第七十話 今日は楽しいクリスマス
俺は先輩が心配です。
間違いで、あんな写真を送ってしまう先輩が……。
「亜蘭くんを、大人に……?」
俺は先輩が心配です。
こんな奴に、誤解を与えるようなことを言ってしまう先輩が……。
「先輩の事、弟みたいに思ってるって言ってたよな?」
「甲斐くんのお兄さん? 先輩がそういう意味で言ってる訳じゃないって、分かってるよね?」
口元が笑っているのに、目が笑っていない理人。
兄が、スマホを手で押さえて、俺たちだけに聞こえるように、
「信用ないな、俺が亜蘭くんの誘惑に屈することが今まであったか?」と聞いた。
あったような、なかったような。
無意識に口説く所は別として、兄としてのポジションを貫いている気はする。
「亜蘭くん、大人イコール色気ではないよ」
「なるほど。さっきの写真は、雑誌に載っていた写真を真似して……他にもいくつか撮ってみたんですけど。もっと違う形で攻めた方がいいって事ですか?」
理人が、
「何か先輩、迷走してない?」と疑問を投げかける。
「亜蘭くん、大人になりたいの?」
「はい、数日中に大人にならないといけないんです」
「超近々」
「そうなんですけど……見た目だけでも大人に見せたいと思って……。じゃないと俺、き、きら……」
「キキララ?」
兄が眉間に皺を寄せて天を仰ぎ、
「大人かあ……」と納得がいかないような声を出した。
「俺には、無理ですか?」
「無理じゃないけど、亜蘭くんには亜蘭くんの良さがあるから。何に焦ってるか分からないけど、亜蘭くんは大人の魅力よりも、もっと違う部分をアピールした方がいいと思うな。人それぞれセールスポイントが違うよね? 俺のセールスポイントは人々を虜にする甘いマスク」
甘いのはお前の自己評価だよ。
「俺には俺の良さ……。なるほど、さすがお兄さん」
先輩は先輩らしくいてください。先輩には、誰にも真似できない、可愛さという武器があるんだし。
「ところで亜蘭くん、いくつか撮った写真、送ってもらってもいい?」
おい。
俺と理人から圧力をかけられた兄が、
「何の雑誌を参考にしたの?」と聞く。
「大人の恋愛って見出しの雑誌です」
ど、どこかで見た事あると思ったら……。
「大人の、恋愛?」
だから繰り返さないで〜……。
「甲斐くん? 何で顔真っ赤なの?」
先輩が、兄に事の成り行きを丁寧に説明する。
「文都が、俺の知らないところで年上の人と浮気して……。大人の恋愛って見出しの雑誌を手に取るくらい、あいつ大人の恋愛に夢中なんです。だから俺、大人にならないといけないと思って……」
理人が、俺に、
「ウサギさんのこと、バレたの?」と確認する。
そうだよ、その通りだよ。
でも浮気がバレたみたいな言い方はやめて。
兄が聞いた事のないような、やさしい声で、
「亜蘭くん。ごめんね、すぐかけ直すから、一回切っていい?」と言って、通話を切る。
短い沈黙の後で、兄が激昂した。
「お前は何やっとるんじゃあ!! そういえば前に、家の前で、お前が知らない車から降りる所見たけど、あれやっぱり年上の浮気相手だったのか!!」
兄が俺の服を掴んで揺らす。
「違うって! 俺はずっと先輩一筋なのに、なぜか浮気体質だと思われてて……! そうだ、ここに証人が……」
理人、ライバルを超えた戦友、マイフレンド。
「へー甲斐くん、大人の恋愛って見出しの雑誌を手に取るくらい、大人の恋愛に夢中なんだー」
全てを知っていて沈黙を貫き、的確に俺の羞恥心を刺激してくる……。
「おい」
「いや、甲斐くんのこと、先輩にとって食欲の対象って揶揄えなくなっちゃったなーと思ってたんだけど、まだ俺にチャンスがあるみたいで嬉しいし、正直このチャンスにあやかって先輩を俺のものにしたい」
やめてーライバルの顔に戻らないでー……。
そもそも、何で俺は浮気性だと思われてるの? その原因はどこにあるの?
