第六十ニ話 先輩を奪いたい
「甲斐くん、最近悩みとかない?」
放課後の教室で、いい答えを期待するような笑顔で、理人が俺に質問をする。
「先輩が可愛すぎることかな」
「うんうん、他には?」
「一足早い、先輩とのクリスマスデートをどう過ごすかが非常に悩ましい」
「それ、今週ずっと言ってるよね?」
お出掛けもしたいけど、外は寒いから先輩が心配だ。お家で過ごした方がいいかな? え……? それってお家デート……? どうしよう、先輩がサンタさんの格好してたら俺は死ぬかも。
「浮かれてるなぁ甲斐くん」
事実、俺は浮かれている。
「忘れてることない?」
「忘れてること?」
「俺、ウサギさんの事、先輩に教えてあげようと思って」
ウサギ……?
「お、お前……」
「あはは、面白い顔」
「な……何を言うつもりなの?」
「え?」
理人が俺を嘲るように、口角をあげる。
「ウサギさんが、先輩のお兄さんの秘書って事、先輩があれだけ心配してたのに家に招いた事、ウサギさんが甲斐くんを好きだって事、先輩の知らない所でチューした事」
「全部かよ!」
「あははは、笑い過ぎてお腹痛い」
「あれは、鬼ちゃんさんが体調が悪かったからで……あと、キスはしてないから!」
「俺がいなかったらしてたんだから、やってるようなもんじゃん」
「ぐぬぅ……」
苦悶に満ちた表情になる俺に、理人が提案する。
「黙っててあげようか?」
「え?」
突然見せられたやさしさに戸惑う。
「言わないであげてもいいよ? 条件があるけど」
「条件?」
理人は、悪魔が取引をするみたいに、
「先輩とのクリスマスデート当日、甲斐くんが行かなければ、黙っててあげるよ」と言った。
「え……?」
「急に体調が悪くなったって言えば、先輩も許してくれると思うよ? でも、ウサギさんの話を聞いたら、もう今と同じ関係ではいられないんじゃない? もしかしたら一生、口利いてくれないかも」
困惑する俺に、理人は続けて宣告する。
「俺、まだ先輩から、ご褒美貰ってないんだ」
理人の、月のない夜のような瞳が揺れる。
「先輩といると、変われそうな気がしてた。大切な人ほど俺を一人にしてどこかへ行ってしまいそうで、だから捕まえて、閉じ込めて、どこにも行けないようにしないと不安だったけど……そうじゃないのかもって」
いつも笑っている理人の、辛い過去が思われて言葉が出なくなる。
「だけどやっぱり、俺は、甲斐くんから先輩を奪いたい」
迷いを振り切るように理人は言った。
「だってそうすれば、俺を見てくれるでしょ?」
理人が、確認を促すように指を立てて説明する。
「①先輩とのクリスマスデートに行かずに、今までと同じ関係を続ける。②先輩とのクリスマスデートを最後に、先輩との関係を終える」
俺を迎えに来た先輩が、教室に入って来るのが見えた。
「甲斐くんが決めて」
「何話してたの?」
微妙な空気を感じたのか、先輩は俺と理人の間に立って、そう聞いた。
「何でもないよ」
理人が先輩に向かって、いつもの笑顔を作る。
「それより先輩、ご褒美の事、覚えてる? 俺、ちゃんと先輩との約束守ったよ」
先輩が記憶を探る顔をする。
「ああ、ウサギの事」
「先輩、土曜日は甲斐くんと約束があるんだよね? その次の日は会える?」
「バイトの後なら」
「じゃあ、その時、俺にご褒美ちょうだい」
ご主人様に褒めてもらおうと、期待の眼差しを向ける飼い犬のような表情で、理人は言った。
「もちろん」
飼い主としての役目を果たそうと、先輩が即答する。
「先輩はちゃんとご褒美くれるんだね。いい子にしてても、奪われることばかりだったから新鮮」
憧れを抱いて手を伸ばすように、理人が、先輩の髪にそっと触れる。
先輩が理人に、
「お前がいてくれて良かった」と言った。
「お前の事、ちょっとかわいく思えてきたよ」
「……」
多分、今まで出会ったことのない、先輩からの思いもよらない一言に、理人が時が止まってしまったように固まった。
「土曜日何する?」
帰りのバスの中で、先輩が無邪気に笑う。
「俺、ご飯作ろうか?」
「え、いいんですか?」
「うん。この前みたいなのじゃなくて、ちゃんとクリスマスっぽいの作るから」
先輩……そんな気遣いを……。俺は先輩が作ったものなら、たとえ砂利でも食いますよ?
「じゃあ俺、ケーキ買って行きます。あと、イルミネーション見に行くのはどうかなって思ったんですけど、外は寒いので……」
「行こうよ」
先輩が俺の腕を抱いて、肩に頭を乗せる。
先輩の頬にかかる、光で出来た極上の糸の様な髪が、俺の首元をくすぐった。
「デートみたい」
「……」
ちなみに俺はそのつもりです。
「俺、楽しみにしてるから。お前、絶対すっぽかすなよ」




