第六十三話 一生分先輩を愛します
「それは、俺のですね」
先輩とのクリスマスデート当日。
白のパーカーとライトベージュのワイドパンツを合わせて、兄のベージュのボアフリースジャケットを羽織る。
「先輩から白ベージュ縛りで、この前着てたボアフリースを着てこいって指示が」
「この前も俺の服着てたのかよ」
兄が、服を貸すことをしぶしぶ承諾して、
「絶対汚さないでね」と言う。
「それ高かったから、絶対返してね」
しつこいな。もしかしてお気に入り?
泥に塗れて帰ってきたら、どんな顔するかな。
玄関で白とベージュのスニーカーを履く俺の背中に、兄が声をかける。
「亜蘭くんの事、弟みたいに思ってるよ」
振り返った俺と目が合うと、兄は、
「俺が、お前の恋人を横取りする訳ないだろ」と言った。
「……」
「おい! 何だその目は! 疑うなよ! 確かにキュンとしちゃったことは認めるけど!」
そこは認めるのか。
「先輩の神聖なおでこにキスした事、忘れてないからな」
「神聖な……? お前も希惟の事バカにできないくらい、ヤバくなってきたな」
そもそも俺は、希惟さんの事をバカにしたりしないぞ?
「分かった。事故チューのお詫びに、いいことを教えてやろう」
「何?」
兄が、俺をイラつかせるイタズラっぽい笑顔を見せる。
「亜蘭くんて、お前のこと間接的にかわいいって言うじゃん?」
そういえば、くたくたの犬のぬいぐるみを見て、俺みたいでかわいいって言ってたな。 俺のどこにかわいい要素が? 俺の可愛さなんて、先輩と比べたらないに等しいのでは?
「希惟から聞いたんだけど、亜蘭くん、家ではお前のこと、かっこいいって言ってるらしいぞ」
か……。かっこ、いい……?
「は……?」
「うわ。顔、赤っ」
衝撃の事実。
先輩!? そんな風に俺を思ってくれてたんですか!? 今から会うのにどんな顔して会えば……。ていうか家で俺の話とかしてくれてたんですね!
「死ぬ」
煮えたぎるお湯のように熱い顔を、両手で覆う。
「亜蘭くんとのデート、楽しんでこいよ」
俺は、先輩とのクリスマスデートに行くことを選んだ。
もし、今日を最後に先輩との関係が変わってしまうとしても、そうしないといけない。
「間違っても玄関で押し倒したりするなよ? まあお前、意外と亜蘭くんにはヘタレだから、どうせ何もできないと思うけど」
「お前に言われたくない」
お前こそヘタレだろ。
「ああ……亜蘭くんが、お前にあれやこれやされないか、心配で居ても立っても居られない……」
「おい、本当に先輩の事、弟として見てるのか?」
俺の事、まるで信用してないし。
「だってあの子、無自覚にドキッとすること言って人を惑わせるから……。その割には本人は初々しくてピュアだし、危うくて見てられないよ。狼の前で羊が餌撒いてるようなもんだぞ?」
つまり、俺が狼だと言いたいの?
冷たい空気が、冬の訪れを感じさせる。落葉した街路樹の隙間から日差しが差して、歩道にぬくもりを作っていた。
明日、理人から話を聞いたら、先輩は俺にがっかりするかな。すごく怒るかもしれない。本当に二度と口を利いてくれないかも。
先輩、先輩を騙していた訳じゃないんです。話さなくていい事をわざわざ話して、大事な先輩を傷つけたくなかったから。
俺の先輩への気持ちに偽りはないし、後ろめたい事をしたつもりもない。でも、事実だけを聞いたら先輩は傷ついて、俺に幻滅するかもしれない。
俺は、先輩がどんな反応をしても、それを受け止めます。
だから今日だけは……。
玄関のドアが開いて、先輩が俺を迎える。
白のワイドパンツに白のTシャツをタックインして、ビックシルエットのベージュのカーディガンをゆったりと羽織っている。
「見て。お前と色揃えたの」
俺の反応を楽しむ様に笑った先輩の、後頭部に手を添えて引き寄せ、強く抱きしめる。
「天使かと思いました」
「へ……?」
今日だけは、一生分先輩を愛します。