「浮気関係だと思ってた二人が俺の勘違いだと分かって、お前のこと見直してたのに、他でやってたとは……」
「二人って?」
兄が、俺と理人を交互に指差す。
「……はあ!?」
理人と二人で納得のいかない声を上げる。
お前が原因か!
「甲斐くんのお兄さん!? ひどいよ! そんな妄想、学校だけで十分だよ!」
理人が、泣き出しそうな顔をする。
「なんつー歪んだ見方してるんだ、お前……」
「いや、でもおかしくない? 先輩は、俺が先輩のこと好きだって知ってるよ?」
確かに。
「え? でも俺、旅行の時にはすでに、亜蘭くんから、文都に気になる人がいるみたいだって聞いてるぞ? 俺も知ってる人だって……。俺と文都の共通の知り合いってほとんどいないから、てっきり……」
え? じゃあ先輩は誰のことを言ってたの?
そういえば、文化祭前のツンツンも、結局、原因がはっきり分からないまま許してもらったから……。
「お前、誰と浮気してたの?」
俺が知りたい。
むしろしてない。
「まあいい、昔のことは置いといて、大事なのは今、お前が浮気をしているという事だ」
だから、それもしてない。
「理人、これ以上俺の浮気疑惑が広がる前に説明して。ウサギのこととか」
「なぬ!? お前、まさか亜蘭くんに、ふわふわモコモコのウサギ耳カチューシャに、ふわふわモコモコのヘソ出しチューブトップ、丸い尻尾が付いたショートパンツ、アームカバーにレッグカバーもふわふわのセクシーコスプレをさせようと……? それで変態な事をしようと……?」
「する訳ないだろ! お前の思い込みの激しさはなんなの? わざとなの?」
大体なんでそんなに具体的なの?
それに先輩ってウサギというより、どっちかというとネコじゃない?
「そうそう、甲斐くんは変態だから」
俺のマイナスイメージが固まっていく……。
「先輩がセクシーなウサギさんの格好って……。それは見てみたいけど。俺は……」
兄によって、俺に向けられているスマホに気づく。
え? 通話中?
先輩の動揺した声が聞こえてくる。
「え……セクシーなウサギさんの格好? お、俺が?」
ウワァーン先輩!? 違うんです! 違わないけど、違うんです!
「文都は今、亜蘭くんがウサギさんの格好してる所を想像して興奮しています」
ヌアアー! 先輩に何てことをー! 正しいけど、そういう意味で興奮している訳じゃない!
兄が、俺たちだけに聞こえるように、
「ふふ……俺たちの亜蘭くんを傷つけた罰だ。幻滅されてしまえ」と悪い顔で言う。
拍手を送るな理人〜……。
今話しているのが、俺なのか兄なのかも分かっていない混乱した様子の先輩が、恥じらいながら話す。
「え……そういうのが好きってこと? お、俺のこと、想像して興奮してるの? え……うう……」
三つ並んだ顔が揃って赤面する。
「変態……」
湧き上がる大量の蒸気。
兄からスマホを奪い取る。
「先輩? 兄の冗談なんて気にしないでください。でも、俺が先輩のことをいつも考えているのは事実ですから。今も、先輩の事で頭がいっぱいで……」
「ほお? よくも堂々と言えたものだな、人間」
怒気を含んだ低い声が、俺の耳に聞こえてくる。
希惟さん!? いつ電話、代わったの?
「かわいいかわいい亜蘭のあられもない姿を想像して、頭がいっぱいだと……?」
希惟さん!? そういう意味ではございません!
「学生同士の清く正しい交際だと思って目をつぶっていたが、貴様、まさか亜蘭とよからぬ事をしようと考えている訳ではないだろうな?」
「よ、よからぬ事……?」
交際はしていませんし、よからぬ事にも身に覚えがあり過ぎる。
「亜蘭に汚らわしい手で触れたら……貴様の首を噛み切ってやるからな」
乱暴に通話が切られる。
先輩からは触れろと言われ、希惟さんからは触れるなと言われ……。
理人が俺の肩に手を置いて、
「甲斐くん、今日は楽しいクリスマスだね」と笑った。
どこがだよ。




