10話 トーナメント前(楓)
10話 トーナメント前 (楓)
トーナメントに出場するため東京の地へと1ヶ月振りくらいに来た。
前回ここに来たのは複数のブランドによる合同イベントの時。そう、鈴音の圧倒的な実力を見せつけられた時。
あれから1ヶ月、鈴音はさらなる成長を遂げているだろう。
桜咲学園のソロ部門のチームは、私と鈴音の1年生2人。時期的にどこの学校も3年生は部活を引退しているので、1年生と2年生しか出ないけれど、他の学校は2年生が殆ど出ると聞いている。
1年生が出るのは桜咲学園と里見学園(ソロ部門に柚葉が出る)だけらしく、簡単に1位を取れるという話ではない。
そのことを桜咲のメンバーは全員承知済みではあるけれど、それでも誰も決して負けに行く気は無いようだ。
松崎先輩は、去年ユアユイに敗北した悔しさをバネにして今年は優勝すると誓っていた。また、出られない桜田先輩の分まで力を出し切りたいとも意気込んでいた。
香織は、自身を育ててくれた母親と、決して嫌わずに応援してくれている妹(琴音ちゃん)のために。そして天国にいる元両親へ、自分が精一杯生きていることを表すために、優勝すると言っていた。
鈴音は、学園長(父親)の娘として学園の恥にならぬように全力を出し、母親に振り向いてもらうために優勝すると言っていた。
メンバーそれぞれの優勝の目的はバラバラではあるが、優勝したいという気持ちは皆同じのようだ。まぁ、そんなことくらい普段の練習から察することができるけれど。
「楓、今回は優勝目指して頑張りましょ!」
緊張しているはずなのに何故ここまで元気なのか分からない。隣の鈴音に軽くうなづきながら思う。
この1年間同じクラス(途中からは同じ部活)だったけれど、大宮鈴音という人物に関しては分からないことが多い。
鈴音が部活に入る前の頃、私は鈴音にあまりいい印象が無かった。決して嫌いだったわけではないけれど、こちらから近寄りたいとは思わなかった。
学園長の娘であるが、決してアニメに出てくるような調子に乗ったお嬢様キャラではなく、寧ろ正義感の強く曲がったことが嫌いな人物だった。
容姿端麗、成績は優秀、クラスの中心のような人物で男女の境なく話しかけられる(ここの面に関しては私も同じだと言われたことあるけれど、鈴音ほどではないと確信してる)そのおかげで彼女はよくモテていて、今年だけで7、8人に告白されたという噂も流れている。
本人も「モテるのは楽しいことではないわ……」と言っていて初めは嫌味にしか聞こえず、「この人何なの……?」と思ったこともある。
そんなこともあり、私は自分と正反対の人物であった鈴音に近寄りづらかった。
さらに、鈴音は部活の話をすると顔を曇らせるうえに、部活をしている人達が居ればその人達を恨めしそうに睨んでいた。何か恨みがあるのですか?と聞きたくなるくらいに。
部活のことで彼女が不機嫌になる理由が今では分かるけれど、当時は分からなかったため、このことが私の中で鈴音に良くない印象を持たせてしまったんだと思う。
「楓、大会のこと緊張してるの?」
鈴音が心配そうに私の表情を伺っている。どんな時でも美しい顔の鈴音に間近で見つめられて、何故か変な気持ちになってしまう。
なんだろう……。笹岡と話してる幸せな時のような気持ちになる。
答えなくちゃと思ってもこの状況自体に緊張して、「緊張してる」という言葉を出すのだけでやっとだった。鈴音とこんなに近い距離で話すことに対しても緊張してるんだけどね、とか内心思いながら返答した。
「2人とも、緊張しなくていいんだよ?リラックスが大事だよ」
香織と田崎先生と話していた松崎先輩にも私たちの声が聞こえていたのだろう。いくら近いとはいえど、1メートルはあいてそうだしこの距離で聞こえるのは、私の声が大きすぎたか松崎先輩の耳がいいのかどちらかだろう。(淑やかな女の子になりたい私としては後者の方が嬉しい)
「先輩は緊張しないんですか?」
私の時と同様に松崎先輩にも聞いているが、私には松崎先輩がどう返答するかは分かっていたため、敢えて聞くようなことはしなかった。
なぜなら松崎先輩は去年の大会も出ているからである。2回目ならば出ること自体に強ばることもないだろうし、実際先輩はいつもと変わらぬ表情をしている。
「へへっ、私も緊張してるんだ」
「え、嘘?」
思わず敬語を使うことすらも忘れて松崎先輩を見る。私の反応が面白かったのか先輩は「楓ちゃん今の反応面白いっ!」と言って、毒キノコを食べてしまったかのようにしばらく笑っていた。
自分の勝手な思い込みによってそんな反応になってしまったけれど、それがネタになってしまっては徐々に恥ずかしさが募っていく。
「そ、そんなに笑わないでくださいよー。私、恥ずかしいです」
「ご、ごめんごめん。ま、今ので少し緊張がほぐれたかも」
笑顔で答える先輩を見ると、別に笑われてもよかったのでは(?)とか思う。それにしてもなぜ先輩も緊張しているのだろう。
私が聞こうとして口を開いた時には、鈴音がもう先に松崎先輩に聞いていた。
「先輩でも緊張するんですね。見る限り緊張しているようには見えませんけど」
それはあなたもそうなのよ、なんて言おうとしたけれど、会話に水を差すような行為をしないため心の中に言葉をしまう。
「大会自体に対して緊張してるわけじゃないけどさ……。でも、ユアユイの2人と勝負することや可愛い後輩ちゃんのためを思うと緊張しちゃうんだ」
「私達のことも考えてくれてとても嬉しいです!」
鈴音が完全に会話のペースを持っていったので私は会話に入ることができず、香織と田崎先生のところに行く。
香織は田崎先生と親子のように楽しそうに話していた。年齢的には親子ではないけれど、大人な雰囲気の先生と子供っぽさの残る香織が親子関係にマッチしていた。
以前の香織は消極的な人物だったのに、年が明けてから雰囲気が明るくなった気がする。あの人のことを諦めた時もさっぱりしていたし、今までの香織とは別人のようだった。
私が近づいたことに気づいた香織は無邪気な笑顔を私に見せる。
「あっ、楓、ちょうどいいとこに来てくれた!」
「どーしたの?」
香織と先生の2人だけの話の中にどーやったら私が入ってくるのか疑問に思いつつ聞いてみる。
多分、恋愛絡みのことで何か言われそうだなと思った。この前、香織が鈴音と話していて何の話題か聞いてみると「楓の笹岡君との関係について話していたの」と即答されて、みんなの中でそんなキャラに立っているのか……、と意外に思ったことを思い出す。
どう2人に返すかを考えながら香織の様子を伺っていると、香織はゆっくりと空を見上げて口を開いた。
「昔のことだよ、ぼっちだった私を楓が部活に誘ってくれた時のこと」
予想外の答えに「へぇ……」としか言葉が出なかったけれど、同時に「そんなこともあったなぁ……」と少しだけ過去を振り返る。
あの時の香織は取り敢えず暗かった。まるで人生に絶望感でも抱いているんじゃないかってくらいに。わざわざ校舎裏のベンチに座りうずくまる人なんて居るんだ、と不思議に思いながら香織のことを見た記憶がある。(ような無いような……?)
