3話 次の夢へと (鈴音)
3話 次の夢へと(鈴音)
アイドルとしての私がここには居る。そんなことくらい誰だって分かるような話であろう。しかし、今の私にはアイドルであるという自覚が無くなりつつある。Cosmicrownとしてのユニットでの練習はあるけれど、次のライブは3月にする予定で、それまでは全くライブ予定が無い模様。そのせいで、本当に自覚が薄れてしまった訳なのだ。
その上、香織は未だ連絡は付かず学校に帰って来てくれない。香織が帰って来なくて寂しいけれども、そんな弱気になってる場合じゃない。
『スクールアイドル・トーナメント』で桜咲学園初の優勝を勝ち取りに行くために気を引き締めて、今一度やる気を起こさねばならない。ただ、日々の中で簡単にアイドルとしての自覚が起こりそうな感じはなく、どうすればいいものなのだろう……。
そんなことを考えながら、体力作りトレーニングのために学校に早く来て学校の外へと走りに行く。
冷たい冬の朝を私は駆けていく。まだ1月の朝は日が出ておらず外が暗い。日の出前で凍えるほど寒いけれど、走ると体が温まり冷たい風が気持ちよくさえ感じる。
今日の朝は外気温が氷点下を下回るという1月らしく、昨日は雨が降ったこともあり、濡れた路面が凍って滑りやすく危険である。注意して走っているつもりだけれど、時折、足を滑らせて転けてしまいそうになる。
「滑らないような路面が欲しいものね……」
学校の校門前に辿り着くと、私は校門にもたれかかって体を一旦休める。走っている時は走ることしか考えていなくてあまり気づかなかったけれど、息を吐くと結構白く出るんだ……。昔からは走り慣れていないせいで、長い距離を走ると息がだいぶあがってしまう。このままではステージに上がっても体力が持たない。
だからと言って、続けてこれ以上走ると身体を壊しそうなのでそれはやめておく。
「体もあったまったし、アイドル部の朝練に早めに行こうかしら……」
「鈴音っ、おはよー」
朝練に行こうと校門を入ろうとすると、後ろから声をかけられた。振り返るとそこには体操服姿で息があがっている楓がいた。楓も朝早くから学校の外を走ってきたのだろう。
「おはよ、楓。あなたも走ってきたとこなの?」
「そうよ。それにしても鈴音さ、最近めっちゃ頑張ってんじゃん」
「そ、そんなことないわ……。楓の方が私以上に頑張ってるし……」
「そ、そうかな……?まー、鈴音もここ最近、ほんっと頑張ってんじゃん?」
「んー、まー……」
認められたことは嬉しいけれど、やはり楓と私の努力の差には天と地ほどの差があるから、素直に喜ぶことはできない。楓の方が私よりも多く練習しているからだろうか。楓は前から日々努力していたけれど、私は最近に始めたのだ。
しかも、楓は3学期になってさらに努力をしている。私達よりも2倍くらい練習していると言っても過言でないくらいに。
ここ最近、部活が終わり私が妹達を塾に迎えに行こうとする時に、楓が体操服で走っている姿を見ることも増え出した。また、朝もこのようにして体力をつけている。朝練にもいち早くに来て1人で発生練習やダンスの練習をしている。
私はアイドル部に入ってから、『東田 楓』という人物には全く頭が上がらない。私が部活を始めたての頃、楓には色々なことを教えてもらった。誰も見てないところで1人で黙々と努力をしている。
そのような楓の姿を見て、私は楓のことを尊敬するようになった。私が他人のことを尊敬したのなんてあったっけ……。そう思うくらい、楓は私にとって素晴らしい人物である。
「鈴音にも本気スイッチが入ったのかな?」
楓は私の顔を覗き込むようにして見た。顔の距離が近くてなんか恥ずかしかったから、私は一歩後ろに下がる。
「へっ……。本気スイッチ……?」
楓が私に対して何を言っているのか一瞬理解することができなかった。『本気』という言葉と『スイッチ』の2つの語が聞こえたけれど、どういう意味なのか私には分からなかった。よく分からないそんな私に、楓は微笑みかけ「そうだよ」とそっと言ってくれる。
