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第五十八話 絶対酔ってる

「え? 希惟さんとの約束、行かなかったの?」


 お風呂上がりの兄が牛乳を飲んでいる。

 濡れた髪から水滴が落ちた。


「そうだけど」


 俺が鬼ちゃんさんと美術館に行った日、兄は希惟さんのお誘いを断ったらしい。


「約束破ったら頸動脈に穴開けられるんだぞ?」

「お前、ヤクザと取引してんの?」


 兄が、わしゃわしゃと乱暴にタオルで髪を拭く。


「約束っていうか、一方的なお誘いだからな?」

「ドレスコードなしでカジュアルに楽しめるフレンチ、行けば良かったじゃん」

「そんな雰囲気良さげな所、誰が行くか! 腹痛いって断って、一人でラーメン食って帰ったわ」


 お前に良心はないのか。


「……ていうか、何でお前がそこまで知ってるの?」


 ギクッ。


「俺、誘われた事、言ってないよな? そういえばあの日、家の前で、お前が知らない車から降りる所見たけど、あれ誰だったの?」

「……」


 兄から目を逸らす。


「え……お前まさか、亜蘭くんがいるにも関わらず、更に年上の恋人が出来たとか言わないよな……?」


 兄のこめかみを拳でぐりぐりする。


「痛い痛い! やめてやめて」

「お前のそういう妄想が先輩を不安にさせるんだからな? 絶対口外するなよ?」

「兄を脅すな」

「お前、希惟さんに悪いとか思わないの?」


 希惟さんは、お前には勿体無いくらい、かっこいい人なんだぞ? 家族の為に、青春を勉強と仕事に捧げて、本当は先輩との時間を持ちたかったはずなのに、それも諦めて……。 


「何で感極まった顔してんの? 思わないけど」


 この腐れ外道。


「あいつも気にしてないと思うし」


 俺のスマホが鳴る。


「希惟さんからだ」


 すごいタイミング。


「はい! 希惟さん、どうしました?」


 地を這うような声が耳に響く。


「……おい、人間」


 おい、人間。


「私のどこが悪い?」


 え? いきなり何ですかその質問。

 俺、試されてるの?


「俺からしたら希惟さんは完璧ですよ……」


 強いて言うなら、おい人間と俺を呼ぶ所かな。


「なら、なぜ公都さんは来てくれなかったんら」


 めちゃめちゃ気にしている。


「あの……呂律が回ってない気がするんですけど……。酔ってますか?」

「おい、人間。私が、酔って、愚痴を、ヒック、吐いているとでも……言いたいのか?」


 絶対酔ってる……。大衆酒場みたいなガヤガヤ感が聞こえてくるし。


「今どちらですか?」

「……」

「希惟さん?」


 兄が、会話が途切れたことに戸惑う俺の顔を見て、

「どうした?」と問いかける。


「いや……希惟さんが……」

「もしもし?」


 希惟さんの代わりに、知らない男性の声が聞こえてくる。


「お客さん潰れちゃって、迎えに来れますか?」




 狭い路地に、ひしめき合うように昔ながらの飲み屋さんが軒を連ねている。金曜日の夜という事もあり、行き交う人で賑わう通りに、並んだ赤提灯がどこか昭和を感じさせる。


「どう飲んだらこうなるんだ……」


 横丁にある活気溢れる居酒屋で、ビールケースの椅子に座り、酒瓶が並ぶテーブルで、希惟さんが突っ伏している。

 上質な生地のチェスターコートの下は黒のハイネックセーターと黒のセンタープレスのパンツ。細いネックレスが首元で光る。

 泥酔していても失いきれない気品が、大衆酒場で異質な存在感を漂わせている。


「こんなに酔っ払って、財布でも取られたらどうするんだよ」


 兄は、そう言って希惟さんの背中に触れた。


「う……公都さん……?」


 希惟さんが、ぼんやりとした目を兄に向ける。その瞳から、一筋の涙が溢れた。


「は!?」

「え!?」


 な、泣いてる!?


「公都さんがいる訳ないれすよね……俺は嫌われてるから」


 うわー……。

 ていうか、俺? 酔うと一人称まで変わるの?


「お前泣き上戸かよ……面倒くせーな」

「そうれす、俺は面倒くさい奴なんです。センスも才能もない、覚えも悪いし、人より何かがうまく出来たこともない……だから人一倍努力して、勉強も仕事も、蕁麻疹が出るくらい必死に……! 亜蘭に嫌われないようにオシャレも……なのに……」


 オシャレも?


「公都さんも、亜蘭も冷たい……。亜蘭……俺は、お前が辛い時、本当はそばにいてやりたかったのに……」


 希惟さんが、テーブルに突っ伏したまま、グスッグスッと子供のように泣く。


「ったく……努力できるのも才能だろ」

「どうする……?」

「こいつの家知らないしな」


 兄と顔を見合わせる。


 先輩の家は分かるけど、希惟さんは先輩に自分のこんな姿、見せたくないだろうし……。


「仕方ない、とりあえずうちに連れていくか」


 兄が、希惟さんを立たせ、腕を肩にかけた。


「ほら、帰るぞ」

「あ、お会計まだなんで」


 店員さんから呼び止められる。


「え?」

「38,000円です」

「は? 何でそんな高いの!? そんなに飲んだの? こいつ」

「それもありますけど、この方、周りのお客さんに奢ってらっしゃったので」

「な……マジかよ……給料日前なのに……」


 兄が、信じられないという顔で希惟さんを見る。


「後で2倍にして返してもらうからな」

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