『リ・バース』第二部 第8話 Young Lion②
② マロン=エキュレット・エルヴァーグ
「主立った者は、これで集まったな」
獅子宮、地下談話室。
既に夜は更け、城の者たちは寝静まっている時刻、照明を点けない部屋で、ファタリテの騎士たちは中央のテーブルに置かれた一本の燭台を取り囲むようにして座っていた。
上にファタリテの初代騎士長、マロンの曾祖父に当たるスペラエア・エルヴァーグの肖像画の掛けられた暖炉の炎が、燭台以上に、照明の代わりに光源の役割を果たしていた。そこから程近い席に、父ロディは腰を下ろしていた。
「ルルス、夜警の者たちは?」
「先程、この辺りの巡回は終えたようです。戻って来るのは、早くても一時間後でしょう」
騎士の一人が答える。
「ポピュレーターが眼状霊魂を飛ばしています。しかし、もしこの会合の事が明らかになったとして、我々は別段後ろめたい事をしている訳でもないのですから、問題は特にないかと」
「ふむ……まあ、それもそうだな」
ロディは肯くと、「夜遅くに悪いな」と断ってから話し始めた。
「皆も知っての通り、昨日から隕命君主ライガ・アンバースが北方に出発した。今冬は、帰らずの地で越すつもりらしい」
「それ程長いプランだとは、伺っていませんでした」
伯爵家出身のトリュフォーが容喙する。
「燃料は森の木があるでしょうが、食糧問題はどうするつもりでしょう? アンバース・ヴィラージュは、もうなくなったというのに……」
「その件も、デルヴァンクールが手を回すという事だった」
ロディは、さも腹が立つ、というように眉間を揉んだ。
「ヒュバキオンの一件で、ヴァイエルストラスの住民たちの中からは奴を危険視する声も上がっている。奴は変身術をも使用するが、それでも不審感を抱かれる可能性がない訳ではない。
これも陛下やデルヴァンクールの作為を感じぬ事はないが、ヒュバキオンの後任として現在ヴァイエルストラスを領いているのはフォルトゥナ騎士団のフィルモアだという。彼が、定期的に帰らずの地へ、食糧を始め必要な物資を手配する事になっているようだ」
「莞根士は、後任はフェートから派遣するよう宝瓶宮に要請を出したのでは?」
「都合がつかなかったのだろう。しかし、だからといって……」
「あまりに、依怙贔屓が過ぎると言わざるを得ませんな」
大柄で赤銅色の髪をしたバルボロが、腕組みをしながら唸った。彼の体温はいつも高く、暖炉に火は入っているにも拘わらず、薄闇の中で呼気が一瞬仄白く濁ったのが分かった。
早いもので、もう十二月下旬──年末だった。
ライガの保護を訴える莞根士と、即軍事法廷を開き死刑宣告をすべしと主張するロディの間で繰り広げられていた論戦は、終戦から一年半を目前にいよいよ最高潮に達していた。
結論が出ないまま、帝暦九一年も荏苒として過ぎ去ろうとしている。実際には、結論がずるずると先延ばしにされ、開かれれば絶対の法規により死刑が確定し、莞根士ですら本人を救う事の出来ない裁判が開廷されていない事については、今のところ彼の望み通りに運ばれているといえた。
ライガが今年、年明けから半年に渡って開発を続けていた、怨霊に自我を取り戻させる為の降霊術──「再誕」の実現は、それまではライガの処分を保留には出来ないか、と政府に訴え続けていた莞根士の”大義名分”を失わせてしまったが、その効力が思いがけず更なる論争の火種となった。
もしも「再誕」が実用化の段階に至れば、帝連が建国以来抱え続けている問題であった帰らずの地の怨霊たちは脅威ではなくなる。しかし、それを言うのであれば、それらと契約したライガがそれらとの主従関係を解き、全ての魂を消滅させるという方法で事足りるのではないか、そうすれば、罪を罪として裁く事に問題はなくなるのではないかというロディの意見ももっともなものだった。
ロディは最初、従来のファタリテ的な価値観に基づき、「死霊化者は死刑」という原則を崩さない為にライガの処刑を訴えていた。しかしそれは、同志であるヒュバキオンが彼に殺害された事で、彼自身が実現せずにはいられないものとなった。
「バルボロの言う通り、これは依怙贔屓以外の何物でもない」
ロディは言い、机上で拳を握り締めた。
「フィルモアは悪童のお守りをする為に現地に派遣されているのではない。ましてやそれに、デルヴァンクールの寄付金で賄われているとはいえ公的な資財を投入するなどと。
死霊化術による心神喪失などで、我らが同志の殺害を免罪するなどという事は許されない。このような事が起こるのを閲して、死霊化術は禁術として定められているのだからな。……もしもこのまま、年が明けてからも一向に埒の明く気配が見られないのならば」
「………」
騎士長の言葉に、一同はぐっと押し黙った。
──その場合は自分たちが、多少強引な手段を使ってでもライガの”断罪”を決行に移す。
相手が如何に罪人であったとしても、公的な手続きを踏まずに私刑を加えるのは越権行為であり、処罰の対象になる。ましてや殺害などをすれば、こちらが殺人犯と呼ばれるようになる。
それを理解した上で、父はそれを恐れていないのだ。自らが汚れ役を引き受ける事になったとしても、目下迫っている脅威は除く。それは、自らを勘定に入れずに世界の為に力を行使する調和者、帝国騎士の理念に通ずるものがあった。
しかし──。
「発言宜しいでしょうか、匍匐獅子?」
マロンは、迷った末に意を決して挙手をした。騎士たちの目が、その瞬間一斉に自分に向かって集中したのが分かった。