「鈴音ってさ、前までアイドル部でみんなと一緒に居ることで満足って感じだったけれど、ここ最近の鈴音見てると1人のアイドルとして頑張っているんだなって感じがしてさ。楽しむだけじゃなくアイドル活動頑張ってるな、って思うんだ。だから、アイドル活動に対しての本気スイッチが入ったのかなって」
「本気スイッチか……」
楓のその言葉に私はやっと理解ができた。楽しむから本気になる。私は今まで、誰かと一緒に何かをすることができればそれでいいと思っていた。
だが、ここ最近の私はトーナメントに勝つため、アイドルとしての自覚を起こそうとしている。友達と部活をするだけならば、こんなこと思い付かないだろう。それなのに思いつくということは、それだけ私がアイドルを本気でしたいと思っているからであろう。
「確かにもう私には本気スイッチが入ってるみたいね。楓、これからも頑張っていくわ」
「そうだ!そんなあなたに丁度良さげなオーディションを紹介するわ!放課後の部活の時に資料を見せるから楽しみにしといて!」
「う、うん……」
楓の気迫に押されてまともな返事をすることができなかった。けれど、私が本気になったことを、楓にこんなにも喜んでくれることはとても嬉しかった。私がアイドル部に入りたての頃から、私は楓に教わっていたから尚更である。
「さ、朝練に行こ」
楓が私の手をギュッと握った。走ったおかげで体は温かくなったけれど外は寒く手が凍えて、手を握られ少し痛いと感じたけれどその手を握り返した。そして楓に1回コクリと頷いき、ようやく朝日が出てこようとしている中、2人で並んで朝練へと向かった。
放課後、部室に行くと楓がもうジャージに着替えて練習を始めていた。同じクラスのはずなのに私よりも早くに部活に来ていることにやる気の差を感じてしまう。こんな少しの時間の差も積み重ねれば大きな差になってしまう。私は部室に入るとすぐに着替え準備運動を始めた。
「鈴音、突然だけど『GND』って知ってる?」
私が準備運動をし終えると楓から声をかけられた。部室に2人しか居ないので、楓の声が響いている気がする。それにしても不思議なこともあるものである。あまりテストの成績が奮っていない楓からこんな質問を受けるとは。
「知ってるわ、『GND』とはグランドと言って回路動作の基準となる電位のことでしょ?このグランドについての話題を振ってくるなんて、楓、なかなかやるじゃない」
私が答えると楓は、目が点になってになってしまい口をポカンと開けたままになった。楓に質問されたから答えただけなのに、私に聞いてきた当の本人は、私の答えが想定外だったかのような様子である。
「あ……えっと、そちらの方ではなく……、ファッションブランドがありまして……」
楓は頭がパニック状態に陥ったようで、口をパクパクうごかしながら弱々しく今にも擦れそうな声で言った。部室に私達以外に誰も居ないからやっと聴こえる程度の本当に小さな声だった。
「あー、ファッションブランドなのね」
ファッションブランドの方の『GND』とは具体的にどのようなものかは分からないけれど、街中のビルにある巨大スクリーンでその名前を見たような気がする……。
「そう。で、そのブランドに所属するアイドルを、九州沖縄、中国四国、近畿、中部、関東、東北、北海道の7つの地方から1人ずつ選ぶオーディションが2週間後にあるの。それで、そのオーディションにエントリーしてみたらいいんじゃないか、と思って誘ってみたんだ!」
「私の実力が試される、ということね」
私はポケットからスマホを出してSafariで『GND』のページを開く。そこにはオーディションの募集ページがある。
「もうエントリーしちゃうの?」
楓はエントリーしようとしている私の方を心配そうな顔つきで見ている。さっきまでの自信に満ち溢れた表情がどこに行ってしまったのかと聞きたくなるくらいだった。
そのような表情で見つめられると急に不安になってしまう。私が何かしてしまったのか考えてしまう。
「ど、どうしたの……?」
「九州地区は関東地区と同じくらいのアイドルの激戦区なの。そして、九州にはアイドル名門校の月城学園があるの。その月城学園からどれくらいの人数エントリーして来るのか分からない。誘っといて言うのあれなんだけど、鈴音自身でもう一度じっくり考えて欲しいんだ。エントリーは明後日までだから早めに決めないといけないけれど……」
