『リ・バース』第二部 第10話 Une Saison en Enfer②
② ニース・バーディガル
訓練課程の最初の二年間は、新人騎士の能力の伸びは特に著しいとされる。
十代後半は一生で最も学習能力が増大する期間という事もそうだが、それと同じくらいの年齢は、心身の急成長に伴い個人の感応も発達する。パペス国の旧ヘロン遺跡で戦った時から、間隔は二ヶ月半近く開いていたが、それは「蠍」の若者たちが自分たちの実力への理解を改めざるを得なくなる程の時間だった。
しかしそれは、こちらから彼らに対してもそうだった。今まで、自分とエロイスはフー・ダ・ニット、アノニム・アノニマスと交戦し、敗れてこそいないが、目に見える程の勝利というものも収められていない。
こちらの能力を再評価したフーたちの剣捌きから、まずは威力偵察、という性格が完全に消えると、途端に戦闘は激しさを増した。
ネイピアの村での初戦から自然に役割が分担されているかのように自分と剣を交えるアノニムの攻めを捌きながら、ニースは一度刃がぶつかる度にこちらの体力がごっそりと削られるのが感じられた。
実力の伸びと同時に、彼らには気概があった。フーは最初に、彼らの直属の上司であるイブンらがリーマンで戦っている間、帝連各地で活動している「蠍」たちの指揮を自分たちが任された、と言っていたが、それ故に彼らも、主からの期待に応えねばという思いがあるのだろう。
当然の事だが、「蠍」には二十代以上の経験者も数多く含まれている。その上で尚、イブンらはライガの覚醒という重大な任務にフーたちを登用した。その後も、恐らくネイピアの村で「影」と邂逅したという以上の理由で彼らを自分たちが直接赴くべき作戦に同行させている。
きっと彼らも、自分たちが聖光士からごく限られた者にしか伝達されない秘密を共有されているという理由と同じなのだ。その潜在能力の高さから、将来を嘱望されている。
自分たちも現在、いわば聖光士たちの留守を任されたという状況だった。ライガの復活に関する秘密を共有された”同志”たちのうち、戦える者の中で、現在リーマン攻略作戦に赴いていないのは自分たちだけ。そして自分たちは、サポート専門で剣術の能力は低いラナ副騎士長の護衛に就けられた。
(期待に応えなきゃいけないのは、僕たちも同じなんだよ……!)
ニースは内心で呟き、
「滄桑変!」
水属性の二段突きを繰り出した。
直前に、アノニムは彼の適性属性である雷の剣技を放ってきていた。水と雷の二属性で刃合わせを行う事には、両者が感電するというリスクが付きまとう。だが、それまでも自分たちは剣を交えてきたが、そこまで至る──もしくは、軽い痺れなどそれに至る兆候が見られる──事はなかった。両者の感応が、聖光士や他の騎士長のように並外れて高出力という訳ではなかったからだ。
しかし今回は、
「……っ!」
刃を通し、こちらの籠手からバチリという音と共に火花が散った。属性攻撃の出力が上がっているのだ。どちらも押し込まれるような事はなく、拮抗している事から考えて、それは自分もアノニムも同じようだった。
ダメージが深刻なのは、雷属性の感応の本源であるアノニムの方だ。彼の黄水晶の色をした刀身からは、明らかに元の剣技のそれではない不規則な火花が空中に乱れ飛んでいる。
エロイスと、それぞれの相手を交換するか。エロイスも、その方が危険は少ないと言うかもしれない。しかしそれは、彼とフーの適性属性──空と地──が反属性になっており、攻撃の相殺が行えるというメリットを手放させるという事を意味するものでもあった。
「不利なのは、俺の方か……」
アノニムは一歩下がると、一時的に左手に剣を持ち替え、白煙を上げる右手をぱたぱたと振った。痺れを払っているようだ。
「電力自体は俺の方から出ている訳だからな」
「心臓に悪そうだ」
ニースは、声色を変えずに言った。
「だから投降しろ──って言っても、聞き入れないだろうな」
「ああ、その通りだ」
「だったら、やっぱり倒すしかない」
ニースは言い、もう一度アノニムに向かって自分から攻撃を仕掛けていく。
ラナ副騎士長が聖体を持ってこの地底聖堂から出た時から、こちらがすべき事は時間稼ぎとなった。だから、聖堂の入口に陣取り、突破しようと迫る「蠍」たちの攻撃を見切り、捌く、という事を繰り返せば、双方に攻守を交替しながら戦うよりも体力は温存出来るしやりやすかったかもしれない。
だが、ラナの──正確には彼女の背負った聖体の──魔素知覚術での反応が遠ざかった後、気付けば自分の戦いは、守る為のものから、倒す為のものへと性格を変質させていた。
ここでこの若者たちを倒す事は、今後の作戦展開にとって有利に働く。
その思考は、間違いなく聖光士からの期待に応えなければという意志の表れだ。ニースは、自分がそう思っているからこそ、「蠍」の若者たちが今まで以上のパフォーマンスを見せている理由がすぐに察せられたのだ。
(重い……か)
