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第六十七話 愛してる

 月曜日の朝。

 バスに乗り込んだ先輩が、俺の隣の座席に、無言で鞄を置いた。鈍器でも入っていそうな重い音が、俺の体を硬直させる。


 先輩が立ったまま、座席に座る俺を見下ろして、

「俺に何か言うことない?」と聞いた。


「先輩……」


 怒りを含んだ言葉に胸が詰まる。


 理人から話を聞いて、お怒りなんですね。弁解することはありません。先輩の気が済むまで、俺に怒りをぶつけてください。


 歯を食いしばる俺に、先輩が、

「ごめん」と声を掛けた。


「え? どうして、先輩が謝るんですか?」

「お前からもらったマフラー、してこようと思ったのに、忘れちゃって……」


 首元が寂しい先輩が、シュンとした顔になる。


「昨日ベッドの上に準備しておいたんだけど、いつも着替える場所と違かったから……」


 え? じゃあ先輩、自分に怒ってるの?


「文都、怒ってない?」

「俺、そんな事で怒らないですけど……」


 先輩がほっとした顔で俺の隣に座り、肩に頭を乗せた。


「よかった」


 ん!? 全然、普段と変わらないんだけど。


「昨日、理人と会わなかったんですか?」

「会ったよ。バイトの後」


 ええ〜……? 逆に怖いんですけど……。俺、泳がされてる訳じゃないですよね?


 先輩が俺を揶揄うように、

「心配してたの?」と聞く。


 現在進行形で心配です。


「お前が心配するような事は、何もないから」


 んん〜……? どういう事!?


「それより、今日は何かしないの?」


 先輩が、何かを期待するような目を俺に向ける。


「何かとは?」

「一昨日は俺の体あちこち触ってたじゃん。嫌がってるのに口に入れたり、半裸で押し倒したり」

「わああああああ」


 そういう話を公共の乗り物でするのはやめてください。あと、その言い方は誤解が生まれます。


「お前が俺としたかった事、今度してくれる? 危険って言ってたやつ」

「はは……」


 だから言い方を……。乗客の視線が痛い。


 先輩が俺の手をとり、指を組んで握る。


「楽しかったな」


 先輩、むしろ上機嫌なんだけど……。本当にどうなってるの?




「甲斐くん……しつこい」


 放課後の教室で、理人が俺に悪態をつく。


「俺に付き纏わないで、熱愛中とか噂されたらどう責任取ってくれるの?」

「昨日の事を知ってるのは、お前だけなんだから仕方ないだろ。先輩には聞けないし」


 理人が深いため息を吐いた。


「言ってないよ、ウサギさんの事」


 理人が根負けしたように白状する。


「え?」

「はあ……イライラするなぁ。俺、甲斐くんの事が嫌いだよ。だって、甲斐くんが嫌な奴だったら、もっと嫌いになれたはずなんだから」

「ん? 俺の事嫌いになれないから、嫌いなの?」


 何そのエラーが出そうな言い回し。一周回って本当は好きなの?


「大体、なんで俺が出した提案を素直に受け止めるの? 先輩に俺の事、悪く言っておくとかできるじゃん」

「それはダメだろ、人として」

「そういう所なんだよな〜……」


 理人が頭を抱えてしゃがみ込む。


「甲斐くん、迷ってもいなかったよね。何であの時、行くって即答したの? 先輩との関係が終わるかもしれないとか思わなかったの?」

「思ったよ。でも俺は、先輩を一人にはさせたくないから」


 俺が約束を断ったせいで、先輩が一人になってしまうなんて耐えられないから。


「よく分からないけど、ありがとう。俺の為に言わないでくれて」

「別に、甲斐くんの為じゃないし。よく考えたら、先輩からのご褒美が無くなっちゃうかもしれないと思っただけだし」

「はいはい、お前意外とかわいい所あるじゃん! 後で、何か奢るから」


 理人に熱い抱擁をする。


「理人〜愛してる」

「やめてやめて鳥肌がっ……! また噂が再燃するから!」


 ライバルが戦友になるってこういう事?


「ていうかさー甲斐くん、いつから……」

「ん?」

「やっぱりいいや」


 理人は腕を解き、俺を挑発するように、

「俺、先輩からご褒美は貰ったから」と言った。


 はっ……そんなのあったな……。


「な、何を貰ったの?」

「知りたい?」


 理人が俺を揶揄う材料を見つけて、嬉しそうに笑う。


「ちなみに、俺は先輩にキスしてってお願いした」

「な」


 先輩!? 心配するような事は何もないって言ってませんでしたか!?


「え?さっきご褒美は貰ったって……。じゃあ、してもらったの?」

「内緒」


 理人に熱い抱擁をする。


「愛してる愛してる」

「痛い痛い痛い、締めてるじゃん!」


 こいつ、やっぱり油断できない。




 教室に迎えに来た先輩と二人で歩く。


 よかった〜。

 ご褒美の件はひとまず置いといて、これで今まで通り、先輩と仲良く……。あ〜……涙が出そう。理人、お前いい奴だったんだな……ヤンデレサイコパスとか犬とか言ってごめん。あと今すごく先輩をギュッとしたい。


「先輩、この後うちに来ませんか?」

「俺、今日は兄と食事」

「あ、はい」


 温度差がすごい。ぐすん。


「冬休み入ったらどこか行く?」

「……行きます!」


 わー楽しみだなー先輩とのお出かけ。映画とか遊園地もいいけど、お買い物してカフェでのんびりするのもいいなー。あったかくて甘いものとか楽しみながら……。


「そういえば……」


 先輩が記憶を探る顔をする。


「どこか行きたい所ありますか?」

「ある人って誰?」


 ある人……?


「一昨日、お前言ってたよな? ある人から言われたって。よく考えたら、俺の身近な人? しかもお前にそんな話するの、おかしくない?」


 指先が冷えて氷のようになるくらい寒いのに、汗が止まらない。


「恋愛対象として見ることはないとか、自分だったら好きな人を傷付けたいかとか、それってなんか……」


 先輩の言葉を遮る様に、話題を変える。


「先輩! 冬休み何かおいしいもの食べに行きましょう! あったかくて甘いものとか……」

「いいですね」


 校門の前で、ある人から声をかけられる。

 スーツ姿の鬼ちゃんさんが、俺に向けてニコニコと微笑んだ。


「あったかくて甘いもの……チョコレート専門店のホットチョコレートはいかがですか?」

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