第七十一話 絶好のデート日和
「甲斐文都さん、今日は絶好のデート日和ですね」
「デート日和かは分かりませんが、すっごくいいお天気で……」
冷たく澄んだ空気が肌を刺す。
見上げれば、今日という日を祝福するような一面の青。
待ち合わせ場所に駐めた車の側で、ロングコートにコーデュロイのワイドタックパンツとモカシンという、茶系で服をコーディネートした鬼ちゃんさんが、俺に微笑む。
ついにこの日が来てしまった。
「大人の恋愛ができて嬉しいですか?」
「とっても嬉しいですー……」
まだその話するの……?
グレージュのハーフジッププルオーバーに、ステンカラーコート、同系色のスラックス、黒の革靴とショルダーバッグ、首に俺がプレゼントしたマフラーを巻いた先輩が、少し緊張した様子で遅れてやってくる。
「先輩! 俺があげたマフラーしてくれてるんですね!」
「いつも出かける時はしてる」
いつも? そんなに気に入っていただけたなんて……ん?
俺に向けられた、先輩の大きな目が、何かを期待するようにキラキラと輝いている。
かっかわいいな……。
じゃなくて、何か言えって顔してるけど……。えっと……褒めて欲しいのかな?
「先輩、今日のシックな装いもお似合いですね。すごく、か……」
待てよ。普段から先輩に、かわいいかわいい言ってる俺に、わざわざ、かわいいを期待するか? 何か、違うこと……。
「か……かっこいいですね」
正解であってください……。
開かれた目が、パアアッと輝く。
「ふふっ」
よ、よかった。喜んでる。正解だったみたい。
かっこいいって褒められて喜ぶ先輩が、むしろかわいいけど……。
無意識に先輩の手を繋ごうとして、ブレーキをかける。
空中で漂う、行き場のなくなった手。
俺、先輩に触れたら、希惟さんに首を噛み切られるんだっけ。 でも先輩からは触れろと言われてるし、一体どうしたら……。
ポケットに両手を入れたままの先輩が、俺に救いの手を差し出すように、
「俺、今日はお前とスキンシップしないから」と言った。
え!? 先輩!? やっぱり、まだお怒りなんですか!?
「それと……お前が、その……鬼ケ原さんと……例えば、手が触れたりとか、隣同士で歩いたりとかしても、俺は……気に、きっ、気にしないから!」
「なっ……」
どういう風の吹き回し!?
俺、やっぱり見限られたの!? それとも試されてる!?
「では遠慮なく」
普段通りの微笑みを携えた鬼ちゃんさんが、俺の腕を組む。
「なっ!? 鬼ケ原伊織!? 俺は、腕を組んでいいとは言ってな……」
噛み付くように言った、先輩の言葉が途切れる。
「うう……」
え……? 先輩、鬼ちゃんさんから弱みでも握られてるんですか?
「では、行きましょうか」
鬼ちゃんさんが助手席のドアを開けて、俺をエスコートした。
「俺の隣は君のものです」
鬼ちゃんさんの瞳が俺を捕らえる。
レンズ越しの、目尻の泣きぼくろと長いまつ毛が大人の色気を感じさせる。
「惚れましたか?」
「はは……惚れませんよ」
この人、本当にきれいな顔してるなー……。
何で俺のこと好きなの?
「ふふっ。甲斐文都さんは、素直じゃありませんね。亜蘭くんもどうぞ」
先輩が後部座席に乗り込み、乱暴にドアを閉めた。
「俺だってもうすぐ免許取れるんだから……」
後部座席から、熱い視線と独り言が聞こえてくる……。
「今日はどこに行きますか?」
また美術館とラーメン屋さんかな?
「ペットショップに。前々からペットを飼いたいと思っていまして」
「へー! いいですね!」
わー! かわいい子猫とか見れるのかな?
それは俺も嬉し……後ろから刺すような視線が。
「鬼ちゃんさん? ここは……」
「茶、白、柄がある子も……かわいい子がいっぱいいますね」
緑や赤もいますけど。
「くりっとした目がかわいいですね」
南国っぽい雰囲気の店内に、ケージが並ぶ。
ここは、爬虫類専門店。
子猫じゃなかったー……。
「レオパちゃんもいますよ。わあ、こっち見てますね」
レオパちゃん?
豹のような斑模様の爬虫類が、こちらに向けて首を傾げている。
ケージの下に、ヒョウモントカゲモドキ(レオパードゲッコー)と札が付けられている。
「ふふっ笑ってるみたいです。甲斐文都さん、見てください。てへぺろしてますよ?」
鬼ちゃんさん、嬉しそうだなー。
確かに、かわいいかも。わー目がくりくりだー。
「ひっ……」
ひっ?
先輩? どうして入口から動かないんですか?
「先輩、かわいいですよ。一緒に見ませんか?」
「お、俺……ここから見えるから!」
え? そんな離れた所から?
「俺、お目当ての子がいるんです」
「あ、そうなんですね。レオパちゃんですか?」
「コーンスネークです」
「へーコーンスネークですか」
知らないのに知ってる風な相槌を打ってしまった。
店員さんが、
「近くで見ますか?」と声をかける。
「ええ、ぜひ」
こんなにイキイキとした鬼ちゃんさんは、初めて見るな。
白い体に黄色の斑模様、赤い目の小さなヘビが、店員さんの手のひらの上にやさしくすくい上げられ、くねくねと形を変える。
「わーかわいい」
「甲斐文都さん、俺たちは気が合いますね」
鬼ちゃんさんが、俺に身を寄せて微笑む。
「なっ……! ち、近いって!」
先輩が、俺と鬼ちゃんさんの間に割り込んだ。
コーンスネークと先輩の視線が合う。
「ひぃっ……!」
もの凄い勢いで、後ろに後ずさる先輩。
「先輩? もしかして……」
「おおお、俺、別に苦手とかじゃないけど、向かいのカフェにいるから!」
え? 苦手じゃないのに?
ドアを開けた先輩が振り向いて、心残りがあるような顔を向ける。
「……あんまり長居しないで」
「先輩……」
「あとあんまり近づかないで」
「……」
「と、隣同士を許すって言っても、こういうんじゃなくて!」
先輩が手で距離感を示す。
はい、拳一つ分の距離ではなくて?
「このくらいだから!」
先輩が、両腕を広げる。
約164cmですね?
先輩が慌ただしく、爬虫類専門店を飛び出す。
先輩……爬虫類も苦手なんですね……。




