第五十四話 血を吸う行為自体がちょっと
先輩、知ってますか?
全部って全部なんですよ? 一部じゃないんですよ?
「先輩は、ちょっと無防備すぎると思います」
「え?」
「もっと自分のこと大切にして下さい。この間、差し上げられなかった分、先輩に血をあげる機会を必ず作るので、その時は思う存分、俺の血を飲んで下さいね」
俺、レバーとか食べて備えておきます。
「あま〜い。仕事の疲れが癒される〜」
みんなでホットチョコを飲みながら、米が炊けるのを待つ。
危なかった……。
危うく欲に身を任せてしまう所だった。
最近、先輩にドキドキさせられてばかりだな。ウサギ事件から先輩の大胆さが加速してない?
兄が、
「明日は何か食べに行く?」と俺に聞く。
「俺、明日も作るつもりだったけど」
なぜか重い空気が漂う。
「甲斐くん、明日はご飯食べに行きなよ」
何で?
「ちなみに何作るつもりだったの?」
「最近寒くなってきたから、鍋。食べに来る?」
誰も俺と目を合わせない。
「甲斐くん、俺は無理」
「あ……そっか……。理人、忙しいもんな。残念……」
「シュンとしないで。俺の良心を痛めつけないで」
何で怒ってるの? 良心? あるの? お前に?
「俺には作る前から分かるよ。鍋の未来が」
お前は占い師か。
「先輩もお忙し……」
「行かない」
え? すごい食い気味に言われた気が。
鍋、嫌いですか?
「何か、怒ってませんか?」
「別に」
絶対怒ってる……。何が導火線になったんですか?
先輩の様子を見て、兄が、
「お腹減ってるんじゃない?」と耳打ちする。
なるほど。俺が米を炊いていなかったせいで、お待たせしてしまったし。
「先輩! お腹が空いてご機嫌悪くなっちゃったんですね! もうすぐご飯食べれますから、たくさん食べて下さいね!」
「お前、殺されたいの?」
怒りが増幅!
カレーを食べながら、兄が、
「初めて作ったカレーのお味はいかが?」と俺に聞く。
「おいしい」
「俺と先輩のおかげだね」
「なんでキャベツが入ってるの?」
「甲斐くんのお兄さん、きゅうりと大根が入ってないだけ良かったと思わないと」
「え? きゅうりと大根?」
先輩が作った、きゅうりと大根の漬物おいしいな。材料何だっけ、ごまと油とめんつゆとお湯?
「あ、そうだ。トマトジュース飲む?」
兄が冷蔵庫からトマトジュースを持ってくる。
「最近見てるドラマで、吸血鬼のヒロインがコップに入った血を飲むんだけど、その飲みっぷりが良くて。なぜか俺、トマトジュース飲みたくなっちゃって」
各々、コップに注がれたトマトジュースを受け取る。
「かんぱ〜い」
こいつ、本物の吸血鬼を前によくやるな。
大丈夫かこれ、吸血鬼にとって侮辱行為に当たらない?
先輩がコップに口を付けて、トマトジュースを、ちびちび飲む。
あ、大丈夫みたい……。
でもあんまり好きじゃなさそう。
「あのヒロイン、引っ叩くか血飲むかだよね」
「食欲中心なんだろ、吸血鬼だから」
「お兄さん、吸血鬼にも性欲、睡眠欲はありますよ」
「ゴフッ」
沈黙を貫いていた先輩が、突然口を挟む。
トマトジュースが気管に入って咳込む俺。
「そうなの?」
「普通にあります」
ゴクリ。
先輩、ご機嫌悪くてずっと黙ってたのに。そこ、否定せずにはいられなかったんですか? しかも、何故苛ついておられるのですか?
理人が、
「先輩、性欲あるんだ……」と呟く。
俺と同じ事を考えていた奴がここに。
「俺、嫌いなんですよね。吸血鬼だからって、血、飲ませておけばいいとか思ってる奴」
一瞬で空気が凍りつく。
「だ、だよね!? 吸血鬼だって色々な欲があるよね!?」
「その話、ちょっと興味ある」
「え? 何に?」
理人……? 空気読んで。
「俺、吸血鬼の性欲事情に興味ある」
言い切った〜……。その潔さ、いっそ清々しくて尊敬する。知りたい欲が止まらない吸血鬼ハンターの性なの?
「た、確かに……? 血を吸う行為自体がちょっとエロいもんね。食欲と性欲の境目が曖昧だよね」
話に乗るな兄貴。
目の前に、吸血鬼ご本人がいるんだぞ?
「血を吸うだけなら、手とか腕でもいいはずなのに、大体首じゃん。あれが色っぽい」
「元々は、頸動脈から飲むのが効率がいいからじゃないですか? 人間の血を飲み干すのに時間がかかるから、吸う方も疲れるし。その名残りがあるかも」
頸動脈……?
俺が青ざめると、先輩が、
「いや、今は皮膚の表面に傷をつけて、吸うというよりは舐めるに近いから……」と補足する。
理人が、
「血を吸ったところで、お腹はそう膨れないじゃん? だから、おやつ感覚なのかと思ってたんだけど、もしかして食欲以外の欲からくる行為だったりする?」と先輩に聞く。
それは新しい見方。なるほど食欲以外の欲……え?
「いや、ドナーからの提供ではなくて、直接、人から血を吸う行為や、それを望む事は、吸血鬼にとって……」
吸血鬼にとって?
「亜蘭くんて、吸血鬼に詳しいんだね」
それは、ご本人だから。
「あ、そうやってトマトジュース飲んでると、亜蘭くんって、ちょっと吸血鬼っぽいかも。色が白くて、きれいでかわいくて、人を惑わせる魅力があって……。いや、それって……そんな風に思うのって……」
あ、先輩が吸血鬼だと気づいてしまった?
「俺って、どんだけ亜蘭くんのこと好きなんだろうね」
兄が先輩の手を取り、向けられたら、ほとんどの女性が恋に落ちてしまうような笑みで微笑んだ。
「ほんとかわいいな〜亜蘭くんは」
な……こいつ……無意識で先輩を口説いている?
「あーあ……甲斐くんの前に、お兄さんを何とかしないと……」




