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『リ・バース』第二部 第7話 Rebirth③


          *   *   *


 自室に戻ると、苛立ちに身を任せてベッドに乱暴に体を投げ出した。

 そのまま仰向けの姿勢で、天井の幾何学(ジオメトリック)模様を睨む。自分で自分の事が分からなくなりそうだ、と思った。だからこそずっと気を張り、自分は揺らいでなどいないと主張し続けているのだ。

 別に、いつでも苛立っているのが自分という訳でもないのに──。

(アウロラ姫が愛しているのは、リクトであって俺ではない……それも当たり前、か……)

 フェラーリの花園でライガに言われた言葉に、思わず皮肉な笑みが零れた。

 考えてみればその通りだし、自分に彼女から愛される資格などない事は分かっていた。そもそも、彼女から真に愛されたいなどと願った事すらも、これまで一度もなかったのだ。

 しかしそれは、本当の事だろうか?

(アウロラ姫……俺は、あれ程拒絶したはずなのにな)

 視線を窓辺に移す。そこに、小さな植木鉢が置かれていた。マロンの象徴色(イメージカラー)である鳩羽色(ペリステライト)の地は、曹長石(アルバイト)釉薬(うわぐすり)が効きすぎてぎらぎらと光っている。植えられているのは花水木(ドッグウッド)の苗木だ。もう少し大きくなったら鉢を大きくし、ゆくゆくは庭土に直接植え替える事になるだろう。

 フェラーリに旅行に行った後日、アウロラから贈られたものだった。マロンが登城している時に直接渡されたのではなく、五月に入ってからのある日、帰宅した際にロディから「郵送されて来た」と言われて受け取った。

 まだ植木鉢に入るくらいのそれは、開花時期の六月にはまだ少し早く、蕾が膨らんでいる最中だった。花水木(ドッグウッド)は三月十八日の誕生花であり、マロン自身の誕生日だったが、自分はそもそも彼女に誕生日を教えていたか、という事について、考えてみれば考えたのはそれが初めてだった。少なくとも、今年の誕生日には、彼女からは特に贈り物をされたり、祝福の言葉を貰ったりはしていない。だが、彼女がたとえ知っていたとしても、最後に彼女と真面(まとも)に話してから、彼女の居ない場所で自分が吐いてしまった暴言──ライガと衝突するきっかけとなった「余り物」云々というもの──の事を思えばこれは当然の結果だ。

 彼女は皇族であり、誰の誕生日であっても調べようと思えば調べられる。誕生花にまつわる贈り物は、自分が最後に彼女に贈ったものである菖蒲(アイリス)のブローチの事があった為だろうか、とマロンは思った。

 フェラーリで、自分ははっきりと彼女に対して抱えていた複雑な心境を吐露してしまった。彼女はそれに対し、感情的に反駁するような事は何も言わなかったが、自分は恐らく彼女がそのように何も言わないだろうという事を分かった上で気持ちをぶち撒けた。先程もゼムンに対して同じような事をしてしまったが、やはりあの時にも内心では自らに対する嫌悪感を感じていた。

 アウロラとは、結局帰る時まで口を利かなかった。ライガも、一時的な別行動中に自分と口論したきり何も言わず、再び集合した時に自分たちがぎすぎすしたような空気感を醸し出していた為か、リクトもシアリーズ姫もそれを感じ取ったように同じく押し黙っていた。

 お世辞にも、その日は後から贈り物がどうこうという事が出来る雰囲気とは言えなかった。アウロラも、きっとそれから大分悩んだのだろう。それでも結局、直接的でないながらもこうして彼女自身が考えたのであろう贈り物をしてくれた事に、マロンは胸中にもやもやとしたものが広がるのを覚えた。

(愛されて幸せに、か……)

 またライガの言葉が()ぎってから、ではシアリーズ姫はどうなのだろう、という考えが浮かんだ。

 リクト・レボルンスはきっと、本気で彼女を愛しているだろう。そして恐らく、彼女もその事が自分を幸せにするだろうという事を確信している。

 自分が相手では、そうはならないだろう。自分は、婚約者が第二皇女のアウロラではなく、シアリーズ姫であれば良かった、とずっと思っていた。しかし、それはリクトのように彼女に対して、女性として好意を持っているからではなく、そちらの方がエルヴァーグの立場が強まるからだ。

 ライガの言うように、自分は彼女たちをそのようにしか見られなかった。

 しかし、本当にそれだけだったのだろうか。

 自分と結ばれても、シアリーズ姫は心からの幸せは得られない。ならば、アウロラであればそうなれるというのか。

 マットレスの上で輾転反側した。自分たちの距離感は以前と変わっていないはずなのに、何故自分はこれ程までに頭を悩ませるようになってしまったのだろう。ライガの言葉が自分に影響を与えたのだと思うと、煽るだけ煽っておいて素知らぬ顔をしている彼の事が癇に障った。

 ──いや、それ以前からも、自分がアウロラとの婚約を巡る事情で頭を悩ませなかった事はなかった。

 今までと何が違うのか、と最初は思ったが、今でははっきりと分かる。

 これまでマロンは、この問題の当事者として、自分自身の事について頭を悩ませていた。皇太子にはなれない自分、「余り物」を押しつけられた自分──全部、自分の事ばかりだ。

 しかし今は、その悩み事の中心に居るのはアウロラだ。

 彼女は何を思っているのだろう?

 彼女は、自分の事を恨んではいないだろうか?

 もしも自分との婚約が破談になるような事などがあったら、彼女はどのような思いを抱える事になるのだろう?

 この気持ちは──罪悪感、だろうか?

 何故、自分はそのようなものを抱く必要があるのだろう。

 ──マロン、お前本当は今日、彼女に来て欲しかったんだよな?