「月城学園……」
芸能界のことなんてサッパリな私でも聞いたことのある名門校である。KYU48とか七色クローバーZなどの有名アイドルを数多く生み出しているアイドル名門校。そんな学校の生徒と私がオーディションで競い合って、私が勝てるのだろうか……。
私はエントリーの画面を開いたまま視線を床に落とす。アイドル大宮鈴音として、私は勝たなければいけない。仮にこのオーディションで負けてしまっては、私はアイドルとして進むことはできない。
だけど、このオーディションは楓から誘われたものだから何としても出たい。楓が私をここまでのアイドルとして成長させてくれた。だからこそ、楓の気持ちは受けて必ずこのオーディションに出たい。
自分の実力を試してみたい、アイドルとしての自覚を取り戻すためにステージに立ちたい……。と、複数の気持ちが私の頭の中で交錯する。
「……私はどうすれば良いの……?」
顔を上げて楓に問いかけてみるけれど、楓は目を瞑って唸りながらも考えてくれている。自分自身で道を決めれない自分が居ることが腹立たしくて、私は拳を強く握る。
と、その時であった。部室の方へと誰か2人が話しながら向かってくる声がした。1人は保真麗で、もう1人は……。その声の主が誰かを考えている間に、保真麗が部室のドアを勢いよく開けて入ってきた。
「みんなー香織ちゃんが帰ってきたよー!」
「「……えっ?」」
私と楓の声が同時に重なった。私は自分の耳を疑ったけれど、保真麗の方を見るとそこには香織の姿があった。
香織の姿を見た瞬間、私は香織の見た目に何かの違和感を覚えた。
ロングの美しい髪と柔らかな瞳、同じ中1と思えないくらいの美しいルックス。以前と殆ど変わらない香織がそこには居たけれど、やはり何かが変わった気がする。
そんな香織は柔らかな微笑みをこちらに向けて「ただいま」と言った。
「香織……?」
私が香織のところに近づこうとすると、横を走って通り過ぎる楓の姿が見えた。気づいた頃には楓は香織に抱きついて「おかえりー、香織!会いたかったよ!」と、まるで飼い主を見つけた子犬のように飛び跳ねて喜んでいた。
「ごめんね、楓。心配かけちゃって」
香織が楓の頭を優しく撫でている様子がとても微笑ましく思えて、離れて見ているだけでも十分だった。その楓と香織の姿が一瞬だけ、昔に妹や弟が両親に同じようなことをして貰っている姿と重なった。
次のオーディションのことが不安で、本当は楓と同じように香織に抱きついたり撫でたりして貰って心を落ち着けたいけれど、恥ずかしくてそんなこと頼むわけない。
それに、久しぶりだと気まずい感じで近づくことも難しい。そんな自分をもどかしく思いながら、離れて2人の方を見ていた。
そんな私の視線に気づいてくれたのか、チラッと私の方を見て「鈴音も居たんだ。こっちおいでよ」と優しい笑みを浮かべて言ってくれた。
私は3人の集まるところに近づいて香織と目を合わせる。楓が香織から離れて保真麗と話し始めたのが見えたので、私は香織にピトッとくっつき、キスするくらいの近さで香織と見つめ合う。
「お、おかえり……」
恥ずかしくて顔が熱くなるのを感じたけれど、自分に素直になってこんな事できたことが嬉しかった。香織は私の恥ずかしがってるのを見てクスクスと笑っていたけれど、深呼吸をして目を細めて「ただいま」と優しく言って私の頭を撫でた。
「鈴音ちゃん、そんなに香織ちゃんのこと好きなの?近すぎるよ」
頬をぷくっと膨らまして保真麗が不満そうに私達の方を見ている。言われて改めて気づいたけれど、さすがにこの距離は近すぎるかと思い香織から一歩分だけ離れる。
「鈴音にしては珍しいよね、他人にあんなに甘えてるなんて。何か不安なことでもあるの?」
楓は私の肩に手を乗せて私の顔を覗き込む。次のオーディションのことで不安で安心したかったから、なんていう事はせっかく提案してくれた本人の前で言うのは気が引ける。だが、香織と保真麗も私に視線を集めているから諦めて話すことにした。
内容を聞き終えると楓と保真麗は困った表情で黙り込んでしまった。だけど、香織は「鈴音なら大丈夫だよ」と励ましてくれた。
