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恋はビートルズの旋律に乗せて  作者: 天猫紅楼
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発表会

 やがてセブンスヘブンのライブが入った。

 俺はケータイのスケジュールに予定を打ち込みながら、城沢の顔を思い出していた。 しばらくはバイトも続けてくれるらしいという話をマスターから聞いて、俺はひとり有頂天だった。 ライブ中はそれぞれに仕事をしているからその姿は見られないが、一緒に同じ空間に居ると思うだけで、俺のテンションは上がった。

「影待さん、最近顔が明るいっすよね?」

 立木兄が、椅子の背にもたれて笑った。 ステージでは初心者とも近いバンドグループが懸命に音符を流している。 それでもノリノリの観客が居るから不思議なものだ。 立木兄の顔が照明を反射して赤や緑に染まっている。

「そうか?」

 俺は自分の両頬を撫でた。 別に変わりはないと思うが、立木兄はにやりと俺の顔を覗き込んだ。

「何か、良いことあったんでしょ?」

「んっなわけないだろ! いつもと一緒だよ!」

 俺は慌てて視線を外した。

「そうっすかぁ? そういうオレの勘って当たるんだけどなあ」

 つまらなさそうに唇を尖らせ、腕を頭の後ろに組んだ途端、ステージでは曲が終わったので、立木兄は慌てて照明のスイッチを叩いた。 俺は立木兄に気付かれないように小さく息をつくと、音響卓を操作した。

『当たってるよ!』

 受付のある小部屋で、マスターと城沢が一体何を話しているのか、気にならないわけじゃない。 俺が城沢のことを好きなのはマスターも知っているから、それでも彼女に手を出すことはないだろうが、やはり心配だ。

「変なことを吹き込まれていないといいけど……」

「? なんすか?」

 立木兄が尋ねた。

「あっ、いや、何でもない!」

 無意識に唇から漏れた言葉に驚いていた。

 俺は新しいガムを口の中に入れて気持ちを切り替えることにした。

 

 

 

 時間の流れって無情だ、と、特にこんな時には思う。

 城沢との距離を一ミリも縮めることが出来ないまま、時は一年を過ぎていた。

「発表会?」

 目を丸くする音楽教室【フォレスト】の講師面々の前で、司会をしていた和田が瞳を輝かせて大きく頷いた。

「そう! 皆、だいぶ生徒も増えたみたいだし、そろそろ力を試す時じゃない?」

「ふぅん」

 この間再び彼女にフラれたばかりのドラム講師、真壁が腕を組んで頷いた。

「そうだな。 いっちょ、やってみるか!」

 ベース講師やボーカル講師たちも賛成した。

「影待くんは、どう?」

 皆が俺の方を見た。 無論、反対する理由はない。 満場一致で、発表会の開催が決まった。 場所は、皆が使い勝手の知っているセブンスヘブンだ。 あそこは、他の講師たちもよく使わせてもらっているのだ。

 日付が決まるとすぐに生徒達に伝え、参加者を募った。 生徒達はそろって同じように目を丸くして驚いていた。 皆、誰かの前で披露する機会はほとんど持たず、趣味で細々と楽しんでいる人たちばかりのようだ。

 城沢も声をひっくり返して驚いたが、やがて意を決したように頷いた。

「頑張って……みます」

 これは、俺の力試しでもある。

 どれだけ実戦的に教えられているか、生徒達同様、俺たち講師も試されるのだ。 発表会までの三ヶ月、俺も必死で教えていかなくては。 そんなプレッシャーもあるが、生徒たちがステージ上で練習の成果を見せてくれることが楽しみでもある。 生徒たちはそれぞれ個性もあって、やりたい曲も様々だ。 他の講師たちはどうするか知らないが、俺は生徒たちに、出来るだけやりたいようにさせるつもりでいた。

 基本的なことは、ひとり二曲で、持ち時間は十分。

 あとは、弾き語りをしようが、インストゥルメンタルにしようが、生徒たちの希望に任せた。 それに沿って、生徒たちの個性を生かしつつ練習をさせる。 クラシック曲だったり、ロックバンドのコピーなど、俺は知らない曲も覚えて指導しなくちゃならない。 ほとほと、好きじゃなきゃ出来ない仕事だと思う。

