ANY TIME AT ALL……vol.2
「影待くん、ここんとこ毎日来るね~」
クマ店長が、自称自慢の髭をさすりながら笑った。 たいして用事もないのに連続三日間も店に来たら、変に思われても仕方ない。 だけど、俺の勘ではこの店なんだ。 確か城沢は、セブンスヘブンから徒歩圏内に住んでいると言っていた。 だから、逆算すれば家の近くの楽器屋に行くはずだと。 幸いこの町には楽器屋なんて少ない。 余程の行動範囲がなければ、この店くらいしか思いつかないと判断した。 これで賭けてみることにしたのだ。 来るも来ないも、授業の日までここで張っていよう。
『……なんかストーカーみたいだな……まあそんなことはどうでもいい。 城沢を守るためだ!』
俺は
「まあまあ。 たまにはいいじゃない。 俺もこの店が好きなんだからさ!」
と心にもないコトを言いながらはぐらかして、なんとかクマ店長をごまかした。
ここは駅前商店街の中にひっそりとある小さな楽器屋。 一応練習スタジオの完備はしているが、それこそ下っぱの自称音楽家を名乗るような人たちが来るようなところ。 客はいつも少ない。 今日も静かな店内で、他愛の無い話をしながら時間をつぶすか。 そう思っていると、自動扉が開いた。
そして、恐る恐る足を踏み入れてきたのは、城沢だった。
『ほらみろ、俺の勘が当たった!』
誰に言うでもなく、心の中でガッツポーズをすると、俺は黙って城沢の様子を見ていた。 まだ俺に気付かない城沢は、店内の壁一面を覆うギターの彩りに目を泳がせていた。 細身のカッターシャツにジャケットを羽織り、短めのフレアスカートで可愛らしく演出している城沢をじっと見つめていたかったが、勇気を出して声を出した。
「こんにちは」
こんな一言でも、ひどく体力と気力を消耗する。 やっと俺に気付いた城沢は、驚いた表情でこっちを見ていた。 俺の背中に滝汗が落ちる。
『そんなに見つめられると緊張するから……』
「影待……先生?」
戸惑っている城沢に、クマ店長が優しく問いかけた。 低く深い声が、温かみを感じさせる。
「何が欲しいのかな、お嬢さん?」
「えっと……ギターを……」
城沢は案の定目を泳がせながら答えに困っていたので、俺はクマ店長に話しかけた。
「アコギの安いの、あるかな?」
「キミの知り合いだったのかい? アコギねぇ。 入門セットっていうのだと一通り道具も揃ってるし、一番安いけど……」
「じゃあそれで」
俺はクマ店長にあれこれと注文をつけ、弦の交換道具や音叉だけでなく、替えの弦もオマケで付けさせた。 これで二万円弱。 初心者には充分だろう。
「あっ、あのっ!……」
俺は焦る城沢を無視して、クマ店長が持ってきたアコギを受け取ると
「これで、いいよね?」
と城沢に持たせた。
「はい……」
何気に勢いに押された感じの生返事を返して、手に持ったアコギをしげしげと見つめた。 本格的に習うのは初めてらしいし、すぐに飽きてしまうかもしれないうちは、こういう安いギターで充分だ。 本音は、ギターを好きになって欲しいのだが、そればかりは強要出来ないからな。
城沢は素直に会計を済ませると、俺と一緒に店の外に出た。
「あの、ありがとうございました」
心底ホッとした顔で、俺を見上げた。 俺はそんな城沢を見たら、不意に苛立ちが生まれ、ため息をついて言った。
「あのなぁ、予備知識も無いのにフラフラと来ちゃダメだぞ。 いい店員ばかりじゃないんだから。 下手したら法外に高いのを買わされるかも知れないとか、考えなかったのか?」
城沢はいきなりの説教に驚き
「すみません……」
と思わず謝った。 その表情に俺も戸惑い
「俺が偶然居たから良かったようなものの……」
そう呟きながら、逃げるように自分の車に乗り込んだ。 そして窓を開けると、
「次の土曜日。 夕方五時。 セブンスで待ってるから」
と言い残して、アクセルを踏み込んだ。
『ちょっと、きつかったかな……』
反省をしながらちらりと見たバックミラーには、小柄な体に黒く大きなソフトギターケースを背負った城沢の、ぽかーんと立ち尽くす姿が映っていた。
「と、とにかく良かった!」
俺は独り言をわざと大きな声で言うと、車内に流れるビートルズの音量を上げた。
数日後、俺は再びチラシを置かせてもらおうと思って、クマ店長の楽器店に訪れた。 クマ店長は俺の顔を見るなり、髭面をにやりと歪ませた。
「この間の事なんだけどさ、そういうことだったのね!」
「な、なんですか!」
眉をしかめて動揺する俺の肩をポンポンと叩き、クマ店長は
「ま、頑張りなさい!」
と勢い良く背中を叩いた。 分厚くでかい手の平の痕が付きそうだ。 手加減しろよ。
「つっ……」
しかし、俺の城沢に対する気持ちは、クマ店長にもバレてたみたいだ……。 ま、あんなに不自然に店に通ったりしてたら、気付くかもな。 俺は
『内緒で!』
と唇の前で人差し指を立てて口外しないようにと願った。 どこで漏れるか分かったもんじゃないからな……。
