第七十ニ話 かわいいの暴力
爬虫類専門店から出てきた俺と鬼ちゃんさんを、先輩が迎える。
俺が持つ大きな荷物を見て、先輩が、
「何か、買ったの……?」と警戒した顔を見せた。
「ヘビさんは買ってませんよ」
「今日はケージやパネルヒーター、床材など、飼育に必要な器具だけ揃えました。無事にお迎えできたら見に来てくださいね。甲斐文都さん」
自然な流れで俺を部屋に誘わないで……。
先輩? 俺を睨まないで下さい。
「先輩は、カフェに行ったんじゃなかったんですか?」
「ちょうど今、戻ってきた所だから!」
その割には寒そうにしてるような。
もしかして先輩、この寒空の下、店の前で待ってたのかな。 俺だけ出てくれば良かったかも。 先輩、手とか冷え切ってそう……。
「お待たせしてすみません。あの、先輩……手を……」
「じゃじゃーん」
鬼ちゃんさんが、バッグからホッカイロを取り出す。
「今日は本当に冷えますね。亜蘭くん、はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
「何でも入っていそうで、便利なバッグですね……」
俺と先輩の接触を阻まれた感が否めない。
「では、行きましょうか」
駐車場に向かって歩き出すと、先輩が慌てて、俺が持つ荷物を奪うように掴み、
「俺が持つ!」と言った。
「え? 重いですよ?」
「だから俺が持つんだけど」
え? 先輩、筋トレでもしてるんですか?
「あの……先輩……」
「ん?」
「俺って、そんなに頼りなく見えますか?」
「え」
鍛えた方がいいのかな。
鬼ちゃんさんが車の側で、
「行きますよー」と声をかける。
「あ、はい! 先輩、行きま……」
え? 何で、俯いてプルプル震えてるんですか?
「先輩?」
「もういい」
プイッと顔を逸らした先輩が、早歩きで車に向かう。
「そういうつもりじゃないのに……」
え……? な、何か機嫌を損ねるような事しちゃいましたか? 俺……。
「お昼ご飯はラーメンです」
赤い看板の下で、鬼ちゃんさんが微笑む。
抜かりなくラーメン。
今日は、こんな感じで鬼ちゃんさんが考えたコースを巡るのかな……?
「こちらの店舗が俺のホームです」
ここは、辛いラーメンで有名なラーメン屋さんですね。
食券機の前でメニューを選ぶ。
「俺は辛9にします。苦手でしたら非辛もありますよ」
「辛いのは平気なので、俺も鬼ちゃんさんと同じにします。先輩は……」
え? 何で苦悶の表情なの?
先輩が目を逸らしながら、
「お、俺も同じで……」と言った。
「え! 先輩も辛いもの、お好きだったんですね。今度、激辛麻婆とか食べに行きませんか? 兄とたまに激辛チャレンジするんです。家でも韓国のカップ麺とか食べたり……」
先輩が顔を逸らしたまま、
「へえ……」と呟く。
あれ? 反応がイマイチ。
もっちりとした中太ストレート麺と、真っ赤なスープ。そして沈殿する大量の唐辛子。
「辛さの中に旨みがあって、おいしいですね」
「野菜の甘みを感じますよね」
「辛いものって、ある段階から辛さが変わらない感じがしますよね」
「甲斐文都さん、俺も同じ事を思っていました。唐辛子の量よりも、種類を変えないといけないのかもしれませんね。ドラゴン・ブレス・チリとキャロライナ・リーパー、どちらが辛いんでしょう……」
ところで、先輩が静かだな……。
先輩が緊張した表情で、ラーメンと向き合っている。赤いスープをすくったレンゲが恐怖を伝えるように、プルプルと震えている。
「先輩? あの……もしかして……」
俺の声に反応した先輩が、勢いよくスープを口に入れ、案の定咳き込んだ。
「辛いの苦手だったんですか!? 何でそんな無理を……」
先輩の舌が! 喉が! 胃が!
おいこら唐辛子、先輩を荒れさせたら、ぶん殴るぞ?
一口スープを飲んだだけなのに、うるうるの涙目になった先輩が、舌を出し手で風を送る。
「ひはひ|(痛い)……」
ええー……何このかわいいの暴力。
今すぐ代わってあげたい。
「俺、二杯食べれるので、先輩は違うものを……」
「やだ」
俺の目をキッと睨むように見た先輩が、頬にかかる髪を耳にかけ、再び激辛に挑む。
や、やだ……? か、かわいいな……。
じゃなくて、何で無理するんですか?
「熱……うぅ……い、痛い……」
首筋を流れる汗と紅潮した肌。
再びかわいい舌を出す先輩。
「もうやめましょう」
色々ダメな気がする。
「ふふっ。俺と甲斐文都さんは、辛いもの好き仲間ですね」
「俺だって辛いもの好きだから」
いらん事言って先輩をけしかけないで……。
やっぱり咽せてるし……。
今日は先輩の様子が、ずっとおかしいな……。
らしくない事言ったり、苦手なものにチャレンジしたり。
ラーメン屋さんから出た所で、先輩が俯いて肩を落としている。
半分でギブアップして、残りは俺が食べたから、完食できなくて落ち込んでるのかな……。
先輩、激辛なんて食べれなくても気にする必要ないですよ?
鬼ちゃんさんが、俺だけに聞こえるように、
「亜蘭くんは自分の良さを、強い、かっこいい、だと思っていますからね。君にいい所を見せたかったのでしょう」と言った。
「……え!?」
強い、かっこいい……それで、あの奇行?
「他人からみた長所は、意外と本人にとっては思いもよらないものだったりしますよね。自分自身を俯瞰して見るという事は、案外難しいものです」
兄然り。
自分のセールスポイントが、強い、かっこいい、だと思っている先輩が逆にかわいい。
先輩は、強くてかっこいいですね〜って褒めてあげたい。
いや、ダメだな。ヒーローに憧れる園児を褒めてるみたいで。
「では、メインイベントに」
「あ、これからが本番だったんですね」
もう既に、先輩のHPは残りわずかなのに。
「どちらに行きますか?」
「映画を見に」
「先輩、次は映画です!」
「映画……」
先輩が、ホッとした顔をしている。
先輩の緊張が解けて、俺も嬉しいです。
ポップコーン食べながら、まったりしましょう。
「チケットは人数分、購入しておきました」
さすが段取りがスムーズ。
「ジャンルは、ホラーです」
「え……?」
唖然とする先輩の前で、鬼ちゃんさんが微笑む。
「ふふっ楽しみですね」




