。その刃を落とす滑車の綱は、断頭台の後方の地面に固定された杭に結び付けられており、その傍らには片手斧を携えた処刑人が覆面を着けて控えていた。あの斧で綱を切れば、滑車が回転して刃を落とし、罪人の首をすっぱりと切断する仕組みだ。
そして、断頭台の向こうには大勢の人々が犇めいていた。ライガが騎士二人に引っ立てられる形で城の中から出て来ると、既にざわざわとしていた彼らの声がいよいよ大きくなった。
「来たか、ウィーズル」
断頭台を挟み、処刑人とは反対側の位置に立っていたロディがこちらを振り返りながら言った。手にした懐中時計にちらりと視線を落とし、「予定通りの時刻だな」と呟く。
彼と処刑人の立ち位置から、城を背に等間隔にファタリテの騎士たちが並んで立っている。ボルヒエナ、トリュフォー、ポピュレーター、ルルス、ハント──既に、ライガは皆の名前を覚えてしまっていた。
更に、ロディの傍らには、真っ赤に燃える石炭を満たした火鉢と焼き鏝までが置かれていた。処刑前に烙印を押されるのだな、と予想する。
「ボディチェックは?」
「済ませました」
ロディの問いに、ウィーズルがきびきびと答える。ライガは、当然ながら愛剣アルターエゴも、魔杖オムグロンデュも取り上げられていた。どちらも、現在何処にあるのか分からない。
「宜しい。……それでは、始めるとしよう」
ロディは、ライガの手枷から伸びている鎖を手にし、半ば引き摺るように断頭台の前へと進み出る。ライガは居並ぶ人々の中、騎士たちの整列している一角に見知った顔がないかと頭を動かしたが、
「きょろきょろするな」
背後から、ウィーズルに脛を蹴られて頭の動きを止めた。
人々の声が大きくなる中、ロディは両腕を広げ、人々に向かって「帝国臣民の皆さん!」と呼び掛けた。




