第六十話 ダブルデート
先輩が、振り払われた俺の手を大事そうに握り、頬に当てた。
「痛くない?」
えっかわっ……かわわわ。そんな事されたら俺、大怪我しても痛み吹き飛ぶと思います。
「全く、むしろ何もなかったというか」
先輩の死角で、
「やさしすぎて分からなかったようだから、次はよく分かるように叩いてやろう」と希惟さんが囁く。
ひいっ。
「亜蘭くん、ご飯食べてきた?」
「はい、済ませてきました」
先輩って、俺の兄には素直だよな。
「よかった、俺達も食べてきたから。何食べたの?」
「え……あの、俺が月見うどん作って、じいちゃんと姉と三人で食べました。大したものじゃなくて恥ずかしいですけど……」
え……何ですか、その微笑ましい食卓。
「……」
そして、そこに入れなかった人がここに一人。
「俺も手料理食べたかったなーとか言えば?」
的確にそうじゃない感を醸し出す兄の助言。
兄の助言に素直に従った希惟さんが、大人ぶる事をやめた子供のように、
「亜蘭の料理、一緒に食べたかった……」と言った。
普段とは違って素直な希惟さんが、かわいく見えてくる。
「俺は、俺が作りたいと思う人にしか作らないですけど」
暗にお断りしている先輩が辛辣。
薄暗い店内は機械音が騒がしい。ゲームセンターの機械達がおしゃべりに興じているみたいだ。
土曜日ということもあり、子供連れの家族も多くいて、大きなぬいぐるみを嬉しそうに抱える子供を見て、温かい気持ちになる。
「お前、マジで何やっても下手くそだね」
一通りゲームを楽しんだ後で、兄は希惟さんにそう感想を述べた。
「お前のレースゲーム見てたら、めっちゃ酔うんだけど。実際の車運転できるのに何でなの?」
「面目ないです」
「てか、俺と同世代でゲームセンター初めてとかやばいね」
希惟さんの厳しい青春時代が想像できて泣けるなぁ。グスン。
「こういう所に一緒に来る友達もいなかったので」
ん? 希惟さんが遊びに疎いのって、もしかして勉強と仕事だけが理由ではない?
「あ、かわいい」
くたくたした犬のぬいぐるみがプライズになっているクレーンゲームの前で、先輩が足を止めた。
同じ種類の犬のぬいぐるみが入れられた台が、隣同士でニ台並んでいる。色違いの犬が、ここから出してくれと丸い目を向けて訴えている。
先輩が俺の服を小さく引いて、
「文都、俺あれ欲しい」と言った。
え……? 先輩が俺におねだりを?
先輩の両手を握り、
「絶対、絶対取ります」と誓う。
「じゃあどっちが取れるか競争しよっか」
隣の台の前に希惟さんを押しやり、兄がそう提案した。
「あの、やった事がないですが……」
「こういうタイプは確率だから大丈夫だって。弟にいい所、見せてやれよ」
先輩が腕を組んで、
「お前、もちろん負けないよな?」と確認する。
もちろん俺は先輩の為に取りたいですけど、この勝負、希惟さんの事を思うと負けた方がいいような……。でも、やっぱり先輩には俺からプレゼントしたいし。
先輩は、葛藤する俺を抱きしめて、
「俺、お前に取ってもらいたい」と言った。
「全財産をつぎ込んででも俺が取ります」
「亜蘭、この台ごと買ってやろうか?」
「お前ら、亜蘭くんの事になると盲目だよね。台買ったら意味ねーだろ、そういう事じゃねーんだわ」
アームを動かしながら、ふと思う。
これってダブルデートなのでは?
はっ……違う誓う、妄想に惑わされてはいけない。しっかりしろ俺、今は犬に集中だ。
三本爪に掴まれた犬が、引きずられながら持ち上がり、空中で無常に離されて、ひっくり返る。
「あっ……いけると思ったのに」
先輩が、俺の背中にピッタリくっ付き、肩に顎を置いて様子を伺う。犬が持ち上げられたり離されたりする度に、かわいい反応が耳元で聞こえる。
「あっ……ん〜っ! あっダメ! あ〜っ」
集中しろ俺〜……!
「文都」
「は、はい、何ですか?」
先輩が俺の耳元でイケボで囁く。
「落ち着いて、大丈夫」
応援してくれるのはありがたいのですが、逆に落ち着かないです。
「先に取れたらキスしてやろうか?」
「……」
うわーもー何でそういう事、あー好きです先輩。
「絶対にさせないからな」
人を殺しそうな目で見ないでください、希惟さん。何で兄貴までジトッとした目で見てるんだ? お前は違うだろ。
「おい、もっと真面目にやれ!」
熱が入る兄の希惟さんへの指導。
「股の間にブッ込め! やれ!」
言い方。
犬を抱きしめるアームに力が入る。吸い寄せられるように出口に犬が運ばれる。
隣同士の台が、二台同時に祝福の音を鳴らした。
先輩が、白と黒、二匹のくたくたの犬を抱える。
あーなんてかわいいんだ。全世界のくたくたの犬のぬいぐるみを先輩にあげたい。
先輩は、俺がゲットした白い犬と見つめ合って、
「かわいい、文都に似てる」と言った。
え?
先輩が白い犬にキスをする。
「ふふっ。かわいいな、お前」
ああああああ。
兄が、
「おい、ここでしゃがみ込むな」と言って、俺の背中を蹴る。
「こっちは昔飼ってた犬みたい」
先輩は黒い犬を愛おしそうに抱きしめると、希惟さんに向けて気まずそうに、
「これは……貰っておきます。あ……ありがとうございます」と言った。
「お前もか」
兄が、しゃがみ込む希惟さんの背中を蹴った。