現在この会合に参加している者たちのうち、騎士見習いは自分一人だった。この話し合いの結論は、最初から出ているようなものだ。城から離れて帰らずの地へと旅立ち、莞根士の庇護下から出たライガの討伐、という。ドーデム・ヤーツや、彼の取り巻きであるゼムン・タッドポール、エッガ・セルなど、ライガとは対立している者も多いとはいえ、騎士見習いの中には彼の同期生も多く含まれている。いざという場面で、不要な情を抱いてしまうかもしれない彼らをその作戦には参加させられない、というのが、ロディの考えだった。
その上でマロンが参加しているのは、父からの信頼の表れであり、また試験でもあった。自分が本当に、匍匐獅子の跡取りに相応しいのか、という。
「何だ、マロン?」
父に促され、マロンは「はい」と応えてから言葉を紡いだ。
──父の意図は分かっている。しかし、自分は自分だ。
「ヒュバキオン殿は、痛ましい最期を遂げられました。しかし、そのような結果となった原因に、彼の行きすぎた強硬策があった事も否めません。リクト・レボルンスは実際に、アンバース・ヴィラージュに居た者たちは、隕命君主を除けば民間の剣士以下の戦闘能力しか持ち合わせていなかったと報告しました。
ライガの魔群の事は措くとして、ジフト残党の処分の一環として、あの場に居た者たちを、女子供も含めて殲滅する必要までがあったのでしょうか? もしもなかったとすれば、ライガの取った行動は正当な自分たちの防衛であり、それを以て死霊化術の代償による理性の喪失、凶暴化傾向の表れと判断する事は、些か性急なのではありませんか?」
マロンの言葉に、皆が驚いたような表情を浮かべた。こちらがそのような事を口にするとは思わなかった、というように。
ロディは少々の緘黙を挟み、すっと目を細めた。
「それだけか?」
「えっ?」
「お前が、ライガが死霊化術による代償の効果がまだ表れた訳ではない、と判断する根拠だ。こちらに反論するという事ならば、お前はそのように考えているという事なのだろう?」
「はい。何故なら──」
マロンは、やや言葉を探す間を取ってから再び発言した。
「ライガ・アンバースはまだ、他者の人間としての感情を理解する事が出来ます。それが、本人が表面上には表していない事だとしても。或いは、本人にすら気付けていないものだったとしても」
「具体的には?」
「私です」
それを口にする事に、躊躇いはなかった。
「お前の、どのような感情を?」
「アウロラ姫への想いを。……匍匐獅子、いえ、父上。今になったのではっきりと口に出来る事ではありますが、私はこれまで、婚約者たるアウロラ姫の事を疎んじてきました」
「……その事については、知っている」
ロディの顔が、渋い果実でも齧ったかのようにやや歪められる。
六年前、マロンがライガに殴られるという事件があった時、その場に居た者たちから関係者の身内には一部始終が報告された。ロディは、その際マロンがアウロラ姫の事を侮辱する台詞を吐いた事も当然知っている。息子が歯を折る程の怪我をした事には激昂した父だったが、マロンは、それから発端が自分の口にした言葉であった、という事について否定しなかった。
マロンは肯き、先を続けた。
「しかし、私は本心では、彼女に対して立場を超越した愛情を持っていました。私自身が、エルヴァーグやファタリテとしての体面を意識しすぎ、周囲どころか自らの事さえ見えなくなっていたのです。ライガは局外者であったが故、私以上にその事に気が付いていました」
「………」
父はまた黙り込む。マロンは胸中で、そうだ、と呟いた。
リクトとシアリーズ姫程、自分とアウロラは気の置けない友人というような距離感ではないし、彼女の方から積極的に自分を遊びに誘いに来る事もない。だが、互いに避ける事が当たり前になっていたこれまでと比べれば、自分たちの距離はずっと近くなっていた。
父は、その関係性の変化に気付いているのだろうか。更に言えば、アウロラとの和解が出来た事で、彼女の周囲で、彼女の為にマロンに対して憤っていたライガや、彼と一緒に居るという理由や同じ「皇女の婚約者」という立場から抱いていた劣等感により、こちらから煙たがっていたリクトとの関係も改善された。ライガとは直接会う機会はなくなってしまったが、夏以降は彼に手紙を書き、リクトに運んで貰うという事もしていた(莞根士が彼に端末を貸しているのであればHMEでも事足りたが、音声を吹き込む為に見えない彼に気さくに話し掛けるように喋る、というのはやはりやや極まり悪かった)。
父は、そういった事も知っていたのだろうか。彼のみならず、父がマロンの交友関係について触れてくるという事自体が少ない。
ロディは確かに、息子の将来の事は強く気に掛け、何かと実績を作る機会を探したり、成績の変化には敏感に反応したりする。例の通り、問題児がマロンに怪我をさせたりなどすれば烈火の如く怒る。その一方で、一人の若者としての息子の、心理的な面については疎かった。
人格形成期ともいえる思春期の葛藤や、将来騎士団と家を背負う事への重圧の中で懊悩していた事にも、特に触れる事はしなかった。
彼には、はっきりと目に見えるものだけが全てだった。
「……ライガ・アンバースに、情が移ったのか?」
やっと再び発言したロディの言葉は、そのようなものだった。マロンはやや目を逸らし、「そうかもしれません」と言った。
「しかし、彼は私たちが思っていた程、特別な人間ではありませんでしたよ。死霊化術は特別な能力ではありますが、彼自身がそうだった訳ではない。だからこそ、私は彼を──彼の一端くらいは、理解出来るような気がするのです」




