第九十五話 俺を戒める天才
「文都。口開けて」
昼休みの教室で、先輩が俺の隣に座り、お弁当のおかずを向けた。
「カルシウムとたんぱく質、ビタミンC、D、Kをたくさん摂るのがいいらしくて、それでブリの照り焼きと、キノコの炊き込みご飯と、大豆とひじきの煮物と、青菜のお浸しと……」
「先輩、あの……」
「見た目が地味だけど、糖質とか脂質を考えると、こういう和食の方がいいから……」
「……」
「ん?」
俺に向けられた、青菜のお浸しが宙で止まる。
「自分で食べられます」
先輩と後輩の域を越えたコミュニケーションに、クラスメイトから好奇の目が向けられる。
先輩のスキンシップのお陰で、周りから見られることは慣れているけど、子供みたいに食べさせられるのは恥ずかしい。
「でも、腕固定されてるし……」
「利き腕は無事なので!」
先輩に向かって笑顔で手を振り、右腕の無事をアピールする。
実は、上腕骨骨折していた俺。
転んで手をついた時の衝撃によるものらしく、3週間は怪我をした方の手は使わず、三角巾やアームホルダーで固定するそう。利き腕じゃなかったのが幸い。
「事故直後は痛くなかったんですけど」
ここ最近、毎日一緒にお昼を食べるようになった理人が、
「交通事故の直後は、アドレナリンが分泌されるから、痛みを感じにくいらしいよ」と向かいの席から言った。
「ちゃんと病院通って、しっかり治した方がいいよ。経過をみてリハビリもするんだろうし」
お前の口から、俺を心配する声を聞く日が来るとは。
「後遺症が残る事もあるみたいだから」
それを聞いて、先輩の表情が曇る。
「俺が責任を持って、一生文都の面倒を……」
「いや、大丈夫です! 俺、スポーツ選手でもないですし、多少可動域が狭くなっても問題ないです! それに先輩のせいじゃないですから!」
そもそも、お弁当を作って頂いているだけでも申し訳ないのに。
「俺ができる事なら何でもするから、遠慮するなよ」
先輩が眉尻を下げて、そう言った。
な、何でも……?
ゴクリ。
「甲斐くん、今、人間性が問われてるんだよ?」
理人、お前は俺を戒める天才だな。
「もう十分すぎるくらいして頂いています」
「そうだよ。先輩と甲斐くんがイチャイチャしすぎて、うんざりだよ」
イチャイチャって……揶揄うのは止め……いや、もっと言って。
「甲斐くん、先輩に構ってもらって幸せそうだし。案外、治療生活も悪くないとか思ってるんじゃない?」
図星を突かれて体を震わせる。
お前もついに鬼ちゃんさんと同じ、俺の思考を読む能力を……?
「俺も、文都と一緒にいれて嬉しいよ」
「先輩……!」
「それに俺、人生最大の恐怖体験させられたおかげで、怖いもの減ったし」
「うっ……」
遠回しに怒られているような気がしてしまう。
「あの時に比べれば怖くないって思えて……最近、家で一人で過ごす事も増えてきたし」
幸せボケしている俺の目を覚ますように、先輩が衝撃の一言を放つ。
「これなら、二人でルームシェアしても大丈夫」
先輩が、花が咲くような笑顔で笑った。
な……!?
やっぱり、まだ諦めてなかったんですね?
だから誰と?
「ルームシェアといえば、週末、お兄さん達の愛の巣に呼ばれてるんだけど」
愛の巣……。
「先輩と甲斐くんも行くよね? お祝いするって聞いてるけど、何のお祝い?」
先輩が、
「進級祝いとか?」と予想した。
「ちょっと早くない? まだ2月なのに」
「じゃあ、引越祝い?」
「それは、先輩不在で既に……」
俺は、何のお祝いか知ってるんだよな……。
「甲斐くん? 何で黙ってるの?」
ギクッ。
「文都、何か知ってるの?」
「い、いや、知らないです」
「怪しい……何か知ってるな?」
「な、何でしょうね〜……」
先輩、かわいいお顔を近づけないで下さい。兄に口止めされてるから言えないのに、うっかり話してしまいそうです……。
先輩が真剣な顔つきで、俺に迫る。
「言わないと、こちょこちょするぞ?」
こちょこちょ?
先輩が俺の脇腹をくすぐる。
「言うまで止めないぞ?」
「……」
「早く、言わないと……」
「……」
「文都……?」
先輩が眉尻を下げ、ほんのり頬を赤く染めた。
拗ねたように、
「くすぐったくないの?」と問いかけられる。
か……かわいい……。
涙が出そう。
「すみません、俺くすぐり平気で……」
俺をくすぐる先輩が可愛すぎて、一生くすぐっていてほしい。
「あっ……もしかして……」
何か閃いた様子の先輩が、俺から手を離す。
俺の幸せな時間が終わりました。
「お兄さんと兄の、結婚!?」
兄の盛大なツッコミが聞こえてくる〜……。
「甲斐くん、そうならそうと早く言いなよ。名入れのペアカップでも贈ろうか?」
お前は楽しんでるだけだな。
笑いが堪えきれてないぞ。
先輩が、兄達の結婚を純粋に喜んでいる様子で、
「じゃあ俺は、お揃いのパジャマにしようかな」と言った。
「それとも枕にする?」
先輩、パジャマも枕もダメな気がします。
ああ、結婚祝いじゃないのに……。




