『リ・バース』第二部 第9話 Pleroma⑧
⑤ ライガ・アンバース
もう何時間、自分は戦っているのだろう。
青年の姿になっている間に、自分で気付かないうちに出血量が危険域に達する事を恐れ、一度は変身を解いたライガだったが、やはりガラルの姿のままで戦う事には無理があった。
ジェムシリカの変じ、プログラムの端末となった「影」との戦いが再開するや否や、ライガはすぐに生前の自分の姿に戻った。しかし、プログラムから世界の真実が告げられる前と後で、自分たちの間で繰り広げられる戦闘の運びが大きく変わった訳ではなかった。
依然ライガは、「影」が引っ切りなしに繰り出してくる斬撃を捌くので精一杯であり、やはりこちらからの攻撃はローブを浅く切り裂くだけだ。しかもそのローブですらも、切り裂かれる傍から、ファスナーを引き上げるかのようにすっと音もなく再生していく。
──人の範疇の内では超越者には勝てない。
相手からの台詞を思い出し、やはりそういう事なのか、とライガは思った。
自分はその言葉に対し、
──勝てないかどうかは、あんたで試してやる!
そう返した。
その「試した」結果は、既に出ているのではないか。これはプログラムによる自分の”粛清”である為、どう足掻いても無駄なのではないか。そのように考えそうになる心を、ライガは懸命に押し殺そうとした。
それは、どのような形になろうとも早くこの戦いを終わらせたい、この苦痛から逃れたいという逃避願望であり、ある種の諦念だった。
楽をしようとしてはならない。だが、突破口が見つからない。
(こいつが──)
厳密には目の前の存在は形代に過ぎないのだろうが、精細な思考を展開している余裕はない。
(こいつが俺を恐れている事は、事実なんだ。潜在的な脅威として、この世から消し去ろうとしているんだから)
しかし、ウカノフの計画の駒として、という部分は否定したかった。
これは自分自身の為だけの戦いではない。ここでプログラムの意思を宿すこの個体を倒す事で、自分は超越者の力を手にしたウカノフにも勝利し得る存在であるという事を分からせねばならない。
ある意味では、試験であり、通過儀礼だ。試験は嫌いなのだが、と思い、まだそのような冗談を考えられる心の余地が残っている事を、自分が大丈夫である事の証左と思いたかった。
埒が明かない。しかし、何処かに必ず、敵の盲点はあるはずだ。
「焔縫剣!」
火属性の袈裟斬りを繰り出した時、自身の感応から発生した熱により、生成魔術で顕現させていた仮想物質の剣がまた砕け散った。こちらの剣技を左の手刀で受け止めた「影」は、お返しといわんばかりに右の腕を振り被り、上段から垂直に斬り下ろしを返してくる。
ライガは上体を大きく仰反らせ、また後方へと下がりつつぎりぎりで回避する。眉間から鼻筋にかけてを浅く切り裂かれ、心臓に消毒用の脱脂綿を押し当てられたような気分になる。数センチ左右にずれていたら、どちらかの眼球を縦方向に真っ二つにされていた。
その「影」の攻撃は、剣技ではなかった。故に技後硬直は発生せず、即座に振り下ろされた右の剣がすっと引かれ、
「……っ!」
ライガは、左の頰から耳にかけて走った鋭い痛みに顔を顰めた。
即座に構えの変わった突きが、耳介を貫いたのだ。このような痛みを味わってまでピアスの穴を開ける奴の気が知れない、と思う。
徒手となった手に、無詠唱でもう幾度目になるか数えていない剣の再生成を行いながら、もう一つ厄介な事がある、とライガは内心で呟いた。
今自分が戦っている「影」には、殺気がない。いや、厳密には、世の約定を逸脱しようとしている──と一方的に見做している──こちらに、自分の思い通りに支配出来ない存在への怒りや焦りは、この「地下」の空気を通して依然ひしひしと肌へと伝わってくるのだが、それが戦闘に直接現れない。
人間やその他の生き物が相手であれば、攻撃の際には必ず、第六感で感じ取れるような微妙な空気の変化が起こる。呼吸が一瞬速くなったり、体の一部や全体に強張りが生じたり、目が据わったり、などという。普段殊更に意識する事はないが、戦闘を行っている者は、自分で思っている以上にそういった敵の状態の変化を無意識的に拾い上げ、同じく無意識的に対処に繋げている。
