『リ・バース』第二部 第8話 Young Lion⑧
「マロン=エキュレット! 何をしている!?」
人垣を作るように密集し、騎士たちのライガへの接近を阻み続けている屍を薙ぎ倒しながら、ボルヒエナ教官が叫んできた。
「やはり恐れに呑まれたか? それとも情に絆されたか?」
「俺は……!」
そうだ、立ち止まっている暇はない。
ライガに言葉を届ける為、自分は無理を言ってこの作戦への参加を許可して貰ったのだ。このままでは、ライガはただ怒りのみを蓄積させ、自分が何を言っても通じなくなるだろう。
彼の赤く血走った瞳は、彼の感情が昂り、死霊化術に蝕まれつつある自身の制御が上手く行っていない事の証左であるように思われた。一方で、今し方メグと呼ばれた女の屍が散った時の声音は、間違いなく仲間の死に心を痛める感情の表出であるようだった。
今、彼の自我は懸命に、自分自身との戦いを繰り広げているのだ。マロンはぐっと奥歯を噛み締め、交戦する騎士たちと魔群との間を抜けてライガへと駆け寄ろうとした。
その瞬間、ライガがきっと顔を上げ、オムグロンデュの先端をこちらへと突きつけてきた。
「近づくな、マロン!」
「ライガ……」
「これがお前の答えか、マロン? それなら俺は、こいつらの未来を守る為にお前と戦う事を選ぶぜ。それが嫌だっていうなら──」
「話を聴け、ライガ・アンバース!」
無我夢中で、マロンはそう叫んでいた。
「ライガ、この者たちはもう死んでいるんだ。そろそろ解放してやれ、そして俺たちの所に戻って来い! 今死霊化術を手放せば、君は極刑を免れる。また、皆で過ごす事が出来るようになるんだ!」
「ふざけるな! 元はと言えば、お前たちの身内がこの結果を招いた! 死ななくて良かった命が喪われる事になったんだ!」
「隕命君主!」
また、言葉を話す屍が現れた。今度は、彼が最初にこの帰らずの地で従えた建国戦争当時の個体だろう、旧王朝の戦士と思われる服装の、壮年の男だ。
「その男は敵か? 敵なら、さっさと──」
「ヘズブロッド、こいつは……」
ライガは言いかけた瞬間、唐突に目を見開いた。彼を支配していた激しい怒りの中から、ほんの一瞬、正気が取り戻されかけたらしい。
その時、横から一人の騎士が魔群を蹴散らしながら現れ、ライガの頭部に狙いを定めて火属性文法を放とうとした。突き出された掌に生じた魔方陣の赤色で、マロンはそうだと判断する。
しかし、そこでヘズブロッドと呼ばれた生ける屍が動いた。爪を振り上げ、騎士の顔を横ざまに薙ぐ。魔術が放たれるよりも先に、顔の上半分の肉をごっそりと抉られた騎士はばたりとその場に俯せに倒れた。
「こいつ──」
今回の作戦への協力を命じられ、ヴァイエルストラスでマロンたちと合流したガストール・ハント──戦後、旧モンド王国ガウス近郊に駐在する帝連軍の指揮を執っていた──が声を上げかけた。
メグに続き、「再誕」を施された生ける屍は自ら思考する為強いという傾向が観測されたようだった。騎士たちは、それぞれが相手取っていた敵を屠り終えるや一斉にヘズブロッドへと襲い掛かる。対する彼は、
「忌々しい帝国騎士ども……!」
建国戦争当時の記憶が蘇っているのだろう、ソレスティア人である騎士たちは敵という認識に突き動かされているらしかった。
強化された四肢が振るわれ、騎士たちの胴が押し潰される。喉が裂かれ、首が断ち斬られる。中の一人などは口を境に頭部の半分を吹き飛ばされ、残った下部を、脛骨が肩に陥没する程まで叩き潰された。
マロンの奥歯が、無意識にぎりぎりと軋みを上げた。
「ライガっ!」
「マロン=エキュレット!」
ライガは、こちらに負けまいとするかのように叫び返してきた。
頭蓋骨の嵌まった先端をこちらに突き出していたオムグロンデュが、突如として振り被られる。あたかも打撃系統の長柄武器のように、赤黒い煙のような霊力を引っ切りなしに漏出させる頭蓋骨は、マロンの左肩を打ち砕こうとするかのように肉薄して来た。
マロンは咄嗟に、
「退魔剣!」
最速で繰り出せる基本の袈裟斬りで、振り下ろされた杖を上部から叩き、その軌道を逸らした。
瞬間的な判断ながら、渾身の力を込めた。ライガはおっと声を上げて前方にのめりかけ、すぐに体勢の立て直しを図る。下方から、空いている方の左手で降霊術を繰り出してくる。
