『リ・バース』第二部 第8話 Young Lion①
① ライガ・アンバース
「……そんな事があったのか」
八月中旬。デルヴァンクール邸、客間。
シュラ・イスラフェリーの自我復活を成功させて以来、再び自宅での蟄居──アルフォンスは名目上「軟禁」という事で関係各位には伝えている──生活に戻ったライガの元を、リクトは約一ヶ月ぶりに訪ねて来た。
前回の訪問から、今までにない程に長い間隔が空いていた。というのは、先月下旬はリクトたち騎士見習いのうち訓練課程の上位成績者はヴァイエルストラスに出向いており、戻って来てからも補習やら何やらでなかなか落ち着く暇がなかった為だ。休暇もある事にはあったが、彼ら自身が予定を入れず休む為の日というものも大切にせねばならない。
ライガは、忙しい事は嫌いだ。少年時代は、朝寝坊や学問所での授業の無断欠席の常習犯だった為、イザーク教官からはよく油を搾られた。だが、こうも長い間自宅から出られない生活が続くと、「騎士」としての務めとはいえ日々すべき事のあるリクトが羨ましく思えてくる。
降霊術「再誕」が完成したからには、次に行うべきはそれをシュラ以外の魔群にも施す為のプランを練る事だ。自分も決して、何もする事がなく暇であるという訳ではない。
真に辛いのは、自分が騎士として任務をこなして収入──訓練生であっても仕事に参加する以上報酬は出る──を得る事も出来ず、恩あるアルフォンスの家で、二十歳を過ぎて尚も穀潰しのような生活を送っている事だ。アルフォンスは、こちらの自由を奪っているのは自分たちの方なのだから気にするな、と言ってくれるが、いたたまれないものはいたたまれない。
今自分を養っている金については、喩えるのであれば囚人の食費が税金で賄われているようなものだ、と、アルフォンスは言うかもしれない。しかし、囚人の「餌」というには、養母メルセデスの作ってくれる食事は美味すぎる。
「俺も見てみたいな、今のあいつの事」
リクトから、ここ一ヶ月の間に起こった出来事について聴いたライガは、そう呟いた。
あいつというのは、マロン=エキュレット・エルヴァーグの事だ。先月末、ヴァイエルストラスで開かれたジフト戦役終結一周年の記念式典──先月下旬にリクトたちがヴァイエルストラスに向かっていた理由──の最中、彼は婚約者であるアウロラ姫と和解したらしい。
その話は、当然リクトや彼と一緒に式典の警備に就いていたアルフォンスも知っていたはずだが、彼は帰って来てからもライガにそのような話はしなかった。何故かは分からないものの、恐らくは彼の事なので、一度は掴み合いの喧嘩にもなり、それ以降ずっとぎすぎすとした空気感が実に六年にも渡って続いていた自分たちの事は、無関係な自分が雑談のような調子で話す事ではない、といった事を考えていたのかもしれない。
式典の最中、旧ジフト軍の残党が会場で暴れ始めたそうだ。中には魔物招喚士も居り、その者が招喚した魔物がアウロラに襲い掛かり、彼女は突如として危機に陥る事となった。
その危機を救ったのが、マロンだったという。
「やっぱり、あいつの中にはちゃんとアウロラ姫への想いがあったんだ。俺、安心したよ」
「マロン、僕がまた君の所に行く事を言ったら、君に会ったら『ありがとう』って伝えてくれと言っていた。ライガ、彼に何か言ったの? ジフト戦役の後、君と彼が顔を合わせたのって、あのフェラーリの花園に旅行に行った時だけしかなかったはずだけど……」
「あー、えっと……」
尋ねられ、ライガはやや気まずくなって頭を掻いた。
あの日、一時的に別行動を取っている間に自分がマロンと口論になった事については、リクトには話していなかった。
少し迷ってから、隠すのも不自然かと思い、結局伝える事にした。今話を聴いた限りでは、もう彼に伝えても大丈夫だろう、と判断した。
「俺、実はあの時、マロンに言っちゃったんだ。アウロラが本当に好きなのはリクトだ、って」