しかし、生き物でない──相手の言葉を借りるのであれば、少なくともこの象徴界の存在としては──、強いて言えば機械に近いこの「影」には、そういった生理的な変化がまるで見られない。
従ってこちらの体も、それらを拾い上げて自然に適切な対処に繋げる事が出来ていない。戦闘中の行為は楽器の演奏と同様、一切が反射的なものだ。無論時には相手の動きから次の攻撃を推測し、対処するという事もあるが、それをいちいち考えながら自らの体の動きを調整している訳ではない。
却って、そういった事を考えすぎるとこちらの動作が阻害されるのだ。絶え間なく放たれる向こうからの攻撃一つ一つが情報の集合であり、それがいつまでも処理しきれない為に、体の動きが鈍る。
(でも、それだけじゃないな……)
ライガは考えながら、更に身を引いた。
プログラムからの”啓示”を受け、世界の真実を目にする前まで繰り広げていた一連の戦闘を通し、ライガはずっと、後方に下がるという形でしか場所の移動を行っていなかった。
この「地下」も、この世の一部として作られた場所であるからには、何処かには果てがあるのかもしれない。だが、それは恐らく無窮の空の果てを想像するのと似たようなもので、今この状況では考えなくてもいいもののようだ。この戦闘中、物理的に追い詰められる危険性はない。
(こいつは俺を恐れている……なら、俺の何を恐れている?)
「咲煉破!」
こちらの刺突と、それを両手の剣を交差させて受け止める「影」。
反撃──同じく刺突。先程と同じ。ライガは今度は右に体をスライドさせ、相手の体側に回り込みながら体を捻り、横方向からの薙ぎを放つ。
(それは当然、俺の死霊化術だ)
黒服の袖に包まれた「影」の腕が裂け、傷口から被服の内側で渦巻いている黒い煙のようなエネルギーが溢れ出す。傷口はやはりすぐに閉じていくが、ライガは相手がこちらに体の向きを向け直す前に、閉じかけの切創を狙い、
「空を切れ、天飛つ神霊の息吹よ……ライトニング!」
雷属性文法のスピード技を注ぎ込んだ。
黒ローブの全身から、青白い電撃由来の火花がバチバチと散った。ライガは更に肉薄し、
「クペアンドゥ!」
十八番の斬撃術を放った。
回復の遅延した「影」の左腕が断裂した。断面から、やはり溢れた影の流体は血液のようだが、それはすぐに細長く収斂して腕の形に戻り、内側から新たな袖を浮き上がらせて断面の布地と溶け合わせようとする。
回復は想定内だ。ただ、これで一時的に敵の剣は右の一本のみとなった。
「カタラフィーディ!」
ライガは、再生した「影」の左腕が再び剣を形成する前に、霊力の鞭を放って止血をするようにぎゅっと縛り上げた。「影」は右手の剣でその鞭を断ち切ろうとしたが、ライガは続いて自身の剣でそれを受け止め、刃合わせの状態に持ち込んで妨害を図った。
向き合った状態で、右手で相手の右手への、左手で相手の左手への対処。こちらは両腕を交差させた形となり、不自然極まりない姿勢だ。傷だらけの体におかしな力の入れ方をするのは、相当苦痛を伴う行為だった。
(でも、少なくとも動きは止まったな)
そう思い、ライガは顎を引いた。相手のフードの中に蟠る闇へ、声を低めて語り掛ける。
「ジェムシリカ」
「……この端末に、最早人格はない」
例の機械質な声が答える。ライガは「いいんだよ」と更に返した。
「誰だか知らない奴に話し掛けているんじゃねえんだ。ジェムシリカ、まだそこに居るんだろう?」
──そういえば、ジェムシリカも自分を恐れていた。
思い出し、彼女は間違いなくジフト戦役最大の戦犯だった、と思った。自分たちにとっても、旧ジフトにとっても。
最初に交戦し、敗退を強いられた自分やリクトへの雪辱に固執し、首都ヴァイエルストラスを守る戦力の大半を玉砕同然の戦いに動員した。その上、私怨の為に自分を帰らずの地に放逐し、結果死霊化者として覚醒させてしまった。
ライガは、「呪いの蛇」を形成している左手からの霊力を見下ろし、自分の行為の結果何が起こるのかを咄嗟に考えた。
