『リ・バース』第二部 第11話 Double Cross②
② アルフォンス・デルヴァンクール
「莞根士」
天秤宮への出頭命令が下され、白羊宮からそこへと向かう外廊下を渡っていたアルフォンスに、中庭の方から唐突に声を掛けてきた者があった。
足を止めてそちらを見ると、そこには匍匐獅子ロディ・エルヴァーグが立ち、腕を組んでこちらを睨みつけていた。その顔は蟹の如く真っ赤だったが、アルフォンスはそれを寒さのせいだなどとは思わなかった。
「エルヴァーグ騎士長……」
「このような結果になる事が、何故想像出来なかった!?」
ロディはつかつかと歩み寄って来ると、乱暴にアルフォンスの軍服の胸倉を掴み上げた。
唾の飛びかねない勢いで、至近距離からこちらの鼓膜が破れかねない事にも拘泥しないように──或いは本当に破れたところで、その程度の事がどうした、とでも言うかのような様子で──まくし立てた。
「いや……想像出来なかったはずがない。その上であなたは、自分の立場を利用してあの男を庇い続けた! 帰らずの地が何だ、怨霊の自我が何だ、幾ら屁理屈を捏ね繰り回そうが、畢竟は私情に過ぎなかったのだろう!」
ロディは言葉を矢に変え、容赦なくアルフォンスに撃ち込んできた。
「あなたが私情で生かし続けたライガ・アンバースが、私のたった一人の息子の命を奪ったのだぞ! この落とし前を、どうつけるつもりだ!?」
──ライガが、マロン=エキュレットの命を奪った。
その報せは、既に自分にも伝えられていた。マロンは他のファタリテの騎士たちと共に北方に赴き、帰らずの地で「再誕」のテストを行っていたライガの襲撃に加わっていたという話だったが、ヒュバキオンがアンバース・ヴィラージュを襲ってライガに殺害された時のように自業自得だとは思えなかった。
ライガは、マロンが婚約者のアウロラと和解し、彼女を目に見える形で愛するようになったという話をリクトから聞いた時、その事をあたかも自分の事であるかのように嬉しそうにアルフォンスやメルセデスに伝えてきた。そんな彼がマロンを悪意を持って殺すとは思えなかったし、またマロンも、彼を憎んでいた為にウィーズルらに同行したのではないだろうと思った。
マロンはライガに、魔群を手放し、もう死霊化術を使う事のないようにという事を伝えに行ったのだろう。彼は、このままライガが死霊化者として裁かれ、死刑宣告を受ける事を回避しようとしたのではないだろうか。
ライガの良心が残っている間に、再犯の可能性がないという事が証されれば──そしてそれを自らが訴えれば、ライガの処刑を強く主張する父親の考えも変える事が出来、皇帝も恩赦を出しやすくなるかもしれないから──。
「……分かっています、エルヴァーグ騎士長」
アルフォンスは、声を抑えてそう言った。
きっと、不幸な事故が起こったのだと思う。だが、今自分がそれを口に出したところで、彼には言い訳としか響かないだろう。それに自分も、ライガに、そして自分自身に何も責任がないとは思わない。
「あなたの仰る通りだ。私は、私情を優先した……こうなったのは、私の責任でもある」
「ならば、きっちりとその責任を取って頂こう。辞職や爵位剝奪などの生易しい処分で許される事ではありませんぞ、これは」
「……皇帝陛下の裁断に、全てを委ねるつもりです」
「なるほど。今から裁かれに行くという訳か」
ロディは鼻を鳴らすと、乱暴にこちらを突き放した。
「陛下はあなたをご贔屓にされている。どうせ、お優しい処分で済まされてしまうのでしょう」
「………」
アルフォンスは、何も言えなかった。
黙って俯き、天秤宮の方に体を向け直す。「行って参ります」
「あなたがどのような処分に甘んじようとも、マロンが戻って来る事は永遠にないのだ。それを忘れなさるな!」
ロディは、血を吐くような声音でアルフォンスの背中にそう叩きつけた。
* * *
「──話は、既に伝えた通りだ」
天秤宮、玉座の間。アルフォンスが跪くと、皇帝フレデリック二世は深い溜め息を一つ吐いてからそのように言われた。
「エルヴァーグは、君の事を激しく糾弾した。しかし、それを受けるべきは私でもある。君たちが中心となり、軍内でライガの処分を巡る対立が起こっていた事は私も知っていた。……知っていながら、何も容喙しなかったのだ。私の究極権限で命令を出せば、何かが変わっていたかもしれないのに」
「陛下のせいではありませんわ」
横から容喙したのは、テレサ皇后だった。
「では、陛下にどのようなお言葉が掛けられたと? ライガを処刑しろなどとお命じになっていれば、アルフォンスやリクトが喜んだとでも? また逆に、騎士団や元老院での議論を何ら閲せずに恩赦の命令を下せば、今度はご自身の信用が危うくなったでしょう」
