『リ・バース』第二部 第7話 Rebirth⑥
「マロン、無事か!?」
「馬鹿にするな。それより、今城内に半透明の人間が入って行ったのが見えたぞ。恐らくは、父上の潜伏術のような隠密系の降霊術を持った者が居るのだろう。フェイルノートを撃ったこいつらが俺たちの目を引いている間に、結界の張られているステージを迂回して裏に回り込んだんだ」
早口で言ってくるマロンに、リクトは思わず「何の為に?」と尋ねる。
「奴らの狙いは皇帝だ。今、城内に人員は──」
「だからこそに決まっているだろう」
マロンの口調は、こちらの鈍さに苛立つかのようだった。
「上階からステージを狙うつもりなんだ。姫たちが危ない!」
「リィズ──」
はっとし、城を見上げた時、二階のバルコニーに人影が見えた。どれ程凄まじい速度で階段を上ったのだろう、と思いつつ、リクトは考えるよりも先にステージに向かって駆け出した。
「リクト!」
マロンが追って来るが、振り返っている余裕はない。
光属性文法の遠距離攻撃のうち、特に射程の長い「照射線」や「分光光線」であっても、それは一般的な矢の飛距離に等しいフェイルノートのそれには及ばない。向こうからは前庭に攻撃を仕掛けられるとしても、こちらからでは刺客に攻撃を届かせる事は出来ない可能性が高い。
もっと接近しなければならない。リクトは走りながら、壇上の皇帝やアルフォンスに呼び掛けた。
「陛下! デルヴァンクール殿! 後方のバルコニーに!」
「リクト! 発見したのは俺だぞ!」
マロンは叫び、リクトと同時に射程に入り次第刺客に攻撃しようと、掌の中に闇属性エネルギーを集中させ始める。その瞬間、彼の前に群衆から突き飛ばされたと思しき刺客の一人がよろめき出てきた。
「邪魔だ!」
苛立った声と共に、マロンがその刺客を斬り捨てる。
ステージ上のアルフォンスは、リクトが駆けて来るのを見るや目を見開き、結界を解除しようとした。リクトは慌てて「駄目です!」と止める。
「狙われています! 城の中に、敵が!」
「何……!?」
アルフォンスが振り返ろうとした時、リクトの視線の先で赤光が閃いた。
フェイルノートが放たれたのだ。矢は、防御結界の頂点を正確に狙って落下軌道を描いてくる。
まだ、こちらから迎撃するには足りない。リクトは無我夢中でステージに駆け上がり、その縁すれすれの場所で障壁因子にへばりつくようにしながら頭上に向かって手を伸ばす。
「黎明たる七色の霊光……プリズムライトレイ!」
ぎりぎりのところで、リクトの放った分光光線はフェイルノートの矢を呑み込んで爆散させた。頭上から圧力の波を受け、今度こそシアリーズたちは転倒する。アルフォンスも、そこで結界の維持に限界が来たらしくがくりと膝を突き、光の壁が立ち消えた。
へばりついていた障壁因子がなくなり、リクトは転ぶようにステージに向かってよろよろと歩を進めた。
「リクト! ……日月の灼け落ちし極夜に彷徨うもの……ポーラーナイト!」
一足遅れて、同じく登壇して来たマロンが、刺客本人に向かって同じく直線状の闇属性文法を放つ。リクトも顔を上向げ、放たれたその「極夜」の軌道を視線でなぞった。
しかしその瞬間、バルコニーに居た刺客の影がすっと見えなくなった。やはり、敵は隠密系の魔術の使い手のようだ。
更に上階に行かれでもしたら、ここからでは本当に手が出せなくなる。フェイルノートの残弾数も不明だ、これ以上目下最大といえるリスクを野放しにしておく訳には行かない。
と、その時、
「リクト、この上に乗れ!」
アルフォンスが、ヤーラルホーンを吹き鳴らした。射出された五線譜の光果が渦を巻き、螺旋状の足場を形成する。
リクトは彼の意図を察し、即座にその上へと足を踏み出した。
「すみません、ありがとうございます!」
自分の両足が乗った瞬間、音霊は螺旋を形成していた部分を撥条の如く弾みをつけて伸び上がらせ、跳躍台を使用したかのようにリクトの体は軽々と宙に放り上げられた。「軽快に」──弦楽器の「弾む」に相当する奏法。ライガのように飛行術を使用出来たらいいのだが、リクトはその術を修得していない。空中滑走術なら使用出来るが、こちらは狭い壇上では十分な助走距離が確保出来ない。
故に、リクトがそれを使ったのは宙空に跳び上がってからだった。刺客の姿が消えたバルコニーよりもやや高い位置まで上昇し、斜面を滑降するように一直線に窓辺へと急降下する。