ややもすれば、無意味な事かもしれない。最初に謎の声が言ったように、既に完全に、ジェムシリカという個人が居なくなったのならば──。
(プログラムが死ぬ訳じゃない……ただ、『影の部屋』も──魂の材質の廃材を保管するこの場所も、降霊術の産物なら)
ライガは、正確な言葉の形で胸中で呟いていた。
(この端末も、魂である事に変わりがないのなら──)
──プログラムは、死霊化術による世界の死を恐れている。そしてその力の、現状での究極は自分自身が宿している。
──現在、全ては自分に懸かっている。死霊化術が完全に世界体系に取り込まれる前に世を滅ぼすか、自らを破壊するか。
「悪いが、お前たちの願いは叶わない」
ライガは言い、自身の左手から迸る霊力に感応を込めた。
「俺は、俺自身と、俺がそうしたいって思う皆の為に、この力を……!」
言いざま、詠唱を行う。
詩文に飢えた世界が、否定した力。その力の形代として、今捧げているこの詠唱は誰の為のものなのだろう、とちらりと考えた。
「苦き死よ、来れ──」
死霊化術の赤黒い光が、ゆっくりと「呪いの蛇」を覆い始めた。それはじわじわと侵食を続け、やがて「影」の腕へと到達する。刹那、それは膨れ上がり、禍々しくささくれ立ち、稲妻の如く幾つもの鋭い角を作りながら螺旋状へと変化して敵の全身にまとわりついた。
左腕が、びりびりと痺れるように痛んだ。見ると、ライガの手の甲もまた、腐敗したように黒い染みが広がっている。爛れているらしく、炭化した皮膚片のようなものがぱらぱらと浮かび上がり、剝き出しになった肉からはやや黄味がかった膿のような汁が滲み出す。
一方で、剣を構え、「影」と刃合わせを行っている右手はすっと軽くなった。末梢とはいえまだ生きている肉体の一部が腐敗する痛みを堪えながら視線を移し、ライガははっとした。
黒いローブの布地と、それに包まれた流体の腕。それらとの境目の分からない、自分の生前の愛剣アルターエゴにも似た漆黒の刀身が、ぐずぐずと溶け出し、練られている途中の膠灰の如く重たげに滴っていた。
その刀身の材質に近しく見える床の黒曜石は、それを赤土が水溜まりを吸収するように吸収し、落ちた半固形の塊を徐々に小さくしていく。ライガは息を呑み、その光景に見入った。
赤黒い螺旋は、まとわりついた「影」の黒いローブを、火花の如く霊力が爆ぜるのに合わせ、襤褸へと変えていく。その下で蟠る、ライガを深淵へと誘った黒い靄が絶えず膨張と収縮を繰り返す。ライガは、まだ左手で触れている赤黒い霊力の末端からぱっと手を離し、ノックバックした。
着地の瞬間、両足に激痛が走った。思わず片膝を突いた拍子に、右手から剣が落下する。
溶けた「影」の剣の残骸が絡みついたそれは、そこで完全に耐久性を失ったらしく砕け散り、魔素へと還元されて大気中に溶け込むように消滅した。残った溶けかけの黒い剣の残骸も、本体から直接滴ったそれのように床へと吸い込まれる。
完全に人型の黒い靄に戻った「影」──否、数秒前まで「影」だったもの──がローブによる束縛から解放されたように膨れ上がるのを見て、ライガはまたそれが自分を呑み込むのではないか、という恐れが萌した。
だが、そうはならなかった。
自分を誘った時の如く、視界の空間全てを覆い隠すように広がったそれは、次の瞬間空気を入れすぎた風船が弾けるかのように、急速に萎み始めた。置き去りにされたかの如く分裂し、宙空に残留する黒い靄の断片は、その場で各々に萎み、見えなくなっていく。
萎んだ黒い靄は次第に細く収縮し、先程まで「影」の右足が付いていた辺りの床の一点に吸い込まれて行き、遂には完全に消えた。
終わったのか──と、まだ判断がつかないライガに駄目押しをするかのように、数秒後、床のあちこちで発光していた色鮮やかな捕獲岩が、照明石の寿命が尽きるかの如く輝きを収めた。
ライガは荒い息を吐きながら、素早く周囲を見回した。
もう、「影」の姿は何処にもない。「地下」に引き込まれた時から感じていた冷たい敵意──ジェムシリカの言葉によるなら「反感」か──も、こちらへ向けられていたプログラムの怒りや焦燥も、最早感じられなかった。
(勝った……のか?)