そんな香織も今となっては元気な女の子に変わってくれたので、この1年間の大きな成長を見てきた私としては大変嬉しかった。
一時期は自殺でもしそうだな、と思うほどにダークな部分を見せていたけれど、今ではそのような様子は殆ど伺っていない。強いて言うならバレンタインの日とか……。
「あの時、楓にアイドル部に誘われていなかったら、多分だけど私は多くの大切な日々を無駄にしていたと思うんだ。だから、楓にはずっと『ありがとう』の気持ちを持つようにしているって田崎先生と話していたんだ」
私がアイドル部に香織を誘ったのは決して善良な気持ちだけで無かった分、そのような無垢な笑顔を見せられるとどうしても私の良心が痛む。
「香織ちゃんもこの1年ですっごく成長したけれど、楓ちゃんやみんなも大きく成長してくれて私としては嬉しいわ。だけど、部活の時にみんなのこと見に行ってあげられなくてごめんね……」
先生は決して恥知らずな人間ではないし、おまけに少し控えめなところがあるので、敢えて来れない理由は言わなかったのだろう。
だが、私達のアイドル部は全員先生が来れない理由を知っている。
先生にだって教師としてのプライドもあるだろうし、あまり言いたくないことくらいはわかる。
だからあえて触れることはせずに、私は笑顔を作って「そんなことくらい良いですよ!」と何も気づいていないようなフリでフォローした(つもり)。
「私が居なくても、みんなの成果を見ているとそれぞれがしっかりと練習してるのが伝わってきて嬉しいわ。2人とも今日のトーナメントも頑張ってね!」
田崎先生が私たちを励まそうと、私と香織の肩をポンポンとたたく。
普段は来れない先生ではあるけれど、その優しく叩く手には、「頑張ってきて」と、気持ちが込められているようだった。その手にまで気持ちを込められるような事が出来るとは、さすが元トップアイドルだなぁ、と尊敬の念を持たずにはいられない。
「はい!松崎先輩と2人で必ずペア部門優勝して桜咲学園の総合優勝に貢献します……そして……、桜咲学園に名誉を残したいと思います……。ははっ……」
その言葉が私の足を止めた。正確にいうと、香織のセリフに意識がいって足を止めてしまった。
セリフ自体は問題ではなかった。ただ、言い方が私の頭の中で引っかかった。田崎先生も不思議そうな顔をして香織のことを見ているから、私の聞き間違えだったことは無いだろう。
様子を確認するため香織を見ると、香織は作り笑顔で静かに微笑んでいた。
「香織ちゃん……?」
先生が心配そうな表情で香織のことを見つめている。先生もやはり気づいていたのだろう。香織には別に言いかけたセリフがあることを。
「どうしました?」
その無理な作り笑顔に対して、田崎先生はうまく返す言葉が何一つ見つからなかったのだろう。「な、何もないわ。頑張ってね!」と、自然に見えるような笑顔で香織に優しく微笑みかけ、何も無かったかのように先ほど通り楽しく話し出した。
香織は、名誉が何たらなどのことは言う予定では無かっただろう。ただ、変な空気にならないために即座に思いついた言葉を発したのだろう。
香織はあんなセリフよりも、先生に対して自身の本来の目的を宣言しておきたかったはず。ただ、それをいう直前で気持ち的な理由で避けたのだろう。
本来の目的、それは優勝の次にある香織独自の目標のこと。
育ててくれた今の母親、応援してくれる妹のためという新たな目的を持ち優勝を目指して、今日まで全力で突っ走ってきた香織。
香織の目標を再確認することにより自分の中に自身に対する疑問が1つ生じた。
それに対して私は……?
私の目的は優勝で終わってしまうの……?
鈴音、松崎先輩にも優勝の先に目指しているものがある。私だけが優勝することだけしか考えていないのだ。
そのことを改めて痛感させられた私は、独自の目標のために進んできた鈴音、松崎先輩、香織、そして先生の後ろ姿を見て、自分の不甲斐なさを悔やむことしかできなかった。
あと数話でギャルズメロディー2期も完結です。最後までよろしくお願いします。




