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『リ・バース』第二部 第7話 Rebirth⑦

  ⑤ マロン=エキュレット・エルヴァーグ


 フェイルノートの残弾を撃ち尽くした敵が、次々とステージへと登って来ようとする。壇上のマロン、アルフォンスは、それらを片端から斬り捨て、或いは戦楽器(インストルメント)から射出した音霊(エコー)で拘束していた。

 来場者たちは、ほぼ全員が城門の辺りまで避難していた。騎士たちと刺客との戦闘に巻き込まれたり、逃げ惑う最中に突き飛ばされたりして怪我を負った者がまだ何人か残っているが、騎士たちは大方の敵を排除し終えると、すぐにそういった者たちの治療と避難誘導に行動を移し始めた。

 今、残った刺客たちはこのステージに集まりつつある。彼らの狙いはフレデリック皇帝や皇族たちなのだから、わざわざ一般人を攻撃しようとしたりなどはしない。自分たちがこの壇上で皇帝たちを守っている限り、他の人々に被害が出る事は避けられるはずだ。

 城に入って行った刺客の一人の事は気になったが、あれから時間が経っても追加で攻撃が来ない事を考えると、それを追ってリクトは既に敵を倒し終えたという事だろうか。

 或いは、まだ戦っている最中という可能性もある。しかし、それならそれで構わない。今はただ、こちらからでは手の出せない場所に居る相手がこちらに攻撃して来る事を防げればそれでいいのだ。

「デルヴァンクール」

 皇帝が、莞根士(ラーディッシュ)に呼び掛けた。

「私のヴィクトワールは、今城の中だ。キヴィタスを貸してくれ」

「戦われるおつもりですか!?」

 莞根士(ラーディッシュ)は振り返り、険しい顔で皇帝を見つめる。皇帝は「ああ」と肯いた。

「敵ももう残り少ない。マロン、君はテレサと娘たちを逃がしてくれ。今、彼女たちだけでこのステージから降りては危険だ」

「陛下──」

 マロンも、また彼を振り返った。その瞬間、不安そうな表情でこちらを見つめるアウロラと目が合った。

 咄嗟に視線を逸らしそうになり、マロンはぐっと顔に力を込めた。眉間に皺が寄るのが分かる。ともすれば、それは彼女を睨みつけているかのような表情と捉えられただろう。

 アウロラが、助けを求めるような顔をしている。この状況では誰に対してもそのような顔は向けられたかもしれないが、マロンは、彼女は()()()()()()助けを求めているのだ、という事を察していた。

 ──今までずっと、蔑ろにして顧みる事をしなかった婚約者だ。

 その相手が何故、自分にこれ程の顔を見せるのだろう、と思った。そのような顔をされては──こちらがどうしようもない気持ちになるばかりではないか。

「この武王を甘く見るなよ、デルヴァンクール」

 皇帝は、傍で聞いているマロンすらもはっとするような、いつになく厳しい声音(トーン)莞根士(ラーディッシュ)を呼ばった。

「私は、無茶をしようとしている訳ではない。今この状況で、最も皆が助かる可能性が高い方法を実行に移そうとしているのだ。今までもそうだった……シャリオでの事を忘れたのか?」

「陛下、あなたは──」

 莞根士(ラーディッシュ)は唇を噛んだ後、絞り出すように返事をした。

「……御意(ウイ)、ヴォートル・マジェステ」

 腰から神剣キヴィタスを抜き、皇帝に差し出す。皇帝はその柄をしっかりと握り締め、進み出てマロンの肩に手を置いた。

「マロン……どうか、私の家族を頼むよ」

「………」

 その懇願するような、それでいて有無を言わせぬ口調に、マロンは何も口に出す事が出来なくなった。皇帝は問答無用でこちらの体を引き、入れ替わるように自身の体を前に出すと、剣に感応を込めた。

 紅玉髄(カーネリアン)の刀身が、彼の純白(ブランシュ)の感応を受けて桜色(チェリーピンク)に染まる。刺客たちは、それまで抵抗する(すべ)を持たない相手を標的にするのだ、というつもりでいたのか、皇帝が剣を構えた瞬間「おおっ」と動揺の声を零した。

 五大騎士団それぞれの象徴色を取り入れた礼装の背中を見つめ、マロンは奥歯を食い縛る。

 ──守るべき相手から、逆に守られている。

 これ程忸怩たる思いを感じた事もない、と思った。皇帝は「最も皆が助かる可能性が高い方法を実行に移そうとしている」と仰ったが、実際には家族たちと共に、娘婿となるマロンの事をも生かそうとしたに違いなかった。

