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第六十六話 俺を食欲の対象として見ていますか?

「先輩、外は寒いので何か羽織った方が……」


 外出の準備を整える先輩に声を掛ける。


「うん。見て」


 先輩が、俺と同じボアフリースジャケットを羽織り、体を捻って見せた。うれしくてたまらない様子で、俺に抱きつく。


「お前と同じやつ買っちゃった」

「わ、わあ〜……」


 先輩、俺が着ているのは兄のものです。


「うれしくない? お揃いなんだけど……」


 俺の反応が悪いと感じたのか、俺に向けられた上向きの先輩の顔に、心配そうな表情が浮かんでいる。


 先輩が甘々だ〜! めちゃめちゃかわいい!

 血を飲んだから、ご機嫌なんですか?

 あ〜ボアフリースがもこもこでふわふわで、子グマみたいでかわいいですっ!

 ところで、この服を兄に返したら、先輩と兄がお揃いに?


「もちろん、うれしいです。この服、絶対兄には渡しません」

「渡す予定があったの?」


 悪いな。今日から、この服は俺のもの。


「よかった。外でいっぱい写真撮ろうよ」

「あ、先輩。ちょっと待ってください」


 バックからマフラーを取り出して、先輩にかける。ふんわりと柔らかい肌触りのチェック柄が、先輩の首まわりをあたたかく包む。


「バイト代で買いました。先輩にプレゼントです」

「……」


 時が止まってしまったみたいに、先輩が静止する。

 マフラーに視線を移したまま、全く動かない。


 は、反応がない……。

 何か吸血鬼のマナーに反した事をしてしまった?


「すみません、ラッピングした方が良かったですか? 直接かけてあげたくて……」


 俺の顔に手を添えた先輩が、背伸びをしてキスをした。


「え……?」

「うれしい」

「……」


 背伸びキスの悪魔的かわいさに、思わず頭から湯気が立つ。


 なあっ……!? 何でそんなかわいい事するんですか!? 俺じゃなかったら押し倒されてますよ!?


「もっとする? お返しのつもりなんだけど……」

「え? お返し?」


 それがお返しなら、お釣りが大変なことになりますけど。

 俺は、何を差し出してお返しすればいいの? 命?


 背伸びをしたまま、俺の返事を待つ先輩の足が、わずかに震える。頑張って身長を合わせようとする姿に、庇護欲が掻き立てられる。

 先輩の太腿に手をかけ、向かい合わせで、足を俺の腰に跨らせるように抱っこする。俺の肩に手を置いた先輩と、顔の高さが同じになった。


「足りないって言ったら、くれるんですか?」

「……」


 先輩が、上気した顔を逸らした。


「改まると恥ずかしい」

「……」


 せ……先輩が始めた事ですよ?


「先輩が恥ずかしがると、俺まで恥ずかしいです」

「わ、分かってる……! けど、その顔で強く言われると……。もう、無理……」と言った。


 俺の首元にしおしおと顔を埋める先輩。


 おい、俺の顔。お前何やってるんだ? ぶん殴るぞ?




 青と白の光で彩られた通りを、先輩と手を繋いで歩く。夜空の星を集めて散りばめたみたいな美しさに、現実と切り離された場所にいる様な気になってしまう。


「文都、一緒に写真撮ろう」


 向けられたインカメラに、先輩と顔を並べて写り込む。


 あああ先輩は寒くてもかわいいな。


「かわいい〜カップル?」

「お揃いだ〜彼女超かわいい〜」


 通りがかりのお姉様方に揶揄される。


 そうなんです、先輩は超かわいい……え? カップル? 彼女?


「ふ、俺のこと彼女だって」


 俺の耳元で囁かれる低音ボイス。


 それ、わざと低い声出してませんか?


 先輩が俺を揶揄うように、

「うれしい?」と聞いた。


 正直に答えたら失礼にならないかな。

 それはもう、俺の脳内舞い上がってますけど。

 先輩、女の子よりかわいいからなぁ。声出さなければ、俺の彼女に見えるんですねー……。ふんふん、そうなんだー……。

 ああ〜ニヤけるな俺〜!


「先輩と恋人だと思われた事が嬉しいです」


 学校では、理人と噂になってたから余計に。


「俺も」

「……」


 俺、も!?

 鬼ちゃんさん!? 地球上の全ての皆さん!? 聞きましたか今の!? 本当に、これでも俺に可能性はないんですか!?


「あの……。先輩、気になっていたことを聞いてもいいですか……?」

「うん?」


 兄の血を吸わないと言っていた希惟さんに、好きな人を傷付けたくないからそうするのか聞くと、希惟さんは、本当は兄の血を味わってみたいと言った。

 それは、好きなのに血を吸いたいというよりも、好きだから血を吸いたいと言っているように感じた。


「先輩は、俺を食欲の対象として見ていますか?」

「食、欲?」


 先輩が眉を寄せる。


 ついに、聞いてしまった……!

 その答えによっては、俺の今後が……。ああ、俺は今、人生の過渡期にいるんですね。

 先輩、どうなんですか? 先輩にとって、俺はどういう存在なんですか?


「それは、もっと血を吸って欲しいって意味?」

「……」


 あれ……?

 そういう意味で言った訳じゃないんですけど……?


「そうならそうと、もっと早く言えよ。なんなら今ここで……」

「ここは人が多いですねー……」


 喉を鳴らさないで。

 日本語って難しいな……。

 やっぱり食欲の対象なんでしょうか、俺は。


「なんで急にそんなこと聞くの?」

「それは……」


 言っていいものか悩むけど。


「ある人から、血を吸う相手として選んだ人物を、吸血鬼が恋愛対象として見ることはないと言われまして。その時に、自分だったら、好きな人を傷付けたいかと問われました。確かに俺は、好きな人を傷つけたくないですけど、何か、それとは違う気がして……」

「へぇ……」


 青と白の光の中で、先輩が俺の発言を嘲るように笑う。


「そいつ、吸血鬼の事まるで分かってないな」


 先輩が俺の手を引いて歩き出す。


「帰ろっか」

「あ……。は、はい……!」


 吐いた息が白く可視化されて漂う。


「先輩、いつでも俺を呼んでくださいね」

「うん」


 俺のことを嫌いになっても、文句を言う為だけに呼んでも構わないですから。


「一人にならないでください」

「……」


 先輩が、足を止めて俺と目を合わせる。


「もしかして、俺と別れるの寂しいの? 別に今日が最後って訳じゃないんだし、またどこか行こうよ。映画とか遊園地とか……」


 先輩を強く抱きしめる。

 俺とのこれからを話す先輩が、愛しくてたまらない。離したくない。嫌われたくない。ずっとこうしていたい。


「お前、今日やっぱり変。また明後日会えるから」


 先輩が、俺のご機嫌をとるように、そう言って笑った。

 どうか、次に会う時にも、この笑顔が見れますように。

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