「鈴音が部活に入ってからクリスマスのライブまでの間に、鈴音の成長を感じたよ。それに、鈴音の話を聞いていると、楓と同じく『GND』のオーディションは鈴音にピッタリなんじゃないかなって思うんだ。楓と理由は少し違うけれどね。」
香織は私に『GND』を紹介した楓と同じように自信に満ち溢れた表情だった。2人に対して思うことがあるのだけれど、その自信はどこから来ているのかしら……。
競い合う相手がアイドルの名門校である月城学園だと聞くと、私はどうしても勝ちを取れるか不安になる。
「その自信はどこから来てるの……?相手は月城学園、名門校なのよ?私、勝てるかが心配で迷ってるのよ?」
私が香織に訴えかけると、ハッとして香織まで黙り込んでしまった。しまった、と気づいた時には、もう時すでに遅し、みたいな状態に。私としたことが焦りのせいで、少しばかり感情的になり過ぎてしまった。
「ご、ごめん……」
「鈴音ちゃん、『GND』が何の略か知ってる?」
この場の空気をどう元に戻せば良いか考え始めた時に、保真麗が真剣な眼差しで私のことを見つめている。
『GND』に略称があることなんて楓からも聞かされていないので初めて知った。あのブランドって長い名称でもあるのね。
分からない私は、保真麗に対して首を横にふり「知らないわ」と答える。
「『GND』の正式名称は、『going next dream』なんだ。普段は略されているけれど。ブランドのコンセプトは、『次の夢へと進みだすブランドになる』なんだって。だから、部活を楽しむという夢から本気でアイドル活動をしてトーナメントで勝つという夢へと進み出した鈴音ちゃんに似ているから。だよね、香織ちゃん?」
「そうだよ。ありがとうね、保真麗。さて、改めて聞くけど鈴音はこのオーディション受ける?受けない?」
香織がグイッと近づいて私の顔を覗き込む。このオーディションを紹介してくれた楓、私の背中を押してくれた保真麗、香織が居る。みんなに支えられて私はこのオーディションに挑むことができる。そう考えると、今まで悩んでいた不安なことも全て自然と消え去った。
「私、そのオーディション受けるわ!私、ちょっと走ってくる!」
「うん、いってらっしゃい」
私はアイドル部の部室を飛び出して、日が沈むのが早くなり空が真っ赤に染まり始めている中、次の夢に向けて走り出した。
『GND』のオーディション九州沖縄地区の当日。やはり楓の言った通り会場は月城学園の生徒が多かった。けれど、3人の応援や気持ちのおかげで一次予選のステージをトップで通過して残すは面接だけとなった。
「では、大宮さん。あなたはなぜ、このブランドのオーディションに出たのですか?」
面接官達の真ん中に座っているのはオーナーの羽柴さんである。オーナー自らこの質問をしてくる、ということはこの質問が重視されるんだろうな。私は大きく息を吸ってゆっくりはいてからハッキリと答えた。
「『GND』のコンセプト『次の夢へと進みだすブランドになる』が、私の今の状況にそっくりだからです!」
「と、言いますと……」
羽柴さんは私の言葉に興味を示したのか、少しだけ前のめりになり私の答えを待っている。私も微笑んでから羽柴さんと目を合わせて答える。
「私は、アイドル部を楽しみたいという夢がありました。しかし、今ではアイドル活動に本気で打ち込んで『スクールアイドル・トーナメント』で勝つという夢になりました。私は確実に夢に向かって進み出しています。だから、このブランドは私にとって最高のブランドなんだって思いました。そして、私のことを支えてくれた友達に今度は次の夢を与えれるようになりたい。そう思ってこのブランドに所属したいと思いました!」
私がこのオーディションに勝てば、きっとみんなも喜んでくれる。そして、私も一歩次の夢へと近づけるだろう。だから私はここで負けたくない、いや、負けられないんだ。
私は緊張感に包まれながら面接室の隣で、私の今までしてきたアイドル活動の答えが出るのを待ち続けた。
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