「えっ、何で僕が?」
本気で驚いた顔をするリクトに、ライガは苦笑してしまう。やはり、彼は気が付いていなかった。だがそれは、彼が朴念仁であるという事ではなく、彼の目はシアリーズにしか向いていない為、自分が他の誰かから想われるなどという可能性について考えもしないという事だ。
「何でも何も、彼女の気持ちの問題なんだから理由なんてないだろ。けどまあ、やっぱりマロンが最初、第二皇女としてしか彼女を見ていなかったのは一つの原因かもしれないな。アウロラはそれで、本当の許婚であるあいつに申し訳ないって思っているみたいだったけど、多分順番は逆だ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。混乱しているんだ」
リクトは、さも頭が痛むというように額に人差し指を当てていた。
「何でライガ、そこまで彼女の気持ちが分かるんだ?」
「俺だけじゃねえよ。リィズも気付いていたみたいだけど、お前本人には言わないようにしようって、暗黙の了解みたいな事になっていた。知ったら、お前までどう彼女に接していいか分からなくなるだろうから」
「今でもそうなりそうだ」
「いや、多分今なら大丈夫だと思う」
ライガは言った。
「俺は、マロンにこうも言った。……アウロラは、愛されて幸せになってもいい、って。別に、彼女に自分の幸せを妥協して欲しいと思っていた訳じゃないけど」
「……そっか」
リクトは、そこでようやく力が抜けた、というように深々と息を吐き出した。それから、やや睨むような目になって「でも」と続ける。
「今回は結果オーライだったから良かったけど、ちょっとライガ、お節介が過ぎるところがあるよ。もしも”荒療治”が失敗して、マロンが増々彼女に対して冷たくなるような事があったりしたら」
「いや、こればかりは言わなきゃ駄目だったよ」
ライガは、そこだけは譲れなかった。
「俺がお節介焼きなんじゃない。周りの大人たちが──アウロラもマロンももう成人しているけど、小さい頃から──皆で見て見ぬ振りをしてきた事が良くなかったんだよ。確かに、皇族や貴族には色々と柵が付きまとうものだけどさ、これはそれ以前に本人たちの恋の問題だった」
「……そうだね。確かに、その通りだ」
自らの中で整理をつけるようにそう呟く彼を見、ライガは、彼自身もシアリーズとの関係について抱えた問題はあるのだよな、という事をちらりと考えた。
リクトは、アウロラが自分に向けていた想いに気付いていなかった。だが、ライガが客観的に見ていて分かったのは、自分自身も、シアリーズが自分に向けているただならぬ感情については理解していた為だ。また彼女本人が、それを上辺に出さないように気を遣っている事も。
ライガは、リクトの為にわざと素知らぬ顔をしていた。それは、たとえ自分でなかったとしても、リクトであれば彼女を幸せに出来るだろうという事が分かっていたからだ。
シアリーズもまた、愛される事で幸せになるべき女だ。
(リクトは、リィズの気持ちに気付いているから悩んでいるんだろうけど──)
ライガはこの話の中で、リクトに言っていない事がまだ一つある。
──俺はいずれ、あいつとも対等じゃなくなるよ。
フェラーリの花園で、マロンに言った言葉だ。自分がそれを口に出した意図は、いずれ皇帝となるリクトとの間に、友情の限界が訪れるという事を表白する為ではなかった。
彼は皇帝となる。そして、自分は城を去る。
彼やアルフォンスが、本来であれば死罪の確定している自分の為に手を尽くしてくれている事は、痛い程分かっている。「再誕」の開発と魔群の統制は、あくまで騎士団や元老院による裁決を猶予する為の期間に過ぎない。
既に「再誕」は完成した。そろそろ、彼らもライガの処分について結論を出さねばならない頃だ。ライガ自身は、どのような判決になったとしても受容する覚悟は出来ているが、何故リクトやアルフォンスがここまで躍起になっているのかという事を考えると、自らの命を軽々しく見る事は許されない。
