第五十一話 同じもの食べ続けると飽きる
兄との事故があってから数日。
この所、先輩の様子がおかしい。
朝、俺と同じバスに乗った先輩は、行儀良く俺の隣に座った。
「おはよう」
「おはようございます」
程々の距離を確保したまま、バスが進行する。
「あの、先輩、もしかして……」
「ん? 何?」
何かを期待をするような視線が、俺に向けられる。
「いえ、やっぱりなんでもないです」
「……」
そのまま、いつもと変わらない会話をし、いつものバス停で降り、学生同士の適切な距離を保ちつつ、学校までの道を並んで歩く。
「あの、俺何かしましたか?」
「……」
睨まれた……。
な……やはり、この謎の距離感は、俺が何かした事が原因なんですね? いつも腕組んだり、手繋いだりするのに、全くされないから、おかしいなって思ってました。
「お前さぁ……」
「はい」
先輩が、大袈裟に溜息を吐く。
「奥ゆかしい性格してるよな」
お、奥ゆかしい……?
「深みと品位があって、心がひかれる。深い心遣いが感じられて慕わしい。」
教室で、理人が俺に、奥ゆかしいの意味を説明する。
「え? 俺褒められたの?」
そんな感じじゃなかったけど、それならよかった。
「あんまり男に奥ゆかしいって言わないよね」
じゃあやっぱりディスられてる?
「甲斐くん、最近、先輩と何かあった?」
「何で?」
「距離あるよね。離れたら死ぬのかなってくらい、一緒にいる時はくっ付いてたのに。ここ数日、全然くっ付いてないじゃん。まぁ、むしろそれが普通だけど」
「俺、洗濯物の生乾きの匂いとかしてる?」
「いつも通り、よくある柔軟剤の香り」
よくある柔軟剤の香りとは。
「他においしい血が見つかったのかな〜?」
「なっ!?」
理人が嬉しそうに笑う。
「同じもの食べ続けると飽きるもんね」
「そそそそんな……」
「恋愛対象として見られる前に、見放されちゃったかな?」
「お前だって、先輩から犬扱いされてるくせに」
「食べ物よりはマシじゃない?」
食べ物って……。
でも、最近の先輩の行動はまるで……。
「甲斐くん……? ニヤニヤしてどうしたの? 気持ち悪いよ?」
昼休み。
先輩? これは一体、何のテストですか?
俺に向き合って座った先輩が、何も言わずに、只々俺に向かって微笑んでいる。
「何? 何やってるの? 何で何も話さないの?」
「睨めっこ?」
先輩お連れのお友達も、困惑の表情を浮かべている。
先輩、何か意味があるんですよね?
兄との事故がショックで、俺にテレパシーで苦情を……?
それとも、もしかして褒めて欲しいとか?
「せ、先輩はかわいいですね〜……。天使も嫉妬するくらいにかわいいです」
「お前、ふざけてるの?」
すごく怒ってる。
「せ、先輩って、何でそんなに格好いいんですか? いつもクールで堂々としてて、畏怖の念を抱いてしまう〜……」
「……」
あ、これは喜んでいる……。
「俺が求めてるのは、そういうのじゃなくて……」
でもテストの答えではなかったらしい。
放課後。
朝と同じように適度な距離を保ちつつ、俺の隣を並んで歩く先輩。
「……」
「……」
ついに会話すら無くなってしまった……。
「はぁ……俺もう限界……」
「先輩、手を繋いでもいいですか?」
先輩との距離があると寂しい。
気恥ずかしかった過剰なスキンシップも、いつの間にか当たり前になっていたし。
先輩が、意外そうな顔を俺に向けた。
「あ、すみません。話遮っちゃって」
「今なんて言った?」
「手を繋いでもいいですか? いつも先輩が俺に寄り添ってくれていたので、それが無くなって、なんだか寂しくて」
「……」
ま、またしても沈黙……!
あ、もしかして……俺如き食欲の対象が図々しくて、不愉快に思われている……?
内心ヒヤヒヤしている俺に向かって、先輩の、男にしては小さな手が、そっと差し出された。
「いいって事ですか……?」
「わざわざ聞くなよ」
久しぶりに先輩を近くで感じる事ができて嬉しい。
やさしく握った手から、体温が伝わってくる。
緩んだ口元を隠しながら、ふと視線を下げると、俺と同じように口元に空いている方の手を当てて、頬を赤く染める先輩が目に入った。
え。な、なんですかその反応!? まるで好きな人に手を握られたみたいな!
「嬉しい。お前からしてくれるの、ずっと待ってたから」
「え……?」
「いつもスキンシップするの俺からだから、文都からもしてほしくて……」
繋いだ先輩の手まで、伝わってしまわないか心配になるほど、心臓が激しく鼓動している。
先輩が、俺に上目遣いを向ける。
「もっと、俺のこと触って」
「……」
SAWATTE……?
「お前、聞いてる?」
はっ……。今、一瞬意識を失っていたかも……。
握った俺の手に、愛しそうに頬ずりをして、先輩が俺のハートに矢を撃ち抜いていく。
「もっと俺に触れて。体温が感じるくらいそばにいて」
この日、最大の矢で射抜かれ、天に召される寸前の俺に、先輩が天使のような、悪魔のような命令を下した。
「お前、これから俺と会う時は必ず最低一回、お前から俺に触れろ」




