『リ・バース』第二部 第11話 Double Cross①
○登場人物
・ヘズブロッド…旧バルドバロアの戦士。魔群の一人。
・メグ…アンバース・ヴィラージュの住民。魔群の一人。
・ティラコ・ボルヒエナ…ファタリテの指導教官。
・バルボロ…ファタリテの騎士。
・ゼムン・タッドポール…ファタリテの騎士見習い。
① シアリーズ・ド・ゲネラッテ
「何ですって、マロンが!?」
帝暦九二年──年度が替わって間もない一月二十日。
いつになく鬼気迫った響きで自室の扉をけたたましくノックしたリクトは、シアリーズが顔を出すや否や早口にそれを伝えてきた。
それまで、彼の方から天秤宮に──しかもシアリーズの自室にやって来て、何かを伝えるなどという事は全くといっていい程なかった。それだけ、彼の様子は事態の深刻さを物語っていた。
「ああ、エルヴァーグ……ロディ騎士長が陛下に報告している。彼も、ウィーズル副騎士長からHMEを受け取って間もないらしい。僕は人伝に聞いたんだけど、これから君やアウロラにも正式に伝えられるはずだ」
「ウィーズルが? 何故、彼は北に──」
言いかけてから、アウロラの言っていた事を思い出し、はっとした。
彼女が、昨年末にマロンから聞いたという事柄だった。曰く、彼は王命を受けて北方へと魔物の討伐に向かうファタリテの騎士たちに同行し、年が明けてすぐに遠出する事になる、という。
ファタリテの主立った騎士たちが皆そのメンバーの中に加わっていたのに、その中に騎士長であるロディが含まれていなかった事について、シアリーズは引っ掛かりを覚えていた。しかし、実際には父王フレデリックから、王命など下されていなかったのだとしたら?
「北方でライガがまた暴れ出したという報せが本当だったのかは、かなり怪しい。それなら、ファタリテだけに連絡が通るのはおかしな話だし、そもそも本当の事を皆に言ってからロディ騎士長も一緒に出撃するはずだ」
「ええ、でも」
「そうだ。マロンが──ライガに殺されたというのは、どうやら本当みたいだ」
リクトは拳を握り締めた。
「だって、ウィーズル副騎士長がそんな不謹慎な嘘を、事もあろうに彼の父親本人に連絡するなんて考えられない」
「けれど、それを言うのであれば──」
シアリーズは言いかけ、すぐに口を噤んだ。
──それを言うのであれば、ライガがマロン=エキュレットを殺したなどというのも考えられない。
本当は、そう言おうとしたのだ。しかし、実際に一年前、ライガはあのシュラという少年と共に城に襲撃を掛けようとした。リクトが止めに入らなければ、彼は何処まで凶行を実行に移したか定かではない。
彼の心は、紛れもなく禁術によって蝕まれている。ライガの優しさや善性を信じてはいるが、彼の意思だけでは抑圧しきれない衝動がゆっくりと肥え太っている事は否定出来ないのだ。
「……アウロラには、この事は?」
「まだ伝えられていない──はずだ。でも、何処から彼女の耳に情報が伝わるか、分かったものじゃない」
言ってから、リクトは微かに唇を噛んだ。
「まあ、ずっと隠しておく事は出来ない事ではあるけれどね」
「そう──よね。だけど、伝え方というものはあるでしょう。私たちの口から、順序立てて説明しなきゃ」
シアリーズは言ってから、「ライガは?」と尋ねた。
「ライガは今、どのような状況に置かれているのですか?」
「僕も、詳しく聞いた訳じゃないからよく分からない。だけど、ヴァイエルストラスで拘束されているだろう。彼の事だ、マロンに対して……事故を起こしてしまった時に、はっとして自分から捕まったのかもしれない。もし今でも暴れているのなら、そういう報告になっただろうから」
「確かに……だとしたら、恐らくもう──」
彼の極刑は免れないだろう、とシアリーズは思った。
父も、アルフォンスも、これ以上ライガを庇い、処分を保留にし続ける事は出来なくなった。確かに、ファタリテの者たちが裁判も待たずに自分たちで彼を殺しに言ったのだとしたら、その事も問題になるが……
「……ロディ騎士長は、ライガの裁きを今までになく強く提言するだろう。そして今度こそ、それは執行される」
「私たち、どうすれば」
言いかけたシアリーズは、すぐにはっとして言葉を切った。
痛みを堪えるように眉根を寄せるリクトの顔を見、「ごめんなさい」と謝る。
「リィズが謝る事なんて」
「だけど、今最も心を痛めているのはリクトでしょう? あなたの中でも、まだ呑み込み切れていないはずです。……いえ、そもそも呑み込めるようになるのかどうかすら──私もそうですけど」
「まずは落ち着こう、リィズ」
リクトは、そこで無我夢中で飛び出して来た自分の行動を反省したらしい。今の台詞は、半ば自身に向けても言い聞かせているようだった。
「焦っても仕方がない。今、僕たちに出来る事なんて……悔しいけど、あるとは思えないよ」
彼の言葉は捨て鉢なものではなく、実際にその通りだった。
だからこそ、自分たちに何かが出来るようになるまで──または、しなければならない時が来るまで、早まって野放図に走るような事だけは避けねばならない。シアリーズはドレスの裾をぎゅっと掴む。
「ええ」
「リィズ、こんな時に言う事じゃないかもしれないけれど」
リクトは微かに目を伏せてから、真っ直ぐにこちらの目を覗き込んできた。
「君には、僕がついている。だから、不安になっても押し潰されないで」
「分かっているわ。……メルシー、リクト」
具体的にどのような事が起こるのか、自分がリクトについていて貰わねばならないような状況に陥るのか、シアリーズには分からなかった。きっと、そう言ったリクト自身も同じだろう。
だが、シアリーズは、今はとにかくそう言ってくれる彼の気遣いをありがたいと思った。
(ライガ……)
心の中で、恐らく現在は監獄の中に居るのであろう彼の名を呼んだ。
(もう、何も言わずに居なくなったりしないでよ……)
過去編です。第十一話「Double Cross」の投稿を始めます。作中でダブルクロス──二重の「X」──は「プログラムへの反逆者」を意味し、死刑囚に捺される烙印だという事は既に語られています。「XX(ダブルクロス)」が「裏切り」の符丁であるという事は柳広司さんの小説『ジョーカー・ゲーム』(角川文庫)に収録された同名のお話で知りましたが、検索してもソースが見つからなかった為、何の暗号で使用されるものかは未だに分かっていません。有識者の方が居れば教えて頂きたいです。
作中ではライガの頰にこの烙印が捺されており、ガラルの肉体で蘇った後は変身後も消えなくなったと書きましたが、題名からしてそれが刻まれるのが今回だという事が分かってしまいます。第一部第一話の冒頭に登場したライガの、漆黒の法衣に人骨から作られた杖を持ち、頰にダブルクロスが刻まれているという外見がこの回でほぼ完成する訳です。内容自体非常に残酷で醜悪な回ですが、どうか目を逸らさず見届けて頂ければと思います。