城沢との授業日まで、俺は仕事もまともに出来なかった。
最初はどんな言葉を掛けようかとか、どうやったら楽しんで授業を受けてくれるだろうかとか、もしかしたら城沢よりも緊張してるんじゃないかと思うくらい、毎日が地に足が着かない感じだった。
やがて当日。
俺は緊張する胸を落ち着かせようと、何倍も珈琲を飲んだ。 おかげで胃の中は過剰に珈琲で満たされている。
城沢との授業の前に、長谷川さんの授業があったのが救いだった。 少しは気が紛れる。 何より、今、長谷川さんはビートルズの曲を練習している。 精神的に落ち着ける環境はそろっていたはずだった。
ところが……
カランカランカラン……
という扉のベルと共に
「こんにちは~」
と授業の最中に、城沢が現れたのだ。
なんて時間通りな子なんだ。 確かに時間は押していたのだが、ほんの数分のことだ。 だがやはり授業を尻すぼみで終わらせるわけにはいかない。
長谷川さんに断って立ち上がり、入り口近くで大きなギターケースを持ったまま立ちつくしている城沢に近づくと、とりあえず近くの席に座って待ってもらうように言った。 城沢はおとなしく少し離れた席に座った。
『……緊張する……』
城沢がじっとこっちを見つめている。 長谷川さんは彼女に背中を向けているが、俺は、真正面から城沢の姿を捉えられる。
俺の手本を追うように、繰り返す長谷川さん。 だいぶ指の動きもスムーズになってきている。 体が覚えている証拠だ。
「これで、ご自身も楽しみながら弾けるといいですね。 まだ顔が固いですから」
と言うと、長谷川さんは苦笑いをして
「はい、頑張ります」
と答えた。 とりあえず今日の区切りをつけ、授業を終えた。
やがて長谷川さんが帰っていくのを、ぼんやりと見送っていた城沢に
「いつまでも見てないで、用意して」
と席に着くように促すと、城沢はあわてて下に置いていた荷物を持ち、テーブル机の前まで来ると、
「よろしくお願いします!」
と深々とお辞儀をした。 その目は緊張しながらも、なんとも期待を乗せた嬉しそうな輝きをしていた。
「ま、気楽にやればいいから」
その言葉は、俺自身にも向けていた。
誰が相手でも初めての授業では、俺はまずギターのメンテナンスから教えることにしている。 少し弾けるからってそこから始めてしまうと、基礎的なことがおろそかになることもある。
ギターの状態をどれだけ良い状態に保っていられるか。 それでなければ、弾く権利はないとさえ思っている。
城沢はうんうんとうなずきながら、俺の話を真剣に聞いている。 ボディの掃除の仕方、弦の替え方、チューニングの仕方--。 そうしていると、一時間の授業は、あっという間に終わってしまった。
「今日はここまで」
「もうこんな時間……」
城沢は驚いたように時計を見た。
俺は生徒全員に渡す授業用のスケジュール表を渡した。
「とりあえずこれに沿ってやっていくつもりだけど、上達具合によっては変わるから。 あくまでも目安」
城沢はそれを受け取り、ギターをケースに仕舞うと、来たときよりもリラックスした表情で
「ありがとうございました!」
と笑顔で元気に帰っていった。 初めての授業の感触は悪くない。 ギターを弾くことが、楽しそうだと思ってくれればそれでいい。
一人で薄暗い店内で片付けをしながら、俺は高揚感にひたっていた。
二人きりで授業をした。 目の前で向かい合って何かを話す事は初めてだった。 なんだか微妙に疲れも出そうな感じがする。 ずっと緊張していたからな。
「城沢って、彼氏、居るのかな?」
「直接聞けばいいじゃない」
開店時間に間に合うようにやってきたマスターは、カウンターを拭きながら軽く言った。
「そんな簡単に聞けるかよ! 俺はマスターみたいに軟派な男じゃないんだっ!」
マスターは明るく笑った。 そう言われても、否定しないんだな、こいつは。 俺はいつもの四人掛けの席でテーブルに突っ伏して珈琲をすすった。 やはりマスター厳選豆の珈琲は最高だ。
「まあ、頑張りなさい」
『あ、それ、つい最近どこかで聞いたなあ……』
それからマスターに、楽器屋で張り込みして城沢のギターを見繕ってやったことを伝えると、彼は目を丸くして
「そっちの方が怖いよ……」
と眉をしかめた。 だがすぐに
「影くんらしいけど」
と肩をすくめた。
『なんだよ、俺らしいって……』
それにしても、マスターはいつも落ち着いている。 確かに、小さいけれど自分の店も持って、美人な嫁もいる。 おまけに、公表はできないが何人かの女の友達もいる。 もちろん、同性の友人もたくさんいるし、接待業という職業柄、顔も広い。 順風満帆なマスターからしたら、船底でチマチマともがいている俺なんか、見ていて面白いんだろう。 そう思っていても、何故かマスターを羨ましいとも思わないし、恨んだり嫌いにもなれない。 それもまた、彼の魅力なんだろうか。 どこかで憧れているのかもしれない。
俺はそれでも、地道にこの道を歩いていくさ。