 城沢は、弾き語りにチャレンジすると言ってきた。 まあこの際、歌唱力は置いておこう、これはギターの演奏力を披露する場だから……と思っていたが、歌唱力もなかなかイケることに気が付いた。 これは少し、俺も余計に力が入る。

 既成の曲をコピーして披露するわけだが、披露するからには、アーティスト本人に匹敵はしなくとも、それなりに完成させたい。 きっと城沢自身も好きなアーティストなんだろうし、ここは逆に、城沢らしさというものを取り入れてもいいんじゃないかとさえ思った。

 

 例にもれず、俺たち講師軍も、本番に向けて準備に追われた。 起案者である和田の意向で、発表会といえども、アットホームでのんびりした雰囲気のイベントを考えていた。 ジュースや軽食を並べ、気楽な気持ちで参加してもらおうと思ったのだ。 ま、発表者たちは、それどころじゃないだろうが、せめてもの心配りだ。

 

 季節は春。 新しい出会いと別れの予感……などと感慨に耽るヒマもなかったこの数日が明け、発表会当日となった。

 開演の二時間前にセブンスヘブンに着いた俺たちは、軽く会場の掃除をしたあと、席を用意しはじめた。 幾つかの丸いテーブルの周りに椅子を四脚ずつ。 カウンターも使えるようにして、座る席は自由。 参加者の人数分の席を用意すると、セブンスヘブンの中はすっかり埋まった。

 そして、立木兄と俺はカウンターの奥に座り、照明と音響の調整をした。 いつものライブのように派手な演出は必要ない。 発表者が生の音、実力を披露する場だからだ。

 マスターは出来上がっていく会場をしげしげと見ていた。 今日のマスターは、セブンスヘブンのオーナーとしてとりあえず来たという感じで、悠々とカウンターの端の席に座っている。 当然手伝いなどしない。

 俺は自分の準備も終わり、マスターの横に行くとカウンターにもたれる感じで立った。 丈の高い椅子に座っているにも関わらず、足が余裕で床に付いている。

「相変わらず、足が長いなぁ……」

 俺はうらやましそうに横目で見た。

「ま、生まれつきですから」

「生まれた時から、そんなに長いわけないだろが!」

 全く、けろっとした顔でよく言うよ。 そんな漫才のような会話をしていると、続々と発表会の参加者たちが集まり始めた。

「こんにちは!」

 元気な声が俺の耳を突いた。

「会田か。 がんばれよ! 俺としっかり練習してきたから大丈夫だ!」

 会田輝アイダ ヒカルは愛用のエレキギターを肩に引っかけ、満面の笑みでやってきた。 傍らには彼女らしき女性が寄り添っている。

「これ、今日のタイムスケジュール。 出場の順番も書いてあるから。 席はどこでもいいよ。 早い者勝ち」

と手渡すと、彼は再びお辞儀をすると、彼女の手を引いて好きな席を選び、仲良く並んで座った。 彼女の手前、緊張している顔を見せたくないのか、終始笑顔を作っているようだ。

「こんにちは」

 今度は落ち着いた声の長谷川さんが姿を現した。 傍らには、奥さんらしきおとなしそうな女性が付いている。 声の割に、顔全体には緊張した雰囲気が張り詰めていた。

「こんにちは、長谷川さん。 そんなに緊張しないで。 リラックスリラックス!」

 長谷川さんの肩を叩きながら、俺はタイムスケジュール表を手渡し、席へと促した。

「オッカも出るんだよね?」

 不意に言ったマスターの言葉に、俺は肩を震わせた。

「あ、ああ、来る!」

「どうしたの、急に片言になって」

 マスターは肩を揺らして笑った。

「で、どう?」

「どうって……別に、変わりはないけど」

「なにが?」

「えっ、なにがって……」

「ギター、上達してる?」

「あっ! ああ、勿論!」

 慌てる俺に、マスターは大きな口を開けて笑った。 からかうにもほどがあるぞ! 半ば自分に恥ずかしくなっているところに、

「おはようございます!」

と可愛らしい声が聞こえた。

 城沢だ!