恐らくそうだろうと思いながらも、まだ信じられないのには、感情的な理由と理性的な理由があった。
まず、自分が本当に、超越者の──神に近しい存在の意思を宿した相手に勝利出来たのかという事への、直感的な信じ難さ。そして、先程その相手から、「影」と死霊化術について聞かされた情報に戻づく理由だ。
死霊化術で命を落とした魂は、ここ「地下」で「影」に──不死者に生まれ変わる。また「影」を死霊化術で倒しても、それはここで再生する。ならば、ここで倒した「影」はどうなるのか。
そもそも自分は今、何を倒したのか。ジェムシリカか、それとも既に、彼女はこの世から消えていたのか。今し方の「影」を形成していた魂は、善逝へと至り、従来の輪廻へと戻されたのか。それとも、まだこの「地下」の何処かで再生を待つ状態になったのか。
或いは──過去に前例のない変化を来し、また新たな形での「魂の完全消滅」が引き起こされてしまったのか。
(それならやっぱり俺は、まだ潜在的脅威と見做されるって事だ)
ライガがそう思った時だった。
「見事だった、隕命君主ライガ・アンバース」
聞き紛う事のない声が、「地下」の空間に谺した。
このリーマン攻略作戦が開始されてから、初めて耳にする声。自分やリクトが、今回こそは絶対に確保する事を目標に、この任務の裏で同時進行させていた”同志”としての作戦対象。
戦闘になる事は分かっていた。ので、ライガは相手が完全に姿を現す前に自らに回復魔術を施し、随所からの出血を止めた。
こちらから五メートル程前方に進んだ辺りで、床の黒曜石が光沢を失い、穴を開けたかのようになっていた。その位置に、影が水溜まりの如く滞留し、小波を立てているのだ。
その中から、人影が浮上しつつあった。
以前までのように、ライガも隕命君主としての全盛期に纏っていた聖職者のような漆黒の僧衣を身に纏ってはいなかった。いや、それに近しいものではあったが、それは紛れもなく「影」の纏う頭巾付きローブだった。
「先程、『地下』は一時的に、従来の通りプログラムの手に戻っていた。貴様の戦っていた不死者の魂の材質がどうなったのか定かではないが、恐らくあの女は、貴様が最後に呼び掛けを行った時点で、既にこの世の何処からも存在はなくなっていたであろう。『審判の七日間』を経て過去世の記憶が抹消されるように──或いは善逝へと至った不死者のように。そう思えば、必ずしも哀れな最期だったとは言えぬのかもしれぬな。もしも抜け殻となった魂の材質が残っていようと、それは恐らく近いうちに記憶なき魂となり、境界へ送り出されるだろう」
現れた男は、独りごつようにぶつぶつと呟いた。
「なあ、冥界の女王よ」
「ウカノフ──」
ライガは低く呼ばい、彼の右手に握られているものを見やった。
魔杖オムグロンデュだ。イオニアが作り出したコピーか、と一瞬思ったが、すぐにそうではないという事に気付いた。彼を比較対象にしたサイズ感も、それを形成している人骨の古び具合も、完全にオリジナルのそれだ。
破戒僧正はその全貌を現すと、数歩こちらに向かって歩みを進めた。
「私は、プログラムに敵対者と見做されたらしい」
「あんたも、『影』なんだってな」
ライガは油断なく言い、考える時間を稼ごうとした。
「あいつはお前の事、逸脱者って呼んでいたぜ」
「左様。しかし最初は私も、あくまでプログラムとの同意の下、この『地下』を訪う為の術を授けられた。しかし私は、私利私欲の為にそれを濫用してきたつもりはない。たとえ、それがプログラムにとっては──神にとっては、そう見做されるものであったとしてもな」
ウカノフは言う。ライガは「吐かせ」と切り捨てた。
「お前が気安くイオニアに教えたプレーローマは、今じゃ一方的に”啓示”を受けるだけの人の方からプログラムに言葉を届ける術だった。それを使って、『影』を私物化する為の道具を作るのは、私利私欲じゃないのか?」
「ならば、魂を弄ぶ貴様の死霊化術とて同じ事だろう。それとも、やはりそれは親しい者たちの為であったなどと言い訳するか?」
「何?」
「言い訳でも結構。私も、似たようなものだからな」