「カタラフィーディ!」
霊力の鞭の攻撃だった。剣を持つこちらの腕を縛り上げ、武装解除しようと試みたらしい。マロンはそれを直ちに──予備動作の時点で──見切り、素早く身を引いて防御の構えを取る。
先程、マロンは剣の峰ではなく、刃の方でオムグロンデュを打った。古びた人骨から作られている事を考えて、れっきとした剣鋼──しかも相当に感応を込めて育成した──で剣技を喰らわせれば、本来ならば容易く折れていた事は疑う余地がないと思われた。
だが、そうはならなかった。それどころか、岩脈に斬り込んだかの如き硬質な手応えがフィードバックされた。ややもすると、特殊な魔術で生成され、破壊不可能性が付与されているのかもしれない。
この杖は、ライガが過去にないレベルの高度な死霊化術を使用する為の縁だ。破壊すれば彼も死霊化術に固執する事に、そこまでの意味を見出せなくなるのではないか、とも思ったが、そう甘いものでもないらしい。
代わりにマロンは、
「エクソシズム」
剣の陰から除霊術を放ち、ライガの「呪いの蛇」を解除した。
自分も彼も、極度の緊張の為か、この程度の応酬を行っただけで荒い息を吐いていた。しかし彼の炯々と光る瞳は揺らぐ様子がなく、真っ直ぐにこちらを睨みつけたまま固定されている。
きっと、彼の脳裏にはデジャヴが生じているに違いない、とマロンは思った。一年前、この場所で、自分たちと同じファタリテ騎士団が彼の守ろうとしていた人々を虐殺した。
そして、また今も──。
(だが……!)
それでも、これ以上は駄目だ。これ以上こちらに死者が出れば、ロディはきっと彼を許さないだろう。両成敗という事にはならないのだ、彼が死霊化者であるという大前提がある以上は……
(俺は結局、これが限界なのか?)
マロンの中に、ふとそのような思いが生じた。
(彼を救いたいなどと思いながら、結局俺はこうやって、ファタリテの立場でものを考えている。彼の守らんとするものを否定している──)
──生ける屍は、生きているのか、死んでいるのか。
畢竟、そのような問いに意味はない。どう解釈するかは、一人一人によって違うのだ。自分に、ライガの考えを否定する権利などない。
「……俺は」
荒い呼吸音の間隙から、彼が声を絞り出した。
「お前とは、分かり合えたと思っていた。だけどやっぱり、こうしていつかは戦う事になっていたんだな」
「戦う必要なんて……!」
マロンは首を振ったが、彼はそれを遮って続けた。
「結局ヴァイエルストラスでの一件の後、お前と話す機会は一度もなかった。やっとそれが出来たっていうのに、残念だよ」
「頼む、ライガ。俺の言葉を聴いてくれ。俺が君としたかったのは、こんな話じゃない。アウロラの事、ずっと君に礼を言いたかった。だからもう、これ以上皆を殺さないでくれ」
自分の言葉が身勝手なものかもしれないと思いつつも、マロンは尚も言う事をやめなかった。
「君の作り出した怨霊が、ああやって騎士を殺しているんだぞ。君はそれを目の当たりにしながら、何も思わないのか? 君の心は、本当にもう禁術に呑まれてしまっているのか!?」
「あいつを止めたいなら、大人しく引き下がれ」
ライガは、声色を低いものに変えて言ってきた。少し離れた場所で殺戮を続けるヘズブロッドを、微かに視線を動かして窺う。
「もし、どうしてもそれが出来ないっていうなら──」
その瞬間だった。
ライガの血走った両目が突如として見開かれ、言葉が中断される。何かを見たらしい、とマロンが思うか思わないかという間に、背後から自分の前方に影がすっと差して来た。
「マロン、避けろ!!」
ライガが絶叫した。
振り返る暇もなかった。マロンが次の行動を、もしくは思考を行う前に、背中に冷たい感触が生じた。
コンマ数秒後、そこでザクッ、という湿った音が鳴った。
痛覚を覚えたのは、地面に血液の雫が滴ったのを目で見てからだった。それから一瞬遅れて、凄まじい苦痛が──全身を隈なく、体の内外全てに針を突き刺されたかの如き痛みと呼吸の不自由が、マロンに襲い掛かった。
霞む視界に、茫然自失となるライガの顔が辛うじて見えた。
背中から脇腹の辺りを貫通した刺し傷から、黒煙のような瘴気を微かに漏出させながら、マロンはゆっくりと体を前傾させる。
「マロン!!」
ライガが駆け寄って来、こちらの体を抱き止めた。




