第七十六話 かわいいネコチャン
淡い茶に緑が混ざったヘーゼルアイに見つめられながら、やさしく頭を撫でる。
俺の手に頬をすり寄せる仕草が、もっと撫でてほしいと言っているように思える。
「はあ……かわいい……可愛すぎる。あー何でそんなにかわいいの?」
白い猫にメロメロになる俺の隣で、先輩が、
「頬が緩んでる」と俺のだらしない顔を指摘した。
俺の行きたい所に行こうと先輩に誘われ、俺は先輩と猫カフェに来ている。
先輩と会うのは、昨年末の鬼ちゃんさんとのデート以来。
明日からは新学期が始まるけれど、その前に俺を誘ってくれたことが、とても嬉しい。年が明けても変わらない関係を、許されているようで。
今思うと、高校入学して早々、バスでの事件で先輩と出会って、去年は目まぐるしく月日が過ぎていったような。
三角関係がスクエアになり、ペンタゴンからヘキサゴンになり……浮気疑惑が落ち着いたかと思えば、更なる浮気疑惑が……。
いや、目まぐるし過ぎない?
柔らかい毛が指をすり抜けて、白い猫が去っていった。俺の心を弄ぶように、離れた場所のキャットタワーに体を落ち着けて、毛繕いをし始める。
「ああ……」
「振られたな」
先輩が俺を見て笑う。
少し俯いた先輩の頬に、透き通るような色素の薄い髪がかかる。
久しぶりに見る先輩、きれいだな。隣にいると緊張するくらい。
今年は食欲の対象じゃなくて、恋愛対象として見てもらえるように……。
いや、先輩、俺のこと正直どう思ってるんですか? 薄っすら期待している俺を知ったら、笑いますか?
「旅行はどうでしたか?」
「まあまあ」
「まあまあ?」
何か不満だったのかな?
「お前と会えなかったから、寂しかった」
新年早々そういう事を言ってしまう先輩が好きです。そして、そういう所がイタズラに俺を期待させるんです。
「お前は? 何か変わった事なかった?」
目を逸らしながら、
「特に何も」と答える。
昨日、兄の引越しがありました。いつ二人が出会ってしまうか気が気じゃないです。
「先輩は変わった事なかったですか?」
「え? うーん……昨日、近所で引越しがあったみたい」
「……」
「近所に犬飼ってる人がいて、散歩中にたまに犬触らせてもらうんだけど、その人が昨日、引っ越してきた人と会ったみたいで。背が高くて、イケメンで、感じがいい人だったって言ってた」
無駄に人受けがいい兄。
グレーの毛並みに琥珀色の瞳の猫が、俺の足に擦り寄ってくる。
「はっ……先輩! 別のネコチャンが来てくれました!」
「良かったね」
居場所を決めたように、猫が俺の膝の上で丸くなる。
「かっかわいい……」
背中や首まわりをそっと撫でると、目を細めて喉をゴロゴロと鳴らす。
「わーかわいい! 連れて帰りたい!」
「……」
「かわいいネコチャン、俺と帰りますか?」
口元を緩める俺の顔を覗き込むように、先輩が顔を近づける。
「俺も構って」
恋人同士のように、体をピッタリとつけて先輩が俺に寄り添った。
「へ……?」
猫を撫でていた手が、置き場所を失って宙に漂う。
「文都、久しぶりに会えたのに、俺より猫がいい?」
猫の可愛さが霞んでしまうくらいに、先輩が可愛すぎて泣ける。
俺は何よりも先輩がいいです……。
「ん」
目を閉じて、撫でられ待ちみたいな顔をする先輩の髪を、猫にしたように撫でる。
その手を先輩が握って、自分の頬に当てた。
ゆっくりと開かれた先輩の目に、釘付けになり、完全に猫から視線が奪われる。
「俺のもの」
「……」
もう……なんていうか……。
ただただ、ありがとうございます……。
「お兄さんは家? 明日から仕事だよな? 兄が、後で年始のご挨拶に行くって言ってたから」
oh……希惟さん、そこに兄はもういません。
「ご丁寧にご挨拶をいただく必要はないと伝えて下さい。それに今日は、父も母も出かけていて俺しかいないので……」
「じゃあ、これから家行っていい?」
先輩が俺に無邪気な提案をする。
「それはもちろん、いいですけど……」
「思う存分イチャイチャできるな」
イ、イチャイチャ……?
「先取りでクリスマスした時に、できなかった事する?」
俺の脳内で、先取りでクリスマスをした時の事が再生される。
ベッドの上で、俺に押し倒された先輩が、潤んだ瞳を俺から背け、
「お前が、俺のこと気持ちよくするとか言うから……」と言った時の事が。
「先輩……あの、本気ですか?」
そんな軽く誘っちゃうんですか……?
「お前がしたそうだったから……嫌?」
「嫌!? 滅相もないです!」
確かに、兄という存在がいない今、邪魔される事はないけれど、逆にそれが俺を緊張させる。
「良かった。あ、でも……」
でも?
先輩が少し不安そうに眉を下げて、
「あんまり、痛くしないで」と言った。




