第九十九話 誓います
テーブルに、希惟さんが作った料理が並んでいる。
「くり抜かれたトマトの中に、ハンバーグがインして、おしゃれな葉っぱが乗ってるのが美味しそう」
「トマトファルシ」
「ひき肉のようなものを、鶏肉で巻いて切りましたみたいなのも美味しそう」
「チキンガランティーヌ」
「ガーリックトーストの上に、細かく切ったトマトとチーズが乗ったやつと、同じくガーリックトーストの上にスモークサーモンとチーズが乗ったやつもおいしそう」
「ブルスケッタ」
俺に料理名を教えてくれる先輩を見て、理人が、
「普段何食べてるかの違いが出るね」と言った。
お前も俺と同じようなもんだろ。
「怪我は大丈夫ですか? 無理をしたと聞きました。心配しましたよ」
鬼ちゃんさんが、俺の三角巾で固定された腕を撫でる。
触れられている感覚はないけど、なぜかドキッとしてしまう。
「もう同じような事はしないで下さい。君が心配です」
「あ、はい、気をつけま……」
「文都」
先輩が、俺の顔を両手で包み、自分の方に向けた。
「お前は俺だけ見てればいい。分かったか? 視線をそっちに向けるな。いいな?」
先輩? かわいいお顔が近くで見られて幸せですが、力が強いです。
ところで、どうしてこんな席次になってしまったんですか?
俺の右に先輩、左に鬼ちゃんさんが座っている。
視線だけテーブルの向かい側に移すと、同じ事を思っているであろう理人が、ため息を吐いた。
「甲斐くんのお兄さん、何で俺を真ん中にするの? 恥ずかしがらずに恋人の隣に座りなよ」
「何言ってんの? 恋人って? 俺、フリーだし、年下が好きなんだけど?」
わざとらしく、理人の右肩に腕を置く兄。
「……先日も先程も、公都さんと仲が良さそうにしていたが、どういう関係だ? 人間」
冷たい視線を注ぎながら、理人の左肩に腕を置く希惟さん。
「俺を巻き込まないでえー……。俺……甲斐くんのお兄さんとは仲悪くて……」
「何言ってんの? めっちゃ仲いいじゃん! クリスマスもお正月も一緒だったし! 俺、理人くんのこと、若いのにしっかりしてるなあと思って、感心してるんだぞ? 顔もいいし、ボケもツッコミも、解説もできる」
「今、そういうのいらない……」
ボケもツッコミも解説も?
「年下はかわいいですよね?」
鬼ちゃんさんが兄に、同意を求める。
このピリピリした状況で、それ言う?
「かわいいかわいい」
お前もこの状況で、よく同意できたな。
あ〜日ノ岡兄弟の顔が険しい〜……。
兄と鬼ちゃんさんが揃うと、必ず、俺と理人が被害を受ける構図になる気がするんだけど……。
「かわいくて、つい、揶揄ってしまいたくなりますよね」
皆さん、気付いていないと思いますが、俺の太腿に今、鬼ちゃんさんの手が乗っています。
「そういえば前に、鬼ちゃんさんに好きなものを教える約束をしましたよね?」
先輩の呪縛から逃れ、失礼にならないよう笑顔で、困った大人に釘を指す。
「俺の好きなのは先輩です」
鬼ちゃんさんが、にっこりと微笑み返し、
「そうですか。俺の好きなのは、甲斐文都さんですよ」と言った。
え? 話聞いてた?
理人が、もはや感心した様子で、
「強っ……」と呟く。
「鬼ケ原伊織……!」
先輩が、怒りで体を震わせながら、強く握った拳をテーブルに打ちつけた。
「脳が感情の高まりを感じると、アドレナリンが分泌され、心拍数が上昇したり、自律神経が身体をうまくコントロールできなくなります。 自分の意志とは無関係に起こる震えには、自律神経が関係しているんですよ? それが、怒りで震えるメカニズムです」
今、そういう情報求めていません。
鬼ちゃんさんって別次元の生き物みたいだな……。鬼ちゃんさんの住んでる星では、別のルールと常識が存在するみたいな。
「文都に好きとか言うな! それに距離が近い! 隣に座るな!」
「おや? 甲斐文都さんが、俺に取られないか心配ですか?」
一触即発の雰囲気を感じ取って、兄が場を和ませようとする。
「あ、乾杯するの忘れてたねえ〜!」
「先輩! 乾杯しましょう! 乾杯!」
「空気を読む甲斐兄弟」
理人、お前も加勢しろ。ワクワクしながら、事の成り行きを見守るな。俺がこの場を上手く収められるか見定めているかのような、希惟さんの無言の圧が怖いから。
「先輩、今日は先輩と理人の誕生日パーティーですよ?」
俺の差し出した、ジュースの入った紙コップを、先輩が受け取る。
「あ……ごめん……。雰囲気悪くして」
「そういえば先日、甲斐文都さんに介抱していただきました」
先輩の氷のような視線が、ゆっくりと鬼ちゃんさんに移る。
やめてえー……。今、先輩の怒りが鎮まりつつあったのに……。
「やさしく手を貸して下さって、キュンとしました。酔っていたのであまり覚えていませんが、甲斐文都さんの手首に……」
鬼ちゃんさんが、自分の手首の内側にキスをした。
先輩を揶揄うような笑みが、大人の余裕を感じさせる。
しっかり覚えてるじゃないですか。
二度と、鬼ちゃんさんと酒の席を共にしない事を、ここに誓います。
先輩の手に持っていた紙コップが、無惨に形を変えた。もはや、意味を持たないものとなってしまった紙コップから、ジュースが溢れ、先輩の手を濡らし、床に敷かれたラグにシミを作っていく。
「oh……俺のラグ……」
兄の切ない呟きは霧散した。
部屋全体を凍らせてしまうような、冷たい声で、先輩が鬼ちゃんさんの名前を呼ぶ。
「鬼ケ原伊織……。お前、よくも俺のものに……」
「先輩、あの、落ち着いて……」
「落ち着いていられるか! 文都は……文都は、俺の……」
はっ……マズイ……。
先輩、ダメです!
兄の前で、俺の血とか言ったら、先輩が吸血鬼だってバレちゃいますよ!?
吸血鬼だということを、必死に隠してきた希惟さんの努力も水の泡に!
「先輩……!」
俺の呼びかけが届く事はなく、先輩の口から続きが溢れる。
ああ……俺と先輩が恋人同士という、兄の妄想も終わりを告げてしまうんですね……。
刹那、変わりゆく関係に寂しさを感じながら、先輩の声を聞く。
「文都は、俺の恋人なんだから!!」
は?