室内に転がり込み、ごろごろと転がって衝撃を殺しつつ起き上がった。素早く周囲を見回し、敵の姿が何処にあるのかを見定めようとする。
そこは貴族の私室らしく、絢爛豪華な絨毯が敷かれた床の上に、ベッドやらテーブルやら、化粧台やらが随所に配置されていた。小規模なシャンデリアが吊るされているが、蝋燭代わりの照明石はとうに輝きを放出し尽くして火色を失い、石炭か重石のようになっていた。
──刺客は何処に行った。
ロディ騎士長の潜伏術であっても、擬態能力とは決して実体を消失させる類のものではない。急に動いたりなどすれば、背景に合わせていた迷彩の切り替えが追い着かず、揺らぎが生じる。
部屋の入口の扉は動いていない。刺客が既に外に出、律儀に閉めて行ったという可能性が完全に否定される訳ではないが、それよりもまだ室内に潜んでいる確率の方が高い、とリクトは思った。
何処だ──何処だ──剣を構えたまま、視線を彷徨わせる。
転瞬、
「アースクエイク!」
バルコニーに出る扉の陰から、大音声が背中に浴びせられた。
振り返った瞬間、床が震え、黄土色の魔方陣が展開する。そこから突き出した巨石が、鼻先に迫った。リクトは咄嗟に、無詠唱で防御魔術を発動する。
直撃こそ避けられたものの、障壁因子に巨石が衝突した勢いでリクトは跳ね飛ばされた。背中からぶつかった拍子に入口の扉を押し開け、廊下に転がり出る。仮想物質の巨石が消滅すると同時に、刺客は追い討ちを掛けようとこちらに向かって左手首に嵌めたフェイルノートの射出装置を突き出した。
(マズい……!)
思わず身を捻り、直撃軌道から逃れると同時に、矢が放たれた。
至近距離で爆発が起こる。背中に、衝撃や炎熱が容赦なく襲い掛かり、マントが燃え上がるのを感じた。
これが完全に燃え尽きた時、今度は自分の体が焼かれる番になる。
リクトはそう思い、直ちにマントを外して立ち上がった。突き技を繰り出し、その補正効果で加速しつつ室内に戻る。刺客がまたしても消えかけた瞬間を狙い、今し方負傷した左腕をさっと振った。
血液の雫を浴びせ掛けたのだ。体組織に変色機構を持った動物とは異なり、魔術で隠伏を行う場合、使用者が身に着けているものもまた透明化する。だが、透明化している状態で更に何かを体に触れる形で追加されると、それを消す為には術を掛け直さねばならなくなる。
それもそうだ。体に触れているものが自動的に同じ色彩変化の効果を受けてしまったのでは、壁に背中を押し当てるなどした場合、その壁まで見えなくなってしまう事になる。
「おのれ……!」
刺客は、最早隠伏が意味を成さない事を悟ったらしく、色を戻し、またしても射出装置をこちらに向けた。しかし、照準が微妙にずれている。恐らく、隠伏の無効化を狙って浴びせ掛けたリクトの血液が目に入ったのだろう。
そのチャンスを、リクトは逃さなかった。
「はああっ!」
裂帛の気合いと共に、トゥールビヨンを振るう。籠手様の射出装置を嵌めた刺客の左手首が断たれ、血飛沫が噴き出す。
敵の喉から、絶叫が迸った。敵はそのままよろよろと後退し、再びバルコニーの方へと進んで行く。
尚も悪足掻きをするつもりか。また、皇帝やシアリーズたちに飛び道具で攻撃しようというのか。しかし、真に脅威であったフェイルノートは今し方無効化した。通常文法なら、アルフォンスの結界で十分に対処可能だ。
リクトはそう思った。だが、次の瞬間手負いの刺客が取った行動は、リクトの予想だにしなかった内容だった。
「集え、魔界よりの眷属たち!」
苦しげな息の合間から、刺客が詩文を絞り出した。
招喚魔術──魔物招喚だ。しまった、と思い、リクトは突進する。
「オロボン!」
「烈天流星迅!」
間に合うか、と思ったが、ぎりぎりでそれは間に合わなかった。
リクトの突きが、背後から敵を串刺しにする。遂に限界を迎えたらしく、刺客はだらりと手摺りに凭れ掛かり、干されたシーツの如く上体を垂れ下げた。その呼吸が完全に停止する一瞬前に、招喚魔術の魔方陣は空中に──皇帝やシアリーズたちの居るステージのすぐ上に、青色のものが展開されていた。
その中から、鮟鱇と鰐を合わせたような、水棲系と思しき魔物がよく肥えた土色の巨体をそこに出現させた。それは、重い体を垂直に、ステージに向かって自由落下させる。
招喚士が死に、魔術的な制約から解放された魔物がどう振舞うのか。
リクトは顔から血の気が引くのを感じながら、眼下に魔物の巨体が落下して行く様を見つめていた。




