第九十七話 ラブロマンスから
冷え切った日々に、束の間の休息を与えるような、穏やかな暖かさの週末。
兄の部屋を訪れた、先輩、理人、俺を、兄と鬼ちゃんさんが出迎えた。
廊下の突き当たりにあるドアを開けた瞬間、クラッカーの派手な音と、色とりどりのテープが俺達を歓迎する。
「誕生日おめでとう〜!!」
先輩と理人が、目をパチパチさせて驚いている。
「え? 誕生日?」
「番犬くんが2月17日、亜蘭くんが2月22日なので、一緒にお祝いをという事になりまして」
理人が引き攣った顔で、
「ちょっと待って。俺、誰にも誕生日言ってないんだけど」と言った。
そうなんだよ。何で知ってるのか分からない情報持ってるんだよ、この人。
俺はもう、驚かない。
「かわいい弟と、弟の友達の為に準備しました」
兄が、先輩の兄きどり。
お前、俺の誕生日パーティーとかした事ないくせに、先輩の兄きどりし始めた途端、すごい張り切るな?
「バルーンすごいね」
先輩が、部屋に飾られたバルーンスタンドを見て言った。
パールホワイトとゴールドのバルーンを組み合わせた、上品かつ高級感のあるデザインで、一番大きなクリアのバルーンには、ローマ字で名前が書かれ、中に小さなバルーンが入っている。
俺の身長くらい高さがある上、二人分あるので存在感がすごい。
「俺からのプレゼントです。どうぞお持ち帰りください」
二人に向けて、鬼ちゃんさんがにっこりと微笑む。
いや、先輩は近所だからいいけど……。
理人が、苦い顔をする。
「俺、電車なんだけど……。これ持って、誕生日アピールしながら電車乗るの?」
頑張れとしか言えない。
「俺は嬉しいよ。初めて文都からもらったプレゼントが風船だったから、バルーンは好き」
「先輩……!」
子供達から振られまくって、失意の俺があげた風船を、良い思い出にして下さっているんですね。
「俺と甲斐文都さんが、初めて……した日の事ですね?」
鬼ちゃんさんが、両手の人差し指を立てて、キスを表すようにくっ付ける。
やめてえー……。
「鬼ケ原伊織……お前……許してないからな?」
先輩が地獄の底を這うような声に。
良い思い出と悪い思い出は、表裏一体。
「希惟さんは? 姿が見えないけど」
先輩の怒りを和らげる為にも、別の話題を振る。
「甲斐くんのお兄さんに嫌気がさして、早々に別居?」
「別居って言うな。何で俺が嫌気さされる側なの? 料理に足りないものがあったらしくて、買いに行ってるだけ。ところで、二人とも荷物多いけど、何持って来たの?」
兄に問いかけられ、先輩が自分の後ろに大きな荷物を隠した。
「あ……いえ、これは……」
「はい! 甲斐くんのお兄さんにプレゼント!」
理人が、先輩の手から奪い取った荷物と一緒に、自分のプレゼントを渡す。
「あっ……」
「え〜? 俺に? わー嬉しい! これは何かな〜……」
二人からのプレゼントに、結婚祝いと書かれたのしが付けられている。
「結婚祝いってなんじゃい!!」
予想通りのツッコミ。
「俺、勘違いしてて……。お祝いって聞いたからてっきり……」
「俺も勘違いしてて」
申し訳なさそうに眉を下げる先輩と、楽しそうに口の端を上げる理人。
「亜蘭くんは許す」
「俺からは、ペアマグカップだよ」
「はい、これはクローゼット行きでーす」
「え〜バイト代で買ったんだから使ってよ」
「使えるか! 幸せ絶頂期のカップルか俺は!」
忙しいなツッコミ。
兄が受け取ったプレゼントに、先輩がおずおずと手を触れる。
「あの……これは持ち帰ります」
「え?」
「俺、お兄さんの弟になったみたいで嬉しくて……。つい先走ってしまって……すみません」
「先走ったという表現は、将来そうなる事が決定しているようでアレだけど、それはそうと、これは弟からの初めてのプレゼント?」
「甲斐文都さんの立場は」
「あ、俺の事は気にしなくて大丈夫ですよ?」
俺も、そいつと兄弟だと思いたくないので。
「亜蘭くん、これは返せない」
「え?」
「弟からのプレゼントは、大事にしたいから」
「お兄さん……」
「これがたとえ……二人用の枕でも」
兄が、切ない表情で、寝心地の良さそうな大きな枕をギュッと抱きしめた。
先輩、枕持ってるなあって思ってました。
「先輩のお兄さんは、これを見てどう思うんだろう」
「ていうか亜蘭くん、俺と希惟が同じベッドで一緒に寝てると思ってたの……?」
「え? 違うんですか?」
先輩が持つ、ルームシェアのイメージに不安がよぎる。
「亜蘭くん、俺はルームシェアをしているんであって、ベッドシェアはしてないんだよ」
「あ……そうなんですね」
「いや、意外そうな顔〜!」
自分に課された義務のように、ツッコミを入れる兄。
「でも、このベッド、まあまあ余裕あるよ? 二人でも寝れるんじゃない?」
兄のベッドに、遠慮なく寝転ぶ理人。
「こら! その服のまま寝転ぶな! ……なんつって! ウェーイ!」
理人の隣に寝転ぶ、ノリの軽い兄。
「確かに、二人でも寝れそうですね。せっかくなので、亜蘭くんからの枕も使ってみてはいかがですか?」
「お! いいね〜きゃ〜何この枕やば!」
「あはは寝心地最高だよ? この枕」
「二人だとちょっと顔が近い」
「甲斐くんのお兄さん、もうちょっとそっち行って」
「おいおい〜恥ずかしがるなよ〜。俺の顔好きなんだろ?」
「あはは好き好き」
何劇場を見せられているんだ?
「眠くなって来た〜」
「こらこら、今夜は寝かせないぞ〜?」
「甲斐くんのお兄さんのエッチ〜……」
ここで緊急のお知らせです。上映中の劇場のジャンルが、ラブロマンスからホラーに切り替わります。
「人間……そのまま、永遠の眠りにつきたいか?」
希惟さんがお帰りになりました。




