第七十四話 俺の空想上の先輩
「お正月まで三人で会う事になるとは……」
三が日の最終日、昼前。
混雑する境内で、参拝客の列に並び、理人が不満を漏らす。
年が明け、俺は理人と兄、三人で初詣に来ている。
「本当は嬉しいんじゃないの〜?」
「誘ったら来るくせに」
「甲斐くん、勘違いしているようだけど、俺は今日、先輩から頼まれてここにいるんだよ?ただ誘われて来た訳じゃない」
「え?」
どういう事?
「俺は、甲斐くんの監視役だよ」
「監視役?」
「先輩から直々に任命されたんだ。甲斐くんが、またどこかで浮気しないように、先輩が不在の時に見張ってるんだよ」
またどこかで? そもそもしてないのに?
むしろ、お前が一番よく知ってるだろ。
理人が寒さを吹き飛ばすような笑顔で、
「俺は先輩にとって、甲斐くんのお兄さんの次に、信用できるんだって」と言った。
「え!? 嘘!? 亜蘭くーん! 人を見る目があるんだね!」
理人と兄がハイタッチする。
先輩……そのランキング、まさか兄が一位じゃないですよね……?
俺が、兄より上なんですよね?
「先輩の頼みでもなければ、イベントの度、三人で顔を合わせるなんて耐えられないよ」
前々から、俺と先輩が付き合っていると思っている兄が、
「ところで、何でお正月、亜蘭くんと一緒に過ごさないの?」と聞く。
「先輩は、ご家族で海外旅行だから……」
暖かい国で、カウントダウンイベントとか楽しまれたのかな……。
先輩、かわいいから現地の人にナンパされないか心配。
「所得の格差を感じる」
「はいはい、境遇に嘆かず、神様に感謝して拝礼しましょうね」
自分より欲深い人間に、もっともらしい事を言われると腹立つな。
「おみくじ、どうだった?」
それぞれ、引いたおみくじの主に恋愛運を見比べる。
「俺は、誠意を尽くせって書いてある」
「浮気がバレた人に対するアドバイスみたいだね」
「うるさい」
「お兄さんは?」
「あきらめなさいって書いてある」
え?
「あきらめなさい?」
「観念して、希惟さんと付き合えって神からのお告げが……」
「解釈は色々!」
「理人は?」
「俺は……一線を越えるな」
「飼い犬としての役目を果たせってことかな?」
「噛み付くよ?」
三人とも中々、心に刺さる神からのお言葉。
「神様に、甲斐くんが先輩に嫌われますようにって願っておいたから」
早くも一線を越えてる。
「おい」
本当に嫌われたらどうするんだ。 絶望するぞ?
理人にジャブを繰り出す。
「あははは」
「もーいい歳してやめなさい。俺がお昼奢ってやるから、行くぞ」
「え?」
思いもよらない一言に、拳が空中で止まる。
「珍しい。いつもケチケチしてるのに……」
「嫌なら来なくてもいいけど。せっかく、焼肉連れてってやろうと思ったのに」
「焼肉? 行く行く! わ〜い、甲斐くんのお兄さん、太っ腹〜」
「ちょっと待て理人」
理人の肩を掴んで、内緒話をする。
「絶対おかしい。何かあるって」
「何かって?」
「分からないけど……あいつが、先輩ならまだしも俺たちに、理由もなく奢ると思うか?」
「宝くじに当たったとか?」
「当たってないよ、一枚も」
「う〜ん……確かに、クリスマスの時もプレゼント買ってくれるって言ってて、結局くれたのお菓子だったしなぁ」
小学生扱い。
「でも甲斐くん」
理人が、獣のように瞳を光らせる。
「焼肉って言われて、行かない奴いる?」
そうだな、食べてから考えよう。
「うま〜い。焼肉最高〜!」
「めっちゃおいしい」
「たくさん食べなー」
香ばしい香りが食欲をそそる。脂の甘い香りとジューシーな肉汁が口いっぱいに溢れる。
「そういえば、甲斐くんは、先輩とどこまでいってるの?」
理人からの質問に動揺して咽せる。
「おい、汚いぞ」
「ごめん」
「お兄さん、どう思います?俺たちの先輩に、甲斐くんが、あんな事やこんな事を……」
理人が肉にタレを付けながら、兄に同意を求める。
「許せませんね」
お前は先輩の兄なの?
「あんな事も、こんな事もしてないよ」
何のこと言ってるのか知らないけど。
「でもお前、亜蘭くんに吸ったり舐めたりさせて、ご奉仕させてるじゃん」
「いや、それは……」
むしろ、俺がご奉仕してる方。
「甲斐くんの変態〜」
「おい」
分かってて揶揄うな。
「新年を機にご奉仕させるのはやめて、学生らしい恋愛をしなさい」
させてないし、俺だって、できる事ならそうしたい。
「先輩から誘惑されるような事はないの? かわいい格好で迫られたりとか。先輩、性欲あるって言ってたし」
誘惑? かわいい格好で?
俺の空想上の先輩が首を傾げて、こういうのが好きなの?と問いかける。
ふわふわモコモコのウサギ耳カチューシャに、ふわふわモコモコのヘソ出しチューブトップ、丸い尻尾が付いたショートパンツ、アームカバーにレッグカバーもふわふわの、セクシーなウサギさんの格好をした先輩が、俺……男なのに……と頬を赤く染め、こんな格好させたんだから、責任とって……と俺に迫る。
「何でウサギ!?」
しっかりしろ俺!
二人から妄想の影響を受けるな! 俺は猫派!
兄が、肉をひっくり返し、
「牛だけど?」と答える。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま」
結局、何もなかった?
気まぐれで奢っただけ?
兄が、本題を切り出すように、
「さて……二人とも、今度の土曜日、暇?」と聞いた。
「甲斐くん……? 俺たち、予定があったよね?」
「え? あ、そうそう……大事な予定が……」
「暇だよな? 散々食ったもんなぁ……?」
テーブルの下で、理人の足を小突く。
だから言ったのに……。
「あーもー俺とした事が、焼肉に釣られて……! 何をすればいいの!?」
「引越しの手伝い」
「誰の?」
席を立った兄が、分かりきっている事を言うように、
「俺の」と言った。
え……?
俺、聞いてないけど……?




