『リ・バース』第二部 第8話 Young Lion⑤
⑤ ライガ・アンバース
「シュラ、そっちの様子はどうだ?」
「ばっちりだよ。だけど、やっぱりちょっと気が乗らないなあ……僕たち、この人たちには散々お世話になったし」
旧ジフト領、ランペルール地方。帰らずの地、アンバース・ヴィラージュ跡地。
破壊された建物の、残った蛇紋岩の基礎部分の上に数体の生ける屍を整列させ終えると、シュラは手の甲で額を拭いながらこちらの声掛けに応じた。既に代謝の停止している彼が汗を流す事はないが、彼のこの仕草はあくまで生前の彼を「再誕」が模倣している為に再現されたポーズだ。
ライガは肯き、半ば自らにも言い聞かせるように「仕方ない」と言った。
「大事な事だ。おじさんは、出来るだけ詳細なデータを欲しがっている。だけど、まさか俺が死んでみるなんて出来ないし」
整列した生ける屍たちのうち、最も自分に近い所に控えている個体──ビャルマ族の伝統衣装である不織布の、色褪せて半ば襤褸と化しているシャツとマントを着用した男の屍を見、ライガは「ごめんな」と手を合わせた。
服装から見て分かる通り、この屍はライガが死霊化したものではなく、元々この地に居り、ライガが改めて契約を結んだ個体、建国戦争当時の「地獄の季節」によって発生したもののうちの一体だった。
過去最悪の死霊化者と呼ばれるアリフ・ジーク・バルドバロアは旧王朝側の魔術師だったが、やはり彼も代償を受けて錯乱が始まっていたのか、彼の味方であったはずのビャルマ族の屍も、ジフト戦役中にこの地の怨霊たちと契約したライガがざっと調べた限りかなり含まれていた。
ライガは彼らの魂に生前から刻まれていた降霊術を改めて一体ずつ調べ、シュラと同じく転写術の刻まれている個体を見つけ出した。
シュラ曰く、イスラフェリー家は帝連の成立と共に北方に追いやられたビャルマ族のうち、特にバルドバロア王家の直系の末裔だそうだ。転写術や覚醒術といったイスラフェリー一族相伝の固有降霊術は、元は旧バルドバロア王家の血縁者たちが有していたものだという。
その個体を登用し、ライガは自分の考えている、怨霊となった者たちへの──あくまでも擬似的な──救済に関するプランが成立するのか、一つの実験をするつもりだった。
「俺は、あなたの名前も分からないけれど──」
ライガは、屈葬の如く両膝を突いて座り込むその屍の前に跪き、頭を下げた。
「その命、どうか俺に使わせて下さい」
* * *
現在は年が明け、帝暦九二年の一月中旬だ。
昨年末に帰らずの地に辿り着くと、ライガは招喚魔術でシュラを呼び出すのではなく、自ら森に入って彼を探した。アンバース・ヴィラージュの壊滅以来ライガはここを訪ってはおらず、半年間続けていた、荒れ放題となっていた森の間伐作業は中断されてしまっていたが、森もさすがに一年放置しただけでそれまでと同じ程度にまで木が生い茂るというところまでは行っていなかった。
その代わり、適度に木が間引かれ、太陽光が入るようになった為、雑草は以前では考えられなかった程に伸びていた。寒冷の環境に強い虫なども発生しており、ライガは、このような事になっているのならば虫除けの枸櫞のエキスを持って来るのだったと後悔した。
「シュラ、居るか?」
呼びながら馬銭の木々の中を歩いていると、
「ビョオオオオオオオオッ!!」
薮の中から、瘴気の湧き出す爪を振り立てながら彼は現れた。
ライガは面食らい、一瞬身構えた。
死霊化術は、プログラムによって制約されていないだけに、その法則性にはまだまだブラックボックスなところがある。従来の魔術のように、術者の死と共に術の効果が消える訳ではないという事も、それを使役術で効果を上書きすると術者の死後効果が消えて怨霊が消滅するようになるという事もその一環だ。
自分の開発した「再誕」の効果が永続するものなのか、それとも一定期間を過ぎるとまた自我は消えてしまうのか、もしそのようにして効果が切れた場合、それまでに施していた術──使役術など──はどうなるのか、ライガはまだ理解しきれている訳ではない。
何しろ、前例のない降霊術なのだ。自分はそれらの疑問を一つ一つ明らかにする為に、こうして赴いて来た。
「落ち着け、シュラ。俺だよ。……俺の事、忘れた訳じゃないよな?」
声を掛けながら、もしも「再誕」の効果が切れると同時に主従制約も破棄されているなどという状況になっていたら、また調伏し直さねば、という考えも脳内で起こしていた。
しかし、少なくともその心配は無用だった。
「……ライガ?」
ライガが声を掛けると、シュラははっきりと言葉を発し、やや戸惑い気味に振り上げた爪を下ろした。その瞳に理性の光が戻るのを見、少なくともまだ「再誕」の効果は継続されているらしい、と思い、ひとまず安堵した。
「ライガ、来てくれたんだ。わざわざ帝国から足を運んでくれなくても、用があるなら招喚魔術で転送してくれれば良かったのに。……って、無理か」
シュラは、うっかりしていた、というように後頭部を掻く。ライガが本来ならば城を出入り禁止になっている事については、彼に「再誕」を施した時に既に説明していた。デルヴァンクール邸では、尚更彼を呼び出す事は難しい。メルセデスは、例のおっとりとした調子で
「ライガの弟なら、私にとっても坊やみたいなものよねえ」
と言い、彼に会いたがっていたが、万が一にでも”事故”を起こすような事はあってはならない。ライガは、「弟じゃなくて弟分だよ」と訂正し、彼の話題が出る度にはぐらかしていた。
「ごめんな、ずっと来られなくて。何か、変わった事とかは?」
「……ないけど、物凄く暇です。皆は僕みたいにお喋り出来ないし、僕もものを食べる事も、眠る事も出来ないし。仕方がないから、木を伐ったり、魔物を退治したりしながら過ごしていたよ」
「それは──悪かったな。でも、助かるよ。本当の森番ってやつだ」
ライガは言いながら、やはりそうなるよな、と考え、やや胸奥にもやもやしたものを感じた。
自分が「再誕」で自我を取り戻させても、肉体が生ける屍となってしまった者たちが真の意味でそれまでの人生の続きを、本来そう在るはずだった形で生きられるという訳ではない。むしろ、食べる楽しみも、眠りの心地良さも味わう事は出来ず、身体の感覚もなくなるので大抵の快楽は得られなくなる。それはシュラの言う通り「物凄く暇」な人生の始まりを意味するのかもしれない。
シュラは、こちらの声が帯びた愁いを感じ取ったのか、取り繕うかのように「あ、でも」と言った。
「髪が伸びました。おかしいよね、体は死んでいるのに」
「ああ、それは」
ライガは答えた。
「動かしている限り肉が腐って完全に分解されるような事はないけど、生ける屍にも死後変化は起こる。水死体が白色泡沫を吐き出したり、ある程度筋肉が硬直したりとかな」
気持ち悪くなったら悪いけど、と断ってから、ライガはシュラの頭を指差した。
「頭皮が収縮して、毛根の部分が押し出されたんだ。それで、少し伸びたように見えるんだろう」
「なあんだ、そっか……ちょっと残念だな」
やや寂しそうに笑う彼を見ながら、やはり彼も未だに、自分が死んでしまったという事実を受け入れきれていないのかもしれない、とライガは思った。