「テレサ……そうだな。すまない」
皇帝は弱々しく微笑み、両手の指を組んだ。
「ジフト戦役の最中、ライガはイスラフェリーの者たちによって帰らずの地に追放され、怨霊を制御する術を身に着けねば命を落としていた。ここまでは、死霊化術の使用も超法規的措置として認める事に、誰も異存はなかっただろう。しかし……デルヴァンクール、君に私情がなかった訳ではないだろうが、確かにライガの研究は、今後の為にも必要な事だった。だからこそ、処分には困る事だったのだ」
「私も、そのように思っております。しかし、現在確かな事実は、彼のその研究の弊害により、若き騎士の命が一つ失われた事」
アルフォンスは、自らの心を押し殺すように言葉を紡いだ。
「それこそが、目下取り沙汰すべき尤なる罪です。どのような事情があれ、罪は罪として裁かねばなりません」
その場合は自分も、とアルフォンスは言った。皇帝は「ああ」と顎を引き、やがて再び開口された。
「ライガが死霊化術を使い続けた事に、私利私欲はなかった。少なくとも私は、そう信じている。しかしそれが、情状酌量が適用され、『禁術を使用した者は死罪』という大原則を緩和し得る程のものだったのか否かについては、実際に審議を行わねば判断出来ないだろう」
「……では、一年に渡って保留とされてきた裁判を?」
アルフォンスは、来るべき時が来たのだ、と思い、地面に突いた手にぐっと力を込めた。
裁判が行われれば、死罪は確定。そう思ったからこそ、自分は今までそれに至る前の段階でライガへの許しを得られないだろうかと考え、ロディやナサニエル・ヤーツと意見を戦わせてきたのだ。
──おかしなものだ。
不思議な事に、ライガがこのような事態を引き起こした事について、アルフォンスは嘆きこそすれども、怒りは湧かなかった。彼の為に、保護者である自分の立場すらも危うくなっているというのにだ。
自分にもライガにも、責任がある事は自覚している。それが、きっとロディや、彼のようにライガの為に傷つけられた者たちにとっては許せるようなものではないという事も分かっている。厳正な裁判の結果、死を以て償うしかないという事になったとしても、意外だとは思わない。
それでも──それでも尚、自分はまだライガを救える可能性があるのであれば縋りたいと思っている。
身内に対して甘すぎる、とは、弟イザークからもしばしば指摘される事だった。しかし、それによって部下たちから侮りが生じたりする事がないのは、アルフォンスの確かな実力と誠実さの為であると彼も認めてくれている。
アルフォンスは、どうしても考えてしまう。
ライガは今、暗く寒いヴァイエルストラスの独房の中で自らを責め続けているのだろう、と。
生活態度は不真面目で、規則も平然と破るような問題児だ。かっとなりやすく、そうなると周りが見えなくなる事もある。だが、本当はとても心の優しい男だ。彼が本気で怒る時というのも、大抵が自分の為ではなく、誰かが理不尽な目に遭っている時だった。
「これ以上、曖昧なまま放置しておく訳には行かない」
皇帝は、自らの迷いをも断ち切るようにきっぱりとそう告げられた。
彼としても、リクトが次代の皇帝となる以上、アルフォンスの後継として筆頭騎士長の座を継ぐのはライガであって欲しい、との思いから、目を掛けられていた相手だった。結果が火を見るよりも明らかである裁きを課す事には今まで躊躇いがあったのだろうが、それを吹っ切るかのようだった。
皇帝である自らが断言してしまう事で、それを取り消す事が出来ないようにされたのだ。
「ここユークリッドに護送して来るまでの間に、どのような間違いが起こるかは知れたものではない。如何にライガが本心から自らの行いを悔いていたとしても、錯乱が起こらないという保証はないからな。故に、裁判は関係者がヴァイエルストラスに赴くという形で実施する」
* * *
翌月、二月三日。
ゲイロッド城で行われた裁判に出廷したライガは、一切否定する事なく自らがマロン=エキュレットを殺害した事を認めた。並行してアルフォンス自身の責任も追及され、彼が死霊化術を使用し続ける事について、その危険を承知しながら看過していた事が取り沙汰された。
判決の結果、アルフォンスは年度替わりまで謹慎という事になった。ジフト戦役の英雄、筆頭騎士長といった自分の立場と、尚も支持してくれる人々の声を考慮した上での処分だった。
そしてライガは、ヴァイエルストラスでの公開処刑が決定。
再審は、彼自身が望まなかった。