ウカノフは、例の嘲笑うような調子で口角を上げた。
「まだ気付かないのか、ライガ・アンバースよ? 旧時代の遺物たる私の過去世が何者であったのかに」
ライガは、あの「幻」の中で見聞きした情報を思い起こそうとする。
ウカノフが、かつてプログラムに過渡期をもたらしたという事。彼がその強大な力故に、周囲から求められ、死すらも許されず、魂を境界転生によって呼び戻されたという話。
そして、彼が自分と同じだというプログラムの言葉──。
(……そういう事だったのか)
ライガは、ぐっと拳を握り締めた。
顔を上げると、こちらが考え込んでいる間、結論に辿り着くのを待っているように沈黙を保っていたウカノフに向かって呼び掛けた。
「死霊化者──アリフ・ジーク・バルドバロア」
破戒僧正は、やっと本当の名で呼ばれた、というように、大きく肯いてから口を開いた。
「正解だ」
第九話「Pleroma」をお読み下さりありがとうございます。今回は、これまで提示されてきた様々な謎が核心に踏み込まれる回でした。本作の「プログラム」はいわば、マルチバース設定の登場した拙著『ブレイヴイマジン』に倣っていうと、ジオス・ヘリオヴァースに於けるルーラーという事になります。が、本作に於ける魔術や世界の設定には小説の中では語れないメタ的な事柄がある為ここに補足します。
本作では魔術がグリモワール(grimoire)と呼ばれていますが、その語源が「文法(grammaire)」だという説は実際にあります。本作で「文法」と呼ばれる通常魔術の媒体は魔素(aire)ですが、これは「grammaire」の最後の四文字を切り取ってフランス語っぽく発音したものです。
また「詩文(verse)=言葉」の集合を意味するジオス・ヘリオヴァースの「言葉に飢えている」という理がプログラム(program)と呼ばれるのは、この語源が古代ギリシア語で「前もって」を意味する「pro-」と「書かれたもの」を意味する「gramma」を組み合わせたものである事に由来します。が、本作の作中世界に於いては前連載『夢遥か』の偽りの語源譚と同じく、「program」の語源が「pleroma」です。現実でも英語の「light」とドイツ語の「licht」など、同一の事柄を指す別の言語の言葉が同じ語源から分岐しているという事はよくある話ですが、ややもすると『リ・バース』の世界ではこの二つの語の間に「plegroma」や「pregrom」「prögram」といった綴りの単語が存在した可能性があります。
それから、今回の本文中で作中世界「ジオス・ヘリオヴァース」の名が「言語活動の場」という語句のルビに振られています。この世界の名前は私がそれらしくでっち上げたものですが(「ジオ(geo)」がギリシア語で大地(=土地、場)を意味します)、「言語活動の場」というのはラカン哲学の用語で「象徴界」の別名です。正確にはラカン哲学で「現実界」と「象徴界」は別物ですが、本作では「想像界」を「形而上の世界=超永遠世界」、「象徴界=言語活動の場」を「現実世界」として扱っています。
……と、この辺りは例によって藍原センシ作品でお馴染みの言葉遊びなのですが、現実でプレーローマが「神の力の全て」、プログラムが「あらかじめ書かれたもの」を意味し、聖書で天地創造の記述に「はじめに言葉ありき」とされている事は不思議な符合です。『夢遥か』でも「人々の共通的な観念を具現化する能力」として「御阿礼」を登場させましたが、これも「御在れ(=存在せよ)」という、言葉をアプリオリとした生成を意味します(柳田国男「稗田阿礼」(角川ソフィア文庫『妹の力』収録)を参照)。ある物事を意味する言葉を発するとそれが現れるという考え方(言霊?)は世界中に存在しますが、ややもすると人類には集合無意識的な観念として認められる傾向なのかもしれません。
次回でリーマン編は最後です。ウカノフの魂の正体も明らかになりましたが、では一体彼の目的は何なのか、という事が次に明かされます。この辺りでようやく物語の終わりも見えてきました。とはいえ先は長いのでゆっくり行きましょう。




