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第九十二話 真剣交際のご挨拶

 翌朝、よく通る高い声で目が覚める。

 何か騒がしい雰囲気は感じつつも、ふかふかの枕と、暖かい布団、何より隣でかわいい寝息を立てる先輩の温もりが俺を離さない。


「亜蘭くんが! 亜蘭くんが! じいじ! 早く来て!」


 ん? じいじ?


「亜蘭くんの隣に、裸の男が寝てるの〜っ!!」


 先輩の隣に? 裸の男?

 誰ですか? そんなけしからん事をする変態は……。


「……俺かっ! 俺のことか!!」


 昨日、あのまま寝ちゃったから……。


 勢いよく体を起こすと、怯えるように肩を震わせる女性と目が合った。

 肩の下まである、ゆるくふんわりとウェーブのかかった金髪が揺れ、金色の目は、今にも泣き出しそうに見えた。


「大丈夫です! 履いてます! 裸ではありません!」


 初対面の人に、初めて言うことではない事は重々承知しているものの、言わずにはいられない。


「あと、特にやましい事はしていません! 信じられないかもしれませんが、事実です!」


 我ながら、寝起きなのによく回る口。


「ん……文都……?」


 先輩が目を擦りながら、体を起こす。


 ああああああ寝起きで俺の名前を呼ぶ先輩! 皆さーん、聞いてますかー? 朝起きた第一声が、俺の名前ですよー?


「姉ちゃんと、じいちゃん?」


 先輩が言った言葉を、胸の中で反芻する。


 スラっとした背の高い人物が、俺に鋭い眼光を向ける。金色の髪に金色の瞳、清潔に整えられた口髭、品格を感じさせる堂々とした立ち姿。


「人間、話をしようじゃないか」


 重い圧力を感じさせるオーラに、思わず首を押さえて息を呑む。


 今日こそ、殺される……?


 背中を冷たい汗が流れた。




 リビングテーブルに並ぶ、ベーコンエッグ、コーンスープ、サラダ、ヨーグルト、いつも食べているものより、ずっとおいしそうなパン。


「初めまして文都くん。いつも亜蘭くんから話聞いてるよぉ。確かにイケメンだねぇ」


 先輩のお姉様が、俺に向かって間延びした声で言った。


 何だか思っていたのと違うような。

 どちらかというと歓迎されている気がする……。


「いえ、とんでもございません。朝はお見苦しい所をお見せして、申し訳ありません」

「あははは固ぁ」


 よく見ると、金属のような冷たさを感じる希惟さんの瞳と違って、お姉様の瞳はハチミツみたいな温かさを感じる。目尻も下がっていて、ゆるふわな雰囲気。兄が見たら好きになってしまいそう。


「亜蘭くん、いつも文都くんの事かっこいいって言ってるから〜」

「へ……あ、そ、そうなんですか?」


 俺の隣で、水を飲んでいた先輩が咳き込む。


「その話はなし」


 俺は詳しく聞きたかったですけど……。


「亜蘭くんのお気に入りの血なんだよねぇ?」


 お姉様の言葉に触発されて、椅子から立ち上がって、深々と頭を下げる。


「ご挨拶が遅れてすみません。甲斐文都と申します。真剣に、先輩の血をさせていただいております。先輩が望むだけ、血を差し上げる所存でございますので、何卒、先輩との関係をお認めください」


 真剣交際のご挨拶さながら、口上を述べる俺を見て、先輩が目を潤ませた。


「文都……」


 正直、この自己紹介が正しいのかどうか、俺には分からない。真剣に先輩の血ってなんだ。とりあえず誠意を尽くすんだ俺!


 お祖父様が、地鳴りのような低い声で、

「人間、その言葉に偽りはないか……?」と聞いた。


 何十年か後の希惟さんを思わせる、冷たく刺すような視線。何もかも見抜いてしまいそうな金色の瞳と圧倒的存在感に、思わず畏敬の念を抱いてしまう。


 これが誇り高く高貴な吸血鬼!


「はい、心からそう思っております。腹を切ってお見せしたいくらいです」


 お祖父様が、優雅さを感じる所作でナイフを取り、それを俺に向けた。


「ならば、見せてもらおう」


 おおぅ……本当に切って見せる気はなかったのですが……。

 やっぱり、歓迎はされてないみたいですね。


「……ど、どうぞ……」


 服を捲り上げ、お祖父様に向かって腹チラする俺。


 腹くくるってこういう事か。


 俺に向けられた刃先が、頭を垂れるように下を向いた。


「なんちゃって」

「え?」


 身体検査のような姿勢のまま、目をパチパチする。


「適度に引き締まった女子が好きな体型〜。縦割れ腹筋〜」


 お姉様から、写真を撮るようなポーズを向けられる。


 先輩が眉間に皺を寄せて、俺の服を引っ張り、

「おい、いつまで見せてるんだ」と言った。


「あの……?」


 お祖父様が俺に、真顔でグーサインを出す。


「それは……認めて下さるという事ですか?」

「当たり前だよぉ! 亜蘭くんが選んだ子なんだから〜」


 お祖父様が、感情の読めない顔に合わない、チャラい返事をした。


「いいじゃんいいじゃん。認めてあげちゃう」


 突如、ダムの放流のように溢れ出す涙。


「文都!?」


 ギョッとする先輩。


「泣いちゃった!?」

「ごめんごめん。ナイフ怖かった?」


 慌てて差し出されたナプキンで目を拭う。


「いえ……先輩のご家族に認めてもらえたのが嬉しくて……。希惟さんには、許して頂けていないので」


 お姉様が、眉尻を下げて残念そうな顔をした。


「あ〜希惟くんは、ちょっと気難しいからねぇ」

「わしに似て、顔はイケメンなのに」


 あ、ここでは希惟さんが異質なんだ……。

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