第七十五話 掃除要員は二人もいらねえ
天候に恵まれた土曜の午後、一通り荷物を運び終えた室内で、床に座り、段ボールのガムテープを剥がす。
「引越しのバイト並みに働かせるじゃん」
「食った分働けよー」
玄関を上がって左手に、トイレ、洗面台、浴室があり、右手にクローゼットと小さなキッチンが並ぶ。
廊下の先のドアを開けると、8畳ほどの部屋があり、ホワイトウッドのタイルとベージュの壁紙が落ち着いた雰囲気の部屋に、ベランダ側にベッドを配置し、中央にテレビ、ローテーブル、ソファを置く。
カーテンやラグ、ソファをベージュ系で揃え、テレビボードやローテーブルといった家具は、やさしい色合いの木目調で統一している。
「その観葉植物はテレビボードの隣に置いて。フロアスタンドはベッドの脇。アイアンウッドシェルフはソファの隣で」
兄の指示の下、家具を配置する理人。
「休憩しよ! もうほとんど終わったし、後は、お兄さん一人でできるよね?」
「何言ってるんだ? この後、買い出しに行くんだぞ? 冷蔵庫の中、空っぽで、どうやって生きていくんだよ?」
「知らないよ、自分で買いなよ」
理人が呆れたような顔をした。
本をブックタワーに並べながら、
「何で急に引越しようと思ったの?」と兄に聞く。
「前々からしようと思ってたけど、億劫になってただけ。お前の部屋で、お前と亜蘭くんが、どれだけイチャイチャしようと、もう邪魔される心配ないぞ? 良かったな」
「……兄貴」
お前、申し訳ないと思ってたの?
ずっとわざとだと思ってたんだけど。わざとじゃなさそうで良かったよ。
「そういえばさあ……」
兄が、床に置かれた布団を指差して、
「引越しの荷物に、布団が一組余計に入ってたんだけど、お前が入れた?」と聞いた。
「……来客用に使うかなと思って」
少し間を置いて言った俺の理由に、兄が疑いの目を向ける。
「お前、そういう気が利くタイプだっけ?」
兄の問いかけに、全力で首を縦に振る。
「来客ね……そんな機会ないと思うけど。まあいいや、クローゼットに押し込んどくか」
「それがいいと思う」
兄が、部屋の端を指差して、
「あと、理人くん。君が持ち込んだ、この寝袋は何なの?」と聞く。
「災害用」
「災害用……? もらっちゃっていいの?」
「うん、いつ何が起こるか分からないから」
俺と理人の行動を不審に思ったのか、兄が、
「お前ら、まさか、ここを溜まり場にしようとしてない?」と聞いた。
「……」
「……」
「おい! 1K約8畳! お前らが居座れるスペースがあると思うか!?」
「あるある、十分」
「俺、狭いの好きだから大丈夫」
理人と頷きあう。
「お前らが良くても俺が嫌なんだよ! でかい男が二人も住みついて何が楽しいんじゃ!」
「俺、掃除できるよ」
「俺も、掃除できる」
「掃除要員は二人もいらねえんだよ」
俺と理人が姑息な手を使ってまで、ここに居処を作ろうとしている理由、それは……。
ここが、先輩の家の斜向かいだから。
「溜まり場どころか、住む気なの!?」
「そんな住むなんて……。ただ、ちょっと長く泊まる事はあるかもしれないけど」
「そうそう、期間は設けずに……」
「お前ら悪気もなく、よく言えるな。家賃払うの俺なんだけど」
兄が俺たちに背を向けて、
「早めに持ち帰れよ」と突き放す。
「どこかバレない場所に隠しておこう」
「クローゼットの端とかに……」
理人と小声で話し合う。
「ご近所同士だと気づいた兄と先輩の仲が、急激に縮まるのは避けないと」
「うっかり二人きりになって、酒に酔ったお兄さんが先輩に過ちをおかす、ということは避けないと」
「ええ!?」
「例えばの話」
危険だ……危険すぎる。
何より……。
「まあ許せないよね。先輩とご近所とか」
「ずるいずるい」
ただ羨ましいだけ。
「先輩とお兄さんに、ご近所だって事がバレないようにしよう」
「そうだな。この事は俺達だけの秘密に」
理人と固く握手を交わす。
買い出しの為に家を出る。
犬を散歩するご婦人と挨拶を交わし、斜向かいの高い塀に囲まれたお屋敷に視線を移した兄が、
「この家、すごい立派だよなー」と感想を述べた。
「どんな人が住んでるんだろー。そのうち会っちゃうかも?」
既に会ってる。
「早く行こう、危険だから」
「そうそう、ここにはいない方がいい」
「え? この家、マフィアとかが住んでるの? そんな有名な家なの? 怖っ」
ん? いい感じの流れだぞ?
俺と同じ事を思ったのか、理人が、
「顔が知られると危険だから、気をつけた方がいいかも」と兄を脅す。
「えぇーマジか……。俺、とんでもない所に越してきちゃったな……」
それは事実。
「確かに、高い塀が何か大きな秘密を抱えているように見える」
確かに秘密は持ってる。
「寒い中、無理に引越し手伝わせたのに、親切に教えてくれてありがとな」
「いや、全然」
「うっかり挨拶しに行ったら、手厚い歓迎受ける所だったかも」
そうかもしれない。
「あ、肉まんでも食べる? 情報提供のお礼に」
感謝されると良心が痛むな……。
「いいよ、悪いから」
「俺も、お兄さん気にしないで」
「えー遠慮するなよー」
「俺達この辺詳しいから、なんでも聞いて」
「朝と夕方の通学の時間帯は、この道は避けて」
「マフィア一家のご子息と鉢合わせしないように?」
吸血鬼一家のご子息と鉢合わせしないように。
「引越しを機に、お兄さんの服装と髪型もイメチェンした方がいいかもしれない」
「お前誰?ってくらいガラッと」
「確かに、年も明けたしイメチェンもいいかも。いやー本当、お前らに引越し手伝ってもらってよかったよ。さっきは冷たくしちゃったけど、暇な時はいつでも来な。飲み物とお菓子くらいは出してやるから」
チョロいな、この兄。