 ライガの言葉が、もう一度脳裏に浮かんだ時だった。

「マロン」

 不意に、呼び掛けと共に扉がノックされた。ロディの声だ。マロンはベッドから起き上がると、「はい」と返事をした。

 扉を開けた父は、鎧こそ着けていなかったものの、変わらず騎士団の軍服と金色(ゴールド)のマントを纏っていた。新元老長ナサニエル・ヤーツの就任演説が獅子宮(リーオー)にて行われた為、警備にはファタリテ騎士団が当たっていたのだ。

 彼も、今まさに帰って来たばかりらしい。

「お帰りなさい、父上」

「マロン。皇帝陛下から、お前たちに命令(オーダー)が発令されるそうだぞ」

「私たちに?」

「騎士見習いのうち、前年度の成績が上位だった者たちに対してだ。まだ、ヤーツ侯本人から個人的に聞いたもので、公式に発表された訳ではないのだがな。今月末、ジフト戦役終結一周年の平和祈念式典がヴァイエルストラスで催される事は知っているだろう?」

 ロディの問いに、マロンは「ええ」と肯く。

「その警備に、正騎士のみならずお前たちも参加させるという話が出ている。とはいえ既に検討の段階は過ぎ、数日中には全近衛宮に正式な通達が行くだろうという事だった」

「私たちが……」

 もう一度繰り返し、以前にもこのような事があったな、と思った。

 ジフト戦役序盤、ベズー会談の時だ。ソレイユの代議士らとの交渉に赴いたナサニエルをファタリテの騎士たちが警護した時、マロンやドーデムら騎士見習いもそれに動員された。

 あの時、ソレイユの政治家たちは欲をかいた。それにより、あわや交渉が決裂となり、ソレイユの帝連復帰自体が危うくなるというところまで行った。代議士たちを裏切った選抜歩兵ヴォルティジュール部隊に急襲を受ける中、圧力に屈しかけたナサニエルの前に、自分が飛び出して無我夢中で言葉を放ったのだ。

 その事は、ちょっとしたニュースになった。後日、ヤーツから直接的にエルヴァーグ家に礼が述べられ、風聞が広まる中、交渉成功の裏の立役者であるマロンは一躍ヒーローとして扱われかけた。

 しかし、それからファタリテは主にソレイユ領内での防衛線の維持を担うようになり、デルヴァンクール隊に居たライガやリクト、紅潔伯(インペリウム)と共に戦い目覚ましい活躍をしていたオルフェ・アッシュ──もう「オルフェ・イェスネット」か──の噂に、自分の挙げた功績に関する事は徐々に霞んでいった。その後も、交渉に当たったのはナサニエルであるという事のみが記録に残り、そこに騎士見習いの容喙、感情的な言説があった事は公的な事柄としては扱われていない。

 何よりも、マロン自身の高慢な態度が反感を買った。自分には取り入ろうとする者が多いが、それは自分がファタリテの未来の騎士長となるエルヴァーグの子だからであり、カリスマ性が特に備わっているという訳でもない。

 自らがそう望んだ訳ではないが、いつしかマロンは一過性の小英雄となってしまっていた。

 あの時の任務は、ロディがファタリテの騎士見習いたちに手柄を立てさせるべく図ったものだった。しかし、今回は皇帝から直接的に下される命令であり、内容のウェイトは以前とは比べ物にならない。

魔除け(タリスマン)結界は当然ながら張られ、終戦以降はずっと帝連軍によって占領下に置かれている街だ。危険な事が起こる可能性は低いし、無論私たち正騎士も当日の警備には参加する。まだはっきりと具体的な内容が説明された訳ではないが、実際の内容としては会場周辺のパトロール程度のものになる、と理解しておけ。別に、誰かが活躍したり、参加したからといって手柄になるようなものでもない」

 ロディは、(いち)早く戒めるように言った。

「しかし、今のうちから心に留めておく事だ。ヴァイエルストラスから北に出てすぐの所には帰らずの地(クル・ヌ・ギ・ア)がある、という事を」

 父の言葉に、マロンは思わずごくりと喉を鳴らした。

「かの地には未だに、我らが同胞ヒュバキオンを殺めた生ける屍(リビングデッド)どもが跳梁跋扈している。奴らは隕命君主(ロアデモート)、ライガ・アンバースの命令がなければ人に仇を成す事はないが、彼は既に一度、怨霊を操り王宮に対して攻撃を仕掛けようとした。決して油断はならないぞ」

「しかし、父上」

 マロンは、どうしてもそれだけは言わずにはいられなかった。

「現在、ライガは大人しく蟄居しているとの事ですが」

「現在の事など当てにはならん。彼は、死霊化術に手を染めたのだ。それが使用者の精神を蝕み、凶暴性や反社会性を育むという事は既に研究によって明らかにされている。もしも彼が、何らかの弾みに錯乱し、魔群(レギオン)に命令を下したりなどすればその時は陛下に危険が及ぶ」

「………」

 マロンは、父は最初から彼を危険人物として見ていたのだ、と思った。

 実際に、危険人物には違いない。しかし、彼にはまだ人間の心が──()()()()()()()()()()()()()()()がある。

(だから奴は、俺の心を容赦なく暴こうとするのだ)

 だからこそ彼は、これ程までに自分を苛立たせるのだ──。

「……分かりました」

 余計な事は言わず、マロンはそういらえた。

「心して、当日の任務に当たります」

 応えながら、そういえばライガの開発していた降霊術「再誕(リバース)」──怨霊(ルブナン)に自我を取り戻させる術の開発は、何処まで進展したのだろうか、という事がちらりと脳裏を掠めた。

「期待しているぞ、息子よ」

 ロディはそう言い、こちらの肩にぽんと手を置いてから身を翻した。

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