スピード重視の突きを繰り出しながら、ニースは、この各地での聖体捜索が開始されてすぐの頃、ディアブル国のルジャンドル鍾乳洞でラナとエロイスにぽつりと零した自らの言葉を思い出した。
期待されているのは、光栄な事だ。しかし、それが重く感じられてしまったらどうすればいいのか。
エロイスからは、それでも自分たちは聖光士に協力しているではないか、という事を指摘され、励まされた。聖光士が最初に、自分たちが無理だと思ったら断ってもいい、と言ってくれたにも拘わらずだ。
(余計な事を考えるなと思っても、やっぱり考えてしまうよな)
「雫紋通鐵!」
雑念を払うように、空気を収斂させるように放った突きに対して、アノニムは徒手の左掌を突き出した。
「俺の方が不利……直接剣を交えればな。しかし、これはどうだ?」
彼は次の瞬間、会心の笑みを浮かべながら詩文を唱えた。
「雷の神格よ、守護たる性を顕せ! エナジーシールド!」
防御魔術だった。最も一般的な光属性の障壁因子ではなく、雷属性の。
魔物がぶつかった時の魔除け結界のような、電撃の散る半透明の障壁だった。ニースは「しまった」と思い、反射的に突きを中断しようとしたが、ぎりぎりで間に合わなかった。
海水色の刀身の先端が障壁に触れた時、急に蔓性植物が生えたかのように、ぎざぎざに折れ曲がった電撃が幾筋もニースの方へ逆流してきた。
無数の釘が突き刺さった棍棒で一殴りされたかのような感覚だった。ニースは絶叫を迸らせ、埃っぽい地面に仰向けに倒れる。その声に、丁度フーを押し退けたところだったエロイスが振り向いた。
「ニース!」
「まだ駄目だ、エロイス!」
叫んだニースだったが、その隙は大きかった。
フーが再起し、エロイスの足元で地属性文法──無詠唱だったが、恐らくは上位技の「地震」だろう──を発動した。
彼はあっと叫び、回避する間もなく足を取られ、ニースのすぐ横まで吹き飛ばされてきた。
「エロイス、大丈夫か?」
「お前の方がヤバかったじゃねえか、ニース……」
エロイスは身を起こしながら、尚も剣を構えようとする。ニースも、今し方の電撃によって痛む程に激しく脈を打っている心臓を宥めながら彼に倣って再び抗戦の意思を示した。
形としては、フー、アノニムが押しきったという感じだった。が、伯仲する実力の者同士が互いに決して手を抜く事なく戦ったのだ。彼らもぎりぎりだったらしく、呼吸は著しく乱れていた。
ラナ副騎士長は、何処まで逃げただろう。外にもこの二人の仲間が居ないとは限らないが、今は轍鮒の急を脱する事が最優先だ。
願わくば少しでも遠くに、と思いながら再度魔素知覚術を使った時、ニースは自らの魔術にミスがあったのかと疑った。
いや、そうであって欲しい、と思った。
反応があった場所──聖堂の入口に視線を向ける。そこには、逃げたはずのラナが立ち、余程全力疾走して来たのだろう、頻りに濁った堂内の空気を貪りながら壁に凭れ掛かっていた。
「ラナ副騎士長……!」
エロイスが、「何をしているんですか!」と怒鳴った。
「俺たちの苦労を水の泡にするつもりですか? あなたの持っている聖体が奪われたら、作戦は失敗です!」
「ごめんなさい、違うんです! ……いえ、違くもないのだけれど。とにかく予想外の事態です、脱出の途中で」
言いかけたラナの台詞が中断した。彼女は最後の力を振り絞ったかのように堂内に転がり込み、リラを爪弾いて後方に衝撃波を放つ。空中で爆発が起こり、ニースはそこで、彼女が後方から飛来した攻撃に対して防御を行ったのだと分かった。
やはり、外に「蠍」の仲間が居たのか。
一瞬そう考え、すぐに違う事が明らかになった。
「あなたは……!?」
ニースは、思わず瞠目した。
見覚えのある人物だった。聖光士の同期である、ファタリテの騎士。現在行われている次期元老長選挙で、現職ナサニエル・ヤーツの推薦人を務めているハント男爵家当主フォースタスだ。
「ハント卿!」
ラナは、振り向きざまにリラを持ったまま両腕を広げた。
「これを見ればお分かり頂けるはずです! 我々は今、『蠍』によって襲撃を受けているのです。彼らに聖体が渡ったらどのような事になるか、想像出来ないあなたではないでしょう!?」
「……なるほど、そういう事ですか」
ハントは独りごつように呟くと、矢庭に左手を掲げた。
何故ここに、ファタリテの騎士が居るのか。何故ラナを襲ったのか。脳裏で混乱が渦巻く。「蠍」たちも、何が起こっているのか分からない、といった様子で、自分たちに攻撃する事も、聖体を持ったラナが引き返して来たという状況を認識する事も忘れているようだった。
皆が唖然となる中、フォースタス・ハントが詠唱を開始した。
「理に属し、理を従えし英傑よ……」
「おい、待て!」
フーが、半ば裏返った声で叫んだ。
「貴様、自分が何をしようとしているのか分かっているのか?」
「……また理に背馳せし野心に、新たなる秩序の制約を課さん事を!」
ハントは耳を貸さず、詠唱を完結させた。
「聖裁……ヴァリアント・プロヴィデンス!」