 ロックな会田も、長谷川さんも女を連れてきた。 ということは城沢も、彼氏なんか連れてきたんじゃないだろか? そんな一瞬の不安のあと、城沢の後ろから顔を覗かせたのは、これまた可愛らしい女性だった。

 歳は城沢と同じくらいだろうか。 二人は仲良さそうに寄り添っていた。 マスターは彼女を知っているようで、名前を呼んで親しそうに話していた。

『裕里ちゃんというのか……』

 肩まで伸びた、茶髪のウェーブが小さい顔の周りでふわふわと踊っている。 黒目がちな瞳は、どこか意志の強さと元気のよさを表しているようだった。

 俺はマスターの話の区切りを狙って

「席はどこでも良いから」

と言ってタイムスケジュール表を手渡した。 城沢たちが仲良く席へと向かう後ろ姿を見送っていると、マスターが声を掛けた。

「いいの? 何か声を掛けなくても?」

「えっ?」

 マスターは、肩を震わせる俺を試すかのように言葉を発した。

「他の生徒さんには、何か励ましの言葉をかけてあげてたじゃない。 オッカも緊張してると思うよ~」

「大丈夫だ! ちゃんと俺が教えた! 城沢なら……大丈夫だ!」

「ふう~~ん」

 それ以上は何も言わず、含みを湛えた笑みで城沢たちの様子を眺めていた。 ものすごい不安が俺の胸を締め付けていた。

 城沢は友人と共に、空いている一番壁際の席を選んでいた。

『城沢、端っこが好きなんだな。 カウンターで呑む時も、端の席に座ることが多いみたいだし』

 なんてことを考えていると、マスターが呟くように言った。

「君は、自分が思っている以上に、何気にもてるんだよねぇ」

「? 何?」

 ちゃんと聞き取れなくて聞きなおそうとしたが、マスターは含み笑いをするだけで、二度と繰り返さなかった。 まあいい。 今日は、俺にとっても勝負の日だ。

 

 やがて発表会が始まる時間になり、俺は音響卓の前に座った。 ここから、俺の仕事が始まる。 横には立木兄がスタンバイしている。

「はい、みなさんこんにちは~!」

 ステージの照明が点き、その中央に立った真壁が、マイク片手に満面の笑顔で挨拶をした。

 司会を担当するのは真壁になった。 講師たちの中でも、明るく元気に話せる奴は真壁くらいのものだ。 司会の腕はどうかはわからないが、まあ、任せておいて大丈夫だろう。 案の定、時折真壁が繰り出すジョークに会場はじわじわと温まった。 緊張している生徒たちには、少しドジっぽい真壁がちょうど良いのかもしれない。

 発表会の進行について簡単な説明をしたあと、早速生徒たちの発表が始まった。

 俺はカウンターの奥から悠々と見学させてもらった。 どの教室の生徒たちも、それなりに完成されている。 自分が担当する生徒がステージに上がると、講師は心配そうに見つめる。 真壁なんて大きな体を縮こませて、まるで我が子が生まれて初めて劇か何かを披露する親か何かのように見ているんだから、笑いが止まらない。

「影待さん、余裕ですね」

 不意に立木兄が言った。

「なんで?」

「今立ってるの、影待さんとこの生徒さんでしょ? 応援しないと!」

 ステージ上では発表者が変わり、長谷川さんがクラシック曲の披露をしている。 やんわりした照明が包み、素人なのにそれなりに見えるのが不思議だ。 俺は長谷川さんの演奏を眺めながら言った。

「大丈夫だよ。 彼は落ち着いてるし、ステージに上がったら、自分の好きなようにすればいいからって言ってあるから」

「いやいや、それにしても~」

 立木兄は呆れたように椅子にもたれた。

「ま、それもそうですけどね!」

 言っておくが、俺は、他の講師みたいにハラハラなんてしない。 本当の実力は、ステージで出ると思っているから、それが凶と出ようが吉と出ようが、それはその生徒の今の実力。 それをふまえて、それからの授業に生かしていけばいい。 ちょっと厳しいかもしれないが、その方が生徒たちの為になると思っているから。

 それに、俺もラクだしな。

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