自分が死んだら、彼らは悲しむだろう。その事を思うと、ライガは自分を幸せ者だと感じ、また幸せ者である事に罪悪感も抱いた。
彼らの立場が悪くなる事は避けたい。
しかし、決して少なからぬ者たちが望んでいるであろう自らの死を受容し、彼らを苦しめたくもない。
死霊化術が、今この瞬間にも自らを蝕んでいる事も知っている。だが、術を使う事をやめれば、シュラたちが再び危険な、恐怖と排擠の対象となる事も事実だ。彼らを怨霊と化さしめてまで生かしている事には、決して理性的でない自身の未練もあったが、彼らに魂の記憶が存在し、それを掬い上げる「再誕」を、自分はこの世に実現させてしまった。彼らを、救いようのないと割り切るしかない存在から、ややもすれば救えるかもしれない存在へと変えた。
全てを叶えようとするならば……
(俺が、人の居ない遠い場所に行く──これしかない)
そして皆には、自分が世界の何処かで生きているという事をせめてもの希望にして貰う。
死霊化術に蝕まれた精神で、いつまで生きられるのかは分からない。それでも、残された「ライガ・アンバース」としての生涯を全うし、自分が死に、術が解けると同時に「再誕」で本来生きるはずだった命の続きを──決して全く同じ形ではないとしても──生きたシュラたちもまた一生を終える。
歪だ。決して、正解とは言えないやり方かもしれない。
だが今の自分に出来るとすれば、これが精一杯だ。
(だから俺は、リクトやリィズと居られる時間はそう長くはない)
リクトの想いの為、という事もあるが、ライガがシアリーズの想いに応える訳には行かない事には、このような理由もあった。
アウロラに対して、思っていた事と同じだ。決して誰にも、幸せを妥協して欲しい訳ではない。しかし決して、彼らが享受し得る幸せの形は、たった一つという訳でもない──。
「……とにかく、良かったよ」
不自然な沈黙が生じないように、ライガはそう言った。
「マロンに言っておいてくれ。お前は自分の心に従っただけだ、って。俺の方こそ悪かった。最初、あんまり知りもしないうちから、あいつの事は嫌な奴なんだと思っていた」
第八話「Young Lion」の連載を行います。サブタイトルは「若き獅子」で、獅子宮を管轄宮とするファタリテ騎士団のルーキーであるマロンを意味するものです。前回の「後書き」でも述べた通り、アウロラとマロンがメインとなる話はこの第八話でおしまいになります。
マロンや彼の父親であるロディ・エルヴァーグ、ドーデム・ヤーツ、ゼムン・タッドポール、エッガ・セルなどの名前を考えた頃にはあまり意識していませんでしたが、ファタリテの騎士たちには肉食動物に関連する名前のキャラが多くなりました。例を挙げると、「ティラコ・ボルヒエナ」は絶滅した有袋類のティラコスミルス(虎に似ている)+ボルヒエナ(狼に似ている)、「マカイラ・ヒュバキオン」はサーベルタイガーの一種であるマカイロドゥス+熊犬アンフィキオンのシノニム「Hubacyon」といった具合です。更に、サーベルタイガー(剣歯虎)の中で最も有名なスミロドンの一種には「スミロドン・ファタリス」というものが存在します。小さい頃から絶滅動物(主に恐竜)は好きだった藍原ですが、きっと男の子であれば多くの人が通る道かと思います。
今後の見通しですが、第八話の終了後はまた現代編二話を挟み、第十一話、第十二話で過去編は終了し、以降は現代編の中に過去のパートが挿入されるという形で最終話まで行きます。執筆自体は予想していたよりも早く、五月の最終日に完了しました。これからは今年も集英社ライトノベル新人賞に応募する作品を書きつつ、次の連載の構想も少しずつ練ります。去年落選した『パラス・アテナ』の投稿もそのうち始めねば。