 自意識過剰な解釈ではない。このフレデリック二世皇帝とは、そういった人物なのだ。

「マロン……」

 背後から聞こえた、アウロラの小さな呟きが胸奥をちくちくと刺した。

 そのような声を出さないでくれ、と思った。これ以上、俺を迷わせないでくれ、苦しめないでくれ──。

 その瞬間だった。

「………!?」

 俄かに、頭上から影が差した。何か、大きなものが出現したのだ。

 バルコニーから、刺客かリクトかどちらかが投げ出されたのか、と一瞬考え、すぐに「違う」と自ら否定した。

 否定すると同時に、マロンは「莞根士(ラーディッシュ)!」と叫んでいた。

「防御結界を!」

「プリヴェントファクタースフィア!」

 こちらが叫ぶまでもなく、莞根士(ラーディッシュ)(いち)早く事態を察してそれを実行していた。再び半球状の光が自分たちを包み込み、数瞬の後、その天蓋(キャノピー)に何か重いものが落ちてべたりと張り付く音がした。

 それは、やがてずるずると嫌な音──あたかも、巨大な魚か軟体動物が這いずるような──を立てて滑り、ステージの裏側の方へ落ちた。

 莞根士(ラーディッシュ)は結界を解除するや、突然の事に思わず攻撃の手を止めた刺客たちに音霊(エコー)を放つ。五線譜が彼らを一まとめに拘束し、やがてそれは目も眩むような白金色(プラチナ)の光を放散した。

「クレッシェンド!」

 爆発が起こる。それでも尚油断せず、皇帝の方もすかさず動き出す。

 マロンは、彼らと背中合わせに立ったまま、ステージの向こう側に落下したものを見つめた。

 魔物──巨大な水棲系だ。恐らく、湖沼地帯に生息するオロボンだろう。その腐肉の絡みついた生臭い口腔内には、剣山の如く無数の尖った牙が並び、ギシギシと音を立てている。

 先程城の中に入って行った敵は、魔物招喚術(ビーストサモン)をも修めていたのだ。どのようなハイスペックな者たちの集まりだ、と思ったが、或いはだからこそ彼らはヴァイエルストラス陥落後も投降せず、独自の抵抗運動を続け、遂にこのような大胆な皇帝襲撃作戦を実行に移せたのかもしれない。

「ズウウウウウ……ッ!!」

 オロボンは、唸るような低音を漏出させながら、気味悪く這ってステージに攀じ登ろうとしてきた。

 ──退路を断たれた。

 かつてアモール王国で戦った、同じ鰐のような魔物ペトスコスの事を思い出す。あれと同系列の魔物ならば、水ブレスなどの射程の長い攻撃をも繰り出してくる事だろう。逃げるという選択肢は最早ない。

 しかしこの状況で、皇族を守りながら戦う事は──。

「ズアアアアアアアア─────ッ!!」

 マロンの陥りかけた長考を中断させたのは、魔物の咆哮だった。

 考える隙など与えまいというかのように、その巨体が、水棲系の多くが苦手とする陸上での活動である事など意に介さないかのような勢いで、ステージへと乗り上げようとする。

 (ただ)し、標的に定められたのはマロンではなかった。

「お姉様、お母様!!」

 アウロラだった。彼女は、いつの間にか皆の最後尾に──ステージを城の側に下りる階段に最も近い場所に居た。

 (いち)早く逃げようとした為ではない。その逆だ。

 無意識に、体が動いてしまったのだ。攻撃文法を持たない母と、リクトの為に既に感応を喪失している姉を庇う為に。無論、彼女が戦える訳ではない。しかし、一人が魔物に餌食にされている間であれば、他の者が逃げられる確率は少しでも上がるかもしれない。

 アウロラは──彼女は、きっと自覚するよりも先に、そのような事を考えてしまっていたのだ。

(……ここには)

 その時、マロンの中で、

(……ここには、剣を持った俺が居るというのに)

 何かが、音を立てて弾けたような気がした。

 自らを情けないと思った。同時に、そう思うのなら動け、とも。

 最早、自らに言い訳をする必要など何処にもなかった。

()()()()!!」

 マロンは、絶叫しつつ飛び出していた。這い上がって来た魔物の口腔内に、濁った水が渦巻いているのが見える。

 アウロラが、はっとしたように振り返った。

 マロンは彼女の腕を引き、自らの後ろに下がらせる。入れ替わるように前へと飛び出し、今まさにブレスを射出しようとしている魔物の顎に、下段から思い切り斬り上げを放った。

露玉闇宵宮ロギョクアンショウキュウ!」

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